第19話 魔王の作戦
魔王の作戦
俺は、来た道を小走りで戻る。
運が良ければ、あの使者達と鉢合わせする筈だ。
そこで、あの、半蔵さんに使った左腕を食らわせれば、気絶させることが可能だろう。うまくすれば、あの洗脳状態を解除できて、何か情報を聞き出せるかもしれない。
もっとも、あの影のようなものが憑いた、操られているという状態に効くかは、不明だが。
「ですが、あの者達、里長に断られた後、どうするのでしょうか? 私には、使命を達成できずに、おめおめと帰られるとは思えませんよ?」
背後から、先生が話しかけてくる。
ふむ。それは連中に、交渉が決裂した場合、どのような命令を与えられているかにかかっているだろう。
「ですが先生、流石に、あの二人だけで暴れるとは思えませんよ? いくらモンハン王が魔王でも、無駄な戦力の消費は避けるのでは?」
「そうだといいのですが、魔王は人ではありません。それに、先程の者達だけでは、里を落とせるとも考えていない筈ですよ」
ん? そこまで考えていなかったが、確かに先生の言う通りだ。
池田さんも疑問に思っていたようだが、もし連中が300人の戦力に匹敵しても、里の人口は4000人。
戦える人全てが迎撃に出れば、あの壁もあるし、守備側が圧倒的に有利だ。おまけに、戦力は、老兵と少年兵がメイン。損害を与える事は出来るだろうが、とても攻め落とせるとは思えない。
増してや、交渉が決裂した場合、里側が用心して戦力を整えるのは、誰にでも想定できる。
そもそも、併合なんて無茶な要求、受け入れられるとは考えていない筈だ!
「じゃあ、魔王の真意は何処にあるんだろう?」
「さあ? 私にも解りかねます。私は魔王ではありませんから」
ごもっとも。
そもそも、先生は神の眷属であって、人間でも無い。
人間上がりの魔王の考える事など、想像できる訳もなく。
やはりここは、人間である俺が考えるしか無さそうだ。
俺は歩を緩めながら、顎に手を当てる。
俺が魔王ならどうする?
あの連中は、一体何の為にあそこに居た?
交渉の決裂は必至。ならば、問答無用に奇襲した方が早いのでは?
そもそも大和併合は、先程の兵隊同様、大和のトップ、『ヒデヨリ様』とやらを操っていると考えるべきだ。
ならば、こんなまだるっこしい事はせずに、直接魔王自ら乗り込んで、里長を操ってしまえば、犠牲は皆無だ。奴だって、自分の戦力を削りたくはないはずだ。
俺はそこまで考えて、ある、一つの結論に達した。
そう、魔王は、元々併合なんて考えていないのでは?
併合させるのが前提ならば、普通、あの里を丸ごと、無傷で手に入れようとする筈だ。
しかし、あえて双方に被害が出るのを承知で、戦力を割く。
「なるほど。アラタの考え方は、私には無理ですね。流石は人間といったところですか」
「う~ん、とても褒めているようには聞こえませんが、まあいいです。はい、理由は分かりませんが、奴は、あの里を壊滅させるつもりでしょう。あの人達だけでは、とても不可能に見えますが、それこそ奥の手が……。あっ! そういうことか! なら、あの門を突破されたら終わりだ! ってか、既に突破されている可能性が高い!」
うん、そう考えれば、全てに合点がいく!
あの兵隊達が、何故、戦力外と呼べる連中なのかも納得だ!
そう、彼等は捨て駒だ!
今思い出せば、連中は全員腰に、何やらウェストバッグみたいなものを着けていた。
袋の大きさは、辞書、広辞〇といった程度だが、あれは爆弾ではなかろうか?
今流行りの、自爆テロって奴だろう。銃があるくらいだから、爆弾だってある筈だ。
おそらく彼等は、モンハンや大和での、労働力とは見なされていない人達、ないしは、不穏分子だろう。
「それが本当なら、空恐ろしいですね。ですが、その考え方には納得がいきます。そして、私も天界から、そういった惨事を見た記憶があります。ええ、アラタの考えで間違いないでしょう。彼等は、モンハン王には不要な人達なのでしょう」
本当に反吐が出る!
もっとも、日本も昔、特攻隊なんかをやらせていたので、日本人である俺が批判するのもなんだが、今回のは、それとは性質がかなり異なると思う。
そう、あの時は戦争で、あれ以外勝ち目が無いと、苦渋の決断の結果だ。
しかし、モンハン王のこれは、まだ戦争にすらなっていない。
ただの虐殺以外の何物でも無い!
「はい、そして俺は、あの使者に出された人達は、里の門を爆破するのが、真の役目だと思います。断られてから帰る時に、門のところで自爆するつもりでしょう」
「アラタの考えが正しければ、どうやらそのようですね。それで、アラタはどうするつもりですか? この争いに首を突っ込めば、貴方も無事では済みませんよ? 死にはしなくても、確実に痛い思いをします。貴方は、まだあの里の者達に、それ程義理を尽くす理由も無いですよ?」
う!
先生の言う事は間違ってはいない。
そして、連中が本当に自爆テロをするつもりなら、あの盗賊達の時とは桁が違う。
しかし、上手くすれば、本当に死ねるかもしれんな。
「アラタ!」
「いえ、先生、ちょっと考えてみただけです! 俺も、あんな思いはもう御免ですよ。だけど、知ってしまった以上、もう巻き込まれたも同然です。そして、あの人達が死んだりするのには、やはり抵抗があります。なので、何とかしてあげたいのが本音です。そして、これこそ、桔梗さんじゃないですが、俺にしか出来ない事かもしれません」
うん、やはり放ってはおけない。
そして、何と言っても俺は不死身だ。ならば、こういった危険な事には、俺以上の適任者は居ないだろう。
「ならば良かったです。しかし、その心構えはいいのですが、勝算はあるのですか? くれぐれも、命を粗末にするような、特攻隊のようなやり方は認めませんよ?」
「う~ん、それは、この左腕に頼るしかありませんね。さっきの半蔵さんのように、上手く行く事を期待するしか。とにかく、連中を里に行かせたら手遅れです。…とすると、里の手前までに何とかするしか無いか? あ、その前に、連中が本当に自爆するかどうかも確証がないな。ならば……」
俺は足を止め、さっき預かった指輪に、小声で語りかける。
「池田さん、近衛です。今、いいですか?」
すると、やはり小声で返事が来た。
「はい、大丈夫ですよ~。連中、何やら慌ただしくなりましてね~。兵隊達が、そろそろ時間だと言い出しまして……」
げ!
もう、一刻の猶予も無いのかもしれない!
そう、連中には、はなから使者の返事なんて、待たせてはいなかったのだ!
おそらく、このくらいの時間に、交渉が決裂するとの読みだろう。
そして、あの連中が進軍する頃を見計らって、使者には、門のところで自爆させると!
「やはりですか! それで、池田さん、一つだけ確認して頂きたい事があります! 連中の腰につけている袋、中身は何ですか?!」
「あ~、もう少し小声でお願いしますね~。そして、その言い方だと、何かとても重要な事のようですね~。はい、私も気になってはいたんで、今、聞いてみますね~」
そこで一旦会話を終わらせる。
うん、確認してくれている間は、静かに待つしかなかろう。
そして、この時間も貴重だ。俺は足早に草地に引き返しながら、先生に聞く。
「先生、もしも、さっきの俺の作戦、左腕の呪いの力で、相手を気絶させるなら、この狭い小道と、あの開けた草地、どちらがいいですか?」
うん、俺はこういった、戦術とかもド素人だ。
一方、奈月先生は、武器の扱いには自信があると言っていたから、詳しいのではなかろうか?
もっとも、相手は200人弱。そもそも、俺一人で何とかしようと考える事自体がおこがましいのだが、今はそんな事を議論する気は無い。
「よくぞ聞いてくれましたね! はい、常識で考えれば、この小道で相手するべきです。ここならば、常に少数を相手に戦えます。ですが、あの力、その気になれば、纏めて使えるはずですよ。なので、あの草地への入り口から、集団になっている相手に使うのが効率的でしょう。もっともその場合、威力の調整に気をつけないと、死ぬ者が出る可能性が高いですね」
ぐは!
先生の声は、やたら弾んでいる。
やはり先生は、元、武術に関する何かだったと見ていいだろう。
そして、これはとても参考になった。
「う~ん、彼等に意思があるとは思えないので、できれば殺したくはないです。なので、魔力の込め方に関しては気をつけます。まあ、あの状態の人に、まだ効くかどうかも分からないんですけど。はい、ありがとうございました」
そう、昨日の盗賊のような奴相手なら、俺も躊躇いは無い。
しかし、あの連中は、どう見ても操られているだけだ。
だが、もし俺の読みどおりなら、彼等を全員殺してしまったとしても、200人弱の犠牲で、4000人が助かる。
何より、元々、自爆させられる運命の人達だ。
イカン!
この考え方じゃ、俺をスケープゴートにした奴と同じだ!
しかも、連中は、俺に死ねとまで強要していた訳ではない。時間さえ稼げれば、それで良かっただけだ。ぶっちゃけ、俺の無実が証明されるのも、時間の問題だったはずだ。勿論、それまでは、あの公安の人達が居なければ、どうなっていたか……、って、既に俺、死んでたか。
「ええ、今の考え方は、魔王と同じです。自ら気付いたので、まだ良いですが、気をつけなさい!」
「はい、すみません」
う~む、奈月先生の前じゃ、考えるだけでも、読まれてしまって、叱られると。
これは、おちおち変な事を考えられないな。
そこで、指輪に声が入った。
「近衛さん、連中も、中身は知らないようですね~。しかも、開けてはならないと厳命されているようです。これは怪しいですね~。それで、貴方の読みでは、中身は何ですか?」
「はい、確証は無いのですが、火薬じゃないかと。それなら、全ての辻褄が合いますので。とにかく、今引き返していますから、それまで連中を足止めして欲しいです。できれば、そこで何とかしてしまいたいんで」
「ふ~む、なるほど、火薬ですか。それなら納得ですね~。しかし、相手は200人、それも傀儡兵ですよ? 貴方、それを何とかするって、正気ですか?」
まあ、当然の突っ込みか。
俺も、生前ならこの事態、どうにかしよう等とは、考えもしなかった筈だ。
「まだ保証は無いんですが、出来る可能性があるとしか。それよりも、俺がその草地に着いたら、すぐに逃げて下さい! もし俺の読みが当たっていて、しかも失敗したら、巻き添えで死にますよ」
うん、もしも連中が一人でも自爆したら、全てに誘爆する可能性がある。
俺は死ねないが、池田さんは、無事では済まないだろう。
「う~ん、何とも微妙な答えですね~。ですが、確かに火薬ならば、誘爆する可能性が高い。なので、巻き込まれたくないはないですね~。しかし、貴方の言い方だと、貴方自身はその心配をしているとは思えない。貴方、本当に何者ですか?」
「あ~、話すと長くなるんで、終わってから、桔梗さんにでも聞いて下さい。それより、足止めお願いしますよ。もうすぐ着きますから!」
「まあ、ここは従うしか無さそうですね~。僕に出来るのは、それくらいでしょうし。でも、無茶はしないで下さいよ~。おっと、動き出す感じです。じゃあ、これで」
会話はそこで途切れた。
おそらく、池田さんが足止めしてくれているのだろう。
俺も、全力で小道を引き返す!
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