第23話 この地を取り巻く現状

       この地を取り巻く現状



 風呂では、毛利さんの話を訊く予定だったのが、先にブランカの事を訊かれてしまう。

 もっとも、完全には納得していないようだが、とにかく、この里の一員であるという認識だけは持ってくれたようで何よりだ。


 ってか、ブランカ。お前、頭に手拭い乗っけて、四ツ目を細めるって。

 もはや、魔獣の面影が皆無だぞ。



「それで、問題はモンハン王じゃ。もし、魔王自ら居ったとあれば、流石に婿殿でも厳しかろう。毛利殿、そこはどう思われますかな?」


 うん、それは俺も思っていた。そして、その場合は、流石に逃げるしかなかろう。

 俺は死ななくても、周りの犠牲が増えるだけだ。


「それは大丈夫だと思いますじゃ。モンハン王は、毎月、必ず一度、10日に大和に来ますじゃ。今日は18日のようじゃし、暫くは来ないと思いますじゃ」


 ふむ、前回来た時に、毛利さん達は傀儡にされたと。


「そして、毎回、モンハン王が来た時、操られている者達は、勝手に集合しますのじゃ。そして、そこでモンハン王が演説しますじゃ。儂は、そこに呼ばれてからの記憶がありませんじゃ」


 なるほど。どうやら、傀儡にする魔法の掛け直しだろう。

 それから分かる事は、一度かけた魔法の有効期限は、一ヶ月以上、二ヶ月未満と。


「ところで毛利さん、モンハン王は一人で来るのですか? それとも、大勢のモンハン兵と共に?」


 これは聞いておくべきだろう。

 サトリが言っていた魔王のように、家ごと来るとかなら、奴の行動は読み易い。

 俺は、最終的には、モンハン王とやりあわなければならないと思っている。


(ええ、私もそう思います。そしてそれこそが、神々がアラタに与えた、この世界での試練かもしれませんね)


 全く、神々とは勝手なものだ。

 この、元々は只のフリーターに、何を期待しているんだか。


(そうですか? 私は期待していますよ。ええ、その為に私が派遣されたのでしょう)


 まあ、それは考えても仕方ないか。

 とにかく、今は大和解放だ!


「それは、大勢のモンハン兵に支えられた、巨大な輿こしに乗って来ますじゃ。護衛も合わせると、常に100人は居ますじゃ」


 ふむ、流石に家では無いようだが、魔王の考える事は、大差ないと。


「分かりました。しかし、普通なら馬車とか使いそうなのに、何故そんな無駄を?」

「それは婿殿、己の権力を誇示したいからではないかのう?」

「う~ん、独裁者って、そんなもんなのですかね~?」

「ウギャグ、ウワワ、ギャグギャン」


 ん? ブランカが割って入って来た。いつもは、黙って横で聞いているのに珍しいな。


(私は耐えられるけど、普通の灰狼族なら、アラタの側には寄り付かないだろうと)


 ぐはっ!

 ふむ、獣の本能の為せる業か?

 道理で、サトリ達以外の魔獣には、今まで出会わなかった訳だ!


「なるほど。多分ですが、ある程度知性のある動物だと、魔王の側には、本能的に近づきたくないようです。ブランカ、色々済まないな」

「ウギャギャ、ウグ」

(気にするな。私の選んだ事だ。だそうです)

「しかし、馬にまで嫌われるとはのう。魔王とは、案外孤独な存在やもしれぬの」


 ふむ、半蔵さんの言う通りなのかもな。

 では、この人達はどうなのだろうか?

 魔王を腕に宿す、この俺と一緒に居る事には、何も感じないのだろうか?


(それは、直接聞いてみればいいでしょう。私も、この者のした覚悟とやらには、興味があります)


 あ~、そういや、半蔵さん、何か言ってたな。

 しかし、これは流石にな~。

 返事次第では、ここには居られなくなるかもしれない。


 結局、俺に聞く勇気なんざある訳も無く、いい加減に温まったところで、皆で風呂場を後にする。



 その後は、池田屋で、皆と夕食をご馳走になる。

 毛利さんも交え、池田家2人プラス藤原家3人で、総勢7人と一匹。かなり賑やかな食事だ。ちなみに孫一は、工業部門の長、豊田さんのところに、銃と俺の書いた設計図一式を持って行ったそうで、まだ帰って来ていない。


 池田ファミリーへ今回の概要の説明の後は、専ら、現在の大和の状態について、毛利さんへの質問攻めだ。


「ふ~む、今までの大和は、優れた金属の加工技術を生かしての、工業主体の国というイメージじゃったが、今は、農業主体に強引に切り替わりつつあるのじゃな?」

「そうですじゃ。おかげで、儂の手もほれ、この通りですじゃ」


 毛利さんはそう言って、手の平を翳す。

 そこには、無数のマメができており、更に、潰れてはまた出来たのだろう。手の平全体が黄ばんだ色になっており、少し盛り上がって見える。


「農地を開墾することには、儂も異存は無いのですじゃ。しかし、魔法を認めてくれれば、もっと楽なんじゃがの~。おまけに、満足な農耕具も支給されんあり様ですじゃ」


 ふむ、金属製品への規制も本格的なようだ。元々そういったのを作るのが得意な国なのに、農具が無いとは。

 皆、一様に押し黙る。


「しかし、悪い事ばかりでもないようですじゃ。傀儡兵のせいもあるのじゃが、強制的に職に就かされた結果、治安は飛躍的に向上しましたじゃ」


 まあ、そらそうだろうな。

 毎日そんな過酷な労働をさせられたら、良からぬ事をする気にもならないだろう。


「確かに、治安は良くなりましたね~。昔なら、他国の商人に賄賂を要求する人や、盗賊も居たのですが、現在は皆無ですよ。でも、商人としては、あがったりですね~。何しろ、陰陽の里が誇る陰陽具は禁止。そして、こっちが仕入れたい鉄製品は無い。今や、大和とモンハンは、通り抜けるだけの国ですね~」


 ふむ、池田さんの補足で、俺を襲ったあの盗賊達についても納得だ。連中は、大和かモンハンから逃げてきたと見るべきだろう。


「ん? ってことは、大和に接している武蔵と北辰は、この里以上に難民ラッシュでは?」

「それは確かですね~。もっとも、武蔵は、穀物と織物がメインの、農業国。なので、仕事の内容は変わらないのですがね。当然、北辰にも行っているようですよ。ただ、北辰は鉱山が主体の資源国なのですが、最近は景気が悪くて、無闇には受け入れていないようですね~」


 なるほど。これで、この地域一帯の産業構造が理解できた。

 今まで、北辰で採掘された金属は、大和で加工され、北辰と武蔵へ。そして、武蔵で採れた農産物は、大和と北辰に卸される。最後に、真ん中に位置する陰陽の里は、魔法関連の道具と情報と。

 これ、かなりいいバランスなのでは?


 しかし、その一角を担う大和がこれでは、この一帯のバランスが崩れたはずだ。

 特に北辰は厳しい。

 今までは、大和が買ってくれていた鉱物が、売れなくなっているに違いない。人を受け入れないのも当然だ。

 また、武蔵だってそうだ。大和で穀物の生産が上がれば、やっぱり売れない。


 ふむ、かなり不味い状態だな。


「まあ、逃げ出した者がどうなったかまでは、儂も知りませんじゃ。でも、逃げ出す事自体が大変ですじゃ。街道の要所には、必ず傀儡兵が見張っていますじゃ。見つかったら最後、死刑か、更に過酷な労働ですじゃ」


 ぐは!

 これ、俺の世界のどこぞの国と、大差無いのでは?


 そして、これに桔梗さんが、溜息交じりに続ける。


「これで私も大体理解できましたわ。ならば、やはり近衛さんの言う通り、大和の解放が最優先ですわね」

「え? 桔梗さん、あの作戦、アラタさんが提案していたの? 流石はあたしのアラタさんね!」


 ふむ、桔梗さんも俺と同じことを考えていたようだ。

 だが、藪をつついたな。


 当然、この美鈴の一言に、小夜が食つく!


「まだ美鈴っちのアラタさんじゃないっす! それに、次の任務は、あたいとアラタさんは一緒っす! 美鈴ッちは、里でお留守番っすね」


 あの~、小夜さん? 命懸けの任務を、デートみたいに言わないで欲しいのですが?

 もっとも、懸かっているのは、俺以外の命なのだが。


 しかも、池田さんまでが反応してくるし。


「ん? ですが、美鈴にもお声がかかる可能性はありますね~。モンハン王の戦法は、火薬による自爆。ならば、水魔法が得意な美鈴は、その火薬を無効化できるでしょう。うん、これは、僕から結城さんに言っておきましょう」

「え、お父様! それ、絶対よ! 小夜ちゃんに抜け駆けはさせないわ!」


 ふむ。流石に普段から傀儡兵に火薬を持たせては居ないだろうが、城とか要所には、火薬が配置されている可能性が高い。ならば、爆発する前に湿気らせてしまえばいいと。


 しかし、なんだかな~。

 池田さんも、娘をお見合いに出す感覚なのでは?

 そして、これで知ったが、美鈴は水魔法が得意と。道理で洗濯とかが早かった訳だ。


 ちなみに、桔梗さんは、しまったという表情だ。

 完全に、藪をつついてしまった自覚があると見た。


「これこれ、二人共、婿殿は、そんなつもりで行くのでは無い! 飽くまでも、この里の一員として、この里を案じて参加してくれるのじゃ。確かに、婿殿の力は強大じゃ。これからもその力に頼る事にはなろう。じゃが、儂は婿殿を特別扱いするつもりは無いですぞ。婿殿にしか出来ない事はお任せするが、儂らに出来る事は、儂らがやる。此度の任務、婿殿に頼りきってしまえば、失敗は火を見るより明らかじゃ。なので、美鈴殿、もし参加するとなっても、そこは忘れてはならんぞ」


 お、流石は里長だな。

 これで小夜と美鈴の浮ついた気持ちも引き締まったと見え、真剣な表情で頷いてくれた。


(そうですね。そして、この者の覚悟とは、この事でしょう。私もこれなら安心できます。アラタはその腕のせいで、特別扱いされるのが負担だったのでしょうから)


 あ~、そういう事だったのか。確かにこの一言で、俺はかなり気楽になれたと思う。

 先生も流石だな。

 自分でも気付かなかったが、多分そうなのだろう。


「はい、半蔵さん、ありがとうございます。そして、これからも宜しくお願いします。大和の件については、俺なりに、出来る限りの事をしてみます」

「うむ、良い返事じゃ。詳しい作戦に関しては、結城殿に任せればよかろう。では、文左衛門、今日は馳走になったな。そして、毛利殿も大変参考なりましたぞ」


 ふむ、今日はこれでお開きのようだ。

 皆が立ち上がる。


 里長一家は屋敷に戻り、毛利さんも仮設テントで休むようだ。

 ちなみに俺は、どちらがいいと聞かれたので、池田屋ホテルで休ませて貰う事にした。

 どうやら暫くは、ここで厄介になる事になりそうだ。


 その晩は、昼まで寝ていたにも関わらず、俺は部屋に入るなりベッドに倒れ込む。

 慣れない世界なのもだが、柄にもなく、偉そうに演説まがいのことまでやったからだろう。

 うん、今日も色々あったな。

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