第17話 逃走

        逃走



 小夜は、俺と美鈴、そしてブランカを引き連れ、里長の屋敷へと歩を進める。

 俺は道中、あの後どうなったかを、おそるおそる聞く。


「ん~、特に何も無かったわね。このロリっ子は、慌てて逃げていったから。でも、何をしようと忍び込んだかくらいは、あたしでも分かるわね~」

「ロ、ロリっ子って何すか! でも、あたいにも分かるっすよ~。行き遅れて、後がない美鈴っち~」


 あ~、やっぱりやぶ蛇でしたか。


 またしても二人は睨み合う。

 そして、二人は更にヒートアップしてしまったようだ。


「そもそも、あたいの許婚者いいなずけに手を出そうとは、いい度胸っす! アラタさんもこんな女の何処がいいっすか? た、確かに顔もスタイルもいいのは認めるっすけど」


 ん? いつから俺は小夜の許婚者になったんだ? 俺は認めていないのだが?

 ふむ、里長権限って奴か?


 しかし、美鈴も黙ってはいない!


「それは、お子様には無い魅力って奴かしら~。それに、サヤちゃん、あたしとアラタは、お互いに呼び捨ての関係よ~。これって、許婚者の証よね。さっきから聞いていると、サヤちゃんとアラタは、まだ、お互いさん付けの関係よね? それで許婚者とか、大嘘ね! そうだ、アラタ! あたしに名前を頂戴! 『俺だけの最愛にして、愛しくも可愛い美鈴』とかがいいわ!」


 ぐはっ!

 呼び捨てする事に、そんな意味があったとは!

 そして、孫一のネーミングセンスの出元はここと。あ、それはどうでもいいか。


 とにかく、このまま喧嘩させていい訳がない。

 そして、勝手に許婚者だの、いい加減にして欲しい。


「はい! 二人共、ちょっと待って欲しい! 先ず、まだ俺はこの里の事、そして二人の事を殆ど知らない。当然、呼び捨てする事に、そんな意味があるとは知らなかったよ。なので、『美鈴さん』、それで許婚者とかは勘弁して欲しい。小夜さんも、里長は認めたのかもしれないけど、俺は認めていない。だから二人共、許婚者とかの話は、一旦、白紙に戻して欲しいんだけど?」


 すると、二人は一旦顔を見合わせてから、再び俺に振り返る。


「う~、仕方ないっすね。でも、アラタさん、あたいの事は嫌いじゃないんすよね?」

「確かにあたしも性急すぎたかも。でも、アラタもあたしのこと、美人だって言ってくれたわよね」

「うん、二人の事は俺も嫌いじゃない。むしろ好きかな? だけど、さっきも言った通り、まだお互いに良く知らないし。なので、少し話をさせてくれ。うん、ここじゃなんだし、何処か落ち着いたところで話そう」


 そこで丁度、藤原家の門が見えてきた。

 うん、ここははっきりと言っておくべきだろう。


「じゃあ、小夜さんの家でいいかな? 桔梗さんと半蔵さんにも聞いて貰いたいし」

「了解っす! 二人共居るはずっす!」

「ちょっとあたしが不利な気がするけど、まあいいわ」


 門を潜ると、白洲には、3本の、藁を巻き付けた杭が立てられている。


 ふむ、あれに魔法、いや、符術をぶっ放して練習する訳ね。

 まあ、それはいい。

 本当なら俺も、小夜の授業を真っ先に受けたいのだが、先にするべきことがある。

 そして、多分、俺は小夜の授業を受ける事は出来ないだろう。


「父上! 母上! アラタさんが、話があるそうっす! 後、おまけもいるっすけど、いいっすか?」


 ん? なんか違和感があるな。

 小夜の、半蔵さんへの呼び方は、確か『親父』では?

 これは、何か裏があるな。当然、俺がらみなのは間違いなかろう。


 すると、白洲の奥の縁側の襖が開き、昨日同様、半蔵さんが転がり出て来た。


「お~、小夜! そして婿殿! まあ、上がられよ。しかし、予定とは大分違うのではないか?」


 ぐはっ!

 婿殿って! 

 ふむ、どういう手品を使ったかは知らないが、半蔵さんの説得には、完全に成功したようだ。


 そして、桔梗さんも、半蔵さんの後ろからひょっこりと顔を顕わした。


「近衛さんのお話なら、喜んで伺いますわ。あら、池田さんとこのお嬢さんも一緒ですわね。ええ、構いませんわ」

「すみません。どうしても聞いて頂きたい話があるので。じゃあ、失礼させて頂きます」


 俺が遠慮なく縁側から上がらせて貰うと、二人もついてきた。

 ブランカは縁側の下で、丸くなって待機してくれた。

 座敷のテーブルを、昨日の夕食時同様、皆で囲む。ブランカの居たところには、美鈴が座る。


「最初に、こんな俺を認めて下さって、しかも、小夜さんの許婚者として認めて下さった事に感謝します」


 俺は深々と頭を下げる。

 うん、ここは社交辞令からだろう。


「清明様の予言されたお方なら、当然ですわ」


 桔梗さんの返答は予想通りと。

 半蔵さんも、腕を組んで少し渋い顔だが、頷いてくれる。


「ですが、俺には小夜さんを頂く資格がありません! 先ず、俺にはまだ仕事がありません! なので、小夜さんを養う事が出来ません!」

「婿殿、それは問題ない。儂の小夜を娶るということは、次期里長ということじゃ。後で、この里の各部門の長にも紹介しようと思っておったところじゃ」


 ふむ、これも予期していた返事か。

 しかし、ここからが本題だ!

 俺は大きく深呼吸をする。


「では、もう一点です。ご存知の通り、俺の身体には魔王が居ます。なので、昨晩もこの二人には身を持って確認して頂きましたが、そういう、夫婦なら当たり前の事が出来ません! 愛情表現で相手が気絶するって、まともじゃありません! そして何よりも、俺は死ねません!」

(ア、アラタ……それは……)


 先生、これが俺の本音です!

 そう、やっと、本当に気付いたんです!

 俺はもはや人間じゃない! 魔王なんだと!


 そして俺は、左手を広げて皆に向けて翳す!


「この手の平の数字、これが、後、俺が死ねる、いえ、死ななければならない回数です! このまま何事も無ければ、俺はこの先、1000万年生きるそうですよ。そんな人間、居ますかね?」


 皆、黙りこくってしまう。

 まあ、当然だな。

 普通なら、こんな奴には、誰も関わりたくないはずだ。


 そして、何故か頬が鬱陶しい。

 きっと、俺は泣いているのだろう。


 すると、いきなり背中から声がした!


「ですが、アラタ! 貴方は昨日だけで、もはや12人もの恨みを浄化しました! そう、死ななくてもその数字は減るのです! もっとも、2回は本当に死んでいますが。そして、人間よ! このアラタをどう扱うかは貴方達次第です! アラタをこのまま利用しようとすれば、どうなるかは目に見えています! 私にだって制御できないでしょう。なので、覚悟無き者は、下手にアラタに関わろうとはしないことですね」


 せ、先生?


「そ、その声…、あの時の……?」

「え、どこからじゃ?」

「アラタ…、じゃ、ないわよね?」

「な、奈月先生……ですわね?」

「ウギャ」


 ここで奈月先生が割って来たのは予想外だ!

 この人?は、こういう大事な話というか、決断をする時は、常に俺に任せてくれた気がする。


(ええ、今のアラタは放っておけません! 原因も解ります。あの者達の身勝手な思いに、耐えられなくなったのですね)


 自分でも良く分らないが、きっとそうなのだろう。

 そもそも、彼女いない歴=年齢=22年の、この俺がもてる訳が無いのだ!

 俺に近寄って来る奴は、俺ではなく、この異世界の知識と、この左腕の力が目当てのはずだ!


(そんな事はないですよ。少なくとも、私はアラタの味方です。ええ、私は嘘が吐けません)


 ありがとうございます。

 じゃあ、行きましょうか。


(そうですね)


「では、大変お世話になりました」


 俺が立ち上がって座敷を後にしようとすると、いつの間にかブランカまで上がり込んでいた。

 そして、俺に付き従う。


「ブランカ、お前もいいのか? こんな俺について来ても、碌な事はないぞ。行く宛てもないしな」

「ウギャグ、ウワン!」

(そんな覚悟は既にできている、と言っています)

「そうか、ありがとう。じゃあ、行くか!」


 俺は、振り返らず、縁側を降りた。



「婿殿! 事情は理解できるが、そんな勝手は許さん! 儂とてこの陰陽の里の里長! このまま行かせたとあっては、清明様に申し訳が立たぬわ!」


 背後から声がしたが、俺はそのまま門に向かって歩を進める


「ぬぬ! 陰陽式武術、縮地!」


 いきなり、半蔵さんが俺の前に出現し、刀を抜いて身構える!

 ふむ、流石は里長張っているだけあるか。

 あの盗賊兄弟の術も使えると。


 しかし、それがどうした?


「それで、どう許さないんですか? この俺を殺してくれるのなら、嬉しい限りですが」

(アラタ……)

「とにかく、ここは通さん!」


 更に背後からも声がする!


「ええ、あなた! 絶対に行かせてはなりません! 燃えよ! 森羅万象の理より欲する力! 陰陽式符術、炎帯えんたい!」


 桔梗さんの符術か、思った通り凄いな。


 半蔵さんの背後、門の手前に、燃え盛る炎の壁が出現した!


 しかし、これは厄介だな。

 これくらいで死なせて貰えないのは間違い無いが、このまま進めば、服が黒焦げになるか。


 俺がどうしようかと迷うと、背後から咆哮がした!


「ウヲッ!」


 なんと、炎の壁の真ん中が消え、人一人が通れるくらいの穴が開いた!

 振り返ると、ブランカだ。

 なるほど、あの鎌鼬のような魔法で、炎を消したのだろう。


「ウガグウグァ、ウワン!」

(ブランカが道を作るから、行けと)

「ありがとう、ブランカ。これで、後は半蔵さんだけか」


 俺は半蔵さんを見据えながら、歩を進める。


「行かせませんぞ! 通るなら、この半蔵を倒してからじゃ!」

「すみません。気持ちは嬉しいのですが、今の俺に、応える事は出来そうもありません」


 そして、左手を握りしめ、気を込める。


(今、魔力を込めましたね。その左腕、絶対に当ててはなりませんよ!)


 なるほど、そういう事か。


 俺は、半蔵さん目掛けて、左拳を突き出した!

 拳は、彼の手前、2mくらいのところで静止する。


「ぶぎゃっ!」

(いい感じです。気を失っただけです)


 半蔵さんはその場に崩れ落ちた!

 そして、やはりか。

 この左腕、魔力を込めれば、遠隔攻撃すらもできると。



 そのまま屋敷の門を抜け、俺は、里の門に向かって走る!

 何か、全てが煩わしい!

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