第18話 傀儡兵
傀儡兵
途中、明らかにに慌てている、小夜と同じ忍者装束の男とすれ違ったが、俺目当てではないようだ。
また、里の門は、閉じていると思っていたのだが、意外にも開いていた。
門の前には、何やら人だかりが出来ている。
そして、門の外から、馬に乗った、鎧兜に身を包んだ男が二人。
今、まさに門を潜ろうとしていた。
「聞け! 陰陽の里の者どもよ! 我らは、偉大なるモンハン王より遣わされた、使者である! 有難くも慈悲深い、モンハン王のお言葉を伝えに参った! 里長との面会を要求する!」
ふむ、すれ違ったのは、門の警備の人だろう。そして彼等も、モンハンからの使者と名乗られたら、通すしか無く、急いで里長に報告に行ったと。
(そうですね。ですが、この者達、少し様子がおかしいですよ。背後に何か邪悪なものを感じます)
ん? 良く見ると、その男達の背後にそれぞれ、何か薄い、影のようなものが見える。
ぼんやりとだが、確かに何か居る!
(やはりアラタにも見えましたか。あれの
確かに怪しい。
だが、もしこの二人が、あの盗賊のような奴だったとしても、ここは符術の里。里長一家も居るし、たった二人じゃまず勝ち目はあるまい。また、使者と名乗る以上、暴れるとも思えない。
装備も、見た感じ貧弱だ。
鎧兜とは言っても、厚手の服と帽子に、木の板を張り付けただけのようだ。孫一の鎧のほうが、数段良さそうに見える。武器も、槍を背負ってはいるが、それほど長くはない。
総評としては、如何にも雑兵といったイメージ。
まあ、色々と考えられる事はあるが、今からこの里を出ようという、俺には関係あるまい。
それこそ、この里の問題だ。
(そうですね。では、皆がこの者達に注目している隙に出ましょう)
俺はそいつらを尻目に、何食わぬ顔で門を潜る。
振り返ってみたが、里の人達はあの使者とやらに気を取られていて、俺に気付いている感じでは無かった。また、ひょっとしたら、小夜とかが追って来るかとも思ったが、それも無いようだ。
まあ、半蔵さんをのばしてしまったので、それどころじゃないのかもな。
暫く道なりに歩き、振り返る。
うん、誰も追っては来ない。
「じゃあ、ブランカ、この近くで、他の街か里は無いかな? 知っていたら案内頼むよ」
「ウギャ」
「任せて欲しいと。そして、一番近い街なら、大和だそうです。城を有する、かなり大きな街だそうです。そこなら、アラタの足でも、半日も歩けば着くようです」
ふむ、声に出さずとも、ブランカの考えを読み取れると。やっぱり先生凄いな。
そして、ブランカにも聞かせる為だろう。先生は直接声に出してくれている。
「しかし、大和って、去年モンハンに併合されたって国だよな。そして、さっきの使者とやらも、モンハンからと。う~ん、関わりたく無い気もするけど、大きな街か~。なら、少し興味もあるな」
「そうですね。この世界の事を知るにはいい機会でしょう。また、アラタの腕の呪いは、人と関わらなければ浄化できません。都市ならば、その観点からも好都合でしょう」
うっ! それは考えた事も無かった!
先程俺は、色々な思惑があったとは思うが、あの人達の、厚意と呼べるものを無にしてしまった。
もし、俺が本気でこの腕を何とかしたいのなら、あの里の人達との関わり合いこそ、重要だったのではあるまいか?
「はい。ですが、あの状態のアラタは危険でした。なので、頭を冷やす意味でも、一度あの者達から距離を置くのもいいと思いますよ」
「そうならいいんだけど。うん、先生、少し楽になりました。ありがとうございます」
「ええ、ではブランカ、頼みますよ」
「ウギャ」
ふむ、あの盗賊達とやりあった場所へ、里に来た道を引き返していているようだ。
ブランカに聞くと、あの草地が大和へ行く道の途中らしい。あそこを通るのは少し嫌だが、仕方あるまい。
また、ブランカが居るからだろうか?
危惧していた、魔獣とやらにも出くわさない。
そして、あの、開けた草地に着くと、そこは、何やらものものしい光景だ。
ぱっと見、数百人程の、兵隊と思しき人達が終結している!
更に、荷物の運搬用だろう。背中に荷台のようなものを着けた馬も3頭いる。
俺は咄嗟に身を隠そうかと思ったが、先に声をかけられてしまう!
「おや、こんな所で人に遭うとは珍しい。陰陽の里の人ですか? でも、服装は西の国のものですよね。なら、西から来た
う~ん、これはもう手遅れだな。
そして、その声と共に、かなりの数が一斉にこちらを振り向く!
声の主は、かなり若そうな男だ。高校生くらいか?
そいつはその集団の中から、手を振りながら、こちらに駆け寄って来る。
連中の装備は、先程の使者とは違って、時代劇で出てくるような、それなりの鎧兜だ。
武器も、それぞれ、刀を腰に挿している。
ふむ、てっきり、さっきの使者はとやらは、こいつらの仲間かと思ったが、装備を見る限りでは、明らかに系統が違う。
また、振り返らなかった奴は、地面に座り込んだりして、それぞれ談笑している。かなりアットホームな雰囲気だ。
そして俺は気付いた。
良く見ると、こいつらにも、それぞれの背後に、何やら薄い影のようなものが纏わりついている!
(あの者達と同じですね。一体、なんなのでしょうか?)
俺に分かる訳も無く。
だが、あの影のようなものがあの使者と同じものならば、同じ系列の兵士という事か?
しかし、普通ならば、使者とかには、それなりに偉そうな、立派な装備をした奴が行くのではなかろうか? あいつらの装備は、明らかにこいつらより劣るだろう。
俺は慎重に答える。
「まあ、そんなところです。それより、貴方達は? 見た感じ、兵隊さんのようですけど?」
「はい、私達は理想の国、モンハンの兵士です。とは言っても、去年併合された、大和の出ですけどね。しかし、あの偉大なモンハン王のおかげで、大和は良くなりましたよ。うん、ヒデヨリ様のご英断は間違っていなかった!」
な、なんだ、こいつは?
素性が怪しいはずの俺を、問い詰めるでもなく、お国自慢?
すると、他の奴らも、こちらに近寄って来て、完全に取り囲まれる。
更に、皆が一斉に、こいつに追従する!
「んだんだ。モンハン王は偉大なお方だ!」
「そうでござる! モンハン王こそが、我らの希望でござる!」
「モンハン王、万歳!」
「ばんざ~い! でござる!」
「ばんざ~い!」
もはや全員が立ち上がり、口々に万歳と唱える!
一体なんなんだ? こいつらは?
不気味なんてものじゃない!
胡散臭い宗教団体でも、ここまではしないと思うぞ。
一通り万歳斉唱が済んだので、俺は訊いてみる。
「あの~、モンハンがいい国なのは理解できましたが、兵隊さんがこんなところで一体何を?」
「うん、貴方はいい人だ。モンハン王の素晴らしさを理解されるとは! あ、私達は、これから、この先にある陰陽の里の人達にも、この幸せを分け与えてあげたいのです。そして、先程、モンハン王直属の方が、陰陽の里へ、偉大なるモンハン王のお言葉を携えて行かれました。そろそろ戻ってくるでしょう」
ふむ、やはりあの使者は、この連中の仲間と。
しかし、あいつらが王の直属?
何処にでもいそうな、いや、装備からは、ただの下っ端にしか見えなかったぞ?
「あの~、その方達ならば、さっきすれ違ったと思います。馬に乗って、槍を持ったお二人ですよね? でも、貴方達とは装備がかなり違うので、勘違いかもしれませんが」
「おお~、既に会っているとは、貴方も運がいいですね。そう、あれは偉大な方達なのです。あの脆弱な装備にも関わらず、戦場では決して退かず、勇猛果敢に戦っておられると聞きます。私達もあやかりたいものです。もっとも、私達は、モンハンになってから、未だその機会が与えられていないだけではありますけどね」
う~ん、こいつら本当に大丈夫か?
そんな凄い奴なら、もっといい装備をさせてやれよ。
「そ、そうですか。それで、あの使者の人達を待っているということは、陰陽の里の人達の対応次第で、貴方達が動くということですか?」
俺は、少し突っ込んで訊いてみる。
なんか、悪い予感しかしないが。
「はい、そうです。もっとも、そんな事はあり得ませんけどね。モンハン王は、陰陽の里にも、我々と同じ幸福を分け与えて下さると仰っているのです。断るなんて、想像もできませんよ」
「そ、そうでしょうね。でも、あの里の人達は閉鎖的と聞きます。もし、その幸福が必要無いと言われた場合は?」
「当然私達の出番ですよ。あの偉大なモンハン王のお話を断るような輩は、人じゃありません! なので、私達の手で、その人生を悔い改めさせてあげるのが、モンハン王の御慈悲なのです!」
やはりか。
これは最悪だ。
使者とやらが半蔵さんに言う内容は、もはや聞かなくても分かる。
そう、モンハンに併合されろと。
そして、あの半蔵さんがそれを呑むとはとても思えない。
(そうですね。ところでアラタ、あの者、あの、馬の世話をしている、派手な男には、あの邪悪な気配は憑いていないようですよ)
ん? 馬の傍には3人居たが、そのうちの一人には、あの影がついていないように見える。
また、そいつだけは明らかに毛色が違った。イギリスの近衛兵のような、真っ赤な上着に黒いズボン。腰には刀ではなく、サーベルのようなものを挿している。そして、後の二人はにこやかに会話しているのに、そいつだけは、何故か不機嫌な顔で押し黙っている。年は40歳前後に見え、長い髪を後ろで束ね、渋いおじさんって感じだ。
うん、あの人だけは異質だ。
影の件も、あの人なら何か知っているかもしれない。
「ところで、あの方は? 兵隊ではないようですが?」
俺は、その派手な男を指さす。
「ああ、彼は商人です。この陰陽の里に用があるらしいので、我々が協力を申し出たところ、了承してくれました。彼の馬のおかげで、兵糧の輸送がかなり楽になりましたよ。きっと、彼もモンハン王からの祝福に与れるでしょう」
「素晴らしい人ですね。あの人と話してもいいですか?」
「ええ、あなたも素晴らしい人のようなので、きっと、気が合うでしょう」
う~ん、いい加減反吐が出そうだが、ここまで合わせた甲斐があったというものだ。
俺はその男に駆け寄る。
そこで俺は気付く。
いつもなら、必ず俺の側に居るはずのブランカが居ない!
(大丈夫です。ブランカは、アラタが声をかけられる前に、身を隠しました。今はあちらの木陰で待機していますよ)
ふむ、流石は魔獣。俺なんかよりも、数段察知能力が鋭いのだろう。
だが、これは助かる。もしブランカも一緒だったら、説明するのに骨が折れたところだ。
(そうですね。アラタも見習うべきでしょう)
う~む。正論だけに、反論できんな。
「すみま…」
「いや~、貴方から声をかけてくれるのを待っていたんですよ~」
その男は、俺が話しかけるや否や、さっきまでの苦々しい表情から一転して、相好を崩す。
「僕はこの先の里の者でしてね~、大和自治区には商いで行っていたんですよ~。うん、確かに変わりましたね~。魔法が禁止された結果、魔法関連商品が販売禁止になりましてね~。おかげで、私の売り来た陰陽具も没収、いえ寄進したんですよ~。いや~、モンハン王に寄進できるだなんて、私はついていますね~。また、仕入れようと思っていた、高品質の鉄製品も、販売禁止になっちゃっていましてね~。空荷で帰るのもなんだしと思っていたところ、大和の兵隊さん達が……」
う~む、悪い人じゃなさそうなのだが、一方的にその男の近況を聞かされる。
そして、最後にこう付け加えられる。
「それで、そのランセル、いいですね~。色と言い、艶といい、素晴らしいですね~。どうです~? 今なら2両で買わせて貰いますよ~」
ぶはっ!
どっかで聞いた台詞だな。
そして先生、やっぱり2両だそうですよ?
(その左腕で殴りなさい! と、言いたいところですが、この者の目的は他にあるようですよ。そして、この男の素性、分かりませんか?)
ふむ、そう言えばこの男、聞いてもいないのに、長々と愚痴混じりの説明。
そして、その説明には、色々と重要な事が含まれていると思う。
更に、この感じからは、この男は他の兵隊とは違って、モンハンを褒めているとは思えない。
そう、この兵隊たちがべた褒めする、モンハン王の執政は、魔法の禁止。それと、高品質の鉄製品、つまり武器、防具だろう、それも販売禁止になったと。
この世界は魔法で発展していると聞いているので、魔法禁止には納得がいかない。
おまけに、この男が買いたいと言っていた鉄製品も売らなくなった。
これでは、景気が悪くなるだけなのでは? とてもじゃないが、いい国になったとは言えないと思う。
そして、この男の素性については、最後の一言で気付いたが、もはや聞くまでもなかろう。
そう、この人が孫一と美鈴の親父さんだ!
「はい、その話には興味がありますね。ですが、お国の為に頑張っている、兵隊さん達の前で商談と言うのも、何か失礼になりませんか?」
「あ~、これは僕としたことが、確かに失礼ですよね~。では、皆さん、すみませんね~。少し外させて貰いますよ~」
うん、間違いない!
先生の言った通り、この男は、俺に何かを伝えたいに違いない!
俺は、ブランカと別れた小道にその男を連れていく。
側にいた兵隊も、商談ならば聞かれたくないのは当然だなと、笑顔で見送ってくれる。
予想通り、ブランカは木陰から俺を見張っていてくれていたようだ。
連中の視線を遮れる場所にまで進むと、何処からともなく出て来た。
「やっぱりですね~。この辺りの人間と灰狼族は、お互い不干渉。なので、灰狼族が懐く人間なんて、私が聞いた話では、伝説の清明様くらいなものですよ~。で、貴方、何者ですか?」
男は、目つきを険しくする。
ふむ、この男は、俺がこの草地に出る前から気付いていたとみて間違いなかろう。
魔法か符術で見張っていたのだろう。
そして、灰狼族のブランカと一緒に来た俺に、何か期待していると。
しかし、これを説明するには時間がかかりそうだ。
この男は俺の方を向きながらも、視線はあちこちへと飛んでいる。
かなり用心しているな。
うん、ここは手短にいこう。
「俺は、
俺は軽く頭を下げる。
うん、多分、この説明だけで、ブランカの事はともかく、かなり説明できたと思う。
「おや~、という事は、里の新入りさんですね~。おっと、失礼しましたね~。僕は
「はい、さっき言っていた、使者とやらが来て、少し騒ぎになっていたところです。俺は入れ違いでしたが、里長も桔梗さんも居るし、心配は無いのでは? この人数で、あの里を攻め落とせるとは思えませんし」
もっとも、半蔵さんに関しては、気絶させてしまったので、非常に心苦しいところではあるが。
「そうですか~。ですが、あの
うわ~。それって、最高にヤバい連中では?
話に聞く、昔の日本兵でも、そこまで根性ある奴が居たとは思えない。
「ところで、呪いって? あの薄い影のようなものですか?」
「おや~? 貴方、見えるんですか! いえ、僕には見えないんですけどね。高位の魔術師がそういった話をしていましてね~。とにかく、彼等は、何らかの魔法で操られています。モンハンに併合されてから、最近の大和は、それは酷いものです。老若男女問わず、働ける人は全員、強制労働です。働けない人、従わない人は、即処刑です! しかも、今までは魔法でできた仕事も、それが禁止され、非効率極まりない! 結果、働けど働けど、人々の暮らしが良くなったとはとても思えませんね~」
ぐはっ!
池田さんはかなり興奮気味だ。そしてこの説明で、全ての謎が解けた!
モンハンがいきなり強くなったのは、その傀儡と呼ばれる兵隊のおかげ。
人口が減ったのは、強制労働と、処刑のせい。
モンハン古来の兵士の装備が貧弱なのは、鉄製品が扱われなくなったせい。大和の兵には、まだ影響がそれ程出ていないだけで、何れは同じになるだろう。
最悪だな。
もっとも、似たような国の話は、俺も聞いた事があるような気がするが。
(間違いありませんね。モンハン王は魔王です!)
先生、俺もそう思います!
人間のする事じゃあない!
そして、何故大和が併合されてしまったかも想像できる。
おそらく大和のお偉いさんも、操られているに違いない!
「それで、池田さんは、どうするおつもりですか? 半蔵さんが併合されるのを、大人しく呑むとは思えませんし、そうなって欲しくも無い。この連中と、間違いなく戦闘になりますよね?」
「問題はそれなんですよ~。僕もそうなると思いますね~。そして、負けはしなくても、必ず犠牲は出るでしょう。あの子達も心配です。特に、孫一は攻撃系統の符術が苦手ですし。しかし、ここで僕が慌てて報告に行けば、怪しまれます。と言うか、もう間に合いません。僕もあの兵隊達と一緒に来て、やっとモンハンの考えが分かった訳ですしね~」
うん、俺が今から帰っても無理だろう。
そして、今から行って、戻って来る使者を拘束しても、この連中が大人しくずっと待っているとは思えない。ここから打って出るだろう。
「じゃあ、取り敢えず、戻って来る使者を拘束してしまえば、少しですが、時間が稼げるのでは? 俺は里に戻って、この状況を知らせます!」
うん、全てを捨てて、あの里を出たつもりなのだが、やはり放ってはおけない。
ひょっとしたら、小夜と美鈴に未練があるのかもしれないな。
「そうですね~。あまり得策とは言えませんが、何もしないよりはマシでしょうね~。でも、あの使者を拘束するのは、簡単ではありませんよ~?」
「う~ん、それに関しては、多分可能かと思います。じゃあ、時間が惜しいですので、俺はこのまま里に戻って、途中、すれ違う使者を何とかします」
「おや~? 何か自信があるようですね~。流石は灰狼族を手なずけられる方と言ったところですか。では、僕はここで可能な限り時間を稼ぐとしましょう。後、これをどうぞ」
池田さんは、そう言って、服のポケットから、薄青く光る、宝石のようなものがついた指輪を取り出し、俺に手渡す。
「これは?」
「ちょっとした掘り出しものでしてね~、入手過程は説明できませんが、離れていても会話できるという、魔道具です。魔力を込めながら話すと、対になっている指輪から声が出ます」
なるほど。見ると、彼の指にも全く同じものが嵌っている。
俺が指を通すと、彼は更に続ける。
「本当は、夫婦で着けるのが理想なんですが、僕は妻に先立たれてしまいましてね~」
ふむ、結婚指輪としての意味もあると。
これだけの機能だ。その使い道が正解だろうな。
彼としては、後妻さんとなる人にでも渡したかったのだろうが、今はそんな事を言っていられないというところだろう。
俺が軽く魔力を込めて、その指輪に話しかけると、彼の指輪から、俺の声が流れ出た。
「では、お預かりします。里に着いたら、半蔵さんか桔梗さんに渡せばいいですね?」
「う~ん、桔梗さんにだけは止めて欲しいですね~。半蔵に勘違いされそうだ。とにかく、貴方が預かっていて下さい」
確かに、あの愛妻家の半蔵さんが勘違いしたら、とんでもなく面倒な事になりそうだ。
「後、紙と書くもの、お持ちですか? あれば、ブランカ、この灰狼に先行させられます」
「おお~、それは僕も思いつきませんでしたよ! ちょっと待って下さいね」
彼はそう言って、ポケットから、伝票用紙だろうか? 紙片を取り出し、万年筆のようなものを走らせる。
『敵178人、清明様広場にて待機中、当方の300人に匹敵 文左衛門』
ふむ、この草地は清明様広場と呼ぶらしい。そして、こいつらの戦力評価は、一人当たり2人弱と。
うん、さっき聞いた話じゃ、妥当な分析に思える。
死ぬまで戦うのならば、魔法は使えなくても、それくらいになるのだろう。あの感じじゃ、本当に仲間の屍を踏み越えそうだしな。
「ありがとうございます。じゃあ、ブランカ頼む! 半蔵さんか桔梗さんに渡してくれ! 使者は相手にするなよ」
「ウギャッ!」
ブランカは俺が折り畳んだ紙切れを咥え、脱兎のごとく走り去る。
「じゃあ、俺も行きますね。しかし、池田さんは一人で大丈夫ですか?」
「ええ、今の所は信用されていますね~。それに、一人で逃げ出すくらいの術は心得ています。じゃあ……。あ! その前に貴方! あの兵隊達の、不審な点に気付きませんか?」
「え? いや、特には?」
一体何だろう?
不審なのは、あのモンハン王への万歳斉唱で、もう充分なのだが?
「いえ、あの連中、本当に戦力になりそうな若手は数十人くらいでしょう。後は一線を退いたような、年老いた人と、少年兵が殆どなんですよ」
ん? 全く注意して見ていなかったが、どうなんだろう?
俺は、木陰の間から、兵隊達を覗き見る。
「そう言えば……。うん、俺に話しかけてきた人は若かったですが、むしろ若すぎますね。下手したら、孫一よりも若そうです。それで…、うん、老人と言ってもいい人が多いですね。池田さんの言う通り、明らかにおかしいです。あれで、本気で里を攻め落とせると考えているのでしょうか?」
「でしょ~。僕もそこが疑問なんですよ~。人数だって、少なすぎます。いくら傀儡兵が強いと言っても、あれじゃ、勝てる訳がない。まあ、僕達からすれば、不幸中の幸いなんですけどね~」
「う~ん。俺には分からないです。では、そういった事も里長に報告しますね。じゃあ、時間が惜しいです。行って来ます!」
「ええ、宜しく頼みますよ~」
俺は小走りで、来た道を引き返すと、背後から声が聞こえる。
「あ~、さっきの方は、モンハン王のおかげでいい取引ができたと、鼻歌混じりに帰っていきましたよ」
うん、その調子でお願いします!
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