第24話 覚醒 2

       覚醒 2



「アラタさん、お早う! 良く寝れたみたいね! 朝ご飯の用意、できているわよ!」


 俺が目を開けると、美鈴がベッドの側に立っていた。

 ふむ、俺を起こしに来てくれたようだ。

 うん、相変わらずの美人だ。

 しかし、何やら様子が違う。美鈴はいつものドレスではなく、真っ黒なローブを纏っている!


「うん、美鈴さん、お早う。それで、その恰好、ひょっとして、今から大和とか? うん、顔洗って、すぐ行く!」

「いや、大丈夫っす! 決行は明日っす! なんで、慌てる必要は無いっす! それで、アラタさん、お早うっす!」


 声に振り返ると、ベッドの逆側には、いつもの忍者装束の小夜が立っていた。


「げ! 小夜さんもか! しかし、美鈴さんは、いつものドレスじゃないんだ? とにかく、すぐに行くから。食堂でいいよね?」

「ええ、あたしも、参加できそうなんで、今日はアラタさんと一緒に特訓よ。じゃあ、リビングで待っているわね」

「そうっす! 準備は大切っす! 付け焼刃でもいいから、最低限の訓練だけはって、おや…、父上の命令っす! じゃあ、待っているっす!」


 二人がそう言って出て行くと、ブランカがベッドに飛び乗って来た。


「ウギャ」

「うん、ブランカもお早う。そうだ、お前も、その特訓とやら、付き合うか?」

「ウ~、ウギャ! ウガガ!」

(私には必要無いけど、興味があるそうです。そしてアラタ、お早うございます)

「あ、先生もお早うございます。なるほど。じゃあ、ブランカは見ててくれ。しかし、特訓って、何だろ? まあ、魔法の訓練だとは思うけど」


 俺は、先生を背負い、手早く顔を洗ってから、ブランカと一緒にリビングに出ると、テーブルには、池田さんと、美鈴、そして小夜が既に席に着いていた。そして、皆、既に食事を始めているようだ。


「池田さん、お早うございます。遅くなってすみません。あれ、孫一は? で、小夜さんも一緒なんだ?」

「近衛さん、お早う。まあ、とにかく席に着いて下さい。孫一は、昨日から豊田さんのところですね~。まだ帰ってませんよ。それで、小夜ちゃんは、今はお客様ですね~。貴方の隣の部屋を借りてくれましたよ」


 ぶはっ!

 うん、孫一は解る。工業部門の長のところで、あの銃の改造に没頭しているのだろう。

 しかし、小夜は、明らかに美鈴が抜け駆けしないかを見張る為だろ!


「えへへ~、あたいも、ちょっと臨時収入があったすからね~。なんで、美鈴っち、お代わりっす!」

「小夜ちゃん! さんざん値切り倒して、食事まで指定してきたくせに偉そうね! あ、アラタさんは、当然只だから」


 ぶっ!

 小夜は、あの山分けの金か!

 しかし、流石に只は気が引ける。


「いや、俺も食費くらいは入れさせて下さい。今度、纏めて払いますから」


 すると、池田さんが意地悪く突っ込む。


「おや~? うちの食事は高いですよ~。何しろ、美鈴の手料理ですからね~。まあ、今は気にしないで下さい」

「は、はあ」


 ふむ、池田さんにも完全に気に入られてしまったと。

 当然悪い気はしないのだが、やはり少し後ろめたい。

 だが、昨日の感じからは、なるようになるだろう。


 今朝は、焼き魚に納豆、それと味噌汁にご飯、完全に和食だな。今の会話からは、小夜のリクエストの可能性が高そうだ。


 俺が席に着くと、ブランカも当然のように、横の椅子にちょこんと座り、ブランカ専用の大皿に盛られたそれを見て、早速がっついていやがる。しかし、こいつ、本当に何でも食うな。俺は、流石に納豆とかは無理なのでは?と心配したのだが。


「それで、特訓って? 俺、多分、あの呪いを解除する以外は、何も出来ないと思うけど?」


 俺は、食べながら聞く。


「ほうっふへ。先ふは符術っふね。あと、ひひうえが、体術もとか言ってたっふ」


 ふむ、まさに付け焼刃だろうが、最低限、足手纏いにはなるなってところだろう。

 しかし、小夜、呑み込んでから喋れ!



 食事を済ませると、早速小夜に連れられ、里長の屋敷に向かう。

 池田さんは来ないようだ。まあ、店番とか、色々とやることがあるのだろう。


 門を潜ると、白洲には、一昨日にあった、先端に布を巻きつけた杭が三本立っている。

 そして、縁側には、半蔵さんと桔梗さん、そして、結城さんと毛利さんが並んで腰かけていた。


 ふむ、この面子の意味は理解できるな。

 里長夫婦は俺の教師。

 結城さんは、俺がどれくらい足手纏いになるかの鑑定。ついでに毛利さんの実力も知りたいってところだろう。



 俺達の顔を見ると、すぐに縁側の全員が立ち上がる。


「うん、揃ったね。じゃあ、早速始めるさね。桔梗、頼んだよ!」

「ええ、近衛さん、先ずはこれをですわ」


 桔梗さんが、例の煙草の箱くらいの大きさの紙を、俺に渡す。

 それには、大きく『火』と書かれ、背景には、燃え盛る炎の絵が描かれている。


 なるほど、これが『符式』という奴だな。


 しかし、これを見て小夜が口を挟む。


「母上! アラタさんは、火の符術なら、既に出来るっす! あたいは、この前見せて貰ったっす! なんで、そんな初心者用の符式は必要ないっす!」


 あ~、そういや、小夜にはまだ説明していなかったな。

 俺はポケットをまさぐり、ライターを取り出す。


「いや、小夜さん、あれはイカサマなんだよ。ちょっと手を出してくれ」


 俺は、首を傾げる小夜の手に、ライターを握らせる。


「それで、この部分を押してみてくれ。ちなみにこれは陰陽具とかじゃないんで、魔力は込めないで」


 小夜は、依然半信半疑といった面持ちで、ライターのボタンを、かちりとさせる。


「え! え? え~っ! ちゃんと火が点いたっす! でもこれ、アラタさんが横で魔法を唱えたんじゃないんすか? って、あちっ!」


 小夜は点いた炎を確認する為だろう、手を翳したところで悲鳴をあげる。

 更に、いつの間にか小夜の周りには全員が集まり、皆、目を丸くしている。


「いや、俺は何もしていない。そして、それは誰にでも扱える。もっとも、今のこの世界でこれを作るのは、不可能だけどね」


 そう、この世界じゃ圧縮ガスなんてまず無いだろうし、点火装置に至っては、高度な電気技術の結晶だ。だが、ジッポみたいな、オイルライターなら可能だろう。


 しかし、皆、俺の説明など聞いていないようだ。

 早速、半蔵さんが小夜からライターを奪い取り、かちりとさせる。


「おお~っ! 儂でも出来た! ほれ、小夜! これで、儂とて符術が使えない訳ではないことが証明できたじゃろう!」 

「へ~っ、これが近衛殿の国の魔道具って訳だね。これなら期待できそうさね~」

「ちょっと、明菜! 私にもやらせて欲しいですわ!」

「おお~っ! こんなのは儂も初めてですじゃ!」


 ぶはっ!

 皆、ライターを奪い合い、それぞれ、かちりかちりとさせていく。

 うん、これ、この調子じゃ、すぐにガスが切れるな。まあ、もう一個あるし、魔法があるこの世界じゃ、あまり意味もないし、構わないか。


 俺は、最後にカチカチやっている美鈴に言う。


「じゃあ、それ、美鈴さんにあげるよ。宿代の足しにはならないだろうけど、泊めて貰っているお礼だな」

「え? いいの?! アラタさん、ありがとう! あたし、火魔法が使えないから、本当に嬉しいわ!」


 美鈴は満面の笑みとなる。うん、喜んでくれるなら何よりだ。

 しかし、美鈴はそのライターを手にしたまま、小夜に振り返り、少し顎を上げる。


「これで、あたしが一歩リードね!」


 ぐはっ!

 どうやら藪蛇だったようだ。



 その後は、桔梗さんによる、符術講座。


 ふむ、説明を聞く限りでは、奈月先生の言ったことと、ほぼ同じようだ。

 イメージを造成し、符式と呼ばれる字や絵が描かれた、護符を持ち、その一点に魔力を集中させ、解き放つ!

 これだけだ。


「最初は私がやりますわね。燃えよ!森羅万象の理より発する力、陰陽式符術、炎弾!」


 桔梗さんが伸ばした腕の先から、バレーボールくらいの大きさの火の玉が発生し、杭に向かって直進する!

 そして、一瞬で一本の杭が炎に包まれた!


「す、すご……」


 俺が呆気に取られていると、小夜が俺の肩を叩く。


「あの符術で、あの威力が出せるのは、母上だけっす。なんで、初めは、あのライターって魔法の火加減で充分っす」


 ふむ、俺も以前、桔梗さんの符術は見ているし、威力に関しては納得だ。

 しかし、小夜は俺の説明を全く聞いてなかったな。

 まだあれが魔法だと誤解しているようだ。これを理解させる事はもう諦めだな。


「うん、とにかく俺もやってみるよ」

(アラタ! あまり魔力を込めすぎてはなりませんよ)


 いきなり頭に声が響いた!

 あ~、そうだった。俺の魔力は既に、常人の10倍以上。全力でやって、成功してしまった場合、どうなるかは火を見るより明らか! って、その火を見たい訳ではあるが。


「え~っと、こんな感じかな?」 


 俺は右手に護符を持ち、それを見つめる。そして、そこに気力を溜めながら、先程見せて貰ったイメージを固める。


「燃えよ!森羅万象の理より発する力、陰陽式符術、炎弾!」


 ん? 

 何も起こらない……。

 奈月先生の話だと、俺の理解は十分なはずだ。

 何故?


「あれ? おかしいっすね。あたいが見ていた感じでは、成功しそうなもんなんすけど?」

「そうですわね。でも、諦めてはいけませんわ。最初に失敗するのは普通ですわ」

「そうですじゃ。魔法も同じですじゃ」


 周りで見ていた先生方が、一斉にフォローしてくれる。


「じゃあ、もう一度! 燃えよ!森羅万象の理より発する力、陰陽式符術、炎弾!」


 あれ?

 今度は、かなり魔力を込めたつもりだが、やはり何も起こらない。


「チッ! なら、これでどうだ! 燃えよ!森羅万象の理より発する力、陰陽式符術、炎弾!」


 伸ばした右手の先はそのまま。

 杭にも何の変化も無い。


「う~ん、何故だ?」

「おかしいっす! あの魔法が使えて、これが使えないはずが無いっす!」

「小夜ちゃん、ちょっとお黙りなさい! そうですわね、火系統の符術は、近衛さんには相性が悪いのかもしれませんわね。じゃあ、今度はこちらで試して欲しいですわ」


 桔梗さんは、今度は『雷』と書かれた護符を俺に渡す。


「じゃあ、お手本は、小夜ちゃんですわね」


 桔梗さんに叱られて、少し落ち込んだ感じの小夜だったが、これで復活したようだ。


「はいっす! やっとあたいの出番っす! 美鈴っちも、よく見ていて欲しいっすね!」


 小夜はそう言って、美鈴に向かって軽く顎を上げる。


「先ずは初級っす! 穿うがて! 森羅万象の理より発する力、陰陽式符術、雷撃!」


 最後に小夜が、あの『雷』と書かれた舌を出すと、小夜の腕先から、稲妻がほとばしる!

 そして、それは、真ん中の杭に見事に直撃した!

 更に、そこから少し煙が立ち上った。


「やはり、小夜さんも凄いな~。あの『雷槍』って奴の、初心者バージョンだろうけど」

「そうっすね。とにかくやってみるっす!」

「うん、ありがとう。どれ…、穿うがて! 森羅万象の理より発する力、陰陽式符術、雷撃!」


 う~ん、やはり何も起こらない。

 続けて何度も試してみるが、徒労に終わる。


「う~ん、俺には、この系統も相性が悪いのかな?」

「そうですわね。でも、気落ちする必要はありませんわ。この里でも、魔力は結構あるのに、符術はからっきしって人も居ますわ」


 桔梗さんは、半蔵さんに振り返る。


「じゃ、じゃが、儂は武術系統の符術なら負けんぞ! そうじゃな、婿殿、魔法ならどうじゃろう? いきなり、この里の高度な符術では、失敗して当たり前なのやもしれんぞ?」


 う~ん、俺の中では、魔法も符術も大差ないのだが。

 魔法は、まだブランカのしか見た事がないが、あれを見た限りでは、初心者には、寧ろ符術の方が適していると思う。


 そして、今度は美鈴がどや顔になる。


「じゃあ、アラタさん、あたしのを見てね! 小夜ちゃんもよく見るのよ!」


 ふむ、さっきとは逆だな。


「我、願う! 我が魂、その理を力と換え賜え! ウォーターバレッツ!」


 今度は、美鈴が伸ばした腕先から、3本の、透明な手裏剣のようなものが出現する!

 そして、それが全弾杭に突き刺さる!


 げ! 杭に、小さな穴が開いた!

 呪文の感じからは、水魔法のようだが、これはこれで、かなりの威力だろう。

 そして、その呪文も、やはり基本は符術と一緒と見た。自分の魔力を具現化する為の、一種の儀式みたいなものだろう。


(ええ、その認識で間違いはないのですが…。とにかく、これも試してみるしかないでしょう)


 ふむ、先生までそう言うのなら、俺にもきっと出来るはずだ。


 満面の笑みで、美鈴が俺に向く。


「どう? ざっとこんなものね。魔法は符術と違って、護符は要らないけど、その分、余計に魔力を消費するみたいね。なので、あたしなら今の魔法、5回が限度かしら。そして、この里で使える人は、そう多くはないわね。まあ、教えられる人が少ないから仕方ないけど。あたしは、お母様から教わったわ」


 なるほど、美鈴の母親がどういう人だったかは、これで想像がつくな。

 おそらく、池田さんが西方に行商にでも行った時に、知り合ったのだろう。


 ん? 毛利さんが拍手している。


「うむ、美鈴殿、お見事ですじゃ! 大和では、あそこまできちんと出せる者は、そうは居りませんじゃ。勿論、桔梗殿と、小夜殿の術もですじゃ。これも、この、陰陽の里で育ったからですかのう?」


 ふむ、毛利さんは、この土地に、何か魔力を増幅させるような特殊なものがあると考えているようだ。


(いえ、この土地とか、場所は関係ありませんね。単に、魔力を操る理解度の違いでしょう。それよりアラタ、色々試してみるべきでしょう。アラタの魔力、そして理解度なら、成功する筈なのです。私の感じたところでも、イメージの造成、魔力の込め方、特に問題はありませんでしたよ)

「なるほど、とにかくやってみるしかないな! うん、美鈴さん、お手本ありがとう! え~っと、我、願う! 我が魂、その理を力と換え賜え! ウォーターバレッツ!」


 やはり何も起こらない。

 これも、イメージの仕方とか、気力の込め方を色々と替えて試してみるが、結果は一緒だった。


「う~む、ならば、婿殿は儂と同じかもじゃな。儂も、そういった符術はダメじゃが、武術系なら得意じゃ。どれ、見せて進ぜよう」


 今度は半蔵さんが、どや顔で俺の前に立つ。

 そして、腰の刀を抜いた。


「陰陽式武術、縮地! ふむ、こいつも見せておくか。陰陽式武術、五月雨斬り!」


 げ!

 半蔵さんが一瞬消えたかと思うと、杭の前に立っていた!

 更に、構えていた刀が、何本にも分裂する!

 結果、杭の一本が、10個くらいの破片と化した!


「ふ、こんなもんかの。小夜、それに結城殿も、これくらいは出来るじゃろ」


 半蔵さんは、にやりと笑って、小夜と結城さんに振り返る。


「おや…、いや、父上! それ、陰陽式武術の秘奥義っすよね。無茶振りっす!」

「う~ん、半蔵殿、桔梗と小夜ちゃんの前で、いいとこ見せたい気持ちは理解できるさね。でも、今の、あちきじゃ~、後、10年はかかりそうだね~。なんで、近衛殿は、今のは見なかったことにして、地道に基礎から鍛えるのをお勧めするさね」


 やはりか。

 うん、この縮地って奴は、盗賊と合わせて何度か見せて貰っているが、とても俺には出来そうもない。

 そして、五月雨斬りってのに至っては、もはや、何が起こったかすら分からない。

 恐らくは、かなりの修練の賜物だろう。

 俺ごときが、真似したい、と言った時点でおこがましいわ!


(はい、そうですね。あれは、もはや武術ではありません。身体を使った魔法です。その意味では、あの者の方が、桔梗よりも才能があるのかもしれませんね)


 うん、俺もそんな気がする。

 小夜は気付いていないようだが、半蔵さんは、ある種の天才だろう。

 そして、桔梗さんも、それに気付いていたと見ていいだろう。

 武術と符術の天才カップル。なんか凄いな。


 だが、困ったことに、半蔵さん自身は、それには気付いていないようだ。


「う~む、奥義とか、そんな大したもんでは無い気がするがの~。陰陽術の基礎、イメージを固めさえすれば、簡単なんじゃが。まあ、それなりの鍛錬は必須じゃがな」

「ウギャ」


 何故か、俺の足元でうんうんと首を倒すブランカ。

 何か、魔獣にまで馬鹿にされた気分でちと悔しいが、こればかりは、結城さんの言うとおり、基礎から地道にやらないと、出来そうもない。



 結局、その後も色々と符術や魔法を試してみるが、どれも失敗。

 昼食後には、桔梗さんが、「大体分かったから、部下と、毛利殿と一緒に打ち合わせをする」と、帰っていった。

 また、気分転換にと、小夜の刀を借りて振ってみるが、やはり、てんで話にならないらしい。

 但し、組技系、柔道のようなものは、才能あるかもと言われた。まあ、これは体育の授業で、少し齧っていたからだろう。



 そろそろ日も落ちようかという時、一人の男が担ぎ込まれて来た。

 髪の毛は真っ白だし、浴衣一枚の服装から見るに、避難民の一人だろう。

 担ぎ込んできたのは、建築部門の長、竹中さんだ。


「済まない! 城壁の補強工事の最中に、足を滑らせたみたいだ! 桔梗さん、頼む!」

「かしこまりましたわ!」


 その男は、どうやら、腕を骨折してしまったようだ。臨時に添え木を当てられているが、かなり腫れあがっていた。また、その表情は、苦悶に歪んでいる。


 桔梗さんは、懐から、治癒と書かれた一枚の護符を取り出し、骨折しているであろう患部にそれを添え、唱える。


「癒せ! 森羅万象の理より発する力、陰陽式符術、接骨!」


 しかし、男の苦悶の表情は変わらない。

 腕は、ぱんぱんに腫れあがったままだ。


「あら? あ~、そういう事ですのね。竹中さん! これからは、もっと早く連れて来て欲しいですわ! でも、これで骨は繋がったはずですわ。後はしっかりと食事を採って、休んでいれば、腫れもひくはずですわ」


 ふむ、早めに治療できていれば、完全に治せたってところだろう。


「いや、面目ない。大丈夫かって聞いた時、こんなもん、唾つけておけば治るとか言われてしまって。まあ、今考えれば、意地を張っていたんだろう。うん、後は安静にさせておくよ」

「す、済まないだ。おら、この里の為に、力になりたかっただ。そ、それで、ど、どうもご迷惑おかけしましただ」

「うんうん、じゃあ、今日はゆっくり休んでくれ」


 二人は、桔梗さんに頭を下げてから、立ち上がる。

 そこで、いきなり頭に声が響く。


(なるほど、これは盲点でしたね。アラタ、今の魔法、試してみてはどうですか? 丁度、あの者も、まだ完治とは言えないようですし)


 え?

 しかし、もうほぼ治ったのでは? 骨は繋がったって言ってたし。


(まあ、そう言わずに。あの、蘇生された時の感覚、覚えていますよね?)


 う~ん、あの合体ロボの光景は、あまり思い出したくも無いが、確か、左腕の奥から、柔らかい光が差し込んだような感覚は、今でもはっきりと覚えている。


(そう、それです! 丁度、実験台も居ます)


 ぐはっ!

 実験台って!

 まあ、今までの感じからは、失敗した時、何も起こらなかったし、変な事にはならないか?

 うん、桔梗さんも居る事だし、大丈夫か。


「済みません、竹中さん、その人、俺に治療させてくれませんか? あ、桔梗さんも済みません。もしもの時はお願いします」

「ん? 赤ラン…、いや、近衛君か。うん、君なら任せられそうだ」

「え? 確かに、回復系統の符術はまだ試していませんわね。ええ、私がついていますわ」


 うん、許可は下りたようだ。

 しかし、『赤ラン』って。どうやら、俺には既にあだ名がついてしまっているようだ。


 俺が、桔梗さんから護符を受け取ると、また頭に声が響く。


(アラタ、呪文の詠唱は、貴方の好きなように。そう、アラタのイメージに合ったものがいいでしょう。そして、その護符とやらも、アラタには不要な気がします。とにかく一心に、あの時の感覚を具現化させなさい!)


「なるほど。じゃあ、やってみますね。失礼します」

「お、お願いしますだ。し、しかし、一度ならずも二度も! 本当に済まないですだ!」

「いや、こちらこそ済みません。では……」


 俺は、その男の患部に右手を当て、あの時の感覚をイメージし、そこに気力を集中させる。


「うん、イメージも固まった! できる気がする! 『腫れよ、退け!』」


 全員が注目する!

 俺の右手が、一瞬、白く光った!


「す、凄いですだ! 何ともなくなったですだ!」


 何と! 成功してしまったようだ!

 うん、完全に腫れはひいたようで、男の腕は、普通の太さに戻っている。


 更に、男はぐるぐると腕を回してみる。


「全く違和感も無いですだ! それに、何か疲れも全く無くなった気がしますだ! 本当にありがとうございますだ!」

「そ、それは良かったです。いや、お礼はいいですから。むしろ、俺が礼を言いたいくらいなんで。とにかく、治ったようで、何よりです」


 この場はこれで終わりのようで、その男と竹中さんは、再び俺に頭を下げてから、この場を去って行った。


 そして、二人が見えなくなると、背後から一斉に声がかかる!


「アラタさん! 今の、魔法っすよね? でも、魔法の詠唱とも違う気がするっす。あれ、何すか?」

「ええ! 小夜ちゃん! あれは魔法とは呼べないわ! それに、あんなストレートな呪文なんて、聞いた事がないわね! あたしの詠唱でもかなり簡略化しているのだけど、あそこまで短くはならないわ!」

「そうですわね。詠唱はともかく、光るなんて現象、私も初めて見ましたわ!」


 ぶはっ!

 先生方は、どうやら、あの魔法がお気に召さないようだ。

 俺としては、治っただけでも奇跡なのだが。

 せんせぇ~、どうなんですか?


(若干の気の乱れはありましたが、ほぼ完璧でしょう。そして、あれこそが、真の魔法だと、私は思いますよ)


 ふむ、他の先生方はともかく、神の眷属様が言うのなら、あれでいいようだ。


(いい心掛けです)


 はいはい。


「ま、まあ、過程はどうあれ、成功したのだからいいのでは? それと、やっと初めて成功したよ! うん、さっきの人には感謝だな。そして、俺には回復系統の魔法が向いているってことだろう」


 しかし、先生方は、しきりに首を捻っている。

 そして、桔梗さんが何か思いついたようだ。


「ですが、近衛さん、さっきの感じからすると、他の魔法や符術も、成功するはずですわ! そうですわ! 符術も、一つ成功したら、芋づる式に成功する人も居ますわ!」

「え? そういうものなんですか? じゃあ、早速やってみますね!」


 俺は、今までに教わった符術、魔法、片っ端から試してみる。


「……」

「……」

「……」

「う~む、やはり、婿殿には、回復系統しか向いていないようじゃな。それでも、出来ないよりは遥かにマシじゃ! それに、これで儂の可愛い小夜に何かあっても安心じゃ!」


 押し黙る皆の中、半蔵さんが空気を読んでフォローをしてくれる。

 うん、俺も、そんなもんだと割り切ろう。

 そもそも、常人の十倍以上の魔力で、攻撃系統の魔法なんざが成功したら、それこそ魔王だろう。


 そこで、また先生の声だ。


(あ~、そういうことですか。はい、理解できました)


 ん? 先生は何が理解できたのだろう?


(いえ、アラタは気にしないでいいでしょう。そしてこれからは、その唯一の取り柄、回復魔法を鍛えるべきでしょう)


 う~ん、何か引っかかるが、確かにそれが最善だな。


「はい、回復系統だけでも成功出来たので、充分ですね。皆さん、どうもありがとうございました!」

「そうですわね。じゃあ、お風呂と食事ですわ。美鈴ちゃんも、手伝ってくれると助かりますわ」

「ウギャ」


 最後は桔梗さんが締めてくれた。

 うん、もう日が暮れている。

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