第14話 困惑するアラタ1

      困惑するアラタ1



 俺は襖を閉め、桔梗さんの前に正座する。すると、ブランカも俺の横に座り直した。


「それで、奈月先生の事は、どこまで理解されたんです?」

「勝手に持ち出して申し訳ありませんわ。でも、どうしても確かめたくて。そして、かなりお話させて頂きましたわ」

「いや、それはいいです。それで、話って具体的には?」

「そうですわね。近衛さんが、何故この世界に居るか。そして、このランセル、いえ、奈月様が、この世から超越した存在であることくらいですわね」


 ふむ、ほぼ全てと考えていいか。

 しかし、この人凄いな。俺でも最初はかなり戸惑ったのに、奈月先生の存在をあっさりと受け入れられるとは。


(ええ、この者は、清明さん所縁の者の子孫だけあって、理解が早くて助かりました)


 先生の評価も上々と。


「じゃあ、俺の事もほぼ理解されたようですね。その、隠すつもりはなかったのですが、そういう事です。あの盗賊達を仕留められたのは、俺の力ではないですし、俺はまだ魔法は使えません。もっとも、魔力はちゃんとあるようですが」

「あら、そんな事を気にしておいででしたの? でも、心配ありませんわ。私も聞いていましたわ。お風呂の陰陽具が扱えるのなら、問題ありませんわね。あれは、魔力を鍛えるのにも利用していますし。サヤちゃんは、子供の頃からあれで鍛えたのですわ」


 ならば、半蔵さんは俺を試していたと見るべきだな。

 あれが使えるのならば、本当に魔法が使えるだろうと。


 桔梗さんは更に続ける。


「そして、近衛さんの、その漆黒の左腕の事も、かなり理解できましたわ。本当にご愁傷様ですわね」

「じゃあ、俺がほぼ不死身な事も?」

「はい。なので、こう言ってはなんですが、近衛さんには、きっとこの世界での、近衛さんにしか出来ない役目がある。私はそう思いますわ」


 う~ん、それはどうなんだろう?

 俺は、単に魔王と呼ばれる人と同じく、この世界に厄介払い、いや、捨てられたという認識なのだが。


(私も最初はそう考えていました。ですが、この者の考え方は納得できます。神々には、何か思惑があったのかもしれませんね)


「もしそうなら嬉しいですが、現状の俺は、ただの異邦人です。なので、この世界の知識がつくまででいいです。この里に置いて頂けませんか? この里の人達は、あの盗賊とは違って、俺の価値観が通用しそうですし」

「あらあら、それくらい当然ですわ。と言うよりも、清明様の予言された近衛さんには、一生、この里に居て頂きたいですわ」


 ふむ、サトリの話も完全に信用していると。

 しかし、なんだかな~。俺はそんな大した人間じゃないのだが?


「ウギャウワン!」


 そこで、ブランカも何やら頷いている。


(私も何処までもついて行く、と言っています)


「本当に気持ちは嬉しいのですが、清明さんが、何故俺の事を予言したかも謎ですよ? うん、ブランカも、サトリの言った事に縛られる必要は無いと思うぞ」


 しかし、ブランカは俺の膝に顎を載せる。

 う~ん、なんかこいつも勘違いしているのだろうが、悪い気はしないな。

 仕方ないので、俺が頭を撫でてやると、目を細めた。


「確かにそうですわね。ところで、近衛さんは小夜ちゃんをどう見ますか? 小夜ちゃんから聞きましたわ。近衛さんは、身を挺して、あの子を守ってくれようとしたと」


 へ?

 何故にいきなり小夜?


「いや、確かに小夜さんを守ろうとしたのは事実ですが、それは、俺の不死身性があったからこそ出来た事ですよ? こうなる前なら、多分、真っ先に逃げていますよ。なので、小夜さんに関しては、可愛いくて、その、フジュツとやらの凄い使い手というだけの認識ですが?」


 うん、どういった意味で聞かれたのかは分からないが、ここはこの返事でよかろう。

 これは事実だし、襖越しには、半蔵さんが聞き耳を立てている可能性が高そうだ。


「あらあら、それは残念ですわ。でも、小夜ちゃんの事は嫌いではないのですわね?」

「いや、嫌いも何も、まだ会ってから一日も経っていませんし」


 全く、この人は何が言いたいのだろう?


(アラタは鈍すぎますね)


 え? 先生、俺にはさっぱりです。


「そうですか。想像以上に初心うぶですわね。では、率直に言います。近衛さんには、小夜ちゃんを貰って欲しいのですわ!」


 はい~っ???


 すると、いきなり襖が開け放たれ、小夜と半蔵さんが雪崩れ込んで来た!


「き、桔梗よ! 確かに近衛殿は清明様の予言された方かもしれんが、それは承知できん! 何より、この男、魔王を飼っていると言うではないか! そんな男に儂の可愛い小夜はやれぬ!」

「そ、そうっす! 母上! あたいの気持ちはどうなるっす!」


 二人共、顔を真っ赤にして、凄い剣幕だ!


「ぶぎゃっ!」

「ぶぎゃっ!」


 しかし、二人は連続で桔梗さんの煙管の餌食にされ、頭を押さえる。


「先ずあなた! 半蔵はもう少し冷静になるべきですわ! 現状を良く考えなさい! 西の大和はモンハンに併合され、そのモンハンの事は、現状何も解っていませんわ! これは、仕事云々以前に、この里にとって危機的な状況ですわよ! そこにこの近衛さんが現れましたわ! これを単なる偶然と捉えるならば、あなたは、この『陰陽の里』の里長として失格ですわ!」


 桔梗さんは一気にまくし立てる!


「じゃ、じゃが……」


 半蔵さんも、何か反論しようとしたのだろう、口を開きかけたが、桔梗さんに睨まれ、黙り込んでしまった。


「次に小夜ちゃん! 貴女、近衛さんが嫌いですか? 先程は、この母に、自慢気に近衛さんの話をしていましたわね」

「そ、それは嫌いじゃないっす……。で、でもアラタさんじゃないっすけど、まだ会って一日も経っていないっす!」

「ええ、ですから、丁度いい機会ですわ。小夜ちゃんは、今日から一緒に暮らして確かめればいいのですわ。なので、小夜ちゃん! 近衛さんのお部屋は、小夜ちゃんの部屋ですわ!」


 ぐはっ!

 もう、何が何やら。


 一体、俺の何処が桔梗さんに気に入られたというのだ?

 そして、小夜は可愛いが、現在の俺では女性そのものを抱けない。

 厳密には、抱けない訳ではないが、相手が気絶してしまうなら、それは無意味だ。


(私にも理解不能ですね。アラタがお人好しなのは認めますが)


 あら、奈月先生にも分からないと。


(ただ、アラタが何故こうなったかと、その左腕の説明をしたら、何やら感動していたようです)


 う~ん、益々訳が解らん。

 ふむ、ならば直接聞いてみよう。

 もっとも、この修羅場?が、更に悪化しそうな気もしないではないが。


「あの~、桔梗さん、俺を気に入って下さったのは嬉しいのですが、それこそ魔王を飼っているようなこの俺の、何処がいいのですか?」

「そこですわ! 近衛さんは、謂れの無い恨みによって、魔王をその左腕に宿してしまった。でも、人間としての感情は全く捨てていませんわよね? 普通なら、現状に悲観して自棄になってしまうか、その力を自分の為だけに使おうとしますわ。そして、貴方も既に気付いているはずですわ。そう、近衛さんはその気になれば、この世界を支配する、本物の魔王になれると!」


 ぐはっ!

 そんな事、考えた事も無かった!

 せんせぇ~、そうなんですか?


(そうですね。何故、私が派遣されたかの意味を考えれば分かります。おそらく、私の使命は、アラタを輪廻させるのは当然として、アラタの魔王化、暴走を止める役目でもあったのでしょう)


 ふむ、確かにこの俺の左腕、完全に反則だな。

 よく考えれば、触れるだけで人を気絶させ、しかも、ほぼ不死身ときたもんだ。

 使いようによっては、それこそ、この世界の独裁者になれる。


 ならば、桔梗さんの考えは、将来魔王候補の俺に、小夜という枷を着けようと。そして、もし万が一、俺が魔王になってしまった場合でも、小夜だけには危害を加えないだろうと。


(どうやら、それがあの者の本心のようですね)


「う~ん、なんか俺の事、かなり過大評価されていませんか? それに、小夜さんと結婚なんて、そこまでしなくてもいい気がするんですが? 俺を監視したり、制御したいのならば、この屋敷に閉じ込めておくだけで充分ですし。あ、牢屋という手もあったか。まあ、それは勘弁して欲しいですね。そして、今の桔梗さんの話だと、それこそ小夜さんが可哀想だ。まるで、魔王への生贄みたいじゃないですか」

「そ、そうじゃ! 儂の唯一無二の絶対美、桔梗よ! 儂の可愛い小夜は、魔王などへの供物ではない!」


 先程までは、桔梗さんの圧力に屈していた半蔵さんだが、ここぞとばかりに口を挟む。


「確かに近衛さんの考えが無いとは申しませんわ。それで、小夜ちゃん、どうですの?」


 あ、この人、旦那の意見は軽くスルーしやがった。

 ならば小夜は?と、俺が振り返ると、半蔵さんの横で顎に手を当て、何やら考え込んでいる。

 そして、若干の静寂の後、その口が開かれた。


「そうっすね。確かにあたいも、もう17っす! 嫁入りは遅いくらいっすね。大体、親父が悪いんすよ! 親父が押し付けてくる男は、どれも体力馬鹿ばっかっす! 確かに武術は凄いんすけど、どいつもこいつも、符術はからっきしっす! はっきり言って、あたいより弱いっす! でも、アラタさんなら、間違いなくあたいより強いっすね。なら、問題ないっす! アラタさん! あたいを貰って欲しいっす!」


 ぶはっ!

 このの基準は強さかい!

 まあ、分からんではないが、小夜さんよ、貴女もこの母親同様、俺を買い被り過ぎだぞ。


(ですが、間違いではありませんね。アラタは死ねませんから)


 先生、それ、ぶっちゃけすぎです。


「と、とにかく、さっきも言った通りです! 俺にはまだその気はありません!」

「なら、その気になればいいのですわね? 小夜ちゃん、後でこの母の部屋に来なさい! 私が近衛さんをその気にさせる方法を教えますわ」

「了解っす!」


 う~ん、これはヤバい!

 別に俺も小夜が嫌いな訳では無い。

 しかし、こんな政略結婚みたいなのは嫌だ!

 見合いにしても、普通はなんかこう、もう少し恋愛とかあるのでは?


(強者との縁を深めようという、人間の知恵ですね)


 それもぶっちゃけすぎです。



 俺がこの場をどうやって切り抜けようかと悩んでいると、玄関を叩く音がする。


 ん? もう外は真っ暗なはずだぞ。こんな時間に誰だろう?


「池田孫一でござる! アラタ殿、調査、いや、洗濯が終わったので、服を返しに来たでござる!」


 洗濯、はやっ!

 しかし、これはいいタイミングかもしれない。


「孫一、ありがとう! 今出るよ」


 俺は、土間へと走る!

 うん、うまく行けば、このピンチ?を脱出できるかもしれない。

 それが無理でも、あの母娘にはいい冷却期間になるだろう。

 そう、冷静に考えれば、今日会ったばかりの男と、結婚話になること自体が間違っている。


 俺が扉を開けると、そこには孫一と美鈴さんが居た。

 二人で、丁寧に畳まれた服を俺に差し出す。


「どうも…って、なんか洗濯するの、すごく早くない?」

「それは姉上の魔法のおかげでござる! 姉上にかかれば、この程度の服なら、すぐに綺麗になるでござる!」

「でも、血は厄介だったわ~。近衛さん、次からは返り血を浴びないようにしてね。じゃあ、明日、待っているわね!」

「拙者も、あの銃が更に良くなるのが楽しみでござる!」


 そう言って二人は立ち去ろうとする。

 げ! このまま帰られては困る!


「いや、良ければ今からでも……、いや、今からの方がいいな! 迷惑かな?」


 すると、二人は顔を見合わせる。

 そうですよね~、やっぱ、こんな時間からじゃ迷惑ですよね~。


 しかし、二人は予想に反し、にっこりとほほ笑む。


「全く迷惑では無いでござるよ! うちは、商売上、他国からの商人を受け入れられる、ちょっとした宿も兼ねているでござるし」


 よっしゃぁ~っ!

 うん、出来過ぎなくらいだ!


「なら、決まりだ! じゃあ、そういう事で、半蔵さん、桔梗さん、小夜さん、色々ありがとうございました。俺、今日はこの人達のところに厄介になりますんで。あ、ご飯とお風呂、ご馳走様でした!」


 俺は振り返って、後ろから呆然と見ている藤原一家に頭を下げる。

 気付くと、既に俺の足元にはブランカが居た。ちゃんと靴下も脱いでるし。

 うん、こいつ、いい勘してるな。


「さあ、行きましょう!」

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