第7話 信じられないサヤ

     信じられないサヤ



 あれから兄の頭も回収し、俺達は森の中の小道を歩いている。

 ちなみに、兄弟の頭は、サヤが持っていた手拭いにそれぞれくるまれ、現在、奈月先生のストラップになっている。俺もいい気はしないが、サヤに持たせるのも可哀想だし、仕方なかろう。懸念されていた、先生の反発も無かったし。


 道は細く、周囲は巨木だらけ。かろうじて道であることを確認できる程度だ。

 そういったことから、この辺りは、あまり人通りは多くはないようだ。

 そう考えると、連中のような盗賊からすれば、ここら辺はいい狩場だったのかもしれない。



「それで、その背嚢なんすけど、それって、ランセルっすよね?」


 う~ん。やはり目立つよな~。

 彼女も、奈月先生、もとい、ランドセルに興味津々のようだ。

 しかし、これ、この世界ではランセルって呼ぶんだ。


(ランドセルは、元々、オランダから日本に持ち込まれた、軍用の背嚢です。向こうではランセルと呼びますね)


 奈月先生がうんちくを垂れてくれる。ふむ、些細な違いだが、覚えておこう。


「俺はランドセルって呼んでいるけど、正式にはそうらしいね」

「へ~、そうなんすか。あたいも初めて見たっす。しかし、とても金属製には見えないっすけど、何で出来ているんすか?」


 あ~、そこもか~。

 彼女には、奈月先生で兄弟の鉈を防いだところを、思いっきり見られているからな~。


(アラタの左腕と同じです。結界と呼べば分かり易いでしょうか。私の力で守られています。ですが、油断は禁物ですよ。私に耐えられない力や魔力を受けると破られます。そうなるとどうなるかは……)


 あ~、暴走とかですね。

 先生の力がどの程度なのかは分からないが、盾として使うのには、注意しないといけないな。


「う~ん、俺の左腕と一緒で、何らかの魔法みたいなもので守られているらしい。なので、材質はただの皮だと思うよ」


 うん、奈月先生が何で出来ているかは知らないが、この説明で良かろう。


「なるほどっす。それで、そのランセル、何処で売っているんすか? その色、あたいは気に入ったっす! 欲しいっす! 五両で買えるっすかね?」


 ぐはっ!

 欲しいならくれてやると言いたいところだが、無理だろうな~。


 って、痛い! 痛い!


 ランドセルのバンドで、いきなり締め付けられた!

 うん、奈月先生を売るとか、下衆げすな考えはやめよう。それこそどうなるか分かったものじゃない!


「ってって。さっきも言った通り、俺は記憶喪失みたいなもので、何故、俺がここに居るのか、俺のこの世界での過去はどうだったのか、そこら辺はさっぱりなんだよ。なので、これが何処で売っているとかも分からない。あと、その、リョウって単位も分からないんだけど?」

「限りなく怪しいっすけど、それが本当なら、なんか気の毒っすね。あ、両って単位は、そうっすね~……」



 サヤは丁寧に説明してくれた。


 どうやら、江戸時代の通貨と似ていると考えていいようだ。


 一両=十朱=百貫=一万銭 とのことだ。

 奈月先生に言わせると、呼び方以外は全く違うらしいが、ここは異世界だし、似ているだけでも奇跡かもな。


 また、団子が一櫛、3銭らしい。

 この世界の駄菓子の相場は分からないが、一銭=10円くらいか?

 なら、五両は50万、大金だな。うん、彼女の気持ちも分かる。



「ありがとう。まだまだ分からない事だらけだけど、かなり為になったよ」

「どういたしましてっす。それで、聞いていいっすかね? そのランセル、中には何が入っているんすか? あいつらは、かなり欲しがっていたようっすけど」


 あ~、そんな事か。

 これは別にばらしても問題あるまい。


「大した物は入っていないよ。水と食料、そして、ライターだけだな」


 俺がランドセルを下ろそうとすると、勝手に外れてくれた。

 彼女に背を向け、それぞれ一個ずつ取り出す。

 うん、この黒い渦を見られると、厄介な事になりそうだ。


 しかし、これは丁度いいタイミングかもな。小腹も空いていたところだ。

 俺は、ペットボトルを脇に抱え、ライターは今必要ないので、ポケットに仕舞う。

 そして、カロ〇ーメイトの封を開け、中の小袋を取り出し、中身を一つ頬張る。一人で食べるのもなんか嫌なので、サヤにも一つ差し出す。


 しかし彼女は、最初は大人しく見ていたが、そこでいきなり俺から距離を取る!


「な、なんすか? そのぴかぴか光る袋! それに、その透明な物体!」


 あ~、これは迂闊だったようだ。

 この世界には、銀紙とかペットボトルは無いのだろう。

 不味いな。これはもう誤魔化しきれないか?


(そうですね。ですが、私の事はともかく、アラタが異世界人なのは、遅かれ早かれ知られるでしょう)


 うん、俺もそう思う。

 なら、腹をくくるしかあるまい。


「いや、今まで黙っていて悪かった。しかし、説明しても信じて貰えそうな気がしなかったんで、勘弁して欲しい。実は俺、元々この世界の人間じゃないんだ。ちなみに、このぴかぴか光るのは、異世界の包装紙。そして、この透明な物体は、ペットボトルと言って、液体を入れる容器だよ。中身はただの水。俺が今食っているのも、異世界の携帯食だ。まあ、信じるかどうかはサヤさんに任せるけど、危険な物じゃあないから」


 うん、これですっきりした。

 あの場での判断が間違っていたとは思わない。だが、やはり嘘を吐いているのは、心苦しいものだ。

 問題は、彼女がどう取るかだ。これで信用を失くしてしまい、彼女が俺をここで見捨てるのならば、それまでだ。勿論、契約の報奨金までは付き合って貰うが。


「う~。アラタさんの説明には、納得はできないっすけど、仕方無いって思うっす。でも、その説明はあんまりっすよ。あ~、いいっす。あたいも、もう聞かないっす。済まなかったっす」


 ぐはっ!

 俺は呆れられてしまったようだ。


「じゃあ、ここで俺を置いていくか? もっとも俺は、意地でもその、陰陽の里とやらまでついていくつもりだけど。契約もあるしね」


 うん、それこそ仕方あるまい。俺の気は済んだが、ハードルが高すぎたと諦めよう。


 しかし、予想に反して、彼女は慌てて両手を振る。


「あ! 誤解しないで欲しいっす! あたいは、アラタさんが魔法を隠すのは仕方ないって思っただけっす! あたいらも、里以外の人間には口外禁止って掟っすから! 大方、今出した奴は、魔法か符術で出来た物なんすよね? それなら言えなくて当然っす! あたいでも隠すっす! ただ、それならそれで、一言、『教えられない』って言ってくれればいいんすよ」


 ん? 

 あ~、そういう事か!

 あの戦闘を見ていた彼女からしたら、俺は魔法使いで確定しているのだろう。

 そして、それを隠すのは、この世界では当たり前。なので、下手な言い訳は必要無いと。

 どうせ、その異世界の物とやらも、魔法を使用したものなんでしょ、って。


 ふむ。ならこれは、単純に信じて貰えていないだけだな。

 俺に対して、悪意とかも無さそうだし。


「うん、そうだな。じゃあ、この話はこれで終わりだ。ただ、俺の言った事は、嘘じゃあない。この意味をどう取るかは、サヤさんにお任せするよ。それで、これ食べるか? それ程旨いとは言えないけど、不味いものでもないよ。あ、水もあるぞ?」


 俺はそう言って、包みから出したカロリー〇イトを彼女に差し出す。更に、ペットボトルを口飲みする。


「なんか良く分らないっすけど、せっかくなんで頂くっす。特別な符術とか、かかってないっすよね?」


 彼女はそう言いながら、おそるおそる手を伸ばす。


「そのフジュツってのは分からないけど、魔法とかはかかっていないよ。そうだな、かかっているとしたら、この、包み紙の方かもな。中身を腐りにくくする魔法ってところかな」

「え?え? やっぱ魔法なんすか? 益々分らないっすけど、アラタさんも食べていたし、危険は無さそうっすね」


 彼女は、俺に渡されたカロリーメ〇トを、慎重に一口齧る。


「ん~っ?! これ、美味いっす! 解ったっす! この味が魔法か符術なんすよね?!」


 ぶはっ!

 そこじゃないんだけど、まあいい……か?


 彼女は、あっという間に一片全てを口に納める。


「そ、それはどうかな? で、これ、栄養とかは完全だし、味もそこそこなんだけど、食べた後、水が欲しくなるだろ?」

「ほ、ほうっふへ」


 いや、返事は呑み込んでからでいいんだけど。


 俺は、今度はペットボトルの栓を外し、彼女に差し出す。


「ただの水だけど、どうぞ。あ、俺が飲んだ後だけど構わないか?」

「ほうもっふ! ひにひないっふ!」


 彼女は俺からペットボトルをひったくり、豪快にラッパ飲みする。

 よし、これで彼女の警戒心が、少しでも薄れてくれればいいな。


 そこで俺は、きらきらと光る包み紙(ごみ)を、ポケットに捻じ込もうとして気付いた。

 この世界の文化水準って、どの程度なんだろう?


(そうですね。おおよそ、アラタの思っている感じで間違ってはいないかと。全体的には中世レベル。但し、魔法の存在により、アラタの世界とは違った、独自の発展を遂げている部分も多いです)


 だよな~。俺の世界じゃ、人を殺すのが目的ならば、刃物なんかよりも、銃のほうが遥かに便利だ。


(いえ、簡単な銃ならあるはずですよ。ただ、遠距離攻撃が目的なら、魔法に劣ると見られているのでしょう。普及はしていないようです)


 なるほど、彼女の魔法を見た後だけに納得だな。

 また、あの盗賊達のようなスキルがある奴からも、銃は不要だろう。


 うん、大体理解できてきたぞ。

 つまり、彼女からすれば、俺の世界の物は、全て魔法絡みに見えているはずだ。

 と、言っても、現在俺の所持品は、この携帯食と、ペットボトル、そしてライターだけだが。勿論、奈月先生は含まれない。


(ええ、私はアラタの『物』ではありません)


 はいはい。

 しかし、本当に奈月先生には助かっているな。



「ぷは~っ! なんか生き返った気がするっす! でも、この水には魔法はかかっていないみたいっすね」


 ま、ただの水だからな。俺の世界じゃ、これでも美味しい水の部類なんだが、この異世界じゃどうか分らんしな。


 サヤは手で口元を拭い、ペットボトルを俺に返してくれた。

 俺は栓をして、余った小袋と共に、またもや彼女に背を向けてから、ランドセルに入れる。


「じゃあ、小腹も膨れたことだし、行こうか。って、後どれくらいかかるの?」

「御馳走様っす! そうっすね~。ここからなら、1時間もかからないっすね。途中、魔獣が出る場所もあるっすけど、アラタさんなら心配無さそうっすしね」

「ん?! 魔獣って何? それ、強いの?!」

「え? そんな事も覚えていないんすか? どうやら、記憶喪失っていうのは、本当みたいっすね。そうっすね~、文字通り、ある種の魔法が使える獣っす。種類にもよるっすけど、ここら辺に出るのは、そこまで強くないっす。アラタさんなら、楽勝っすね!」

(いいえ、油断は禁物です! 今のアラタは、人間相手なら勝てるでしょうが、相手は獣です。その左腕は効きませんよ)


 なんと! そうなんだ!

 なるほど、俺の左手は、『人』の怨念の塊だ。なので、『人』相手なら通用するが、『獣』には効かないと。


「い、いや、どうかな? どうも俺は、人間相手なら何とかなりそうだけど、それ以外には無力のようだ。なので、出来れば鉢合わせはしたくないかな」

「なんか、余程高度な符術みたいっすね。でも、それが使えるのに……って、あ、済まないっす。とにかく、出会うかどうかは運次第っす。で、少数ならあたい一人でも何とかなるっすけど、数で来られたら、逃げるしかないっすね」


 ふむ、彼女の説明だと、そこまで強くはないけど、奈月先生じゃないが、油断は出来ないようだ。そう。サヤは、あんな凄い魔法、いや、フジュツだっけか? が使えるのにも関わらず、逃げるしかない時もあると言うのだから。


 俺は、腰に挿してある、あの弟の遺品?に手をあてる。


 うん、俺は死ぬことは無いだろう、と言うか死ねないが、彼女が心配だ。いざとなれば、俺が盾になるべきか? もっとも、あんな痛みはもう御免なのだが。


(いい心掛けです! ですが、貴方が死ねば、その分、恨みも解放されます。それにより、貴方が輪廻できる日も近づきますよ。勿論、自殺とかは許されませんが)


 ぶはっ!

 奈月先生! それ、ぶっちゃけすぎだろ!

 全く、この自称神の眷属さんには参るな。


「そ、そうなんだ。まあ、出会わない事を祈るだけだな」 


俺はサヤの後ろを、腰を低くし、鉈を構えながら、そろそろとついて歩く。


「う~ん、アラタさんって不思議な人っすね。何すか? そのへたれっぷり。とても、あの凶悪盗賊を倒した人とは思えないっす!」


 ぶはっ!

 まあ、何とでも言ってくれ。そもそも、あいつらを倒せたのは、この俺の力じゃないし。

 それに、本当は俺が前に出たいのだが、俺には道が分からないので、いつその魔獣とやらが出てもいいように、こうするしかあるまい。


「でも、用心するのはいいことっす! そうっすね。あたいも見習うっす!」


 そう言いながら、彼女は額のバンダナを外した。


 げ! その額には、赤く、『目』と書かれている!

 入れ墨か? マジックとかではないよな?


 更に、彼女は両手をこめかみに添え、何やら詠唱しだす!


(なるほど。私も理解できてきました。あの娘の言っているフジュツとやらは、そういった系統の魔法なのですね。ええ、理に適っています)


 ん? 俺にはさっぱり分らんのですが?


(まあ、見ていなさい。そのうち、アラタにも理解できるはずですよ)


「見せよ! 森羅万象の理より発する力! 陰陽式符術、遠視とおみ!」


 彼女は詠唱し終わると、辺りをきょろきょろと見渡す。


 なるほど、意味からすると、遠くまで見渡せる魔法ってところなのだろう。

 先生の言った事までは理解できないが、これは合っていると思う。


「うげ! これは不味いっす! 引き返すっす! って、後ろもっすか! あれ? でも、こいつらは?」

「ん? 何が不味いんだ?」


 俺も慌てて辺りを見回す。

 が、特に異変は感じられない。

 もっとも、周囲は鬱蒼とした森だ。木々に遮られ、視界は殆ど無い。


(いえ、アラタ、今、私も感知できました。ええ、完全に囲まれていますね!)


 前方の木陰から、二頭の、狼に似たような獣が姿を現した。


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