第15話 困惑するアラタ2
困惑するアラタ2
店に入ると、孫一は、早速俺をカウンターの裏へと案内する。
そこは結構広い板間になっており、ここにも商品が山積みされていたが、中央に巨大な、腰の高さ程のテーブルが据え付けられており、その上には、明らかに銃のパーツと見られる物が散乱していた。
なるほど、ここで改造していたのだろう。
「あ、そのままで、靴は脱がなくていいでござる」
ふむ、洋物を扱うだけあって、生活スタイルも洋式と。
「うん、じゃあ、早速だけど、何か紙と書くもの無いかな? 図で説明した方が早そうだ」
「取って来るわ!」
美鈴さんが、カウンターへと走って行ったので、俺は手近にあった丸椅子をテーブルに寄せて腰掛け、テーブルの上にあった、銃のパーツを物色する。
孫一も俺の隣に腰掛け、先程の銃をテーブルに置く。
「これでいいかしら?」
ふむ、習字に使うような、半紙と鉛筆。流石にボールペンは無さそうだが、これで充分だ。
俺は、その紙に俺の世界の銃、お巡りさんが使っているような、リボルバー式(回転弾倉)の奴を描く。
おそらく、これくらいが、俺の知識とこの世界の技術では限度だろう。グリップに弾倉がある、自動装填式の銃は、構造が複雑すぎる。
孫一は、俺の横で真剣に見ている。
また、美鈴さんも俺の背後から頭を出して覗き込む。
彼女の息遣いが俺の耳元で感じられ、少し艶めかしい。
「ま、まあ、これが俺の知っている銃だよ。孫一のとの最大の違いは、弾が6発まで撃てることかな。ただ、いきなりこれが作れるとは思っていない。なので、少しでもこれに近づけることから始めよう」
孫一と美鈴さんは、俺の描いた図を手に取って、孫一の銃と見比べる。
「かなり違うでござるな。この、中心にある部分に弾を込めるでござるか?」
「そうね。それに、握る部分も、こっちの方が持ちやすそうね。そして、この爪みたいな物は?」
「うん、孫一は理解が早いな。そう、それは平面図だから解り難いけど、実際は円筒形で、中には穴が開いて、そこに弾を込める仕組みだ。そして、そのかぎ爪みたいなのは、引き金といって……」
俺は、二人に丁寧に説明する。
美鈴さんの方は少し困惑顔だったが、孫一は俺の説明に、その都度首を縦に倒してくれた。
「かなり理解できたと思うでござる! しかし、これを作るのは容易では無いでござるな」
「うん、なので、今はその孫一の銃を改良することから始めよう。本当は薬室とかから作りたいんだけど、今日はもう遅いし。うん、続きは明日でいいかな?」
「そうでござるな。拙者も、今日はこの図を見られただけで充分でござる。本当に感謝するでござる」
孫一は、そう言って頭を下げてくれた。
うん、やはりこういうのは気持ちいいな。
学校の先生ってこんな感じなのだろうか?
その後は、美鈴さんが部屋へと案内してくれる。
この店の裏側は、西洋風の2階建ての建物になっており、ひとつの階に2つの部屋があり、その一室の扉を開けてくれた。
ふむ、完全にホテルだな。
8畳ほどの部屋には、ベッドがあり、その脇には、少し大きめの二人掛けのソファー。
当然テレビ等は無いが、鏡のついた小さなテーブルと椅子まである。
ちなみに、洗面台と便所は共同で、部屋のすぐ横にあった。
ふむ、便所は流石に和式だな。
早速ブランカが用を足していたが、どこまで人間臭い魔獣なんだか。
「ここも土足でいいわよ。でも、ベッドでは脱いでね。あ、ブランカちゃんはどうしようかしら?」
「そうだな~、このベッドは一人用だしな。ブランカ、悪いけど、そこのソファーでいいか?」
「ウギャ」
(問題無いそうです)
「うん、ありがとう。で、ここ、料金は?」
「あ、お金は気にしなくていいわ。本当は一晩一朱頂くんだけど。でも、その、孫一のこと、お願いね!」
なるほど、あの銃をちゃんと改良してくれれば、それでいいということだろう。
ふむ、この姉弟に投資されたと考えていいか。
「うん、出来る限り協力するよ。いや、本当に助かったよ」
「それなら良かったわ。でも、助かったって? 近衛さんはあの感じだと、藤原さん、いえ、里長の厄介になる予定のはずでしょ?」
あ、これは不味いか?
「う~ん、色々あって、あそこには居辛いというか。まあ、他意は無いんだけど」
「なんか怪しいわね! ひょっとして、小夜ちゃん絡みかしら?」
ぶはっ!
この人、鋭いな。
「ま、まあ、そんなところかな? やはり、若い男女が一つ屋根の下というのは少しね」
「ふ~ん、益々怪しいわね。でも、聞かないであげるわ。それで、ちょっといいかしら?」
彼女はそう言って、ソファーに腰掛ける。
すると、孫一も入って来て、彼女の隣に腰掛けた。
ふむ、大体用件は見当がつく。俺の詮索だろう。
長くなりそうなので、俺もベッドに腰掛ける。ブランカは、興味無さそうに俺の足元で丸くなった。
「さっきはありがとうね。私には良く分らなかったけど、孫一を見ていれば、何かとても凄い事を教えて貰っていたのだけは理解できるわ」
「そうでござる! 拙者の知らない言葉や、知識ばかりだったでござる!」
まあ、当然だろうな。
奈月先生の話では、ここは中世レベル。魔法は別にして、彼等からすれば、オーバーテクノロジーの筈だ。
「それで、あの知識、何処で手に入れたの? 確かに近衛さんの恰好からは、異国の出身なのは分かるわ。でも、お父様の仕入れて来たあの銃は、異国でも最新式だと仰っていたわ」
魔法があるので、分からなくもないが、この世界、武器に関してはまだまだのようだ。
って、そこで俺は思い出した。
そう、この世界に来ているのは、俺よりも先に魔王が居たはずだ。
何故連中はその知識を広めない?
武器とかの知識ならば、俺なんかよりも、虐殺者である連中のほうが詳しいはずだ。
(理由は簡単です。魔王の力は、アラタの左腕と同じ、いえ、それ以上です。彼等には、そのアドバンテージだけで充分なのです。余計な知識を人間に与える程、愚かではありません)
はい、納得できました!
しかし、これは返事に悩むな。
時間もかかるし、現状、俺の事を完全に理解してくれたのは、サトリと桔梗さんだけだろう。
「う~ん、何処から説明していいものやら。そうだな~、俺の事に関しては、桔梗さんに聞いて欲しいかな。うん、里長の考えに従うという事でどうだろう? 桔梗さんには、俺の事は全て話してある」
実質、里長一家に丸投げしただけなのだが、これは自分でも理に適っていると思う。
すると、二人は顔を見合わせ、ひそひそと何やら相談しだした。
そして、話がついたのか、孫一が切り出した。
美鈴さんの方は逆に、少し顔を伏せ、もじもじしている。
「まあ、拙者の銃が良くなるのなら、アラタ殿が何処でその知識を得たかは、関係無いでござるな。ところで、アラタ殿は姉上の事をどう思うでござるか?」
「ん? なんか予想外の質問だな。う~ん、日本人離れした美人だとしか? あ、ここ日本じゃないか。でも、ハーフ、いや、混血ですか?」
「拙者も二ホンという国は知らぬでござるが、確かに拙者も姉上も、異国の血が混じっているでござる。それで、アラタ殿は姉上の髪を見て、何とも思わないでござるか?」
「あ~、その髪の色か! でも、俺の国じゃ、わざと染めてそんな色にしている人も多かったから、特に違和感はないよ?」
「違和感ないでござるか! それなら良かったでござる! ほら、姉上、やはりアラタ殿なら、大丈夫だったでござる!」
「へ、どういう事?」
話を聞くと、美鈴さんは髪の色によって、この里では少し浮いた存在らしい。
まあ、それは解る。服もドレスだし、美人な事も相まって、この和風な里ではかなり目立つだろう。
別に嫌われている訳でもないので、そこまではいいのだが、問題は彼女の恋愛事情だそうだ。
彼女は気さくな性格なので、男の友人は多い。しかし、恋愛、そして結婚となると、皆、その髪の色を理由に引いてしまうようだと。
う~ん、何となく分かるな。
もっとも、俺なら逆に、こんな美人に声をかける度胸すらないが。
孫一には悪いが、今回の銃の件で、美鈴さんとお近づきになれて、嬉しいのも事実だ。
「そ、それで、本当にあたしのこと、綺麗だと思ってくれてるの? あ、あたし、もう二十歳(はたち)なのに、未だに誰も貰ってくれないのよ!」
「う~ん、美人なのは間違いないでしょ? まだ美鈴さんの性格は知らないけど、俺の国なら、その容姿だけで確実に男が群がるな。逆に、この里の男の美的感覚を疑うくらいだよ」
(相変わらずの鈍さですね)
え? 先生? なら、これはまた余計な事を言ってしまったか?
お世辞ではないが、勘違いされ……。
「そうよね! やっぱり、異国の人ならあたしの事を認めてくれるのよ! そ、それで、今の近衛さんの言い方だと、あ、あたしのような女でも貰ってくれるわよね? い、いえ、貰って下さい! この里で、はたちで独身なんて、あたしだけなの~っ!」
彼女は、顔を真っ赤にして身を乗り出し、堰を切った!
はい、勘違いされましたね。
(そうですね。この者の心を読むまでも無く、本気です)
「ま、まあ落ち着いて。俺も美鈴さんの事は嫌いじゃないけど、まだ会って一日も経っていない。そ、その、気持ちは嬉しいんだけど、考えさせて欲しい」
しかし、この台詞、今日で二度目のような?
(受ければ、感謝されるかもしれませんよ?)
あ~、またこの自称神の眷属は~っ!
(事実です)
はいはい。
そして、彼女は当然、これで引く訳もなく。
「じゃ、じゃあ、結婚を前提としたお付き合いというのはどう? あたしも近衛さんの事をもっと知りたいわ。あと、あたしの事は美鈴って呼び捨てにして欲しいわね。あたしも近衛さんの事はアラタさんって、名前で呼ばせて貰うから」
「う~ん、呼び方はともかく、結婚を前提ってのは、やはり。そ、その、友達から始めよう」
ん? 何処の清純派だ?
自分で言っていて恥ずかしくなるな。
「仕方ないわね。良く考えたら、あたしもいきなり過ぎたわ。じゃあ、その友達というのから始めるわよ! なので、今日から、あたしの部屋で一緒に寝るわよ!」
ぶはっ!
この展開もどっかであったような。
彼女は立ち上がって、俺の手を引こうとする。
ふむ、彼女はどうやら、かなり押しが強いようだ。
貰い手がない本当の理由は、その性格では?
「いや、それ、友達とは呼ばないぞ。立派な恋人以上の関係だ! なので、そういうのはもう少し後の話で」
「そ、そうかしら? 友達って難しいのね」
俺が必死に手を引っ込め、抵抗の意思を示すと、かろうじて彼女も諦めてくれたようだ。
そして、これで済んだかと思いきや、彼女は、今度は孫一に号令をかける!
「じゃあ、孫一! あたしがアラタさんと親密になれるように、あんたからも情報を集めなさい! アラタさんの好み、趣味、交友関係、何でもいいわ! 分かったわね!」
「合点でござる!」
孫一も立ち上がり、ビシッと額に手を当てる。
う~ん、こういった展開も、逆ではあるが、どこかであったような?
今晩はそれで勘弁してくれたようで、二人は、またひそひそと相談しながらも部屋を出て行ってくれた。
俺がその後、用心の為に、内側からしっかりと鍵をかけておいたのは、言うまでも無かろう。
そして、本日、二度も(転生前を含めると、三度か?)死んだ俺は、もう限界だったのだろう。
ベッドに倒れ込むと、爆睡してしまったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます