第26話 孤軍奮闘

       孤軍奮闘



 現在俺は、ブランカの後ろを、奈月先生を胸に背負い直し、大和へと歩を進めている。

 生い茂る木々のせいで、月明かりも届かない闇の中、先生がほのかに光ってくれるおかげで、かろうじて前が見えている。


「先生、助かります。でも大丈夫ですか? まだ完全には回復していないのでは?」

「ええ、これくらいなら、殆ど負担をかけないでしょう。それよりも、急ぎましょう。朝になれば、大和の兵が森を焼き払い始めるかもしれません。そうなれば、私達も巻き添えです」


 先生は、もう周りには誰も居ないので、声に出して喋ってくれる。

 しかし、負担をかけない? 何か少し気になる言い回しだな。

 まあ、今は光ってくれるだけで御の字だ!


「そうですね。ところで、ブランカ、さっきみたいに俺を乗せてくれれば、早く着くのでは?」

「ウギャ~……」

「アラタの体重だと、少しきつい。あれは、一時的に私の身体能力を高める魔法を使ったから、出来た。なので、あまり多用は出来ない。もっとも、あんなになるとは思っていなかった。だそうです」


 う~む、これまた引っかかる。


「あんなになるとは?」

「ウ~……」

「予定では、一度のジャンプで、あの群衆を飛び越え、門の前で、もう一度ジャンプするつもりだったそうです。原因は解らないそうです」

「ふむ、思ったよりも飛び過ぎたと。しかし、それなら、あの城壁にぶつかっていた可能性もあった訳で。もしそうなっていたら、目も当てられなかったな。原因不明なのは気になるけど、とにかく、ラッキーで良かったよ」

「ウギャ」



 小一時間程で、あの広場に出た。

 そこで、簡単に栄養補給を済ませる。

 ふむ、カロリ〇メイトがあって助かった。ブランカも美味そうに食ってくれたし。

 もっとも、流石に少し疲れてきたので、もう少し休憩したいが、そんな事は言っていられない。


「よし、小腹も膨れたし、急ごう。ブランカ、朝までには間に合うよな?」

「ウギャ! ウ? ウガ~?」

「ん? ブランカ、どうした?」

「時間は問題無い。だが、この感じは? だそうです。ええ、何か、多数の気配が近寄ってきています!」

「げ! それって、大和兵か?! それとも、魔獣?!」

「ウギャワン♪」


 ん? 何か弾んだ声だな?

 ひょっとして?


「ええ、間違いありません。サトリと、灰狼族の群れです!」



 先生が一瞬明るく光ると、奥の小道から、多数の目が青く光り、こちらに近寄って来る。

 うん、あの、一際大きな目は、サトリだろう


「ふむ、アラタ殿、元気そうでなによりじゃの。そして、ブランカも役に立ったようじゃの」

「サトリ、久しぶり。うん、おかげで色々と助かったよ。ありがとう」

「なら、良かったの。そして、ここからは、我が運んでやるでの」

「え? それは嬉しいけど、サトリ、俺の目的とか知っているのか? それに、何故俺がここに来ると?」

「それはじゃの…、まあ、先に我に乗るが良かろう。おっと、その左腕だけは何とかして欲しいでの」



 包帯を巻き直し、サトリに跨りながら話を聞く。


 それによると、灰狼族は、意思を共有できるそうだ。

 一種のテレパシーみたいなものだろうか? しかし、そう考えれば、あの、一糸乱れぬ団体行動も説明がつく。


 また、人間には介入しないのに何故? と、聞くと、今回ばかりは、森が絡んでいるから当然だと言われた。なので、サトリ達が運んでくれるのは、大和側の森の出口まで。もっとも、もし本気で人間が森を焼き尽くしにかかれば、灰狼族も、黙ってはいないとのことだ。



 サトリの背中で、心地よい揺れを味わいながら、考えを整理する。


 里を出た判断は、間違っていないと思う。

 揉め事の鍵であった俺が居なければ、里の人も争いようがなかろう。

 また、大和の使者とやらも、傀儡状態が解除され、今頃は、里の人に保護されている可能性が高い。


 うん、里の方は問題無いな。

 なら、次は、大和に入ってからの行動だ。

 あまり考えも無しに飛び出して来たので、この間に、作戦を練っておくべきだろう。


 ただ、基本方針は既に決まっている。

 そう、第一目的は、この森を灰にしない事。

 サトリ達は、その為に俺を運んでくれているのだから、それだけは、何としても果たさなければならない。


 ブランカの話では、大和と陰陽の里を結ぶ道は、この一本。つまり、双方が軍を動かした場合、確実に何処かで鉢合わせする筈だ。


(ええ、なので、彼等は、接敵してから火を放つ作戦でしょう。おそらく、火を持った、先行部隊を派遣するはずです)


 なるほど。先生のフォローで完璧だ。

 なら、俺のする事は決まりだ。

 先行部隊の足止めだ。森の入り口で阻止だな。

 まあ、その後は、それこそ出たとこ勝負だろう。

 それに、上手くすれば……


 そこで、いきなり頭に声が響く!


(ん~、恨みを晴らしてもいないのに、いい気分だ~。って、俺の勘違い?! す、済みませ~ん!)

(おやおや? この感じは…? え、ごめんなさい!)


 ぶはっ!

 どうやら、感謝による、恨みの浄化のようだ。

 更にいくつかの、似たような声が続く。


 手袋を取って、手の平を見ると、やはりだ。


『205814』


 ふむ、今回は10人分と。しかし、これ、多く無いか?

 大和の使者は二人だけ。何故に10人?


(おそらく、アラタが里を出て、里人同士の争いを無くした事への感謝でしょう)


 う~む、そもそもの原因は俺なので、何とも複雑な心境だ。


(いいえ! 真の元凶は、モンハン王です! そしてアラタ! 命の無駄遣いは、決して許しませんよ)


 げっ!

 流石は神の眷属様。しっかりばれてる。


 己の宿命を呪いつつ、手袋をはめ直していると、何やら尻の辺りがもぞもぞする。

 振り返ると、ブランカだ!

 俺の後ろで、丸くなってやがる!


「ウギャ! ウガ、ワワン」

(今のうちに、休んでおくそうです)

「うん、それがいいな。サトリ、済まない。俺も少し、うとうとさせて貰うよ」

「そうじゃの。何かあれば起こしてやるで、今は英気を養うが良かろう」

(ええ、敵は下手すれば3000人、しっかりと魔力を回復させておくべきです)



 ん? 揺れが止まったか?

 俺が目をこすると、木々の隙間から朝焼けが見える。


「丁度、目醒めたようじゃの。この先、少し歩けば森の出口よの、なので、我らはここまでよの」

「うん、サトリ、ありがとう。森を焼き尽くすのだけは、何とか阻止して見せるよ。それで、その先、城までの道とかは分かるかな?」


 俺はそう言いながら、サトリから降り、辺りを確認する。


 ここは、少しだけ開けた草地のようだ。左手には澄んだ泉があり、灰狼族が、皆、水を飲んでいる。


「うむ、大規模に燃えなければ構わないでの。城は、ここから…、そうよの、道なりに行けばいいでの。人の足で1時間程かの。そして、礼は不要よの。寧ろ我らが礼を言いたいでの。では、アラタ殿、お願いするでの」


 サトリは、最後に軽く頭を下げる。すると、水を飲んでいた灰狼族が、一斉にこちらに振り向き、ちょこんと頭を倒す。

 う~む、これが意思の共有って奴か? 

 完璧に揃っている。何度見ても凄いな。


 そして、俺とブランカを残し、灰狼族はサトリを先頭に、一斉に森の奥に消えて行った。



「で、問題はこれからどうするかだな。あ、ブランカはどうする? 流石にこれからは危険だぞ。今なら、群れに合流できるはずだ」

「ウギャグ! ウ~!」

「見損なうなと言っています。それで、アラタ、先ずは一度森を抜け、周囲を確認するのがいいでしょう。何処で迎撃するかを決めなければなりません」


 ブランカにも聞かせる為だろう。先生は声に出してくれる。


「そうですね。そして、ブランカ、ありがとう。ただ、これからは俺もどうなるか見当がつかない。なので、これだけは約束して欲しい」

「ウギャ?」

「先ず、自分の命を最優先にして欲しい。俺の事は心配ない。俺は死ねないからな。次に、俺が逃げろと言ったら、必ず逃げて欲しい。できるか? できないなら、ここで寝ていて貰うしかないのだけど」


 何となくだが、こいつには、俺の左手が効きそうな気がするしな。


 ブランカは、少し迷っているようだ。

 少し頭を下げ、四ツ目のうち、下の二つだけを閉じる。


「ウギャ!」

「約束するそうです。但し、私が逃げる時は、アラタも一緒に逃げる時だけだと」


 ふむ、先生が心を読んで補足してくれたようだ。

 そしてこの提案は、俺に無茶をさせない為の配慮だろう。


「分かった! それでいい。じゃあ、行くか!」

「ウギャ!」



 少し歩くと、いきなり視界が開ける!

 道もかなり広くなり、のどかな田園風景だ。

 そして、その道の数十メートル程先に、小屋があり、その前には、二人の人間が立っていた!


 俺は慌てて踵を返す!

 さっきの泉の畔まで引き返したところで、振り返る。


「見つかったかな?」

「ウギャン」

「今の所、敵意は感じられませんし、ブランカも、足音は聞こえないと言っています。大丈夫でしょう」

「ほっ。で、あれが毛利さんの言っていた、検問だろうな。しかし、俺はてっきり、この森を抜けたところすぐに、部隊が集結しているものと思ったけど、まだ来てないみたいだな」

「いえ、あの道を進んだ奥に、巨大な天幕がいくつも見えました。なので、既にかなりの人が居ると思いますよ。あそこが集結場所でしょう」


 流石は先生だ。しかし、これは迷うな。

 上手くすれば、集結中の兵を、纏めて無力化できる。


「ええ、あの憲兵を気絶させるのは容易いでしょう。ですが、それをすれば、あの中の誰かが、確実に気付くでしょう」

「なら、決定ですね。ここで待ち伏せて、来た奴から寝て貰おう。で、丁度水もあるし、もし火種があれば、そこの泉にポイだな」

「ウギャ!」



 待つ間、簡単に腹ごしらえする。カロリー〇イトしかないが、贅沢は言えない。

 まあ、ブランカは気に入っているようなのでいいか。結果、残りは2箱だが、当面は問題なかろう。

 泉で、ペットボトルに水を汲みなおしていると、完全に夜が明けたようだ。


「ウガガッガッ!」

「足音が二つ、向かって来るようです!」

「分かった!」


 俺は、急いで左腕の手袋と包帯を外し、先生に放り込む!

 そして、そろりと木陰に移動する。ブランカも、俺の背後に回った。


 俺達が息を殺していると、声が聞こえて来た。


「それで、人と会ったら、大声を上げればいいんだよね?」

「そうよ、タケちゃん。でも、何かおかしいわよね」

「え~? フクちゃん、父上のご命令だよ~。栄えある偵察任務だとか言ってたし~」

「いえ、変なのは、最近のご当主様よ!」


 げ! 子供の声だ!

 そして、これで全てが理解できた!


(アラタ、魔力と距離、気をつけなさい!)


 うん、当然だ!

 相手は子供、下手したら死ぬかもしれない。


 俺は、ほんの少し魔力を込め、声のする方向に、木の裏から、軽く腕を振る。

 今回は、それほど数の多くない、漆黒の顔の塊が、放射状に散り、木々を突き抜けて行く。


 うん、声がしなくなった。


「ウギャン」

(足音も消えたそうです)


 よし! 成功のようだ。


 木陰から出ると、まだ小学生くらいの子供が二人、倒れていた!

 片方は、小さいながらも、鎧兜をしており、腰には、これも短いながらも、脇差だろうか?刀を挿している。男の子のようだ。

 そして、もう一人は、女物の浴衣。この子のほうが少し年上に見える。


 俺は近寄って、胸に耳を当てる。

 ほっ。

 ちゃんと息をしている。


 手袋をはめ、二人をブランカの背に載せると、そのまま泉の畔まで運んでくれた。


 俺が慎重に地面に寝かせると、先生が小声で話す。


「それで、アラタ、どうしますか? このままでは、いつか目覚めるでしょう」

「なら、これでどうかな?」


 俺は、左腕に巻いてあった包帯を先生から取り出し、二人の口に巻く。結構長いので、二人纏めて巻けた。

 そして、改めて二人を見ると…、やっぱりだ!


 二人は、腰にウェストバッグを着けていた!

 慎重に外し、中を開けてみると、案の定、黒い粉と、小さな鉄球がぎっしりと!


 本当に反吐が出る!


 俺は、迷わず泉に投げ捨てる!


「ええ、今はこれでいいでしょう。それでどうしますか? そのうち、次の部隊が来るはずですよ?」

「う~ん、変な時に起きて、下手に暴れられても困りますね。縛る物までは無いですし。なら、もう、今起きて貰うしかないですね」

「そうですね。そして、この女児おなごのほうは、賢そうです。この者なら、事情を理解してくれるかもしれません」


 うん、俺もそう思う。

 また、さっきの会話からは、女の子の方が主導権を取っていた感じだ。


 俺は、女の子を揺さぶる。


 うん、起きたようだ。

 彼女は、ゆっくりと目を開ける。

 だが、いきなり叫ぼうとする!


「ふごっ! ふごぉ~っ!」


 これは当然の反応だな。

 俺は、努めて優しく話しかける。


「うん、もう大丈夫だ。君はそこで倒れていたんだ。それで、俺がここまで連れてきたんだ」


 しかし、彼女は首だけ起こし、わなわなと震え、目に涙を浮かべる。更に、指を俺の背後に向ける!


 あ~、そういう事ね。

 これは迂闊だったな。


「ブランカ、悪い。少し、見えないところへ行ってくれ」

「ウギャ~」


 ブランカが視界から消えると、彼女は落ち着いたようだが、今度は俺を睨む。


「大丈夫、危害を加えるつもりは無いよ。でも、大声とか出すなら、さっきの魔獣が食べにくるかもな~」


 かなり罪悪感がするが、丁度いい。利用させて貰おう。


 彼女は、こくこくと首を前に倒す。


 包帯を外してやると、彼女は、俺を見据えたまま立ち上がる。

 そして、隣の男の子を見ると、すぐにその子に向かってしゃがむ。

 ふむ、起こそうとしているのだろう。これは助かるな。下手に俺が起こすと、騒がれそうだし。


(アラタ! 避けなさい!)


 へ?


 彼女はいきなり振り返ったかと思うと、その手には、刀!

 それを腰に当て、そのまま俺に飛び込んで来た!

 咄嗟に後ろに飛ぼうとするも、間に合わなかった!


 ぐはっ!


 またあの感覚だ!

 痛いなんてものじゃない!


 だが、まだ意識はある!

 痛みに耐えながらしゃがみ込もうとすると、彼女はぷるぷると手を震わせながら、刀を離す。


 うん、落ち着け!

 先ずは彼女を何とかしなければ!

 俺は左手の手袋を外す。


 しかし、そんな余裕はないようだ。


「ぐばっ! ごほっ!」


 げ! 血だ!

 腹には、深々と刀が刺さっている!

 既にパーカーは真っ赤になっている!


(女児は後です! あの魔法です! 集中しなさい!)


 だな。

 俺は、昨日の感覚を思い出す。

 そして、右手をゆっくりと腹にあてる。


「塞がれ!」


 右手が光った! 

 腹に向かって、赤い奔流が巻き起こる!

 更に、一瞬で、刺さっていた刀が弾き出された!


「ふ~、何とかなったようだ」


 なら、次はあの子だな、と、立ち上がって前を向くと、彼女は腰を抜かしているようだ。

 尻を地面につけ、必死に後ずさっている。


「ウガッ!」


 振り返るとブランカだ!


「うん、ブランカ、俺は大丈夫だ。そのままで。絶対に手は出すなよ」

「ウギャ~」


 俺は刀を拾い、彼女に向く。


「うん、この事故は仕方ない。それで、少し話をしよう。俺は近衛新。ヒデヨリさんを助ける為に来たんだ。それで、その子も起こしてあげてくれないかな? 但し、さっき言った通り、大声は出さないでね。でないと、後ろの魔獣を止められなくなるから」


 そう、彼女の恐怖の対象は、俺なんかよりもブランカだ!

 俺は振り返って、軽く頭を下げる。

 ブランカ、すまん!


「ウギャ」

(気にするな、だそうです)


 彼女は、再びこくこくと頷き、慌てて隣の子の包帯を外し、揺さぶる。


「ん~、ん? フクちゃんか。あれ? 何があったの? なんか、凄く気分が悪くなったんだけど?」

「タケちゃん! しぃ~っ! 大声出すと、あれに食われるわ!」


 フクは、ブランカを指さす!

 すると、タケちゃんと呼ばれた子は、上半身だけ起こし、無言で頷く。


「うん、じゃあ、君にも自己紹介だ。俺は近衛新。フクちゃんにはもう言ったけど、俺はヒデヨリさんを助ける為に来た。最近のヒデヨリさん、何かおかしいだろ? そして、後ろの魔獣は灰狼族のブランカ。君達が大声を出したりしない限り、絶対に襲わないから安心して欲しい。それで、君達は、何しに森に入ったの?」


 フクが答えてくれる。

 完全ではないだろうが、落ち着いてくれたようだ。


 彼女によると、男の子は、松平竹千代。彼女は稲葉福、父親が竹千代の家に仕えているらしい。

 そして、目的はさっき聞いた通りだ。松平家当主、家康さんの命令らしい。


 う~む、何か、この世界、聞いた事があるような名前が結構出て来るな。

 世界は違えど、偉くなる人の名前は一緒ってところか?


(どうでしょうか? ただ、この世界には、アラタの世界の人達も輪廻してきています。なので、名前が一致したとしても、不思議ではないでしょう)


 なるほどな。まあ、それはいい。


「そ、それで、近衛殿、大和の天皇、秀頼様を助けるとは、無礼な物言いではないですか? 秀頼様は尊いお方です。貴方の助けなど必要ありません!」


 竹千代は、見た感じ10歳くらいなのだが、言葉遣いはしっかりしているようだ。

 そして、この一言で大体分かった。

 だが、これは面倒だな。


「いや、竹千代君、そこの福ちゃんも言ってたじゃないか。最近の松平さんはおかしいって。ヒデヨリ様がそんなに凄い人なら、家臣がおかしいのを見過ごさないよね。つまり、ヒデヨリ様も、何かおかしくなっているんだよ。今なら証拠もある」

「そうよ、竹ちゃん! 今回の御命令も、御当主様は、秀頼様からの重大な任務だと仰っていたわ! それで、近衛さん、証拠って何でしょうか?」


 ふむ、やはり福の方が物分かりがいいようだ。


 俺は、少し迷ったが、泉に行って、あのウェストバッグを一つ拾ってくる。

 うん、完全に水浸しなので、そうそう爆発はしないだろう。


「これは、君達が腰に着けていたものだよね。中身は何か知っていた?」

「いえ、父上から、決して開けるなと厳命されています」

「やっぱりか。ちなみに、この中身は火薬だ。もし火がついたら、大爆発、ここら一帯が消し飛ぶな。そんな危ない物、中身を知らせずに君達に持たせておくなんて、おかしくないか?」


 まあ、流石にここら一帯は無理だろうが、あえて誇張する。


 福は、ぶるぶると震えだした。

 彼女は、俺の言った意味が理解できたのだろう。

 しかし、竹千代は食い下がる。


「で、でも、父上は、何か目的があったのでは? 例えば、任務に失敗した時に自害しろとか?」

「なら、竹千代君、そんな命令聞いたか? そして、松平さんは、偵察任務の失敗ごときで、自分の息子を自害させるような人なのか?」


 俺の読みでは、この子達が大声を上げたら、そこに火矢が放たれると見ている。

 しかも、相手は子供だと、気を許して近寄る可能性までも見込んでいるはずだ。


「い、いえ、確かに父上は厳しいですが、家臣に自害なんかさせません! 僕だけならまだしも、女の福ちゃんには絶対にしません!」

「あ、声は控えめにね。で、松平さんがおかしくなっているのは、理解してくれたかな?」

「は、はい」


 ようやく納得してくれたようだ。

 しかし、此処でブランカが何かあるようだ。


「ウギャギャ!」

(アラタ! 足音が近づいているそうです!)


 チッ!

 今ので気付かれたか? 

 いや、気付かれたなら、問答無用に、火矢のはずだ。


「うん、二人は泉の裏の木陰に隠れて! 絶対に声を立てるなよ!」

「「は、はい!」」


 俺は手袋を外し、先程の木陰に潜む。

 声が聞こえてくる。


「ん? 今、声がしなかったか?」

「いや、気のせいじゃろ。聞こえるなら大声のはずじゃ」

「しかし、隊長、大声に向けて火矢を放てって、どういう意味なんですか? この森じゃ、敵に当たるとは思えませんが?」

「儂らは黙って、偉大なモンハン王と、秀頼様の御意思に従うだけじゃ! 文句あるのなら、この場で成敗してくれるわ!」

「「「「「はいっ!」」」」」


 俺は、木陰から、少しだけ顔を出し、伺う。

 10人くらいか?

 細い道を一列になって、全員弓装備だ。数人が松明を翳している。


 しかし、これは参ったな。距離の違いがありすぎる!

 一発で全員ってのは、無理だろう。

 いや、待てよ?


(ええ、少し距離を取って、横からなら、ぎりぎり全員射角に入るでしょう)


 俺は、更に森に分け入り、振り返る。


「それで、隊長、あの先行させた子供達は…」


 よし、ここだ!

 俺は気を込め、大きく左腕を振る!


「うぐっ!」

「う~ん」

「ぐはっ!」

「き、気持ちわるっ!」

「な、何だ! 貴様らどうしたっ!」


 チッ!

 流石に全員は無理だったか!

 木陰から顔を出すと、まだ二人立っていやがる!

 しかし、一人は突っ立ったままで、辺りをきょろきょろしている。


「貴様ら、何をしている! 確かに、一瞬悪寒があったが! おい、貴様、起きろ! 貴様もぼうっとしていないで、手伝え! お~い! 敵だ! 出会え!出会え!」


 うん、これはもう無理だな。何れ、大軍が来るだろう。

 俺は、木陰から道に走り込む!


 大声を出した男はしゃがみ込み、倒れた奴を揺さぶっている!

 そして、はっきりと見えた!

 そいつの背中、首筋辺りに、どす黒い楕円形!

 眼の位置にある、赤く輝く二つの点から、それが顔だと想像できる。


(ええ、あれが操っている者の顔でしょう! そしてアラタ!)


「はいっ!」


 俺は再びそいつに向けて、左腕を突き出す!

 怨念の塊が、そいつに向かって、一直線に飛んで行く!


「うごっ!」


 その一撃で顔は消し飛び、そいつも崩れ落ちる!


「な、何が起こっている?」


 続けて、隣で戸惑っている奴にも腕を突き出す!


「う、う~ん」


 よし!

 これで、もう立っている奴は居ない。


「ブランカ! 火を消せ! こいつらも腰に袋をつけている!」

「ウギャッ! ウヲッ! ウヲッ! ウヲッ!」


 俺の横を空気の歪みが掠めていき、地面に転がっていた松明が、全て消えた!


「こ、これは……」


 振り返ると、あの子達だ。


「事情は後で説明する! それより、兵隊の腰の袋を泉に! 先生!」

(ええっ!)


 俺が背中に右手を回すと、勝手に、あの鉈が掴まされた!

 流石だな。


 俺はその鉈で、腰の袋についた紐を引き千切って行く!

 二人も、完全には理解していないだろうが、黙ってその袋を回収してくれる。


 よし! これで全部だな。


「その袋を泉に捨てろ! いや、間に合わない! 投げ込め!」


 目の前に、火矢が突き刺さった!

 続けて、無数の火矢が上から降って来る!


 二人は慌てて、袋を泉に向かって投げ始める!


「そのまま泉に飛び込め!」

「「はいっ!」」


 幸いにも、木が邪魔して、火矢の殆どは周りの木に刺さっている。

 しかし、このままじゃヤバい!

 煙に巻かれればお終いだ!

 俺はいいが、あの子達が心配だ!



 ここで俺は意を決する。


「先生、これは無駄遣いじゃないですよね?」

「私には判断できません。ですが、あの子達とこの者達を助けるには、それしかないでしょう」

「はい。ブランカはあの子達を頼む!」

「ウギャン!」

「ブランカ! 今はアラタに従いなさい!」

「ウギャ~」


 ブランカは、一度恨めしそうに俺を睨んでから、泉に駆けて行った。


 それを見届けて、俺は森の出口に向かって走る!


 途中、鉈を背後に翳すと、勝手に収納されたようだ。

 先生、かなり便利だな。



 視界が開けると、想像した光景だ!

 十人程の兵が横一列に並び、森に向かって火矢を放っている!


「おい、誰か出て来たぞ! ん? 一人か?」

「貴様、何者だ!」


 部隊を指揮していたと思われる男が二人、進み出て来た。

 そういや、毛利さん、各部隊の隊長は、傀儡兵だって言っていたな。この二人の首筋の後ろからは、幽霊が生えている。


 しかし、これなら誤魔化せるのでは?

 そう、俺は小夜達のような忍者衣装でも、鎧装備でも無い。

 連中からすれば、珍妙な恰好をしただけの男に見えるのでは?

 俺の声も、ここからでは、内容までは解らなかった筈だ。


「お、俺は商人です! それで、いきなり火矢が降ってきたんですが?」

「ふむ、貴様、中で何があったか、詳しく話せ!」


 よし!

 火矢を放っていた兵は、一斉にこちらを向き、手を止める。


「あれは魔獣ですね。俺がそこの泉で休んでいたら、いきなり声がしたので、見ると、魔獣の群れがいました。それで、俺も慌てて逃げてきたんですよ」

「ふむ、それで貴様、その、泉までの途中、誰か会わなかったか?」

「ええ、その兵隊さん、10人くらいですか? 後は子供が二人。俺が商人だと伝えると、そのまま奥に行きました。でも、あんな子二人で大丈夫ですかね?」


 咄嗟の嘘だが、どうだ?!


「あ~、それは災難だったな。ところで、貴様の背中にあるのは何だ?」

「そうだ! 隊長! こいつが、あの、赤いランセルの男では?」


 はい! 終わりましたぁ~っ!

 しかし、先生の知名度、凄いな。


(わ、私のせいにするのですか? しかし、仕方ありませんね)


 だな。

 俺は手袋を外し、問答無用に、大きく振り抜く!


 お、完璧のようだ。

 放射状に放たれた怨念は、後ろで弓を構えていた兵まで、全て呑み込む!

 全員、意味不明の悲鳴を上げながら、一斉に倒れる!

 ふむ、見えるようになったのがでかいな。ここは視界を遮るものも無いし。


 しかし、その後の展開は、予想通りになってしまう!

 小屋の前でこちらを覗っていた憲兵が、叫びながらこっちに走って来る!


「皆の者! あれぞ、憎き赤いランセルの男! モンハン王の敵なるぞ!」

「出会え! 出会え!」


 更に、その後ろからも、人が続く!


 あ~、これ、完全に終わったな。

 今回は、何回『死ねる』ことやら。

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