第29話 大和解放 1

       大和解放 1



 俺の横を、大勢の大和の兵隊さん達が通り過ぎて行く。

 やはり、今から残った兵の説得にかかるらしい。傀儡兵はもう殆ど残っていないはずだから、容易かろう。


 そこで、いきなり俺の前に、手が伸びてきた。


「はい、アラタさん。そこの泉のところに落ちていたわよ。これ、洗ってもいいの?」

「あ、美鈴さん、ありがとう。水に浸けても大丈夫らしいけど、流石に洗うのはダメかもね。うん、この左腕も、暫く必要無さそうだしな。巻いておくよ」


 俺は、左腕をまくり、美鈴が差し出してくれた包帯を巻く。


「じゃあ、次はこれっす! 森の出口に落ちてたんで、あたいが拾っておいたっす!」

「あ、小夜さんもありがとう」


 小夜が出してくれたのは、封の手袋だ。これも、さっそく左手に嵌める。


「これで、もう大丈夫ね!」

「これで、大丈夫っすね!」

「ウギャ」


 ん? 大丈夫って、何の事だ?

 あ~、そういうことね。


 二人は、地面に足を投げ出し、俺に向かって、膝をポンポンと叩いている。

 おまけに、ブランカまでが俺の側に座って、尻尾を差し出す。


「い、いや、気持ちは嬉しいけど、遠慮しておくよ。それより、あの後の話をして欲しいかな。あ、小夜さん、あの時はごめん! 美鈴さんも、せっかくのご飯、台無しにしてごめん」


 俺が頭を下げると、二人は慌てて手を振る。


「あれは、あたいも悪かったっす! もっと早くにアラタさんの真意に気付けてれば、一緒に行ってたっす!」

「あら? あたしのは無駄にはなっていないわよ。ちょっと待ってね」


 美鈴は泉の方に走って行った。

 そして、すぐに大きな包みを持って帰ってきた。


「どうぞ、召し上がれ」

「お、サンドイッチか! うん、これなら手軽に食べれるな。丁度小腹も空いてたし、早速頂くよ!」

「あ、美鈴っち、あたいも腹減ったっす!」

「これは、アラタさんに作ったのよ! 小夜ちゃんには、炊き出しのおにぎりがあるでしょ!」

「まあまあ、俺もそこまでは減っていないし、皆で話しながら食べていいかな?」



 三人プラス一匹で、サンドイッチを摘まみながら、話を聞く。


 あの後、美鈴が部屋に戻ると、小夜が伸びていたので、そこで俺の思惑は全てばれた。

 慌てて小夜を起こして店を出ると、家の前は死屍累々。孫一だけ起こして、後は放っておいたそうだ。


 何気にこの二人、鬼だな。


 里長家に着くと、既に白州に人が集まっており、桔梗さんが凄い剣幕で叱り飛ばしていたらしい。

 ふむ、門の前で騒いでいた人達だろう。


 その後、小夜と美鈴、毛利さんと結城さん、更に結城さんの部下4人と共に、馬で俺を追いかけたと。


「じゃあ、君達は殆ど寝てないんだ? 俺とブランカは、サトリの背中で寝てたけど」


 俺がそう言うと、二人が目を丸くする!


「ま、魔獣の背中で寝るって! あ~、もういいっす! もう驚かないっす!」

「そ、そうね。あたしも想像つかないわ! あ、でも、充分とは言えないけど、皆、寝てるわよ。結城さんの部下の人が、あたし達の馬を引いてくれたから。ただ揺られていただけね」


 その後は、泉の畔に着いたら、ブランカと怯えている子供たち、そして、伸びている大和兵が居たと。

 火は、美鈴とブランカで消したそうだ。


 俺は、ここらでうとうとしだす。



 ん? 寝てしまったのか。

 俺は目を開け、身体を起こそうとするが、何故か身体が動かない!


 あ~、そういうことね。

 首だけ起こすと、全てが理解できた。


 俺の腹の上には、ブランカの顎。

 首には、小夜の両腕が絡みついている。

 最後に、俺の右腕は、美鈴の豊満な谷間に挟まれていた。


 うん、この右腕の感触だけは、生きていた証と、大切にしよう。


 そこに、直接頭に声が響く。


(ならば、アラタは美鈴の方が好みなのですか?)


 ぶはっ!

 先生! 起きたところにかける、第一声がそれですか!


 しかし、これはどうなんだろう?

 こうやって、慕ってくれていることに関しては、素直に嬉しい。

 そして、この二人には、何の不満も無い。

 この右腕を抱いていてくれたのが小夜であったとしても、きっと同じ感想だろう。


 そろそろ結論を出さないといけないのだろうか?



「お、近衛殿、起きたようだね。この調子じゃ、よく休めたようさね~」


 いきなり、目の前に赤髪の顔が迫る!


「す、済みません! すぐ起きます! おい! ブランカ! どいてくれ! 小夜さんも、美鈴さんも!」

「う、う~ん」

「もう少しっす~」

「ウギャ?」


 ブランカはちょこんと座り直し、美鈴は慌てて俺の腕を投げ捨てる!

 顔が真っ赤だ。

 まあ、俺もそうなんだろうが。

 そして、あの感触よ、さようなら~。


 しかし、これは参ったな。

 俺が身体を起こしても、小夜の腕が外れない。

 まだ寝ぼけているようだ。

 おまけに、顔を寄せてきやがる!


 ふむ、ここはあれだな。

 俺は左腕の手袋に手をかける。


「あ! それ勘弁っす! あれ、本当にヤバいんす!」


 小夜はマッハで俺から離れる!

 確信犯決定と。


 それを見て、美鈴は小夜を睨みつけ、結城さんはころころと笑う。

 う~ん、ばつが悪いなんてもんじゃないな。


「で、説得は終わったんですか? あ、俺、どれくらい寝てました?」


 俺が必死に誤魔化すと、結城さんは真顔に戻ってくれた。

 他の三人も、表情を引き締める。


「う~ん、2時間くらいさね。で、完璧さね。近衛殿のおかげで、傀儡兵は一人残らず解除できたさね。もっとも、本気でモンハン王に心酔してる奴もそれなりに居たんで、そいつらは、可哀想だけど拘束中だがね」

「何人くらいですか?」

「う~ん、現状は30人くらいかね~? だが、賢い奴は、あちきらに協力しているふりをしているはずさね」


 まあ、そんなところだろうな。

 1~2%ってところか。


「それで、これからの予定は? あと、大和の兵隊さん達は?」


 そう、周りには既に大和の兵はいない。

 そこへ、毛利さんがこっちに向かってきた。


「兵隊は全員、森を抜けたところの集結場所さね。で、そいつを今から近衛殿と相談しようと思ってね~。で、どうだい? 参謀部門の長としては」


 なるほど。大和の兵には聞かれたく無い事もあるので、ここで作戦会議と。


「そうですね。この状況は、既にヒデヨリさんにもばれているはずです。そして、モンハン王にも」


 すると、毛利さんが割って来る。


「確かに何人か逃げた者もおりますじゃ。なので、秀頼様はご存知じゃろう。でも、モンハン王は、この国には居ないはずですじゃ! 操られていない者に確認してみても、モンハンに帰ったっきりで、こっちには来ていないとの話ですじゃ! ここからモンハンの城までは、馬でも丸一日かかりますじゃ!」


 なるほど、伝達には丸一日、往復でも二日と。


「いや、今回の大和の作戦は、明らかにモンハン王の指示です。俺があの子達から聞いた話では、ヒデヨリさんからの直接の命令だったそうです。でも、ヒデヨリさんって、あんな、子供を囮にするような作戦を考え付く人なんですか? 今までの感じ、傀儡兵は、命令には忠実ですが、それ以外は、普段とあまり変わっていないように見えます。それに、池田さんの指輪があれば、時間は関係ありません」


 そう、あの草地では、傀儡兵は、全員、和気あいあいとしていた。

 なので、福も、『何かおかしい』としか、言えなかったのだろう。


「そ、それはそうですじゃ! 秀頼様が、あんな命令を出す筈が無いですじゃ! 秀頼様は、冷静に見れば、名君とまでは言えませんじゃ。じゃが、あのお人の好さに、皆、惹かれておったのですじゃ」


 そして、これに、結城さんが左手の指輪を撫でながら続ける。


「そうさね~。本人が居るかどうかは別にして、モンハン王にばれているのは間違いなさそうさね。じゃあ、ここからが本題だ。もし、近衛殿がモンハン王なら、あちきらをどうするさね?」


 うん、相手の行動が読めなければ、全ての作戦が水泡に帰す。


「そうですね。俺なら…って、相手は魔王か。うん、先ずは自分の保身でしょう。今回の陰陽の里を狙っていることといい、俺をマークしている事といい。なので、大和にはもう居ないはずです。モンハンに引き籠っている可能性が高いです。そして大和の残存兵力は、もう当てにはならない。なので、力押しは無理。なら……、あ、そうなるのか! ん? でも、これは問題無いか」


 俺がぶつぶつと自問自答しているのを、4人は、黙って見てくれている。

 うん、結論は出たな。


「先ず、結城さん、例の、傀儡兵での自爆テロの情報、もう武蔵には売れましたか?」

「あ~、それは、流石は近衛殿さね。そこそこの金額、50両だったかね。売れたって報告があったさね」

「なら、武蔵のお偉いさんが、直接モンハン王と接触する可能性が無くなったので、安心ですね。次に、毛利さん、大和の兵隊さんの集結所には、兵糧は、どれくらい残っていますか?」

「そうですじゃの~、5日分くらいですかの? もっとも、この近辺の民に協力を仰げば、もっと持ちますじゃ。もう、儂らの噂も広まり始めていますじゃ」


 ふむ、今回の作戦は、5日以内に終わらせる予定だったと。

 そして、5日持てば充分だ。上手くすれば、今晩中にヒデヨリさんを解放できそうだし。


「じゃあ、本題です。現状のモンハンには、打つ手は無いでしょう。これ以上の戦力を出しても、俺達が有利になるだけです。結果、俺は、この一帯の領土の割譲とかを餌に、大和から不戦同盟の使者が来ると考えています。なので、先手を打ちましょう。俺達から、直接ヒデヨリさんに会いに行きます。そして、これが最も犠牲が少なくて済む方法だと思えるのですが?」


 そう、俺達は、既に3000の兵力を有する、侮れない勢力。

 相手も無碍には断れまい。なので、潜入なんて危険な事はせずに、堂々と乗り込んで、そこで傀儡状態を解除してあげればいい。


 結城さんと毛利さんは、顎に手を当て、考え込んでいるようだ。

 美鈴は心配そうに俺の顔を覗き込む。うん、危険なのは、間違いないからな~。

 そこで小夜が手を挙げた。


「でも、秀頼が会ってくれる訳がないっす! アラタさんが傀儡兵を解除できることは、今の話からは、相手も知っているはずっす!」


 うん、当然の反応だ。

 結城さん達も、それを危惧しているのだろう。


「まあ、そうなるだろうな。俺も、ヒデヨリさんだけは、絶対に俺には会わないと思う。なので、解除するのは、交渉できるような地位にある、側近の人達だ。俺は、ヒデヨリさんの半径10m以内に近づければいい。そしてそれは、側近の人を味方につけられれば、充分に可能じゃないか?」


 結城さんの目が見開かれ、毛利さんは、口をあんぐりと開けた。


「流石は近衛殿さね! 確かに、無理に秀頼に会う必要はないさね! いくら秀頼が命令しても、部下が従わなければ、無意味さね。なら、決まりだ! 早速城に行くさね!」

「しょ、承知しましたじゃ! しかし、近衛殿、その知略、何処で学ばれたですかの~? 儂は、大和の長老を名乗っていたのが、恥ずかしくなりましたじゃ」

「う~ん、そんな大層なものではないんですが。それで、メンバーはこの6人?でいいですかね? 俺は今回、ブランカを連れて行けば、かなりの脅しになると見ています」

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