第16話 美鈴と小夜
美鈴と小夜
「ふわ~、良く寝た! うん、気分爽快だ!」
俺が目を開けると、窓のカーテンが風で揺れており、そこから陽の光りが差し込んでいた。
「ウギャ」
(アラタ、おはようございます。ブランカもお早うと言っています)
「はい、奈月先生、おはようございます。うん、ブランカもおはよう!」
俺が身体を起こすと、ブランカがベッドに飛び乗って来たので、頭を撫でてやる。
ちなみに、奈月先生は、俺の枕元にあった。どうやら俺が寝ている間に、外れてくれたと見ていいだろう。
しかし、そこで俺は異様な光景に気付く!
「げ! これは!」
そう、床には、浴衣姿の小夜と、下着がもろに透けている、ネグリジェ姿の美鈴さんが伸びていた!
(そう言えば昨晩、アラタが寝ている間に、劣情に身を持て余したこの者達が、ベッドに侵入したようです)
ぐはっ!
早速夜這いに来たと。
そして、そこで何があったかは、もはや説明を聞くまでもなかろう。
俺の左腕に触れてしまい、気を失ったと見て間違いない。
侵入経路も想像がつく。
美鈴さんは、普通に鍵を開けて。小夜は、そこの窓からだな。
スパイ活動を生業にしているような里だ。これくらいは当たり前なのかもな。
「ウガガ、ウギャウワウワグ!」
(ベッドから引き摺り出すのに苦労したと言っています)
「それはどうも、って、せめてそこのソファーで寝かせてやれよ。これじゃ風邪ひくぞ」
「ウガグ、ウギ」
(そこまでする義理はないそうです)
「ふむ、それもそうか。そのソファーはブランカの寝床だしな」
「ウギャ」
しかし、これは一体どうするべきか?
俺は考えながら、奈月先生から、昨日洗って貰ったジーンズとパーカーを引っ張り出し、取り敢えず着替える。
「とにかく起こしてみるか」
俺が小夜を揺さぶると、ブランカも協力してくれて、美鈴さんの頬を、前脚ではたいている。
うん、やり方はともかく、助かるな。小夜はまだしも、その恰好の美鈴さんには、目のやり場に困る。
「へ? あたい?」
「う、う~ん、あれ?」
よし、気付いたようだ。
「二人共、おはよう。じゃ、また後で」
うん、これからどうなるかは、俺でも想像がつく。
ここはさっさと逃げるべきだろう。
俺は奈月先生を背負い、ブランカを引き連れ、そそくさと部屋を後にする。
「何で美鈴っちがいるっすか! しかも、何すか! その恰好!」
「ここはうちの宿よ! それより何で小夜ちゃんが居るのよ!」
扉越しに、背後で怒鳴り声が聞こえるが、軽く無視する。
うん、これに関わってはいけない。
俺が、昨晩の、孫一に銃の講義をした部屋に入ると、既に孫一が椅子に腰かけ、あの銃をいじくり回していた。
「孫一、おはよう。おかげで良く寝られたよ。うん、ありがとう」
俺も孫一の隣に腰掛ける。
机の上には、『変形』と書かれた、昨日、桔梗さんの部屋で見かけた大きさの紙片が、何枚も散らばっていた。
ふむ、何となく、これの使用目的は想像がつくな。
「義兄上、おはようでござる! それは良かったでござる!」
「ん? 『アニウエ』って?」
「姉上に、アラタ殿のことは、これからそう呼べと言われたでござる!」
あ~、はいはい。
既成事実化する狙いな訳ね。
「それで、姉上を知らないでござるか? 普通ならこの時間、朝食を作ってくれているのでござるが、見当たらないでござる」
「あ~、美鈴さんは、今、取込み中だよ。そろそろ来るんじゃないか?」
「そうでござるか。それよりも義兄上、これを見て欲しいでござる! 言われた通り、照準器とやらを付けてみたでござる! 確かに、これなら狙いをつけ易いでござるな!」
孫一は、立ち上がって、あのライフルもどきの銃を構えてみせる。
お、なんか様になっている気がする。
ふむ、かなり練習したのかもな。
そして良く見ると、その銃の先端と、薬室の上に、尖った突起が載っていた。
「うん、いい感じだと思うよ。ただ、弾は真っ直ぐに飛ぶとは限らない。その銃の精度によるけど、癖が出るはずなんだよ。また、弾と薬室もこれから改造するつもりだから、改造が一区切りついてから試し撃ちをして、合わせ直した方がいいかもな」
「了解でござる!」
そこに、顔を真っ赤にした美鈴さんが入ってきた。
かなり興奮しているようだが、小夜とは話がついたと見ていいか?
そして、ちゃんと着替えてくれたようだ。
今日は青いドレスか、これも似合っているな。
「あ、アラタさん、孫一、お早う。って、そこじゃなかったわ! あれは一体何?! あたしがアラタさんを抱きしめようとしたら、凄く気分が悪くなって、意識が遠のいたわよ? ひょっとして、防御用の結界魔法かしら?」
ふむ、そこから来ますか。
彼女も椅子を引っ張って来て、俺の横に腰掛ける。
「あ~、あれは説明していなかったけど、俺の左腕の特性みたいなものだよ。俺の左腕は、触れた人間を気絶させてしまうんだよ」
「え? それって、解除できないの?」
「うん、現状は無理だ。なので、その、美鈴さんには申し訳ないけど、そういった関係を俺と持つことは、諦めて欲しい」
うん、俺にも本当に残念だが、これは仕方あるまい。
俺だって男だ。増してやこんな美人、相手がその気なら、拒否なんてしたくはない。
「ふ~ん、なんか考えてしまうわね。でも、やっと巡ってきたこのチャンス、絶対に逃さないわよ! 孫一、何か手はないかしら?」
「う~ん、拙者には分からないでござる。でも、父上や桔梗殿なら、何か知っているかもしれないでござるな」
ふむ、確かに桔梗さんなら、何か対策を考えてくれそうだ。
清明さんと関わってから、代々この陰陽の里を統べて来た一族。今までの話からも、彼女が凄腕の陰陽師?なのは、間違いなかろう。
「そっか~。でも、桔梗さんに頼るのは嫌よ! 桔梗さんは嫌いじゃないけど、あのロリっ子の親だけは絶対にダメ!」
ぐはっ!
『ロリっ子』って。
確かに、小夜の見た目は幼いし、胸も、美鈴さんに対抗できると思えない。
そして、あの後どうなったかは知らないが、今の二人の関係は、最悪と考えて間違いない。
「ところで美鈴さん、そう言えば、親御さんは? もし、いらっしゃるのなら、俺もお世話になっているし、ご挨拶したいんだけど?」
「あ、お父様なら、今行商に出ているわ。普通ならもう帰ってくる日のはずなんだけど。そして、お母様は既に他界されたわ。それより、アラタさん、あたしの事は『美鈴』よ! 将来の旦那様に、さん付けで呼ばれるのは我慢ならないわ!」
ぶはっ!
しかし、俺の事はさん付けで呼んでおいて、自分は呼び捨てがいいって。なんか、男尊女卑感が半端ないぞ。
また、不味い事を聞いたようで、申し訳ないな。
だが、親父さんの事には納得だな。仕入れに出ている間は、この姉弟に店を任せているのだろう。しかし、親父さんの居ない間に、勝手に結婚とか言い出して、大丈夫だろうか?
帰ってきたら、俺、斬られたりしないだろうな? 昨日の半蔵さんの場合、桔梗さんが居なかったら、どうなっていたことやら。
「う~ん、じゃあ、俺の事も、アラタと呼び捨てにして欲しいかな。もし、俺が美鈴と付き合うにしても、対等でなきゃね」
「お、これは姉上! もはや決定でござるな!」
「そうね! これであのロリっ子には勝ったも同然ね! じゃあ、アラタ、食事を用意するわね」
「ん? 食事はいいでござるが、ロリっ子に勝つとは、何のことでござるか?」
ん? 孫一の疑問点は理解できるが、俺にはその前の、この姉弟の反応が理解できんぞ?
(この里独特の、何か風習のようなものがあるのではないですか?)
あ……、俺もなんかそんな気がしてきました。
美鈴が俺の手を引いて、奥のリビングのような部屋へと案内してくれる。
床には絨毯が敷かれており、その上には、少し大きめのテーブルと、椅子が8脚。
うん、ちょっとした食堂だな。
「お客さんがいらした時は、ここで食事もして頂くの。でも、お客さんなんてめったに来ないから、普段は家族だけね」
「ふ~ん、そうなんだ。でも、俺は金払っていないんで、なんか気が引けるな」
「アラタはそんな事気にしなくていいのよ! 将来はここに住むんだから。あ、でも、そうなると孫一が可哀想ね。あ、そうだ、孫一! あんた小夜ちゃんとはどうなっているのよ? そもそも、あんたが小夜ちゃんとくっついてくれれば、あたしもアラタも困らなくて済んだのよ!」
ぶはっ!
だが、美鈴が小夜とどんな話をしたのか、少し理解できたな。
孫一は、手をわたわたさせながら言い訳をする。
「そ、それは、拙者の愛は全ての女性に注がれているのだから、小夜ちゃんだけ特別とはいかないでござる! それに、拙者に結婚はまだ早いでござる。最低限、父上から仕入れを任されるまでは無理でござる」
ふむ、女性への愛がどうたらはいいとして、一人前になってから、というのは納得できるな。
孫一は見た感じ、高校生くらい。確かに若い。
だが、美鈴ではないが、小夜とならいいカップルになりそうなものだが?
もっともそうなった場合、孫一は完全に尻に敷かれそうだが。
そして俺も、この孫一の返事で気付いた!
そう、俺には現在収入が無い!
これでは、もしこの左腕が何とかなったとしても、とても美鈴を幸せにはできないだろう。
(この娘には、既にこの店があります。居候、いえ、ヒモという手もあるのでは?)
ぶはっ!
先生! 黙っていて下さい!
(はいはい)
「まあ、それはいいわ~。それじゃ、アラタ、ちょっと待っててね」
美鈴はそう言って奥に消えていく。
ふむ、あの奥がキッチンと。
俺も覗いてみたいが、それは失礼か。
なので、引き続き孫一と銃の話をしていると、朝食が出来たようで、美鈴がトレーに載せて運んできてくれた。
ふむ、完全に洋食スタイルだな。パンにベーコンエッグにサラダ。紅茶までついている。
そして、藤原家では当然のように箸だったが、ここではナイフとフォークだ。
ちなみにブランカも、椅子にちょこんと座り、文字通り皿を舐め回していたので、問題なかろう。
「どう、アラタの口に合うかしら?」
「うん、俺の国でも、こういう食事には慣れているし。うん、美味い!」
「なんか、新婚の夫婦みたいでござるな。拙者、邪魔でござるか?」
「い、いや、孫一、そんな事はないぞ。ってか、それ以前に、まだ付き合ってもいないし。そうだ、この後の予定は? 良ければまた銃の改造を手伝いたいんだけど。俺にはまだ仕事もないし」
多分、俺の顔は真っ赤になっているに違いない。
また、美鈴もほんのりと頬を染めている。
うわ、なんかそそられるな。
そして、こうして美鈴を見ると、実は理想の女性なのではなかろうか?
少々強引なところを除けば、美人で、話しやすくて、料理もできる。
全く、この里の男どもの目はどうなっているんだか。
その後は、俺の提案が受け入れられ、美鈴は店番。孫一と俺は、カウンターの裏で、今回は薬室の制作に取り掛かる。
そこで特筆すべきは、孫一の符術だろう。
彼の術は、金属を整形できるのだ!
先ず、あの『変形』と書かれた、『符式』と呼ばれる紙を、変形させたいものに貼る。
その後、彼がそれを両手に持って、小夜と同じ感じで呪文を唱えると、いとも簡単に、彼の思った形になるのだ!
なので、俺が丁寧に図を描いた甲斐もあり、試作品の薬室は、昼食を挟んだ後、すぐに完成した。
「ところで、孫一、その、『符術、錬金』だっけ? 凄いな。うん、これならあの銃を改造できたことにも納得だよ。しかし、そんな術が使えるのに、何故、自分には素質が無いだなんて?」
「あ~、それは拙者が、これと、後、数種類の符術しか使えないからでござる。小夜ちゃんの『雷槍』のような攻撃系統の符術は、拙者には無理なのでござる。こればかりは、持って生まれた適正と、才能が関わるでござる」
「う~ん、そういうもんなんだ。俺から見れば、その符術だって、充分凄いと思うんだけどな~」
「褒めてくれるのは嬉しいでござるが、この『錬金』に必要な魔力は、それ程ではないでござるよ。もっとも、小夜ちゃんも姉上も、これは使えないでござるが。おっと、こんな説明、義兄上には無用でござったか」
「いや、助かったよ。ありがとう」
ふむ、そういうものなのか。
では、俺はどうなのだろうか?
この感じでは、孫一は、俺には使えて当たり前だと思っているようだが。
(それこそやってみなければ分かりませんね。この世界の魔法とは、魔力を込め、イメージを固め、それを具現化する行為です。アラタにも分かるように言うと、人間の精神エネルギーを、炎とか、雷とか、現実のエネルギーに変換する作業です。ですが、その手順の何処か一つでも綻びがあると、成功しません。なので、例え魔力が強くても、使える魔法には個人差が出るのです。そして、彼等の言う『符式』とは、精神の集中と、そのイメージをしやすくする補助と言ったところです)
なるほど!
符式に集中し、更にその文字から、イメージを造成しやすくしていると!
なので、符術の方が、魔法より優れていると小夜達は言いたいのだろう。
そして、個人差とは、おそらくイメージの造成具合だろう。魔力の込め方とかは、どちらも基本は一緒と見た。
うん、それなら納得できる!
要は、小夜にはきちんとイメージできるものが、孫一にはできない。そして、逆もしかりと!
(凄いですね。今の説明でそこまで理解できるとは。この者達も、そこまで理解できているかどうかは怪しいものですよ? しかし、だからと言ってアラタに可能かは別の話です。試してみては?)
そこで、いきなり店の方から、大声がした!
「アラタさん! 居るっすか?! いや、居るっすよね! 今から符術の修練っす! アラタさんには特別に、あたいがマンツーマンで教えてあげるっす!」
ぐはっ!
まあ、丁度いいか。俺も試してみたいところだったし。
ただ、小夜とマンツーマンというのは、少し気になるが。
そしてこれは、桔梗さんの指示と見た。
俺がまだ魔法とかを使えない事を、ちゃんと理解しているのは、あの人だけだ。
そして、更に声が続く。
「ちょ、ちょっと小夜ちゃん、いきなり何よ! 今、アラタは孫一の銃の改造をしてくれているのよ! 邪魔しちゃ悪いじゃない!」
「あ、美鈴っち、これは里長の命令っす! け、決して、あたいがアラタさんと二人っきりになりたいとかじゃないっす!」
(ここからでも分かります。あの者の嘘は下手過ぎです)
ですよね~。
しかし、里長の命令っていうのは本当だろう。
だが、どうやって、あの親馬鹿、もとい、半蔵さんを説得したのだろう?
まあ、そんな事よりも、俺が出ない事には収まりそうにないな。
「わ、分かった! 今出る! 孫一、薬室はそれでいいと思う。後は引き金と薬莢だけなんで、その図面通りに頑張ってくれ」
「了解でござる! しかし、義兄上も大変でござるな。小夜ちゃんの修練は、厳しいので有名でござる。拙者も脱落したクチでござるよ。もっとも、義兄上なら余裕でござろうが」
う~ん、色々な意味で、孫一の誤解を解いておきたいところだが、まあ、それはいい。
俺が立ち上がって、カウンターへ出ると、そこには小夜と美鈴が睨み合っていた。
「まあ、美鈴、俺にも符術の練習は必要だから、小夜さんに教えて貰えるのなら、拒否する理由も無いよ。そう、符術の修練だけだよね、小夜さん」
「そ、そうっす! 決して、変な事は考えていないっす! 信用して欲しいっす!」
「ちょっと! 今朝の小夜ちゃんからは、信用できる訳無いじゃない! あたしも一緒に行くわ!」
う~ん、美鈴も引きそうにないし、ここはどうしたものやら。
しかし、小夜は予想外の反応を示す。
「それはお互い様っす! でも、丁度良かったっす! 美鈴っちは、魔法は得意でも、符術は苦手だったっすよね。あたいが纏めて教えてあげるっす! アラタさんには、格の違いを知って欲しいっす!」
ふむ、小夜としては、ここで自分が如何に優秀かを、俺にアピールしようと。
まあ、小夜が優秀なのは間違いないだろう。
そして、これは丁度いい機会だ。俺も、この二人には聞いて貰いたい事がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます