第33話 魔王を慕う者

        魔王を慕う者



「それで、なんで、円ちゃんもここまで一緒なんすかね~?」

「そうよ! このお子ちゃまは、里までの山道では足手纏いね!」


 現在、俺達は大和の城を出て、陰陽の里へ通ずる、森の小道を入ったところ。あの、泉の手前に差し掛かっている。

 誇らしげな顔をして先頭を進むブランカの後を、俺、小夜、美鈴、そして結城さんと円、それぞれを乗せた馬が付き従う。

 もっとも、この円だけは結城さんと一緒だが。


 森に入ったところで大和の護衛の兵が外れたので、早速、小夜と美鈴が、この、俺に対しての政略結婚相手、もとい、名目上では友好使節を排除しにかかっているようだ。

 大和の人達の思惑は、俺にも分かる。

 モンハンに隣接し、現状混乱している大和よりも、陰陽の里の方が安全、という親心だろう。


「そう申すでない。わらわにも、他国での見聞を広めよとの父上の御命令じゃ。そして、わらわの事は円殿下と呼べ! た、但し、近衛殿だけには、わらわを、『まどか』と呼び捨てする事を許すがの。前田から聞いたぞ。そなた、父上と弟の為に、また色々としてくれておるようじゃの。わらわも大変感謝しておるぞ」


 まあ、あれは成り行き上、仕方無かっただけなのだが、感謝されるなら悪い気はしない。

 しかし、問題はこの後だ。もし、蘭丸君を無事に返して貰えなければ、手の平の数字が増える事は間違い無かろう。


 続いて円は、美鈴の胸をガン見する。


「そ、それに、陰陽の里には、きっと胸が大きくなる魔法があるのであろう! わ、わらわもそれを習得したいのじゃ!」


 ぶはっ!

 どうやら、母親の淀さんのお仕置きの意味を、この子はまだ理解していないようだ。

 なので、俺も少しフォローしてやる。


「う~ん、円殿下はこれからなのでは? それに、殿下も言っていたよね。人を見かけで判断するのは良く無いって。なので、俺も、胸だけで女性を選ぶ男は少ないと思うよ」

「そ、そうなのか? で、では、近衛殿はわらわの事をどう思う? 率直に申す事を許す。あと、そなただけは、わらわの事は呼び捨てで良いと申したであろう!」


 あ~、これ、ひょっとして、かなり厳しい質問なのでは?

 褒めて勘違いされてもダメ。悪いが俺に幼女趣味は無い!

 また、けなすのは、そもそも俺の選択肢には無い。

 実際、この子はまだ幼いだけで、成長して眉毛を普通にすれば、小夜クラスの美少女になるのは間違い無かろう。流石に、胸はどうなるかわからんが。


 円の後ろで彼女を支えている結城さんは、いたずらっぽい笑みを浮かべながら俺を見てやがる。

 しかし、小夜と美鈴は、俺と円を交互に睨みつけている!


「そうだな~。円ちゃんは……」


 その時だ!


「ウヲン! ウガガガ!」


 先頭を歩いていたブランカがいきなり立ち止まり、何かに威嚇してから、こちらに振り返る!


(ええ、私も気付きました。人間でしょう。数は5人だと言っています。そして、激しい敵意を感じます!)


 すぐさま、異変に気付いた小夜と結城さんが、刀を抜きながら、馬を飛び降りる!


「こんなところで、あたいらに何か用かね~?」


 結城さんがそう言ってブランカの隣に駆け寄ると、その少し前方の木陰から、鎧兜を纏った、5人の男が飛び出して来た!

 全員背中に弓を背負っており、腰の刀を抜く!


 俺も慌てて馬を降りると、小夜がすぐに俺の前に走り込み、俺を背にする!

 真ん中の奴が怒鳴った!


「ケッ! 魔獣まで飼い慣らすとはな! そして、貴様達さえいなければ良かったものを! 大和は、モンハン王に支配されているべきだったんだ! それを! それを!」


 うん、全て理解できた。

 大方、この泉で、俺達の帰りを待ち伏せしていたのだろう。


 そして、こいつらは、完全に洗脳されてしまった方だ! 背後霊が居ない!


「結城さん! こいつらは傀儡兵じゃない!」


 俺が叫ぶと、彼女も了解してくれたようで、左手を後ろに回し、指で輪っかを作る。

 連中も既に刀を抜いており、今や、ブランカと結城さんを取り囲むように対峙している!


「チッ! 先行させた部下達は何してたんだい! ま、ここじゃ、隠れるのには苦労しないかね~。でも、あちきらを殺したところで、大和はもうモンハンの属国には戻らないさね」


 結城さんの言う通り、確かにここじゃ隠れ放題だな。ブランカが居なければ、俺達だって気付けなかっただろう。横から奇襲を喰らっていた可能性が高い。

 そして、この説得で諦めてくれればいいんだがな~。

 でも、そうはいかないだろうな~。


 俺がそっと手袋を外すと、小夜も気付いたようで、俺の隣に下がり、俺の射線を確保してくれる。いつの間にか美鈴も馬から降り、小夜の逆隣に立ち、両腕を翳している。


「だから問題なんだ! 元の大和に戻れば、農地も技術も無く、魔法も使えない俺達は、また最前線の捨て駒、足軽だ! おまけに、戦が無ければ食うや食わずだ! だが、モンハン王は違った! 命令に従っている限り、絶対に食べさせてくれるし、階級も上がって、この装備も頂けた! 俺達は、別に秀頼様が嫌いな訳じゃない! だが、あの方のやり方だと、俺達は、いつまで経っても救われないんだよ!」


 う~ん、俺の世界だって、似たようなものだ。フリーターだった俺には良く分る。


 すると、背後、いや、頭上から声がした。


「そなたら、それは気の毒であった。わらわも、皇族の者として責任を感じずにはおられん。なので、そなたらが良ければ、わらわが父上に進言してくれよう。それでは不満か?」


 振り返ると、馬上で円が毅然としていた。

 ふむ、彼女が父親譲りの性格ではないのは分かったが、これは不味いな。


 そして、案の定だ!

 今愚痴った奴の隣の男が、にやりと微笑み、背中の弓を構えやがった!


「おや? こいつは都合がいい! 円殿下じゃないですか! おい! 貴様ら! その赤いランセルの男、近衛って言ったか? そいつを殺せ! さもなければ…、おう、分かるよな?」


 ぶはっ!

 俺の悪名?は、既にこいつらにまで広まっているようだ。

 そして多分、こいつらが俺の手の平の数字を増やしたのだろう。

 俺を恨むのは理解できるので、話だけでも聞いてあげようと思ったのだが。

 しかし、こうなってしまっては仕方ない。


「結城さん! ブランカ!」


 俺が叫ぶと、即座に二人共?伏せてくれた!

 なので、俺は遠慮なく左腕を振るう!



「で、近衛殿、こいつら、どうするさね?」


 俺は、結城さんと小夜によって縛り上げられた5人を前に、腕を組む。

 すると、円が口を挟んだ。


「結城とやら、この者達は大和の臣民。処分はわらわに任せては貰えぬか?」


 うん、彼女の下す処分は、俺も見当がつく。

 そして、その読みは結城さんも同じようだ。


「殿下の考えは、このまま解放してやり、モンハンへ行かせてやれってところだろう? しかし、この大森林は、昔から陰陽の里の管轄だ。だから、さっきの護衛の兵達も、森の入り口で離れたんだ。なんで、こいつらに処分を下すのは、あちきらじゃなきゃいけないのさね。そして、こいつらは、陰陽の里の長の一人、近衛殿を手にかけようとしたんだ。無罪放免って訳にはいかないね~」


 円は項垂れてしまった。

 しかし、これを聞いて、縛られていた奴の一人が顔を上げる。


「ケッ! 勝手にすればいい! どうせおいら達は、このまま大和に戻っても、村八分にされて飢え死にするだけだ! なら、ここで殺せ! 盗賊に成り下がるよりはマシだ!」


 ふむ、こいつは、結城さんの話の最初の部分を聞いていないと見える。

 まあそれはいい。どの道この流れだと、モンハンに行かせるにしても、何らかのペナルティーは与えねばならないだろう。


「結城さん、俺が決めてしまっていいんですか?」

「いや、近衛殿、ここでの指揮権はあちきだ。本来なら、里までしょっ引かなくちゃいけないんだが、今は、その時間も手間も惜しい。なんで、ここで処分を下さないといけない。あちきは、近衛殿の意見を参考にさせて欲しいだけさね。どうだい? 参謀部門の長としては?」


 ふむ、責任は彼女がとってくれると。

 流石だ。里長の一人を張っているだけあるな。


「なら、そうだな~…、うん、少し話をさせてくれ。結城さん、それくらいはいいですよね?」

「ああ、そこまで急いでいる訳じゃないからね。ぶっちゃけ、あちきは、こいつらを里に連れて行くのが面倒なだけさね」


 俺は、連中を前に胡坐を組む。

 すると、円が俺の横に来て正座した。


 うん、品はともかく、本当にいい子だな。

 ちなみに、残りの三人は、俺の背後で油断なく構えており、ブランカも、連中の背後で牙を剥いたままだ。


「先ず、モンハン王についてだけど、貴方達は、共産主義って言葉、知ってるか?」


 さっき、殺せと言った男がそれに答える。


「いや、聞いた事もない。で、それがおいら達、いや、モンハン王様にどう関係があるんだよ!?」


 どうやら、こいつがリーダー格のようだ。


 年齢は俺と同じくらいか?

 髪はぼさぼさだが、精悍な目付き。無数の傷跡が残る腕が印象的だ。

 俺を殺した盗賊の兄の方に、何処となく雰囲気が似ている。

 もっとも、こいつはああはならないだろう。


「うん、モンハン王は、今までの言動から、共産主義を目指していると思ってね。俺の世界で、一時流行った政治体系だ。特徴は、真の平等を目指している、という一言に尽きるかな。なので、財産は全員で共有。結果、貧富の差は存在しない。仕事はそれぞれに与えられ、それをこなしてさえいれば、平等に賃金が支払われ、食いっぱぐれることもない。モンハンの属領になってからは、そんな感じだっただろ?」


 全員がうんうんと頷く。


「ああ、そうだ! そして、これこそ理想の国じゃないか! やはりモンハン王様は偉大だったんだ! 大体、今までの大和がおかしいんだ! 家柄だけで、未来はほぼ決まりだ! 余程の事が無い限り、農民の子は農民。鍛冶屋だって世襲制。円殿下だって、その綺麗なべべを着られるのは、父親が秀頼様だからだ! おいらの妹は、それくらいの年、既に身体を売っていたよ。もはや、生きているかもわからないけどな!」


 最後の部分は聞きたくなかったが、これは予想通りの反応だ。

 こういう、最初から何も持っていない人達にとっては、モンハン王の統治は素晴らしいものだったのは間違いない。


「確かに理想だよね~。だが、俺の居た世界では、その共産主義って体系は、ほぼ廃れたんだ。ある国は、革命が起きてその体系が崩れ、ある国は、共産主義ではない国家に、民の意思で併合され、ある国は、真逆のスーパー格差社会になってしまった。結果、残っているので、まともな国はごく僅か。それも、国力では他国に大きく劣っている」


 俺は、喋りながら自分の考えを整理していく。


 奴は『同志』と呼んでいたので、共産主義者なのは間違いなかろう。

 そして、あの世界での死後、果たせなかった夢、理想の国家をこの世界に出現させるつもりではなかろうか?


 うん、そこまで考えると、奴の正体が分かってきた気がする。


 共産主義者で大量虐殺者。

 ふむ、何人かに絞られたな。

 もっとも、歴史の表舞台には登場していなかった人間である可能性もあるが。


 目の前の連中は首を傾げている。

 まあ、いきなり小難しい話だし、ついていけないのも無理はない。

 暫くの沈黙の後、リーダー格の奴が口を開く。


「おい、赤ラン、いや、近衛と言ったか? お前は、如何にも見て来たように話すが、おいらには信じられない! 何故、そんな素晴らしい国が廃れるんだ? だいたい、『俺の世界』ってなんだ? お前の頭の中の世界ってことか?」


 まあ、そうなるか。


「う~ん、俺の世界ってのは、遥か西の地とでも思ってくれ。そこから説明すると、かなり長くなるんで。だが、これだけは言っておく。モンハン王の政治は長続きしない! それで、話はこれで終わりだ。何故、モンハン王の理想の国が廃れるかの理由は、自分で考えてくれ。今の貴方達じゃ、俺が何を言っても信じないだろうし」


 連中は、更に首を傾げる。

 周りを見渡すと、円と小夜は完全に硬直しており、結城さんと美鈴は顎に手を当てている。


「そ、それで、近衛殿、こいつらの処分はどうするさね?」


 ここで結城さんが我に返ったようだ。


「うん、その処分なんだけど、貴方達はモンハンに行けばいい。今から大和の城に行けば、希望者はモンハンに亡命させて貰える。これが俺の処罰です」

「え? それでは、わらわと全く同じ考えではないか? そもそも、モンハンはこの者達にとっては理想の国、処罰にならぬではないか?」


 円が当然の反応を示し、皆も頷く。


「いや、ある意味、最も厳しい刑だと思っている。俺の世界では、自分のした判断には、自分が責任を持たなくちゃいけないんだ。モンハン王が正しいと言い張る貴方達には、その責任を取って貰う。なので、モンハンが本当に楽園だったならば、俺が間違っていたことになるから、俺を殺そうとした貴方達に罪は無い。楽園を満喫すればいい。しかし、俺の想像通りならば、これ以上の刑は無いんじゃないか? 自ら選んだ生き地獄、存分に満喫してくれ」


 もっとも、モンハン王のやり方が全面的に間違っている、とまで言う気は無い。

 そう、小規模な人数、閉鎖された空間では、基本、共産主義だと俺は考えている。

 例えば、家族だ。

 家族の中では、それぞれに役割が与えられ、その中での貧富の差は無いに等しい。

夫婦間では財は共有され、子供には、その一家の収入に合わせて、必要と思われるものが与えられ、同じ食事を摂る。


 だが、大規模になれば話は違ってくる。

 人間には必ず欲がある。

 他人とは違った服が着たい。美味しいものを食べたい。子供に楽をさせてやりたい。

 そういった欲が競争を生み、人類を発展させ、同時に共産主義の平等精神を崩壊させる。

 行きついた先は、歴史が既に証明している!


 人間は、完全じゃない!


(ええ、そうですね。そして、その欲と、如何に向き合うかが、神が人に与えた修行かもしれませんね)


 お、久々に先生だ。

 まあ、そんなものなのかもな。

 もっとも、俺は、その神ですら完全だとは思っていないが。


 いい例が、この俺だ!

 もし、神が完全な存在ならば、俺や魔王なんて存在はありえないだろう。


(そ、それはどうでしょうか? 人間ごときに、神々の深い考えは理解できなくて当然です。ですが、今のアラタには、不思議と賛同してしまいますね)


 お?

 なんか、先生、変わった?


(い、いえ、私は私ですよ? それよりアラタ、今はこの者達です!)


 だな。


 尚も首を傾げている連中の前に、結城さんが立つ。


「う~ん、あちきとしては、少し痛い思いをして貰ってから、ってとこだったんだけどね~。だけど、今の近衛殿の言い方だと、それが一番に思えてきたよ。ああ、考えてみれば、モンハン王は、火薬を持たせた子供に火矢を放ったり、無実の人間を、魔法が使えるからってだけで殺そうとした奴だ。そんな奴の国が楽園になるとは思えないさね。うん、あんたらはここに置いて行く。後は自分らで勝手にしな」


 俺が小夜に手伝って貰って馬によじ登っていると、連中は、縛られたまま輪になり、何やら相談をし始めた。

 うん、武器は全て没収したが、縄を解くくらいは、5人も居れば何とかなるだろう。


 俺達は連中を残し、帰途へと赴く。

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輪廻から外されてしまった俺は、死ぬことすらできません BrokenWing @BrokenWing

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