第11話 陰陽の里
陰陽の里
サヤがその男に駆け寄って行くと、相手もすぐに気付いたようで、サヤに手を振る。
男は、身長はさほど高くはなく、俺と同じくらいだが、俺よりも顔立ちはかなり整っている。
そして、鎧兜は西洋風なのだが、腰には、反り具合から見て、日本刀と思える太刀を挿しているので、かなり違和感がある。黒髪なので日本人だとは思うが、瞳は青なので、微妙なところだ。まあ、異世界だしな。
「拙者の、最愛にして
ぶはっ!
どんだけ愛がかぶっている、いや、籠っているんだ!?
ひょっとして、サヤの恋人か?
うん、見た感じ、年も同じくらいだし、それもありだろう。
良く考えれば、その男じゃないが、サヤは確かに可愛いので、美男美女のいいカップルだな。
しかし、どうやら違ったようだ。
「マゴイチ、門の当番ご苦労様っす。で、毎度の事っすけど、あたいに勝手な名前をつけるのはやめて欲しいっすね! あたいは、あんたの女じゃないっす! それにあんた、その名前、里の未婚の女、全員につけてるっしょ!」
ん? 最初にサヤが言っていた、名前をつけるってのは、あの口説き文句のような奴のことか? 二つ名というか、ミドルネーム?
よく分らんが、現時点では、俺が知る意味も無いか。
「拙者の愛は、世の中の女性、全てに注がれているのだから、問題ないでござる。それよりも、どうだったでござるか?」
「あ~、もういいっす。で、あたいの任務は完了っす。あたいの出る幕は無かったっすね。後ろのお兄さんが仕留めてくれたっす」
すると、そのマゴイチと呼ばれた男は、サヤの脇からひょっこり顔を出し、俺を覗う。
ふむ、ここは何か挨拶をすべきか?
「あ~、俺は
ん? 俺、何かおかしな事言ったかな?
その男は俺に駆け寄ってきて、無言で、上から下まで、まさに舐め回すように俺を見る。
そして、一通り俺を見終えると、やっと挨拶を返してくれた。
「あっと、失礼したでござる。貴殿が、あの『すりぬけ兄弟』をやってくれたでござるか! 里の者として、感謝するでござる! しかし、そんな事はどうでもいいでござる!」
ん? ひょっとしてこの流れは? やはり立ち入りは拒否ですか?
(いえ、この者に敵意は感じられませんよ)
おや、なら何がいけない?
「サヤさん、これは……」
俺がサヤに助けを求めようとしたところで、そいつは続けてきた。
「そのランセル! ルイネルの最新作でござるか?! それに、その衣装! 拙者、アンメリのものと見受けたでござるが、如何でござろうか?!」
ぶはっ! そっちかい!
「い、いや、ルイネルもアンメリも知りませんけど、絶対に違うと思いますよ?」
うん、このパーカーもジーンズも、こいつが期待しているような、有名メーカーのものではない。ワゴンセールの特売品だ。そもそも、この世界の物じゃないし。奈月先生に至っては、この世のものではない。
「そ、そうでござるか。ならば、後でいいので、拙者の店に寄って欲しいでござる!」
う~ん、こいつの店が何処にあるどんな店かは解らんが、里に入れるのなら、それくらいいいか?
先生も、敵意は無いって言ってたし。
俺が返事をしようとすると、サヤが割ってきた。
「マゴイチ! あんた、相変わらずの西洋かぶれっすね~! こっちは、あんたの店の事なんかどうでもいいっす。それよりも、通して欲しいんすけど? アラタさんは、懸賞金の受け取りがあるっすし、あたいも報告しないといけないっすから」
「そ、そうでござった。え~っと、近衛殿でござったか? 失礼したでござる。懸賞首を取って下さったのならば、問題無いでござる。今、開けるでござる」
ふむ、思ったよりもすんなりだな。
俺はてっきり、この奈月先生にぶら下げている首を確認されるかと思ったのだが。
その男は慌てて門に戻り、何やら合言葉のようなものを言うと、中から門が開かれた。
うん、かなり厳重と見ていいな。
「どうぞでござる。って、そ、その灰狼族! な、何でござるか?!」
マゴイチは、ブランカを指さし、声を震わせる!
気付くの遅すぎだろ!
門番失格だな。
「う~ん、話せば長くなるんだけど、俺が、灰狼族の長、サトリから預かった、ブランカです。サトリが里の人に宜しくって言っていたから、一緒に入れてやってくれないですか? 危険は無いですし、
「ウガ」
俺がそう言って頭を下げると、俺の横でブランカも一緒に頭を下げる。
「ちょ、ちょっと待って欲しいでござる! 拙者の一存では無理でござる!」
ま、そうなるよな~。
「じゃあ、ブランカ、悪いけど、ここで待っていてくれ。多分、そんなにかからないだろ」
「そうっすね。でも、きっちり話して貰うっすよ!」
ブランカをそこに残し、俺とサヤで門を潜ると、そこには、両脇に暖簾を出した店が立ち並ぶ。が、それ程多くはない。
建物は全て瓦葺きで、一昔前の、田舎の商店街といった風景だな。
俺がきょろきょろしていると、サヤが説明してくれる。
「ここがあたいの里っす。最近は景気が悪くて、少し寂しい感じっすね。昔は屋台とかも出ていたんすけど」
「そうなんだ。でも、里と聞いていたけど、立派な街だな。俺はてっきり、隠れ里のような、こぢんまりとした村を想像していたよ」
「伝説の清明様のおかげっすね。おかげで、この里は完全に独立していて、何処の支配も受けていないっす。で、その家っす」
サヤが指さす先は、白壁の塀に囲まれた、立派な門構えの、堂々たる屋敷だった。
ふむ、時代劇に出て来る、お奉行所ってイメージか?
サヤは、そこに躊躇う事無く入って行く。
「親父、母上、サヤっす! 今帰ったっす! 色々報告があるっす!」
親父、母上?
あ~、なんか、理解できたな。
彼女は、この里の、お偉いさんの娘さんだ。
俺はきょろきょろしながら、サヤについて行く。
門を潜った白洲の先には、縁側があり、そこの襖が乱暴に開かれた!
そして、そこから顎髭が耳まで繋がっている、オールバックの、無骨な男が転がり出て来る!
「お~、サヤ、無事に帰ったか! ほれ、儂の唯一無二の絶対美、キキョウよ、心配なかったではないか!」
ふむ、この人がサヤの親父さんと。
服装は羽織袴で、腰に刀を挿している。まさに江戸時代のお奉行さんってイメージだ。
あとは丁髷を結って、桜吹雪の入れ墨を出してくれれば完璧だな。
そしてどうやら、『儂の唯一無二の絶対美』というのが、結婚の時にあげた名前という事か? 少々長ったらしいが、この名前で呼んでいれば、お互い、浮気とかはしなくて済みそうだな。
「心配していたのはあなたのほうですわ! 今朝からうろうろと! 少しは落ち着きなさい!」
更に、もう一人、黒地に花柄の、和服姿の女性がひょっこりと顔を出す。
切れ長の瞳と眉に、髪を綺麗に結い上げ、相当な美人だ。また、長い
ふむ、サヤの丸顔は父親に似て、均整の取れた顔立ちは、母親譲りと。
そして、彼女のバンダナの下には、サヤと似たような入れ墨がありそうだ。
サヤは縁側に上がるやいなや、その父親に抱き着かれる。頬を摺り寄せられ、かなり嫌そうだ。
「あ~、親父、毎回毎回、それはいいっす! それで、報告っす! あ、後ろの人は、
サヤが、父親を振りほどきながら、俺に振り返る。
すると、その男は、そこで初めて俺に気付いたかのような感じで話しかけてきた。
「お~、そうであったか! 近衛殿とやら、里長として、感謝しますぞ! しかし、本当にそなたが仕留めてくれたのか? 失礼ながら、そなたには武術の嗜みがあるようには見えぬし、それにその珍妙な服装。実は、儂の可愛いサヤが追い詰めたところを、止めを刺しただけではないのか?」
ぶはっ!
まあ、そう思われても仕方はないな。
半分正解だし。
「い、いえ、俺が一人でやりました。これがその証拠の首と、あの兄弟が持っていた鉈です。それで、懸賞金は、ここで貰えるんですか?」
うん、先ずは金の話だ。
俺はベルトに挿していた鉈と、奈月先生から、手拭いで包まれた盗賊共の頭を外し、縁側に置く。
「親父! あたいが証人っす! アラタさんは、清明様クラスの大符術師、もしくは大魔術師っす! 触れただけで一撃だったっす! なんで、さっさと支払ってあげるっす!」
ふむ、サヤも援護してくれるようだ。
しかし、未だに、何故、俺が一人でやった事に拘る理由は不明だが。
「そ、そうか。儂の可愛いサヤが言うなら本当じゃろう。しかし、手配書の金額10両、よそ者に満額は渡せん!」
あ~、ここでもよそ者ですか。
俺がどう反論しようかと悩んでいると、キキョウさんが持っていた煙管で、いきなり背後から親父の頭をどついた!
「ぶぎゃっ!」
ふむ、悲鳴は娘と一緒と。それはどうでもいいか。
「あなた! この方は、あのすりぬけ兄弟を仕留めて下さったのですわ! あの者達による被害は、この里だけではありませんわ! それを、何をケチ臭い事を! それに、よそ者であろうがなかろうが、里の信用に関わりますわ!」
お、キキョウさん、ナイス!
しかし、親父は頭を押さえながらも引かないようだ。
「そ、それはそうなのじゃが、こんな事は言いたくはないのじゃが、里の予算が少しな。なので、近衛殿、誠に申し訳ないのじゃが、5、いや、6両で我慢してくれぬか? も、勿論、儂らに出来る事があれば、聞かせて貰いますぞ」
あ~、なんか理解できてきた。
サヤが言っていた、不景気とやらが、里の財政を圧迫していると。
そこまで考えると、何故サヤが俺一人の手柄にしたがったかも納得だ!
きっと、彼女が仕留めたとなると、実の娘に支払うとは思えない。
俺はサヤを見る。
彼女も分かっていたのだろう。残念そうに頷いた。
「分かりました。では、6両でいいです。そして、それなら、俺にも一つ条件があります」
うん、ある意味これは都合がいい。
俺にとって、差額の2両はおそらく大金だが、それ以上の物を得られそうだ。
「お~、呑んでくれるか! では、申されよ」
「俺を、この里の人間に加えて欲しいです。あと、サトリから預かったブランカも」
「ん? 近衛殿は、サトリを知っておるのか! 詳しくお願いする!」
親父は身体を乗り出してきた。
キキョウさんもだ。
ふむ、この二人は、サトリと面識があるようだ。
俺は縁側に腰掛け、サトリとの話を、話せるところだけ話す。
うん、俺がほぼ不死身である事と、奈月先生の事は、説明するのが大変そうだし、それこそ信じては貰えないだろう。
「ふ~む、魔王については、儂も聞き及んでおる。幸いにもこの近辺にはおらぬようじゃが。しかし、にわかには信じられん話じゃの。じゃが、あのサトリが嘘を吐くとも思えん。そして、何よりも重要なのは、清明様が、近衛殿を予言されたという事じゃ! 儂の唯一無二の絶対美、キキョウよ、そなたは何か聞いておるか?」
「そうですわね。私もそのような話は聞いていませんわ。ですが、本当かどうかは、今、確かめますわ。ちょっと失礼……」
キキョウさんは額のバンダナを外し、小声で何やら唱えだす。
うん、思った通り、そこにはサヤと一緒、『目』という文字が、青く刻まれていた。
「確かに、かなりの魔力のようですわね。あら? この気配は……? そして…ウッ! ちょっ! 失礼!」
ん? キキョウさんは口元を抑え、奥に走って行ってしまった!
「な! キキョウっ!」
「母上!」
二人も慌ててキキョウさんを追う!
(彼女が使用したのは、おそらく、相手の本質を見抜くような魔法、いえ、フジュツですね。おそらく、私の存在も気付かれました。そして、あれはアラタの左腕を見てしまったからでしょう)
あ~、それなら想像がつく。
俺の左腕は、触れただけで相手が気絶するような、怨念の塊だ。
それをまともに見てしまったと。
気絶しなかっただけマシかもな。
暫く待っていると、親父の方だけが戻ってきた。
「近衛殿、お見苦しいところをお見せして失礼した。儂の唯一無二の絶対美、キキョウの事は心配せんで欲しい。少し気分が悪くなったようじゃが、そなたに嘘偽りは無いと申しておった。もっとも、そなたがこの世界の人間では無いというのは、未だ信じられんが」
うん、キキョウさんが確認したのは、俺が魔王と同じ物を持っているかという事だろう。
「そうですか。でも、サトリの話だけでも、信じて貰えるなら良かったです。それで、懸賞金と、俺の里への事ですが。あ、ブランカも」
「うむ、懸賞金はすぐに用意させるから、心配せんで欲しい。しかし、そなたとブランカとやらを、これから里の一員として認めるかどうかは、儂が認めても他がどう思うか。そうじゃな、ここは陰陽の里、符術の里じゃ。サヤの話では、近衛殿は符術か魔法を使えるそうじゃが、それを儂にも見せてくれぬか?」
なるほど、魔法が使えるのならば、他の里の人も認めてくれるだろうと。
しかし、現状、俺には魔法が使えない。
俺の左腕は魔法に近い存在なのだが、親父を気絶させるのも気の毒だ。
何かいい手はないかな?
ん? そういやあったな。
うん、これで誤魔化すか。
俺は、ポケットから、ライターを取り出す。
「魔法と呼べるかは分かりませんが、これでどうでしょうか? 出でよ! 炎!」
大仰な台詞とともに、俺はライターをカチリとさせる。
ほっ。ちゃんと点いた。
親父は目を丸くして、火の点いたライターに魅入る!
「おお~! 立派な符術じゃ! 若干、威力が心もとないが、それで充分じゃ! これなら里の者も説得できそうじゃ!」
「やっぱり使えるじゃないっすか! しかも、完全に制御できてるっす! 流石はアラタさんっす!」
ぐはっ!
いつの間にか、サヤまで戻って来ていた。
彼女は親父を押しのけ、ライターを凝視する。
少々心苦しいが、ここはこれで凌げたか?
これが嘘にならないように、後で奈月先生に魔法を教えて貰わないといけないな。
(ええ。ですが、前にも言った通り、その者の素質ですので)
まあ、そこは頑張るしかなかろう。
(いい心掛けです)
その後、これからの俺の事について相談すると、戻ってきたキキョウさんの提案の元、暫くは、この屋敷で客人として面倒を見てくれるそうだ。もっとも、ちゃんとした宿もあるようなので、親父の方は最初渋っていたが、キキョウさんが押し切った感じだ。
ふむ、キキョウさんは先生の存在にも気付いたようだし、俺を監視したいというのが本音かもな。そもそも、俺の左腕は魔王と同じ邪悪な存在。野放しにはできないと言ったところか?
また、親父が渋ったのは当然だ。ここには彼の最愛の娘、サヤが居る。
色々な意味で、間違いがあってはならないという事だろう。
もっとも、今の俺には、そんな事は不可能なのだが。
何しろ、相手をこの腕で抱いただけで、気絶させてしまうのだから。
大方話もついたようなので、俺はブランカを迎えに行くと言うと、キキョウさんがサヤにひそひそと話しかける。すると、サヤが立ち上がって縁側を降りてきた。
ふむ、ついて来る気のようだ。
「ん? サヤさん、あの件は帰ってからでないと無理なんですが? 事情は理解したし、今はブランカを迎えに行くだけだよ?」
そう、懸賞金は帰ってくるまでに用意しておくと言われた。
「ん~、それはそうなんすけど、母上が一緒に行けって」
振り返ると、キキョウさんが手を振っている。
なるほど、監視ね。
ちなみに、親父の方は渋い顔だ。
道すがら、俺はサヤに礼を述べる。
「サヤさんのおかげで、俺も何とかなりそうだよ。うん、ありがとう」
「別にあたいは何もしていないっす。それよりも、うちの里、そこまでやばかったとは、あたいも知らなかったっす。申し訳ないっす」
「う~ん、不景気って奴か。まあ、おかげで俺の話もちゃんと聞いてくれたし、俺は気にしていないよ。それでサヤさんは、何処まで信じる? キキョウさんはともかく、親父さんの方は半信半疑だったようだけど」
俺は、サヤに真顔で聞いてみた。
これは結構需要な事だと思う。これから暫く、彼女の家に厄介になるのだ。返答によっては、接し方を考えないといけないだろう。
「そ、それはあたいもまだ半信半疑っす。そもそも、アラタさんが魔王を飼っているだなんて信じられないっす! いや、信じたくないだけかもっすね。でも、灰狼族がブランカをアラタさんに預けた事からは、信じざるを得ないっすね。ただ、別の世界から来たっていうのだけは未だにっすけど」
なるほど、彼女達からすれば、『俺が魔王を飼っている』という理解になると。
実質は単なるとばっちりで、怨念に取り憑かれただけなのだが。
まあ、そこは話していないしな。
「とにかく、俺の左腕が厄介な代物だって事と、俺がこの世界の事を何も知らないって事さえ分かってくれればいいかな。うん、今はそれで充分だ」
「じゃあ、あたいが色々教えてあげるっす!」
「うん、ありがとう。助かるよ」
先程通った門が見えてきた。
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