第9話 ブランカ

        ブランカ



 俺はサトリに説明した。

現時点で俺の知っている事、全てだ。

 もっとも、奈月先生が俺に嘘を吐いている可能性もあるが、そこまで考慮しだすときりがなかろう。


「ええ、私は、嘘は言っていませんし、吐けません。なので、アラタの説明通りですよ、サトリ」

「ふ~む。アラタ殿は、元々この世界の人間ではないと。益々興味深いのう。あ、そうよの、忘れる所であったわ。ほれ、あれを出せ」


 サトリが振り返ると、一頭の、少し小ぶりな、俺の身長ほどの四ツ目狼が進み出た。

 何故かこいつだけ、純白の毛並みだ。サトリ以外の奴は灰色なので、かなり目立つ。

 そして、そいつは口に何やら、小汚い布袋をくわえている。


「ウギャ!」


 そいつはそう叫んで、その布袋を俺の足元に置いた。


「済まぬの。人の言葉を話せるのは、今のところ、我だけなのよ。もっとも、理解だけならできる者も多いがの。それで、その袋は、今朝、無謀にも我らに挑んできた人間がおっての。先の魔王や、そなた程ではないが、邪悪な気配を纏う者が持っていた物での。しかも、相当な手練れと見えて、撃退はできたが、おかげで、こちらも一頭失ったのよ」


 ふむ、あの話は、あながち出まかせではなかったと。

 で、そいつらはこの小汚い袋を残し、逃げたと考えるべきだろう。


「それで、これが何か?」

「そうよの。本来ならば、先に礼を言わねばならぬところであったが、我には、アラタ殿の確認が先だったものでの。それに、もしそなたが魔王だったならば、本気で一戦交えるつもりだったしの。その、奈月先生が持っておる物、匂いからするに、あ奴らの首よの。追っていた者からも、そなたらが退治したと聞いておるしの。なのでそれは、あ奴らを仕留めてくれた、アラタ殿への礼なのよ。もっとも、中身はまだ見ていないがの」


 あ~、そういう事か!

 あいつらが何も持っていなかったのが気になっていたが、これで理解できた!

 そして、奴らが逃げた先に俺が現れた。

 あいつらからすれば、俺は絶妙のタイミングだった訳だ!


 そして、ランドセルにも拘る訳だ!

 こんな小汚い袋とはいえ、荷物入れを失くした結果、代りの物が欲しかったはずだ!


「うん、理解できたよ。亡くなった一族の人?には、お悔やみ申し上げます。けど、本当に俺が貰ってしまっていいのかな? って、中身は何か知らないけど」

「我らには、人間の物等、価値は無いでの。それと、もし良かったらだがの、その子を連れて行って欲しいのよ。その子は我の…そう、何代目かは忘れたが、子孫での、人の言葉は喋れぬが、理解はしておるし、魔法の素質もあるでの。足手纏いにはならぬはずよ。この地のことも知り尽くしておるしの」


 ん?

 こいつがここいらの地形を知っているのなら、俺としては大変嬉しい。

 だが、俺みたいな得体の知れない奴に、何故に大事な家族を預けようと言うのだろう?


「理由を聞いても?」

「そうよの。今の話で、アタラ殿の境遇はある程度理解できたでの。ならば、依然、清明様の真意は解らぬが、我らが清明様より受けた恩、予言通りに現れた、そなたに返そうと思うのよ。それでは不満かの?」

「不満なんてとんでもない。右も左も分からない俺からすれば、願ってもない話だよ。それで、こいつ、いや、この灰狼、なんと呼べば?」

「気を遣わずとも、『こいつ』でよいの。この者は、素質には恵まれているものの、まだまだ若僧よの。そして、我らには元来個々の名など無いのよ。従って、名前を持っておるのは我のみ。そうよの、もし不都合があるなら、アラタ殿がつければよかろう。お主もそれでよいかの?」


 サトリは、純白の灰狼に振り返る。


「ウギャッ!」


 そいつは、そう叫びながら、頭を前に倒した。


 ふむ、俺がつけてしまっていいようだ。

 なんか、責任重大な気がするが、名前が無いのも困るしな。


「じゃあ、お前は今から『ブランカ』でいいかな? 俺の世界での、狼を記録した物語に出て来る、純白の狼だ。って、あ、お前、性別は?」

「ウワン! ウギャガ!」


 本当に犬みたいだな。

 だが、これじゃどっちなのか分らんな。


「女だと言っていますね。そして、気に入ったようです。私もいい名前だと思いますよ」

「お~、それは良かった! って、先生、こいつの言葉、分かるんですか?」

「ええ、このように近くに居れば、心を読めますから。もっとも、アラタに対して気を許していなければ無理ですが」


 ふむ、流石は神の眷属様だ。これなら安心だな。


「いい心掛けです」


 はいはい。


「しかし、種族も違って、しかも初対面。そんな俺を警戒しないって、実はお前、かなりの魔獣良しか? まあ、気に入って貰えたのなら、嬉しい限りだけど」

「ウギャッギャ、ウギャン! ウ~、ウギャワン」

「先程のアラタは恰好良かった。邪悪な存在では無いのは確かだと言っています。ただ、その左腕は怖いとも」

「あ、ありがとう。だけど、この左腕はどうにもならないんで我慢してくれ。そして、サトリも色々ありがとう。じゃあ、ブランカ、人里に案内してくれ。あ! その前に、この袋の中身を確認しないとな」


 正直、あの盗賊達の持ち物だったと思うと、あまりいい気はしないが、せっかくだしな。


 中には、水の入った竹筒が二本と、少量の干し肉らしきもの。あと、何種類かの、貨幣と思われるものが数十枚入っていた。


「先生、これ、お金ですよね? 価値とか分かりますか?」

「はい、この世界のお金ですね。ですが、私も価値までは知りません。でも、里に行けば分かるでしょう」


 ふむ、もっともだ。


 あいつらの携帯食らしきものは、流石に口にするのが嫌なので、お金だけ回収して、後は置いて行く。

 灰狼達も首を振っていたので、多分、不味いか腐っているかのどちらかだな。

 水ならまだあるし、里に行けば、この金で食料も調達できそうだ。捨てても問題なかろう。


「じゃあ、行くか!」

「ウギャ!」

「うむ。気を付けて参られよ。あと、里の者にも宜しくの。そして、そなたには感謝したいでの。光を失って久しく、我がここまで生き永らえた理由。そなたに引き合わせる為だとすれば、納得がいくでの」


 なんと、サトリは既に目が見えていないと。道理で奈月先生に対しても、違和感無く話す訳だ!

そして、何やら重い物を背負ってしまった気がするが、俺のせいじゃなかろう。

 うん、あまり深く考えるのはやめよう。


(そうですね。あの者のことわりはともかく、アラタはその左腕とだけしっかり向き合えばいいでしょう)


 俺はサトリに頭を下げ、ブランカを先頭にして、灰狼達を後にする。



 歩きながら、俺はふと思って、先生に質問した。


「先生、この世界、人間よりも、魔獣のほうがまともに見えるのですが、そういう世界なんですか?」


 そう、はっきり言って、あの盗賊なんかよりも、サトリ達の方が、遥かに人間らしい。


「灰狼族は特別でしょう。サトリが清明さんに会っていなければ、ああはなっていなかったかもしれませんね。そして、断言はできませんが、サトリは次の輪廻で、『人』ないしは、それ以上になると思いますよ。また、あの盗賊達は地獄での態度次第でしょうが、おそらく『人』にはなれませんね。獣あたりからやり直しでしょう」


 ふむ、俺もサトリにはそうなって欲しいと思う。

 そして、俺も注意しなければ、サトリに笑われそうだ。


「素晴らしい心掛けです。ところでアラタ、ブランカ、何か忘れている気がしませんか?」

「ウガ?」

「ん? あ~っ! サヤさん忘れてた!」


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