第13話 モンハン

     モンハン



 里長の屋敷に戻ると、何やらいい匂いがする。

 ふむ、サヤの言った通り、そろそろ夕食なのだろう。

 辺りは、既にとっぷりと暮れているし。


 サヤに案内されて、縁側の脇から入る。

 どうやら、ここが正式な玄関のようで、結構広い土間だ。


「え~っと、ブランカはどうしよう? ここで待たせるのも可哀想だし、お腹も空いているのでは?」

「そうっすね~、流石に土足は遠慮して欲しいっす」

「ウガウ、ウガウギャ」

(気にしなくていい、でも、飯は寄こせと言っています)


 う~ん、ならば後でブランカ用の食事を用意して貰って、ここに持って来るか?

 しかし、なんだかな~。


 すると、そこにキキョウさんが来た。


「近衛さん、サヤちゃん、お帰りですわ。それで、その子がブランカちゃんですわね? 少し小柄ですけど、美人で強そうな灰狼ですわね」


 う~む、キキョウさん、灰狼族の美人の基準が分かりません。


「ウガ! ウワウギャン」

(当然だ。それより腹減った。だそうです)


 はいはい。


 結局、土足じゃなければいいとのことで、俺が先程買った靴下を履かせることで、許可して貰えた。ふむ、明日、スリッパを2足買うか。

 また、食事も雑食性らしく、人間が食べる物で構わないが、味付けは控えめにして欲しいとのことだ。


 その後、先程話をしていた縁側に繋がる、20畳はあろうかという大座敷で、サヤ、親父さん、キキョウさん、そしてブランカと食事を頂く。

 出されたものは、猪の肉に味噌汁、野菜の和え物に漬物、白飯と、肉以外はかなり和風だ。

 ちなみに、里で猪を飼っているとのことだ。

 ふむ、後100年もすれば、その猪は豚になるかもな。

 ブランカの口も合ったようで、ブランカ用の大皿に盛られたそれを、俺の横で綺麗に平らげていた。



「まだ儂らの自己紹介がまだじゃったな。先ず、儂はこの『陰陽の里』の里長、『藤原半蔵ふじわら・はんぞう』じゃ。そして、『儂の唯一無二の絶対美、桔梗ききょう』、最後に『小夜さや』じゃ」


 食事中、親父が家族を紹介してくれる。

 どういう字を書くか尋ねると、快く教えてくれた。


 ついでに、色々とこの里の事を説明して貰う。


 それによると、この里は、元々、桔梗さんの先祖である藤原の何某という人が始祖で、代々里長を務めている。なので、半蔵さんは婿養子とのことだ。

 しかし、600年以上も続いているのには驚きだな。


 また、この里は、人口は4000人程度しかいないなのだが、去年までは、2つの対立する国家、西の『大和やまと』と、東の『武蔵むさし』に挟まれているにも関わらず、完全に独立を保っている。

 理由は、清明さん直伝の符術の存在によって、この里を攻め落とすのには、かなりの犠牲を強いる事と、この里にはこれといった、魅力的な土地や資源が無いからだそうだ。

 なので、この里の主な外貨の獲得源は、『諜報活動』。周辺国家からの、『間諜』の依頼を受け、報酬を貰う。まさに忍者の里だな。但し、飽くまでも『情報収集』に限られ、戦国時代の忍者のような、破壊工作や、暗殺といった仕事は一切請け負わないとのことだ。


 ふむ、理解できてきたぞ。


 要は、両国共に、貴重な情報源であるこの里には、手を出したくないと。

 また、下手に怒らせて、要人のスキャンダルでもばら撒かれれば、かなり面倒だろう。

 うん、情報は力だ。これは、俺の世界ではもはや常識だ。


 そして、更に納得できたことがある。

 そう、小夜と桔梗さんが使っていた魔法だ。

 ああいったスキルは、情報集めの為には欠かせないのだろう。


「はい、ここまでは理解できました。でも、去年までは、ってのは?」


 ここで、今まで大人しく聞いていた小夜が口を挟む。

 かなり興奮気味だ。


「『モンハン』っす! 最近急激に強くなった、大和の南西にあった国っす! 去年、元々この里の西にあった国、大和を併合してしまったす! この里は大丈夫なんすけど、おかげで、今まで『大和』から受けていた依頼が無くなってしまったっす!」

「もっとも、武蔵からの、モンハンの調査依頼は増えたのじゃがな。しかし、依頼は達成して初めて金になる。じゃが、モンハンの城の警備も硬くなって、儂らでも、そうそう潜り込めなくなったんじゃ。また、帰って来ない者が増えた結果、今は依頼そのものが引き受けられん。以前ならば、間者を捕まえても、大抵は情報と引き換えに返してくれたんじゃが」

「おまけに、モンハンと大和からは、全く依頼が来なくなったんすよ」


 なるほど。不景気の原因も納得だ。

 今までは、大和と武蔵、そしてモンハンと、周辺国家から依頼が来ていたが、今は武蔵からのみ。

 それも、依頼が達成できないものだから、損害だけ出して、金にならない。

 

 そして、この里の警備が厳重なのも、戦力云々の話も当然だ。

 いきなり隣国の情勢が変わったのだ。

 今の感じからでは、そのモンハンとこの里の関係は、現在はかなり希薄、いや、ほぼ敵対と見ていいだろう。


 この里の置かれている状況の話は以上で、後は、小夜の報告だ。

 あの、すりぬけ兄弟を俺がどうやって仕留めたかを、半蔵さんと桔梗さんに、何故かどや顔で説明する。勿論、彼女が手を貸した事は伏せていた。

 半蔵さんは、俺の左腕をしげしげと見ながら、最後まで聞き、そして口を開いた。


「ふ~む。ならば、その左腕には、相手を眠らせるような符式が刻まれているのじゃな?」

「う~ん、フシキとかは分かりませんが、厳密には、俺に取り憑いた恨みの力のせいです。俺にも制御できないんで、俺の力では無いです。しかも、『人間』にしか効かないようですし。ただ、触れただけで、相手を気絶、ないしは殺せるようですが」

「恨みの力って、いまいち理解できないっすけど、あれ、一瞬で気が遠くなってしまったっす!」


 あ、これは不味いか?

 親父が血相を変えてしまった!


「何と! 貴殿は、儂の可愛い小夜にまで使ったと! さては手籠めにする……、ぶぎゃっ!」


 ふむ、お約束だったか。

 親父は、桔梗さんにまたしても煙管でどつかれている。


「あなた! それは最初に近衛さんが説明しましたわ! その結果、サトリの信頼を得られたと!」

「そ、そうじゃったな。悪いのは、サトリの試し方じゃった! しかし、思った以上に魔王の力は凄いようじゃの。ところで、飯も済んだし、次は風呂じゃ! 近衛殿も一緒にどうじゃ?」


 親父は、頭を押さえながら立ち上がる。


 ふむ、ばつが悪くなったと見えて、場所を変えると。

 しかしこれはいい。俺も風呂には入りたいな。考えてみれば、今日は色々ありすぎだ。

 この世界の風呂がどういったものかは知らないが、汗くらいは流したい。あの盗賊の返り血も浴びているし。


「じゃあ、甘えさせて頂きます。ところで、ブランカは……って寝てるし!」


 見ると、ブランカは、この屋敷での一番の特等席、桔梗さんの膝枕に顎を載せ、独占してやがった!

 ふむ、やはり餌をくれた人には懐くのだろうか?


「ブランカちゃんは、私が見ていますわ。ごゆっくりですわ」


 親父が恨めしそうにブランカを睨みつけるが、本人?は全く気付いていないようだ。

 しかし、座敷に上がって、飯を食うだけならまだしも、人間の膝枕で寝るって、どんだけ人間臭い魔獣なんだか。

 ふむ、こいつには俺の左腕も効くかもしれんな。



 半蔵さんに案内して貰った風呂は、石造りで、ちょっとした温泉のような感じだった。

 家族風呂のサイズだが、4人くらいなら同時に入れるだろう。


 俺が脱衣所で奈月先生から、今日買った下着と室内着(横縞の、囚人服のようなのしかなかった)を取り出していると、半蔵さんはさっさと服を脱ぎ、先に入って行く。


 そこで俺は迷う。そう、先生をどうしたものか?  

 あまり長時間は離れられないようだが、流石にランドセルを背負って風呂には入りたくはない。


(もう、1時間くらいなら問題ないでしょう)


 ふむ、先生の力も大分回復したと見ていいか。


 ならばと、俺も服を脱いでいると、中から声がする。


「むむ、少し冷めてしまったようじゃ。どれ」


 俺が中に入ると、半蔵さんが、何やらしゃがんでいる。

 薪でもくべているのだろうか?


 良く見ると、石で囲ってある湯船の下に穴が開いていて、半蔵さんはそこに手を突っ込んでいる。


「そうじゃな、近衛殿も手伝って下さらぬか? 儂は、武芸には自信があるのじゃが、魔力はそれ程でもないんじゃよ」

「良く分らないですが、俺に手伝える事なら喜んで」


 俺が半蔵さんの隣にしゃがむと、彼はその穴から手を引き抜く。

 そして、そこには、『熱』と、大きく書かれた板があり、取っ手がついていた。


「ふむ、近衛殿は知らないようじゃの。これは、我が里の誇る符術の結晶、陰陽具じゃ。その取っ手を掴み、魔力を流すと、上の湯が温まる仕組みじゃ。近衛殿も魔法が使えるのならば、容易いじゃろう」


 なるほど!

 これぞ、異世界ものの定番、魔道具って奴か!

 そして、奈月先生には、俺は人並み以上の魔力があると言われたので、出来ない事はなかろう。


「う~ん、初めてなんですが、やってみますね」


 俺は、言われた通り、右手でその取っ手を掴む。魔力の流し方は知らないので、代りに気合を込めてみる。

 すると、湯面に泡がポコポコと立ち始め、同時に湯気も立ってきた。

 ふむ、あれで良かったようだ。確かに簡単だな。


「おお~、流石は魔王を飼っているだけありますな! うん、もういいですぞ!」


 ぶはっ! 半蔵さんも、俺に対する認識は、サヤと同じようだ。


 その後は、半蔵さんと湯船に浸かりながら、引き続き話を訊く。


「それで、その隣国、モンハンの事ですが、小夜さんの話だと、いきなり強くなったとか?」

「そうじゃ。2年前、国王が代替わりし、その息子が後を継いだのじゃが、それからじゃ。あの国王はそう年を取っておらなんだで、儂らも、息子の方までは警戒していなかったんじゃ。依頼もなかったしの」

「ひょっとして、例の魔王ですかね?」

「どうじゃろうか? 儂も、魔王とは話に聞くだけで、直接会った事はないんでの。それに、血の繋がった息子なのは確かじゃし、単に有能だっただけなのやもしれん。おまけに、どういった手段で、大和の国を併合させたのかも謎じゃ。あの二国、戦争する程でも無かったが、それ程仲のいい国では無かったのも事実。ただ、池田殿の話では、モンハンも大和も、民の人口は減り、生活水準も下がったそうじゃ」


 ふむ、どうやら、この池田殿ってのは、池田屋のことだろう。

 孫一の親父さんと見ていいか?


「う~ん、大和はともかく、モンハンの方は普通、一国を併合したのなら、景気が良くなって、人口も増えそうなもんですが? しかし、池田さん、警備も厳しくなったと聞くし、大丈夫でしょうか?」

「そこも疑問じゃな。じゃが、商品の売買だけなら入れてくれるようじゃ。なので、大した事は出来んが、下手に疑われても台無しじゃから、そこは自重しているじゃろう」


 ふむ、まさにスパイだな。

 仕入れがてら、他国の情報も探っていると考えていいだろう。


 ここらで俺も半蔵さんも、充分に温まったので、湯から上がる。

 そして、服を着ようとして気付いた。


「あの~、半蔵さん、俺のランドセルと、脱いだ服、知りませんか?」

「ん? ランセルのことかの? 儂は知らぬぞ? 服は、大方、儂の唯一無二の絶対美、桔梗が洗ってくれておるのでは?」


 ふむ、服の方はそれなら助かるな。実際、盗賊の返り血とか結構ついていたし。

 しかし、ランドセルは困る! 先生が居ないと、俺の左腕が心配だ!


 俺が慌てて服を着込んでいると、半蔵さんが大声で聞いてくれた。


「お~い、誰か、近衛殿の服とランセルを知らぬか?」


 すると、奥から返事がする。


「ランセルは私が預かっておりますわ! 近衛さんの服は、池田さんとこの姉弟が来られて、洗って下さるとのことで、お渡ししましたわ! 何でも、商品を買ってくれたお礼だそうですわ!」


 ぶはっ!

 あいつら、あの場ではランドセルしか見ていなかったが、やはり服にも興味があったらしい。まあ、洗ってくれるのなら問題ないか?

 しかし、その行動力には脱帽だな。


 うん、服はどうでもいい。

 俺は急いで、桔梗さんの声のした方に走る。


 廊下に出ると、襖の前で、何故かサヤが首を捻っている


「あ~、サヤさん、俺のランドセルは?」


 しかし、小夜は俺を見るなり、吹き出しやがった!


「ウプッ、何すか? アラタさん、その服! アラタさんの好みはあたいには理解できないっす! ウプププ!」


 そっちかい!


「これしか無かったんだよ! 俺もこんな囚人服みたいなのよりは、半蔵さんが着ている、作務衣みたいのがいいんだけど。それよりも、なつ…、いや、俺のランドセルは?!」

「ウププ。あ、この中っす。母上の部屋っす。それで、母上、大丈夫っすかね? さっきからぶつぶつ独り言を言っているみたいなんすけど? もうボケたっすかね?」


 あ~、なんか、全てが理解できた。


「う~ん、ボケに関しては大丈夫だと思うぞ。それより、入っていいかな?」


 うん、桔梗さんは見た目30代。そして、原因はもはや想像がついている。


「近衛さんですわね。どうぞですわ。あ、小夜ちゃんと半蔵はダメですわ!」


 ふむ、後ろを見ると半蔵さんも居た。

 半蔵さんも首を捻っているが、これは嬉しい配慮だ。

 いきなり奈月先生の事を、この二人が理解できるとは思えないからな。


「すみません、失礼します」


 襖を開けて中に入ると、6畳程の和室で、そこら中に、『炎』とか、『目』とか書かれた、煙草の箱くらいの大きさの、紙の束が積まれていた。

 ふむ、何となく分かってきたな。

 この部屋は、桔梗さんの作業場なのだろう。そして、この紙の束は、陰陽師が使う、お札というか、護符の類と見ていいか?


 そして、その部屋の中央に、ランドセルを抱えた桔梗さんが正座しており、その横に、ブランカがちょこんと座っていた。

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