第21話 魔王の真意

       魔王の真意



「ん? ここは?」


 俺は、身体を起こす。

 周りを見ると、どうやら、池田屋の、あのベッドのようだ。


(あ~、アラタ! やっと、気付きましたね! はい、その通りです! そして、時間はもう昼です)


 いきなり頭に声が響く!

 ふむ、奈月先生も健在なようだ。

 見ると、相変わらずの真っ赤なランドセルが、枕元に置いてあった。


 そして、俺の足元が急に重くなった。


「ウギャ」


 ふむ、ブランカか。

 そういや、こいつには仕事を頼んだままだったか。


「うん、ブランカにも心配かけたな。それで、あのメモ、無事、届けてくれたのか?」

「ウギャ! ウガガ!」

(当然だ。そして、心配なんかしていなかったそうです)

「う~ん、ブランカも少し俺を買い被り過ぎだな。だけど、ありがとう」


 更に声が続く。


「お~! 婿殿! やっと目覚められたか! 昨日の一件、里長として、誠に感謝に堪えませんぞ!」


 声に振り返ると、ソファーに、半蔵さんと文左衛門さんが、並んで座っていた。


「全くですね~。それで、貴方、身体の調子は大丈夫ですか? あれだけの術を使ったんです。どこかに異常が出ている可能性もある。もっとも、その、奈月先生の話では、大丈夫との事でしたが。それと半蔵! これだけは、はっきりさせておかないといけませんね~。小夜ちゃんは、昨日、この近衛さんにふられたと聞きましたよ~。まあ、それはうちの美鈴も同様なようですが。なので、婿呼ばわりは感心しませんね~」


 そして、二人は睨み合う。

 う~ん、これは参ったな。池田さんにも認められてしまったようだ。

 しかし、取り敢えず、俺はベッドから起き上がり、腕を回したり、屈伸したりして、身体に異常が無いか確かめてみる。


 うん、何処にも異常は無い。


 ただ、昨日の事に関しては、かなり気が重い。何しろ、無実の人を3人も殺してしまったのだ!

 また、あれから確認できていないが、更に死んでいる可能性もある。

 なので、気分的には最悪だ!


(アラタ、あれは不可抗力です! 貴方のせいではありません! 悪いのは、あの魔王です! とにかく、今はこの者達との話が先でしょう)


 まあ、それはそうなのだが。

 うん、今は先生の言った通り、そう割り切るしかなさそうだ。


「はい、何処にも異常は無いようです。って、この左腕は? で、俺、下着だけ?」


 そう、今更気付いたが、俺はトランクス一枚。まあ、これは誰かが脱がしてくれたと考えるべきだろう。

 そして、左腕には、そこら中に『封』と書かれた包帯のようなものが、手首から肩口まで、満遍なく巻かれている。

 更に、左手には、真っ白な手袋が嵌められており、これにも、手の甲の部分に、大きく『封』と書かれている。


「それは、儂の唯一無二の絶対美、桔梗の特別製じゃ! 試してみたところ、それなら婿殿の左腕に触れても、少し気分が悪くなる程度で、気絶まではせなんだ。なので、儂の可愛い小夜も、大喜びじゃ!」

「まあ、それは美鈴も喜んでいましたから、桔梗さんには感謝ですね~。なので、近衛さん、美鈴が今晩、話があると言っていましたよ~」


 ぐはっ!

 彼女達は、まだ俺を諦めていなかったようだ。

 全く、こんな人殺しの、何処がいいんだか。


(だから、アラタは己を卑下しすぎです! 今回の件、貴方は自信を持つべきです! 何しろ、この里4000人の命を救ったのですから!)


 それもそうなのだが、やはり、これも俺の力じゃないし、何とも微妙な気分だ。

 そして俺は、池田さんはともかく、半蔵さんには、先に謝るべきだろう。


「あの、娘さん達の話は、その、昨日も言いましたけど、本当に気持ちは嬉しいのですが、まだ俺の気持ちの整理が出来ていません。そして、半蔵さん、昨日は本当にすみませんでした!」


 俺は、改めて頭を下げる。


「婿殿、頭を上げられよ。儂らの態度にも、問題があったのは事実じゃし。なので、それはもう良いのじゃ。確かに、婿殿の気持ちは、儂らには理解できん。しかし、婿殿は結果で示してくれたのじゃ。なので、儂らが感謝することはあれど、婿殿が気に病む事などないのじゃ。昨日から、色々と文左衛門から聞きましたぞ。とにかく、かけられよ。そこの服は、美鈴殿が洗ってくれたようじゃ」


 ふむ、どうやら、ここで二人、俺が起きるのを待ちながら、昨日の一件について相談していたと見ていいだろう。ということは、あの時の事は、全て伝わっていると考えていいな。

 しかし、良く考えてみれば、何故にホテル池田屋?

 そういう話をする事を考えれば、里長の屋敷がベストなはずでは?


 俺は、ベッドの足元にあった、綺麗に畳まれたパーカーとジーンズを着込み、ベッドに座り直す。


「はい、ありがとうございます。しかし、俺はてっきり、担ぎ込まれるのならば、半蔵さんの屋敷かと思いましたが? あ、それと、昨日のその後の事も教えて下さい! 里の被害は?! それで結局、何人死んだんですか?!」


 すると、二人は交互に説明してくれた。



 ブランカのメモのおかげで、この里の手練れ、10人程がすぐに合流してくれたので、事後処理はすんなり進んだようだ。伸びていた俺に関しては、その人達が即席の担架を作って運んでくれたそうだ。


 また、気になっていた、大和の兵隊達の腰の袋には、思った通り、火薬がぎっしりと。更に、兵糧だと思っていた物資も、火薬だったそうだ。ご丁寧にも、殺傷力を高める為に、小さな鉄球入りで、おまけに火打石とセットだったようだ。孫一が確認したところ、強い衝撃を袋に与えると、爆発する仕掛けだったようだ。もっとも、鉄球が入っていた意味は、彼等には理解できておらず、俺が説明すると目を丸くしていた。


 ちなみに、昨日の使者二人も、俺の読み通り、門のところで自爆して、大穴を開けたそうだ。幸いにも、その爆発での死人はその使者二人だけで、巻き添えで重傷を負った人も居たらしいが、それは、この里の回復系符術を使える人のおかげで、もう大丈夫と。


 しかし、何ともやり切れない話だ。

 あの草地で暴発しなかったのは、奇跡に近いだろう。あそこで爆発していれば、半分くらいは死んでいた筈だ。

 おそらく、あの連中には、里の中に入ってから自爆しろ、みたいな命令が出されていたと見る。


 そして、あの俺の攻撃で、洗脳というか、操られた状態は解けたようで、池田さんから説明を聞き、約半数はこの里に、池田さんと合流した里の人に引き連れられて来たと。

 なので、今、里長の屋敷は、その避難民?達を臨時に引き受けて、満員らしい。


 ふむ、俺がここに居る理由も納得だ。そして、女性陣は、その世話に全員駆り出されていると見るべきだろう。


 しかし、池田さんから、自分達は捨て駒にされたという説明を聞いても尚、残りの半数の人は大和に引き返したらしい。何でも、家族が人質に取られているという理由だったそうだ。

 これもやり切れない話だ。おそらく、帰ったところで、彼等に待っているのは、過酷な重労働か処刑しかない。モンハン王は、最初から彼等を殺すつもりだったのだから。



「なるほど、大体理解できました。池田さんもありがとうございます。それで、最終的に、彼等の犠牲者は?」


 すると、池田さんは上を向き、半蔵さんは、ポリポリと頬の髭を掻く。

 ふむ、これは奈月先生から、口止めされていると見ていいな。

 まあ、既に3人死んでいるのは知っているのだし、その人数が増えたところで、俺の罪は変わらないのかもしれない。だが、やはり知っておくべきだろう。


「アラタ! その手袋を取って、手の平の数字を見なさい!」


 ん? こういう場で、先生が直接声を出す事は珍しい気がする。

 もっとも、池田さんも既に先生の存在を知っているようなので、隠す必要は無いのだが。


 俺は言われた通り、手袋を外し、手の平を見る。


『205824』


 ん~?

 確か末尾は36だったから、今回は12人。

 ふむ、きっと、あの洗脳状態を解いたので、感謝されたのだろう。

 しかし、あれしきの事で、12人もが本気で感謝してくれたとは!

 うん、先生は、これで自信を持てと言いたいのだろう。


「何を勘違いしているのです! 今回は112人です!」


 ぬお?

 そう言われてみれば、前回の100の位は9だっけか?

 もっとも、20万からすれば、誤差の範囲ではあるが、やはり嬉しい!

 しかし、これ、多すぎでは?

 何人死んだか知らないけど、感謝されるとすれば、最高でも170人くらい。

 しかも、本気で感謝となれば、普通、半分が関の山だろう。


「全く! その数は、あの大和の兵達だけではありません! この里の者達の中にも、アラタに本気で感謝している者が居るのです! だから胸を張りなさい!」

「え? そうなんですか?」

「そうじゃな。儂も文左衛門も、婿殿には、本当に感謝しておる。なので、細かい事は気にしたら負けじゃ! 気にするなら、儂の可愛い小夜の事じゃな」

「そうですね~。僕も、あの時の貴方の読みには感服しましたよ。近衛さんが居なければ、あのまま僕がついて行っても、結局何も出来ず、おそらくは、爆発に巻き込まれていたでしょう。とにかく今回の件、貴方のおかげで、最小限の犠牲で済んだのは間違いない。そして、うちの美鈴の事も、気にしてあげて欲しいですね~」


 ふむ、やはり罪悪感は残るが、この人達の言う通りなのかもしれない。

 そう考えると、彼女達の好意も、素直に受け入れられる気がしてきた。


「はい、ありがとうございます。なので、小夜さんと美鈴さんの事も、真剣に考えられそうです。うん、何か楽になりましたよ」

「それは何よりじゃ。それで、婿殿、もう昼じゃし、飯でもどうじゃ? 腹も減っておるじゃろう。これからこの池田屋で、丁度、里長会議の予定じゃ。当然、付き合って貰いますぞ」

「あ~、そういう予定でしたね~。うん、半蔵、近衛さんにも聞いて貰うのはいい考えだ。それに、ここなら美鈴の手料理ですしね~」


 う~ん、俺としては、新参者だし、聞いても意味が解らないと思うのだが。

 しかし、腹は減っているし、美鈴の料理は美味かったはずだ。 


「はい、昼飯はいいですね。俺も腹が減っています。しかし、里長会議なんかに俺が出ても……」

「まあまあ、そう言わずに。貴方は今回の功労者です。そうですね~、報告の義務って奴でしょう。それに、僕もまだ聞きたい事はありますし」

「そうじゃの。では、婿殿、参りますぞ!」


 俺が慌てて先生を背負うと、半蔵さんに強引に手を取られ、そのまま食堂へと連行された。



 池田屋の食堂というか、リビングは8人座れるが、既に5席が埋まっており、そこに俺達が合流する。

 昼食はサンドイッチだった。それに紅茶がつく。

 それを、紹介された、各部門長と共に、つまみながら会談するという、とてもアットホームな雰囲気である。

 ちなみにブランカは、流石に今回は遠慮させた。後で美鈴が部屋に持って行ってくれると聞いたので、問題はなかろう。


 各部門の長は、次の通りだ。


里長代表、兼、武術部門長:藤原 半蔵

符術部門長:藤原 桔梗

諜報部門長:結城 明菜

農業部門長:牧野 富重

商業部門長:池田 文左衛門

建築部門長:竹中 大樹

工業部門長:豊田 幸助

会計部門長:伊藤 文太


 ふむ、知った顔が3人も居るので、俺もそれ程緊張しなくて済みそうだ。


 もっとも、建築部門の長、竹中さんは、大和からの避難民の受け入れと、門の補修で、現在大忙しで、ここには居ない。避難民には、里の外れに仮設テントを張っているそうだ。


 議題は、先ずは俺とブランカを、この里の一員として認めること。

 これは、あっさりと通った。


 次に、会計部門の伊藤さんからの報告。

 これは、大和の人を受け入れる為の予算が無いとの苦情で、これには全員が渋い顔だ。


「大体、あの連中、殆どが年寄りで、労働力にならん! もっとも、魔法が使える者が多いので、戦力にはなりそうだが、里に受け入れるのには反対だな。今は仕方ないが、落ち着いたら、早急に武蔵にでも行って貰うべきだろう」


 うわ~、伊藤さん、厳しい意見だ。

 しかし、伊藤さん、貴方の髪だって相当薄いぞ?

 まあ、いきなりで、仕事も無いだろうし、もっともな意見かもな。


 しかし、この意見には、桔梗さんが反論した!


「今、この里は戦時ですわ! 昨日のように、いつまたモンハンが攻めて来るかも分かりませんわ! 何より、あの方達は、元、大和の魔法関連の重鎮が殆ど! そんな戦力を捨てるなんて、勿体無いですわ! 最低でも、モンハンとの一件が落ち着くまでは、ここに居て貰うべきですわ!」


 ふむ、少し理解できてきたぞ。

 彼等は、魔法が禁止になった大和では、もはや無用の長物。なので、捨てられたと。

 しかし、モンハン王は何を考えているんだか。そんな貴重な戦力、普通は絶対に手放さないぞ?

 そして、桔梗さんの意見にも納得だ。


「だが、彼等を養う金が無いと言っているんだ!」


 う~ん。桔梗さんの意見は理想ではあるが、確かに、先立つ物が無ければ厳しい話だな。


 だが待てよ?

 ここは符術の里だが、主に諜報活動で外貨を獲得していると聞いている。

 ならば!


「あの~、俺なんかが、意見出してもいいですかね?」

「お~! 婿殿、遠慮なくお願いしますぞ」


 半蔵さんが、にこにこしながら俺に振ってくれた。


「では、僭越ながら。昨日の一件で得た情報、武蔵に売れませんかね? 今や、大和を併合したモンハンは、武蔵にとっても脅威でしょ。事実、調査依頼が来ていると聞きました。なので、今回のモンハンが取った戦法、武蔵からすれば、絶対に知りたいはずでは? 幸いにも、今の大和とモンハンから情報が流れる事は無く、この情報を知っているのは、この里だけです。武蔵は、この里が攻められた事すら知らないのでは? それに、現状、武蔵と組んでモンハンに対抗するのが最良では? なら、情報を共有しておいて、損はないはずです」


 すると、諜報部長の、結城さんが机を叩いた!


 彼女は、この里では珍しい赤毛をボブカットにし、小夜と同じ、忍者装束だ。

 年は桔梗さんよりも少し若い感じ。30歳くらいか? 切れ長の目で、きつそうな雰囲気を醸し出してはいるが、美人と呼んで差し支えないだろう。


「それだよ! いや~、あちきの部門は、モンハン王が変わってから、もうさっぱりでね~。うん、近衛殿、その案、頂きだよ! 早速、あちきが売ってやろうじゃないか! 半蔵さん、どうだい?」

「おお~! 婿殿! それなら一石二鳥じゃな! 皆、どうじゃ?!」


 半蔵さんは興奮気味に席を立ち、全員を見回す。


「うむ、流石は清明様の予言された方だ! 賛成だ!」

「やはり私の目に狂いはありませんでしたね~。当然賛成ですよ」

「やっぱり、小夜ちゃんにあげるのは勿体無いですわ。勿論賛成ですわ!」


 なんか意味不明なのもあったが、皆、一斉に右手を挙げた。

 うん、俺でも役に立てたようだ。



 その後は、俺と池田さんによる、あの一件の報告。

 全員、大体の経緯は聞いていたようだが、詳細までは知らなかったようで、諜報部門の結城さんなんかは、身を乗り出して聞いてくれる。

 まあ、彼女はこれからこの情報を売るのだから、これは当然だろう。


「それで、近衛さん、僕の疑問は、何故、彼等が自爆戦法を取ると知ったのか、ですね~。あの時点では、僕には想像もつきませんでしたよ。せいぜい、交渉が決裂したら攻めてくるのだろう、くらいですよ。何か、人の心を読む術でもあるのですか?」


 う~ん、少し考えれば、誰でもとは言わないが、分かると思うのだが。


「あ~、先ず、俺はまだ魔法は使えないんで、読心術なんてのは、そもそも無理です。気付いた理由は簡単です。池田さんも言っていたじゃないですか。あの戦力では里を落とせないって。ならば、後は簡単です。例え、魔王と言えど、負ける戦は仕掛けないでしょう。なら、必勝の策があったはずです。あ~、そっか。この世界じゃ、自爆テロなんてのは、無かったか。うん、俺の世界じゃ、もはやありふれた戦法だったんで。はい、それだけです」

「こ、近衛さんの世界では、あれがありふれていたって……。ちょ、ちょっと、私でも引きますわ! あんな残酷な事を考えつけるのは、魔王だけですわ!」


 唯一、桔梗さんだけが反応を示したが、他の人には意味不明だったようだ。皆、きょとんとしている。

 そもそも、俺が異世界人である事が信じられないのだろう。


「そうですね~。小夜さんや、半蔵さん流に言うと、俺は魔王を飼っています。なので、少しだけなら、魔王の考えが分かるといったところでしょうか?」

「う~ん、良く分りませんが、とにかく、近衛さんは、あのやり方を既に知っていたと。僕も、貴方が別の世界から来たという話には、ついていけませんが、孫一に教えてくれた、銃の事もある。まあ、皆さん、近衛さんが特別だという事で納得しましょう」


 ふむ、池田さんが上手く纏めてくれたな。

 俺も、この事を本気で説明しようとしたら、それこそ日が暮れてしまう。

 そして、俺も忘れていた。そういや、あの銃、どうなったのだろう?

 孫一は頑張っていたようだが?


「あ、今ので思い出しました。池田さん、孫一に教えてあげた銃、どうなりました? あ、すみません。後で直接聞きますね」


 しまった!

 今は里長会議中だ! 俺ごときが割ってはいけない!


 しかし、皆の反応は違うようだ。全員、俺を食い入るように見る。


「ほほ~う、銃でござるか。確かに符術が使えない者にとっては、間合いが遠い場合、攻撃の足しにはなるでござるな。そして、今や戦時でござる。小生も、その話には興味があるでござる。近衛殿、続けて欲しいでござるな」


 この人は、工業部門の長、豊田さん。綺麗に丁髷を結って、武士ってイメージの人だ。

 そして、ござる調の人は、ああいうのに理解があるのだろうか?


「いえ、池田さんが西の国から持ち帰ったという銃、そいつを、俺の知識を基に、孫一が改良しているんですよ。俺の見た感じでは、孫一は、そういった、物を作る事に関しては天才ですね。近日中に、戦力と呼べる物が出来るかもしれませんね」


 本音としては、ああいった、人殺しの道具を作るのは嫌だ。

 しかし、面白半分で孫一に教えてしまったところ、予想以上のものができてしまいそうだ。

 そして、今こそ、それが必要とされているのかもしれない。


「いや~、僕も寝る前に孫一から聞いただけでしてね~。孫一も、今は皆の手伝いで居ませんし。ええ、後で聞いてみましょう。今までの近衛さんを見る限り、何やら凄い物が出来そうですしね~」

「そうでござるな。では、池田殿、孫一が戻ったら、うちに来るように伝えて欲しいでござる。小生も、何か手伝えるかもしれないでござる」


 うん、これはこれでいいだろう。俺も後であの部屋に行ってみよう。作りかけのが置いてありそうだ。


「ふむ、銃の事は儂も良く分らんが、婿殿の指導ならば、期待できそうじゃ。では、次じゃ」



 ここで半蔵さんが、腕を組み、真剣な表情で全員を見回す。


「今日の最大の議題じゃ。この里に攻め込んで来た、大和、いや、モンハンじゃな。皆、どうしてくれるのが良いと思うかの~?」


 口調は穏やかだが、半蔵さんの怒りが見て取れる。

 そらそうだ。下手したら、この里は壊滅していただろう。


 そして、これは大いに紛糾した! 

 建築部門の竹中さんも、作業が一区切りついたのか、予備の椅子を持って来て参加し、大激論を繰り広げる!


 半蔵(武術)、結城(諜報)、伊藤(会計)、牧野(農業)の、強硬派チームに対し、

 桔梗(符術)、池田(商業)、豊田(工業)、竹中(建築)の、慎重派チームに分かれる!


 当然、強硬派も、この里の戦力では勝ち目が無いのは充分に承知しており、何でもいいからモンハンに対してダメージを与え、この里の面子を守るのが目的のようだ。


 ふむ、この世界、舐められたら終わりと。


 俺が口出しすると、先程の雰囲気から、俺がついた方の意見で決まってしまいそうなので、ここは自重しよう。

 なので俺は、池田さんに頼んでここら辺一帯の地図を出して貰い、この地域の情勢を把握する事に専念する。

 うん、地形すら知らない俺が、口出しなぞ、分を弁えないのにも程がある。


 俺が地図と睨めっこをしていると、丁度美鈴が皆にお茶を振舞ってくれたので、そこを捕まえて、色々と聞く。

 美鈴も、この場で面倒な事は口にせず、俺が訊いた事だけ、親切に教えてくれた。もっとも、背中に胸が当たる感触して、こっちは相当緊張したが。


「な、なるほど。この里から、清明様広場を経て、南西に下ると、大和の国。人口は約30万。そして、更に西に行くと、この、南西に突き出た半島部分がモンハン。人口は約10万。なので、大和もモンハンも、南側は海に面していると。そして、大和の北西部分は、険しい山脈が隔てているが、チルベンという国に接していて、ここら辺からは、西方の文化圏と。で、この里の門から、すぐに東へ進み、そこから南東に行くと、東の最果て、武蔵の国。ここも人口は約30万。ふむ、大和と互角だな。更に両国は、南側部分は国境を接していると」


「ええ、そして、この里の北側部分も、大和とチルベンの国境と同じで、険しい山脈になっているわ。山を越えたら、そこは、北辰の国ね。でも、あの山を越えられるのは、魔獣とか、獣くらいなものね。道も無いわ。だから、直接里と交流があるのは、今までは、大和と武蔵、そしてモンハンだけね。もっとも、お父様は、チルベンを越えて、更に西まで行くみたいだけど」


「ふむ、かなり理解できたよ。ありがとう」

「どういたしまして。それよりアラタさん、いつでもいいから、あたしの話を聞いて欲しいの。あのままじゃ、後味が悪すぎるわ」

「わ、分かった。じゃあ、落ち着いたらでいいかな?」

「ええ! 絶対よ!」



 俺もこれで大体理解できたので、皆の討論に耳を傾ける。

 しかし、お互い、建設的な意見は乏しいようだ。


 何故なら、強硬派の目的は、大和ではなく、モンハンに鉄槌を下す事だ。だが、モンハンに行くには、どうしても大和の国を通らなければならない。

 しかし、大和はモンハンの傀儡政権。いや、属領だ。なので、気付かれずにモンハンに行くのはほぼ不可能。


 また、慎重派も、いくら符術の精鋭が揃っているとはいえ、戦力に乏しいこの里で、合わせて40万もの国家を抑えておくのは、厳しいなんてものじゃない。

 昨日引き入れた、大和の魔法に長けているという人達を加えても、結果は目に見えている。ジリ貧確定だ。


 ふむ、打つ手無しじゃないか。

 そもそも、この、たった4000人の里で、勝負になる訳がない。

 相手が本気になれば、一瞬だろう。

 今までの話では、この里には、大和も武蔵も興味が無かっただけだ。

 まあ、符術という、抑止力もあったのは間違いないが。

 ただ、地形上、この里に攻め込むには、あの狭い小道を通って進軍しないといけないので、大軍を持って攻めるのは難しいのが、救いの種か。


 しかし、何故に、今更、モンハンはこの里を襲う?

 こんな辺境、放っておいてもいいはずだ。

 領土を広げたいなら、武蔵やチルベン、北辰に行けばいい。

 もっとも、あの人達を処刑するついでだと言われれば、納得できなくもないが。


 そもそも、モンハン王の行動には、謎が多すぎる!

 何故、貴重な魔法職を捨てる?

 何故、わざわざ国家を弱体化させるような政策を執る?


 そこで俺は思い出した。

 そうだ! モンハン王は魔王! 人間じゃあない!

 しかし、元は人間。それも独裁者。

 ならば!


 なんだ、そういう事か。

 単純じゃないか。


 奴は、自分の保身しか考えてないのだ!


 なので、奴自身も相当強いはずだが、それを盤石にしたい。

 ならば、魔法とか、技術そのものが奴を脅かす!

 この里を襲ったのは納得だ!

 奴は、この里の符術を恐れたのだ!


 という事は、奴は波状攻撃を仕掛けて来る可能性が高い。

 悠長にしていたら、また攻められるだけだ。

 そして、奴も大和を経由してからでないと、この里には来られない。


 うん、なら、これが最善のはずだ!


 周りを見回すと、皆、結論の出ない議論に疲れたのか、腕を組んで黙り込んでいる。

 なので、俺は手を挙げてみた。


「おお~! 婿殿! 何かありますかな?」


 半蔵さんが、助け舟とばかりに、俺に期待を込めた眼差しを向ける。

 皆も、同様に俺に振り返る。


「いえ、俺も具体案って程じゃないのですが、先ずは、何故、モンハンがこの里を襲うかを考えれば、解決策が出るかなと。皆さん、どう思われますか?」

「それは、この里が欲しいからではないのか? この里の符術を得たいのじゃろう」

「いえ、半蔵さん、あれは火薬だったのでしょ? なら、モンハン王は、この里を壊滅させるつもりだったはずです。それに、貴重な魔法職の人を追放しました。符術が欲しいのなら、魔法だって捨てないはずです」

「そ、それもそうじゃな。では、何故じゃ? この里には大した資源などないしの~」


 半蔵さんが、頬の髭をいじりながら考え込み出すと、池田さんが手を挙げた。


「それは、僕も気になっていたんですよね~。モンハン王は、相手を操る魔法が使える。実際、大和の君主は、操られていると見て間違いないですね~。僕なら、あんな自爆戦法なんか取らず、直接半蔵を操りますよ。なので、疑問なのです。それで、近衛さんの考えは? 意地悪せずに、教えて欲しいですね~」


 ぐはっ!

 意地悪するつもり等、無いのですが?

 まあ、こう言われたら仕方あるまい。時間も惜しいしな。


「じゃあ、俺ごときの意見で済みません。俺の考えでは、モンハン王は、魔法を恐れています。理由は単純、保身です。なので、この符術の里を襲った。そう考えれば、全ての説明がつきます。奴は魔法を禁止し、武器に使える鉄製品の販売も禁止。奴は、刀狩りを徹底させたいんですよ」


 皆、一瞬ぽかんとしてから、大きく目を見開く!


「流石は近衛さんですわ! 確かにそう考えれば、辻褄が合いますわね!」

「ふむ、それなら納得じゃ! 流石は婿殿じゃ!」

「それは考えていなかったでござる! 流石は近衛殿でござる!」


 そして、口々に俺を褒めてくれる。なんかこそばゆい。


「でも、モンハン王の目的が分かっても、現状、あちきらの戦力じゃあ、何も出来ないのが、どうにも歯がゆくてね~。で、近衛殿は、それも既に考えてくれているんだろ~?」


 ぶはっ!

 流石は諜報部門の長、ばれてたか。


「まあ、かなり無茶な作戦なんですが。先ず、モンハンは、大和を経由しないと、この里には攻められない。なら、大和をモンハンの所属から解き放てばいい。要は、ヒデヨリさんだっけ? 大和の君主の洗脳を解けばいいのでは?」


 そう、考えてみれば、単純な話なのだ。

 しかし、これにはかなりの危険が伴う。

 俺がヒデヨリさんとやらに、直接会えれば、簡単に解除出来るだろう。

 だが、モンハン王だって、大和の警備は厳重にしているはずだ。

 ヒデヨリの配下も、操り人形で固められているのは、想像に難くない。


 だが、ここは諜報を生業にしている里。

 俺はそこに賭けてみたい。

 もっとも、最悪、俺一人で行くつもりだが。


 皆、危険性について理解したのだろう。

 全員、顔がほころんだ。が、すぐに腕を組んでしまった。

 そして、やや沈黙の後、結城さんが口を開いた。


「流石は近衛殿だ。大和さえ解放しちまえば、今度はその恩を盾に、大和と連携してモンハンを叩ける! うん、最高の手だよ! そして、近衛殿の考えは、あちきにも良く分るよ。近衛殿は、たった一人で200人を締めちまったんだ。あちきらが無理なら、自分一人でもって考えだろ? でも、あちきらをもっと信用して欲しいね~。あの城、あちきにとっちゃ、もう庭みたいなもんさね。なんで、警備は厳しくなっているだろうが、潜入だけなら何とかなる。だが、秀頼一人を解いたって無意味だ。きっと、他の傀儡兵に殺られちまうだろう。やるなら、最低でも秀頼の側近と護衛、そいつらを纏めて解かなきゃならない」


 あ~、そういうことか!

 俺は、ヒデヨリだけでいいと思っていたが、それじゃダメだったんだ!

 そして、皆はそれに気付いていたと。

 更に、結城さんには、またもやばれていたと。ちと恥ずかしい。


「でも…、いや…、あ~、なら、こちらの犠牲は最小限でいけそうさね!」


 お、結城さんは何か策を思いついたようだ。

 ぶつぶつ独り言を言っていたかと思うと、にやりと顔を上げた。

 すると、また池田さんが手を挙げた。


「それで、結城さん、全部で何人くらいですか? 昨日の近衛さんを見た限り、あの力、数十回が限度でしょう。相手が一ヵ所にかたまってくれていればいいのですが」


 ふむ、自分では数えてもいなかったが、そんなものか。

 一度に、5~10人くらいを気絶させていた勘定か?


 それに対し、結城さんは、一瞬戸惑ったような表情を見せてから答えた。


「そ、そうですよね。そ、そこらへんも含めて、あちきが作戦を練りたいんで、す、少し時間を下さい。あのじいさん達からも、情報を得られるだろうし。うん、こうしちゃいられない。武蔵の件は部下に任せるよ。それと、言っておくけど、今回は少数精鋭だ。なんで、半蔵殿、小夜ちゃんを借りる事になると思うけど、いいかい?」


 ん? 結城さんの言葉遣いが、少しぶれた気がしたが?

 しかし、周りの人は誰も気に咎めてはいないようだ。話の内容だけに集中しているのだろう。半蔵さんも、すぐさま返事する。


「無論じゃ。というか、儂は要らんのか?」

「う~ん、半蔵殿はちとね~。ドンパチするなら、喜んでってところだけど。今回は、恩を売る為にも、極力殺せないんだ。それに、里の守りも必要だろう」


 あら、半蔵さんは下を向いてしまった。

 当然、自ら行くつもりだったのだろう。


「じゃあ、明菜、私が参りますわ!」

「桔梗、あんたもだ。確かに、あんたが居れば頼りになる。でも、あんた、本気で怒ると、あの城ごと燃やし尽くしかねないからね~。それより、護符の作成、頼んだよ」


 ぐはっ!

 桔梗さん、そんなに凄いんだ!

 そしてこれで、夫婦揃って下を向いてしまった。


「では、結城さん、詳細が決まったらお願いしますよ~。うん、今日はここまででしょう」


 里長に代わって、最期を池田さんが締めると、皆が一斉に立ち上がる!

 気付くと、窓から西日が射していた。

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