第20話 悲しむアラタ

       悲しむアラタ



 草地が覗けるところまで来ると、何やら騒がしい。

 木陰から伺うと、草地の中で、滅多やたらに2頭の馬が疾走している。

 そして、兵隊達が、その馬を取り押さえようと右往左往していた。


 ふむ、あれが池田さんの足止め策のようだ。流石だな。

 あれには、兵糧が積まれていると聞いていたので、あの馬を置いて行く訳には行かないのだろう。

 しかし、当の池田さんの姿が見当たらない。

 あの、真っ赤なイギリス近衛兵のような服装は、かなり目立つはずなので、これは、既に俺を発見してくれて、どこかに隠れていると見ていいだろう。


「じゃあ、始めるかって、あんだけばらけられると、纏めて気絶させるのは不可能か?」

(そうですね。ですが、この混乱した状態、試し撃ちをするには最適でしょう。今なら、誰か気絶しても、誰も気付かないでしょう)


 俺の独り言に対して、先生は、心の声で反応してくれた。

 うん、ここからは、細心の注意が必要だな。

 しかし、試し撃ちって。まあ、その通りなのだが、人間相手には、その言い方は少し気が咎めるぞ。


 俺は、まずはこの木陰から、最も手近に居た奴に向けて、半蔵さんの時と全く同じ加減で、魔力を左腕に込める。

 そして、そのまま左腕を振り抜いた!


「うわっ!」


 そいつは、悲鳴と共に崩れ落ちる!


 うん、効いてる!

 距離は5m程あったのだが、問題無かったようだ。


 なので、続けて、そいつとは少し離れたところに居た奴も狙ってみる。

 距離は少し遠くなって、10mくらいか?


「う~ん、なんでござる? 何か、凄い悪寒がしたでござる! でも、いきなりすっきりしたでござるな~」


 ふむ、あの距離だと、効かないと。

 しかし、そこで頭にまた声が響く!


(いえ、効いています! あの者は、気絶はしませんでしたが、あの影が消えました!)


 なんと!

 俺も良く見ると、あの纏わりついていた影が、その二人にはない!

 まだ意識のある方の奴は、しきりに首を捻っている。

 うん、これは使える!


(はい、ですが、この調子で一人ずつ全員には無理でしょう。アラタの魔力が持ちません)


 あ~、それは考えてもいなかった。

 ならば、やはり、纏めて気絶して貰うしかなさそうだな。


 なので、俺は意を決する。

 少々危険だが、多分、これが最善のはずだ。


 俺は、木陰を離れ、草地の入り口に姿を晒す!


「お~い! 兵隊さん達、こっちに来てくれ! 何かあるぞ!」


 べたな手だが、今まで走り回る馬に気を取られていた奴らの半分程が、こっちに振り向いた!


「こっちですよ~!」

「ん? なんじゃなんじゃ?」

「あ、さっきの商人か?」

「今はそれどころじゃないんじゃがの~、でも、何でじゃろう?」


 1/3、50人くらいか? 一斉にこっちに集まって来た!


「はい! 皆さんの任務はここで終了です!」


 俺はそう言いながら、魔力を再び左腕に込める!


(アラタ! 今回は真っ直ぐ前に突き出すのではなく、弧を描くように、ボクシングでいう、フックでやってみなさい!)


 なるほど!


 俺は、言われた通り、左腕を半円に振りぬく!


「うわっ!」

「うげっ!」

「う~ん…」


 ふむ、これは爽快だな。

 更に、これで俺の左腕の射程距離が、明確に判別できた。


 俺の近く、7~8mくらいまでの奴が一斉に倒れる!

 そして、それより遠い奴、10mくらいまでか? は、頭を抱えたりしている奴も居たが、皆、同様に、一瞬顔を顰めたが、すぐに呆けたような顔つきになる!


「あれ? ここ、どこじゃ?」

「ん~? 儂の杖は?」

「拙者は何を?」


 よし!

 どうやら、あの影の消失と共に、皆、正気になったと考えていいか?


 しかし、それ以降の奴は、同様に少し顔を顰めたが、効いてはいないようだ。


「おい! 一体どうした!」

「な、何でいきなり倒れたんじゃ?」

「おい! 商人! 貴様、一体何をした!」

「魔法か? しかし、そんなものでは、我らが偉大なモンハン王の前では子供騙しよの~」


 そして、呆けている連中の背後から、まだ効いていない奴らが、一斉にこちらに押し寄せる!


「あんた、いくら、儂らが偉大なモンハン王に愛されているからといっても、これはやりすぎじゃろう!」

「モンハン王の大いなる御心を邪魔するとは、不届き千万! 手打ちにしてくれるわ!」

「我らには、偉大なるモンハン王がついているでござる!」


 更に、馬までがこっちに走ってきて、それを追いかけていた連中までが合流する!

 呆けている奴は押しのけられ、倒れている奴は、その上を踏み潰される!

 まさに、阿鼻叫喚状態だ!


「だから、ここで任務終了です!」


 俺は、再び左腕を振り回す!


「うわ~っ!」

「き、気分が…!」

「ぶごっ!」


 再び、俺の近くにいた奴が一斉に倒れ、中距離に居た奴は、その場で放心状態。

 俺の周りは、今や伸びている奴が折り重なっている!


 そこへ、後続が押し寄せる!


「もう許さねぇだ! モンハン王に選ばれた儂らを!」

「貴様、ただの商人じゃないの! モンハン王の威光を知るがよい!」

「モンハン王に盾ついた事を後悔しろ!」


 しかし、俺も、ここまでになるとは思ってもいなかった!

 これじゃ、下手したら死人が出る!

 ってか、あの踏み潰されている奴、大丈夫だろうか?


(アラタ! 今はそんな事を気にしている場合ではありません!)

「お、おう!」


 先生の一言で俺は正気に戻り、また腕を振り回す!


「ぶぎゃっ!」

「ごふっ!」

「き、気持ち悪~っ!」


 再び何人もが倒れる!

 そして、その倒れた奴らで、俺の周りは、台風災害の時に見るような、ちょっとした土塁が築かれた!


 続けて、そいつらを乗り越えようとしている奴に、俺は容赦なく左腕を振る!

 かなり心が痛いが、先生じゃないが、連中全員を正気に戻すか、伸ばしてしまわない限り、これはもう収拾がつかないだろう!



 気付くと、俺は肩で息をしていた。

 周りを見回すと、立っているのは30人程。しかし、どれも呆けた顔をしている。

 どうやら、正気に戻った奴も、後続に押された結果、俺に近寄り過ぎ、かなりの数が気絶する射程に入ってしまったと見ていいだろう。


「せ、先生、死人は…?」

(奇跡的ですね。たったの3人です。死因はこの状態を見れば、おそらく圧死でしょう。それよりもアラタ! 貴方はもう限界です! 少し……)

「さ、3人も……! こ、この人達は、操られていただけだ! それを……、俺が……!」


 俺は頭に響く声を遮り、山になっている人達をほぐしていく!

 皆、鎧を着ているせいか、かなり重い。

 しかし、そんな事は言っていられない!

 早くどかさないと、下の人達が!


 そこに、あの真っ赤な服を着た、池田さんが現れた!


「いや~、貴方、凄いですね~。まさかここまでとは! 僕も想定外でしたよ~。そして、その左腕……」


 どうやら俺は、ここで意識が途絶えたようだ。

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