第10話 サヤとブランカ


       サヤとブランカ



 俺達は慌てて引き返す。

 既に灰狼族は消えていて、意識を失って伸びているサヤを、右手で揺さぶる。


 しかし、こういう時、この左腕、本当に使えないな。


「う、う~ん。あ、アラタさん?!」


 彼女は、すぐさま飛び起きた。


 ふむ、奈月先生の言う通り、気絶していただけで、他には問題は無かったようだ。


 しかし、サヤはブランカに向かって刀を構えた!


「あ~、サヤさん、もう大丈夫だよ。そして、さっきは済まなかった。だけど、ああしないと、サヤさん、引かなかっただろ。なので、許して欲しい。それで、こいつはブランカ。今は俺の仲間だ。貴女に危害を加える事はないはずだよ」

「そ、そうっすか。まあ、仕方ないっすね。あたいだけじゃ、どうにもならなかったのは事実っすから。そして、あたいを庇ってくれた事には感謝するっす。しかし、なんすかあの魔法? 無茶苦茶気分が悪くなって、意識がぶっ飛んだっすよ? って、アラタさん、一人であいつら締めたんすか? 化物っすね?!」


 ぐはっ!

 サヤは顔を真っ赤にして、一度ぺこりと頭を下げてから、見当違いの突っ込みを入れ捲る。

 あ~、もう何処から説明すればいいのやら。


「う~ん、魔法に関してはノーコメントで。それで、連中の目的は、俺だけだったようだ。話をしたら理解してくれて、俺にこのブランカを預けてくれた。あの、やられた一族の仇に一人殺させろ、ってのは、あいつらの本意じゃない。それに、犯人はあのすり抜け兄弟だ。全て解決済みだったんだよ」

「ウギャ!」


 ブランカも首を縦に振る。


「な、なんかまださっぱりっすけど、危険は無さそうっすね。あたいも何かおかしいとは思っていたんすよ。あいつら、最初からアラタさんだけを見ていた気がするっす」


 ふむ、それは俺も気付かなかったけど、当然だな。

 彼等の目的は、俺を試す事だったのだから。

 そして、サヤも、ようやく刀を収めてくれた。


「まあ、そんな感じだよ。ちなみに、喋れるのはさっきの長だけらしい。もっとも、こっちの言う事は理解してくれているから、仲良くしてやって欲しいかな」

「あ、そうだったんすか。あたいも、聞いていた話だけで、こいつらに直接関わったのは初めてっすから。で、あんたブランカって言うんすね。あ、あたいはサヤっす。宜しくっす」


 サヤはそう言って、ブランカに一礼する。


「ウギャ」


 ブランカもサヤに一礼を返す。

 うん、これなら問題は無さそうだ。

 しかしサヤさんよ、俺に名乗る時はあれだけ悩んでいたくせに、こいつには自分からって、どうよ?

 俺、この四ツ目狼以下なのだろうか?


(まだ混乱しているだけですよ)


 ふむ、納得だ。

 そして先生も、彼女の前では、今まで通り、声に出さないと。

 うん、説明するのも大変だし、信じて貰えそうにないしな。



 俺達は、ブランカを先頭に進む。

 危惧していた魔獣とやらには出会わない。

 サヤによると、ブランカのおかげで、俺達には寄り付かないのだろう、とのことだ。


 ふむ、灰狼族、サトリの言っていた通り、ここら辺ではかなり上位の種族なのだろう。

 もっとも俺も、こいつらに関しては、まだまだ分からない事だらけだ。

 魔法が使えると聞いたが、まだどんな魔法が使えるかは聞いていない。

 今は里に行くのを急ぐが、落ち着いてから、そこら辺もきちんと知っておくべきだろう。

 勿論、先生が言っていた、俺にも魔法が使えるという事も確認しないとな。


(そうですね。とにかく今は、安全な場所への移動が先決です。ですが、魔法に関しては、いくら魔力が高くても、使いこなせるかどうかはその者の素質次第です。なので、あまり期待はしないで下さい)


 ふむ、俺にもサヤみたいな魔法が使えるとは思えない。これは仕方ないか。

 それに、明らかに物騒な世界ではあるが、人間相手ならば、この左腕だけで何とかなりそうだし。



「ところで、ブランカはどうするっすか? さっきのでかい奴も言っていたっすけど、あたいら里の者と灰狼族は、お互い不干渉って決まりっすよ?」


 うん、サヤも完全に元に戻ったと見ていいか。

 しかし、どうするも何も、このまま連れて行くだけですが?


「ん? とにかく、俺がサトリと話した結果、俺とブランカは、これから一緒にいるだけだよ。あ、サトリってのは、あの灰狼族の長ね。それで、サヤさんは、なにか不味い事でも?」

「い、いや、別にあたいもこいつが気に入らないって訳じゃないっす。じゃあ、その話を詳しくお願いするっす。でないと、こいつは里に入れられないっす」


 あ~、そういうことね。なるほど、お互い不干渉という取り決めなら、このままでは、こいつは里には入れないはずだ。

 そして、ブランカが里に入れないのは少し困る。外で待たせておくのは可哀想だ。


「う~ん、じゃあ、信じてくれるかどうかわからないけど、何を話したか教えるよ。そうしたら、こいつも里に入れてくれるかな? サトリも、里の者に宜しくって言っていたし」

「そうっすね~、内容次第っすね。でも、そういう事なら、あたいでは判断できない可能性が高いっす。なんで、二度手間になるのもなんすから、里で話して貰うっす」

「分かった。俺としても、サトリからブランカを預かった手前、俺だけ里にってのは気が引けるしね。うん、それも含めてお願いするよ」

「了解っす! どうなるかは分からないっすけど、あたいに任せろっす! 但し、懸賞首に関しては、アラタさんが一人で仕留めた事にして欲しいっす。それで、懸賞金が出てからでいいっす。半金っすよ!」


 彼女は自慢気に一度胸を叩いた後、いきなり真顔になる。

 確かに、お互い不干渉の契約がある以上、ブランカが入れるか分からないのは仕方ない。だが、あいつらを仕留めたのは俺一人で、ってのには釈然としない。


「ありがとう。でも、なんでだ? 素直に、サヤさんと共同で、って言ってはいけないのか?」


 すると、彼女はポリポリと頬を掻く。


「う~ん、それは、今は言えないっす。でも、すぐに分かるっす。とにかく、アラタさん一人でやったって押し通して欲しいっす。当然、あたいに半金渡すって約束も、絶対に内緒っすよ!」

「う~ん、今一解らないけど、サヤさんがそれでいいならいいかな? うん、そうするよ」

「どうもっす」


 彼女は先程同様、ペコリと頭を下げた。


(アラタ、この娘、何かやましい事を企んでいるのではないですか?)


 あら。先生は彼女を信じていないようだ。

 しかし、ここはブランカの事もあるし、素直に従うべきでは?

 それに、彼女は絶対に俺に損はさせないと約束してくれたしな。


(相変わらず甘いですね。ですが、アラタがそれでいいのなら、私に異存はありません。でも、用心はするべきかと)


 うん、それはそうだろう。

 もっとも、俺は、別の意味で警戒はしている。

 そう、ド派手なランドセルを背負った、得体の知れない男が、魔獣と一緒だ。サヤの今までの、よそ者に対する警戒心からすると、俺だって入れてくれないかもしれない。


「アラタさん、なんか心配そうな顔してるっすけど、最低限、アラタさんの話だけは聞かせるっす! あたいも、色々聞きたいっすしね」

「え? 聞かせるって、ひょっとして、サヤさんは、里のお偉いさん?」

「あ、あたいは違うっす! まあ、行けば分かるっす。ほら、見えたっす!」



 やっと森を抜けたかと思いきや、視界はいきなり阻まれる。

 3mはあろうかという、高い土壁が原因だ。

 左右を見渡すと、かなり続いているようだ。

 ふむ、中世の城塞都市のようなものか? 俺のイメージしていた『里』とはかなり違う。

 そして、俺達の歩いている小道は、その真ん中にある、分厚い木で出来ていると思われる、狭い門に続いている。人が二人、やっと並んで入れる程度だろう。

 高い塀に対して、何ともバランスが悪い。ひょっとして裏門か?

 そして、その門には、一人の、西洋風の、白銀に輝く防具を身に纏った男がもたれかかっていた。

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