第25話 里の厄介者
里の厄介者
俺が半蔵さんと一緒に、風呂を沸かしに行こうと言っているところに、いきなり結城さんが駆け込んで来た!
「半蔵殿、ヤバいさね! 今、大和に忍ばせていた部下から連絡があった! 連中は今、進軍の準備の真っ最中さね」
げ!
やはりか!
しかし、既にこの里への奇襲の失敗が伝わっているのは当然だが、思ったよりも相手の動きが早い!
「それで、相手の戦力はどれくらいじゃ?」
「報告じゃあ、約3000さね。でも、精鋭って話だね~」
うわ!
池田さんの話だと、傀儡兵は死ぬまで戦い続けるので、一般の兵の倍にカウントされる。
この里の人口は約4000人、戦える人が半分と見積もっても、厳しいどころではない!
相手に魔法が使えないという事を考えても、やっと互角に持ち込めるかというところだろう。
「そいつら、もう、こっちに向かっているんですか?!」
俺も、慌てて聞いてしまう。
そう、ブランカの話だと、大和までは、俺の足でも約半日。下手したら、もう目前まで来ているってのもある。
「いや、大和を発つのは、明朝らしいさね。なんで、時間の余裕はある。問題は、何処で迎撃するかさね」
「そうじゃな。しかし、たった3000とはの~。この里も舐められたもんじゃ」
へ? この二人、結構落ち着いているな。
相手は傀儡兵、それも精鋭ですよ?
ふむ、毛利さんの話では、傀儡兵は、各部隊の長だけらしいので、3000人全部ではない。多くて500人ってところか?
しかし、それでも、兵力差は歴然では?
「そうですわね。問題は、3000人の死体を、何処に埋めるかですわね」
振り返ると、桔梗さんだ。小夜まで居るし。結城さんの声を聞いて、台所から飛んで来たのだろう。
しかし、桔梗さん、怖いです。顔も、少し笑っているように見えますよ?
「そうっすね。圧倒的に地の利はこっちにあるっす。周りの木と一緒に、燃やしてしまうっす!」
「じゃな。ならば、結城殿は、各部門の長への伝達を頼めるかの」
「了解さね」
「では、婿殿、明日に備えて、先ずは風呂じゃ!」
ぐはっ!
凄い余裕だ。
しかし、小夜の一言で俺も納得だ。
この里に来るには、あの鬱蒼と茂る森の小道を抜けなければならない。
そこを魔法で焼やしてしまうならば、それこそ、飛んで火に入る夏の虫と。
「しかし、モンハン王は、大和を無傷で手に入れたにしては、今回の件、ちと腑に落ちんの~。あの大森林のおかげもあって、この里は守られてきたというに。婿殿、何かまた、儂らの知らない戦法でもあるのかの?」
風呂場で、半蔵さんが俺に聞いて来る。
うん、俺も、小夜の話を聞いてからは、それが疑問だった。
前回の自爆戦法は、ばれてしまった以上、流石に使ってはこまい。それに、精鋭を自爆させる程馬鹿ではないはずだ。もはや、奇襲も通用しないしな。
この世界には魔法がある以上、火攻め等は、ポピュラーな戦法の一つのはずだ。なので、それに思い至らない方がおかしい。
まあ、俺だって、小夜や桔梗さんの魔法、いや、符術を見ているから言える事だろうが。
そうだ、こういう時こそ奈月先生だ!
先生は、こういった戦闘関連には詳しいような感じだ。前回の件も、先生の助言があってこそだろう。
俺は、脱衣所に置いたランドセルを取って来る。
「それで、先生なら、この里を落とすなら、どうしますか?」
「あ、お湯には浸けないで欲しいです。そうですね、この一帯は、アラタの世界で言う所の、ゲリラ戦、少数を持って大軍を迎え撃つには、最高の地形です。そして、それに対処する方法は、アラタも既に知っているのでは? 私の口からは、おぞまし過ぎて、言いたくもありません」
ん? ゲリラ戦?
半蔵さんも首を傾げている。
まあ、この里は常に少数側、大軍側の戦術など、考えたこともないはずだ。
しかし、俺は思い出した。
そう、ゲリラ戦と言えばベトナムだ。あの時、アメリカ軍が何をしたか、俺でも聞いた事がある。
「なるほど。あの時米軍は、森林に散らばるゲリラを発見しやすくする為に、枯葉剤を撒き、木を枯らした。しかし、そんな技術もないだろうし、今回は、民間人の犠牲も考慮しなくていい。なら、結論は一つ。先に、この里の周りの森を、全て焼き尽くす!」
これは、自分で言っていて、嫌になってしまった。神の眷属たる、先生が言いたくないのも当然だ。
「わ、儂もそこまでは考えた事もなかったわ! 儂らは、燃やすといっても、森のごく一部、敵の集結している場所だけじゃ! しかし、ゲリラや、カレハザイというのは解らんが、確かに、先に燃やされてしまっては、火攻めの効果も半減じゃな。婿殿、奈月殿、感謝しますぞ!」
そして、半蔵さんは眉間に皺を寄せ、かなり困惑顔だ。
山火事は、鎮火するのが大変だ。いくら美鈴みたいな水魔法の使い手がいても、容易ではなかろう。それに、こちらも相手に火攻めをしたいと考えていたのだから、何をやっているかって感じだな。
「ウガ、ウギャウガガ、ウ~……」
「ん? ブランカも何かあるのか?」
「人間同士争うのは勝手だが、森を燃やすのは勘弁して欲しいと言っています」
「あ~、そら、森に住む灰狼族からすれば、死活問題だな。しかし、現状、打つ手がないな」
「そうじゃな。じゃが、まだ、必ずそうなると決まった訳でもなかろう。とにかく……」
そこへ、小夜が飛び込んで来た!
「親父! またモンハン、いや、大和の使者が来たっす! 今、門の外で待たせてるっす!」
小夜はそれだけで、ちらっと俺の裸を見た後、慌てて引き返していった。
俺達も、即座に湯船を後にし、マッハで服を着込む!
座敷には、既に各部門の長が終結していた。
大きなテーブルを前に、全員、渋い顔だ。
「待たせて済まんの。それで、どういう状況じゃ!」
大声で聞く半蔵さんに、結城さんが答えた。
「使者は前回と同じ感じで、二人さね。それで…、う~ん、近衛殿は外して欲しいさね」
それに池田さんも続く。
「そうですね~。近衛さんは、うちの宿の部屋で待っていて下さい。美鈴!」
「はい! お父様!」
「あたいも行くっす!」
「ええ! 小夜ちゃん! 美鈴ちゃん! 宜しくですわ!」
ふむ、長ではない、この里に入りたての俺に聞かせたくない、ってのは理解できるが、何か様子が変だ。桔梗さんの感じでは、俺に、小夜と美鈴を張り付かせたというべきか?
しかし、ここは大人しく従うべきだろう。
「はい。じゃあ、ブランカ、行くか」
「ウギャ」
外に出ると、門の方から声が聞こえる。
遠くてよく聞き取れないが、内容は何となく想像がつく。これは急ぐべきだろう。
そして、そのおかげか、通りには少なくない人が出ている。だが、皆、門の方だけに注意が行っているようだ。これは、ある意味ラッキーか?
小夜が先頭に立ち、周りをきょろきょろしながら、小走りに進む。
俺達に気付いている人は無さそうだ。
俺も、無言でついて行く。
部屋に入ると、美鈴が鍵をかけ、小夜は窓を閉じて、カーテンも閉めた。
ふむ、もはや、そのモンハンの使者の要求は、あれしかないな。
「うん、それで充分じゃないか? 里の人達が本気になったら、何をしても無駄だろう。美鈴さんも小夜さんも座ってくれ。大体想像がつくけど、詳しく教えてくれないか?」
俺は、ベッドに腰掛けながら言う。
二人も並んでソファーに腰掛け、ブランカは扉の前で置物と化した。
「そうね。でも、その感じじゃ、あまり説明は必要無さそうね。流石はアラタさんね」
「はいっす。大和の使者の要求は、大和の捕虜を返せって内容っす。門の外で、大声で怒鳴っているっす! 後、……」
そこで、小夜は美鈴と顔を見合わせる。
「後は、俺を出せってところだろ?」
「は、はいっす。何もしていない大和の兵を傷つけ、拉致までした極悪人、赤いランセルの男を出せ。首でもいい。そうすれば、今回の件は、全て不問にしてやるって。かなりの数の里の人にも、聞かれてしまったっす!」
やっぱりな。
その内容じゃ、里長達が俺を外すのにも納得だ。
この里に避難した人はともかく、俺を差し出せば、戦争にはならずに済むって人も出そうだしな。
理由も明白だ。
傀儡兵の洗脳を解除した俺は、今や、モンハン王にとっては最大の脅威だろう。
そして、これはかなり狡猾な作戦だ。
上手くすれば、里の内部分裂を誘えるという狙いもある。
しかし、これはどうするべきか?
俺はほぼ死ねないので、首を差し出すと言う選択肢はまず無理。
また、大人しく奴らに捕まりに行くのを、この二人が許すとも思えない。
そういった意味では、俺の護衛の人選も納得だ。
ふむ、これは、俺も腹を括るしかなさそうだ。
これ以上、この里の人に迷惑をかけたくない。
(アラタ……。しかし、それしか手は無さそうですね)
はい、覚悟は出来ました。
扉の前のブランカを見ると、黙って頭を前に倒す。
ふむ、あいつも気付いていると見るべきだな。
俺は、努めて冷静に答える。
「じゃあ、俺は里長達の意見に従うよ。あの感じじゃ、最悪でも、俺を差し出すってことにはならないだろうし。寧ろ、明日のヒデヨリさん解放作戦を詰めている可能性が高いな。うん、二人共ありがとう。それより、お腹空いたな。何か、簡単に食べれるもの、ある?」
「ええ、今作るわね。じゃあ、小夜ちゃん、ここをお願いね!」
「はいっす! あたいも腹減ったっす!」
美鈴が鍵を開けて出て行くと、すぐに小夜がかけ直す。
そこで、いきなり外から大声が聞こえた!
「赤ラン、いや、近衛殿! 出てきて欲しい!」
チッ!
もう来たか!
他にも、がやがやと声が聞こえる。10人くらいか?
当然、その使者とやらが喚いているのを聞いた、里の人だろう。
すかさず、小夜が小声で反応する。
「アラタさん、絶対に出たらダメっすよ!」
うん、俺もまだ出るつもりは無い。
無言で頷く。
「皆、落ち着いて欲しいでござる! ここに義兄上はいないでござる! 里長のところでござる!」
ふむ、孫一の声だ。
そして、これはナイスな嘘だ!
「孫一か! そんな嘘は通用しないな! さっき、ここに小夜ちゃんと美鈴ちゃんと一緒に入ったのを、俺は見たんだ!」
「そうだよ! おいらも見たよ! 赤ランの兄ちゃんはここだ!」
チッ、見られていたと。
うん、これはもう無理だな。
このままでは、ここで暴動に発展するだろう。
そうなれば、連中の作戦を、半分成功させてしまう事になる。
俺は、黙って、手の甲に『封』と書かれた手袋を外す。
すると、小夜が慌てて止めようとする。
「今は我慢っす! そのうち、母上か父上が何とかしてくれるっす!」
「いや、もう間に合わない。今、里長会議は大いに紛糾しているだろう。それに、あの声を聞け!」
外では、孫一の悲鳴が聞こえる!
「そ、それは見間違いでござる! って、痛いでござる! 石を投げるのはやめるでござる!」
うん、もう一刻の猶予も無い!
俺は、迷わず漆黒の手で、小夜の肩を叩いた。
「ぶぎゃっ!」
俺が窓を開けながら扉の方を見ると、既にブランカは足元に来ていた。
「お前はどうする? 下手したら死ぬぞ? いくらサトリの命令でも、そこまで俺に尽くす義理はないだろう」
「ウギャ! ウガッウガギャギャギャ! ウガ~ウゴ……」
(サトリは関係ない。私の決めた事だ。それに、道案内も必要だろう。だそうです)
「そうか…、済まないな。ありがとう!」
「ウギャ」
俺が窓から外に出ると、ブランカも一飛びで続いて来る。
俺は、池田屋の裏から、騒いでいる奴らの背後に回った。
うん、幸い、もう外は真っ暗だ。
通りに灯る松明で、かろうじて人が視認できる程度。
なら、俺がばれたのは、先生のせいか?
(そ、それは否定しませんが、その、真っ白なパーカーとやらと、青いジーンズも、この里では充分に目立ちますよ? そして、急ぎなさい!)
そこで、更に孫一の悲鳴が入る!
「い、いたっ! だ、だから、やめるでござる! それ以上やるなら、こっちにも考えがあるでござる! この、マゴイチスペシャルの餌食になって貰うでござる!」
うん、それどこじゃないな。まだ10人くらいか?
こっそりと俺は、騒いでいる連中の背後に回り込み、左腕を捲り、桔梗さん特製の包帯を外していく。
先生、大丈夫ですかね?
(はい、いくら魔力が増えても、射程は変わらないでしょう。あの現象は、アラタの魔力で、左腕の負の魔力を押し出しているだけです。恨みの魔力は、アラタから離れたがりません。離れても、すぐに戻ってきます。ですが、込める量には気をつけなさい!)
ふむ、そういう事だったのか。だが、それなら安心だ!
俺は、ほんの少し、左腕に魔力を込める。
そして、孫一に群がっている連中目掛けて腕を振った!
そして、見えた!
あれが怨念か!
俺の左腕から、漆黒に縁どられた、それこそ無数の顔の集合体が、扇形に飛び出して行く!
「うわっ!」
「う~ん……」
「ひえっ!」
「…ござるっ?!」
顔の集合体は、人を突き抜け、10m程の距離でUターンして、俺の左腕に戻って来る。
そして、これは見事に極まったな。
その顔が突き抜けていった、全ての人が崩れ落ちる!
うまく射程に入っていたようだ。
孫一まで倒れてしまったが、そこは勘弁して貰おう。
俺は、そのまま門に向かって走る!
「あ、赤ラン…ぶごっ!」
途中、すれ違って、何か叫びかけた奴には、悪いが寝て貰う!
(ええ、見えるようになったのは、魔力の上昇が理由でしょう。なので、もう加減も完璧ですね。すぐに気付くはずです)
門の前まで来ると、凄い人だかりだ!
良く見ると、皆、殆ど忍者装束。更に、腰には刀を携えている!
そして、門の外からは、大声が響いている!
「赤いランセルの男を出せ! そうすれば、全て無かった事にしてやる! さもなくば、大和と戦争だ!」
チッ! 小夜達の言っていた通りか!
当然、門は硬く閉ざされており、その前では、忍者装束の奴が二人、里の人達を前に頑張っている。
「今は里長会議だ! すぐに結論が出るはずだから、あいつらには、絶対に手を出さないでくれ!」
「そう、落ち着いてくれ! あ、赤ラン! いや、近衛さん! こっちに来ちゃダメだ!」
あ~、それ、最悪です。
門番の片方が、俺を見つけ、大声を上げてしまう。
全員が俺に振り向いた!
「あ、災厄の元凶が来たぞ!」
「そうだ! あんたが来てから、この里は災難続きだ! 出てってくれ!」
「お前は馬鹿か! 近衛殿のおかげでこの里は救われたんだよ!」
「近衛さん、貴方が出て行く必要なんてない! 済まない! この恩知らずは黙ってろ!」
うわっ!
これ、完全に失敗したな。
俺としては、門番の人だけ寝て貰うつもりだったのだが。
ここまで人が集まっていたのは、想定外だ。
「「「「「出てけ!」」」」」」
「「「「「出てはダメです!」」」」」
群衆は、完全に二手に分かれ、双方が睨み合っている!
すると、背後からブランカが、俺の服の裾を、口で引っ張る。
「ん? ブランカか。しかし、これ、どうしよう? 流石に一度でこの数は無理っぽいし」
「ウガッ!」
(乗れと言っています。でも、手袋だけはして欲しいようです)
言われたままに、俺は桔梗さん特製手袋をはめ、ブランカに跨る。
しかし、大丈夫か?
ブランカの身体は、俺より少しでかい程度。俺を乗せて、この場を逃げるつもりなのだろうが、ちと無理では?
「ウガガ! ウギャッ!」
(いいから、しっかり掴まっていろ! だそうです)
ふむ、ここはブランカに賭けてみるか。
「うん、ブランカ、頼む!」
俺は、ブランカの胸に右手を回す。
すると……。
凄い衝撃と共に、ブランカはジャンプした!
下には、3mはあろうかという、里の城壁が見える!
そして、再び衝撃と共に着地する!
目の前には、鎧兜を纏った、二人の男が口に手を当て、大声で叫んでいる!
そして、俺に振り返った!
「げ! な、何だ?! あ! 貴様は!」
俺はブランカから飛び降り、手袋を外す!
「はい! ここで任務終了です!」
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