第6話 サヤ
サヤ
「やったか?!」
奴は、俺の目の前で崩れ落ちる。
(まだです! さあ、止めを!)
俺が戸惑っていると、後ろからも声がする。
「そいつは、あれくらいじゃ死なないっす! お兄さんがやらないなら、あたいがやるっす! そこどくっす!」
全く、この世界は異常だ!
日本でなら、女子高生くらいの
それでも、彼女の手を
俺は、振り返らず答える。
「わ、分かった。どうやら、これは俺の役目のようだ。俺がやるよ」
俺はしゃがんで、左手で鉈を拾う。
うん、俺も穢れるのなら、この左腕だけにしたい。
気休めだが、そう思う事で、いくらかは気が楽だ。
そして、その男の首目掛けて振り下ろした!
(良くやりましたね。ですが、その左腕でやるのなら、もう少し感情を込めたほうが、威力は高いですよ)
「いや、先生、見れば分かるでしょう。結果は同じです。流石にこれで生き返るのなら、こいつは俺と同じですよ」
男の頭と胴体は、完全に分断されている。
(ありがとう! ありがとう!)
(うわ! あたしとした事が! そんなの分からないわ! でも、ごめんなさい!)
(礼を言います。これで私の気は晴れました)
(冤罪だったなんて! 本当に申し訳ない!)
ふむ、前回同様だな。
他にも声があったが、どれも内容は似たような感じだった。
『205937』
それで今回は4人分と。
そして、これで俺は、完全に一線を越えてしまったようだ。
「ふ~、やっと仕留めてくれたっすか。じゃあ、いいっすか? お兄さんには、聞きたい事がてんこ盛りっす!」
気付くと、俺の隣には彼女が立っていた。
うん、顔だけ見れば本当に可愛い
こんな状況でなければ、俺もドキドキしていただろう。
「それはこっちもだ! あ、俺は
もっと色々聞きたい事はあったが、いきなりじゃ彼女も困るだろう。
また、言葉遣いも、どう見ても俺よりも年下のようだし、これで良かろう。
うん、先ずはお互いの自己紹介からだ。
「え~っと、聞くのはこっちが先の気がするっすけど、まあいいっす。あたいは、陰陽の里の人間っす。一般には陰陽の者って呼ばれているっす。あ、里の掟で、よそ者には名前を名乗れないっす。あ、でも、こいつらを仕留めてくれた、この人になら? あ~、分かんないっす!」
彼女はそう言って、頭を抱える。
ぐはっ!
この娘、名前のところからキレるってどうよ?
俺、こんなのからちゃんと情報を引き出せるのか?
しかし、名前が無ければ、後々困るだろうし、俺も呼びづらい。
「じゃ、じゃあ、俺が勝手な名前で呼んでいいのかな?」
「それはもっと困るっす! あたいらの里じゃ、新に女性に名前を付けるのは、
ふむ、やはり異世界だな。
日本でそんな風習の土地は、まず無いはずだ。
ま、彼女の服装の時点で既にか。
「では、貴女の事はどう呼べば? あ、俺の事はアラタでいいから」
「そうっすね~。これから里に帰って、こいつらの報告しないといけないっすから、お兄さん、あ、アラタさんも一緒に来てくれないと困るっすし~……」
ん? 何故に、俺がこの娘と同行しないといけないのだろう?
あ~、証人ってところか?
しかし、理由はどうあれ、この
現状、俺は無一文だしな。
だが、これでは話が進まんな。
彼女は、今度は腕を組んで考え込んでいる。
「あ~、もういいっす! あたいの名前はサヤ! どう書くかは教えないっす! うん、これなら問題ないはずっす!」
ふむ、漢字を教えなければ大丈夫と。
なんか理に適っている気もするか?
「わ、分かった。じゃあ、サヤさん、貴女は何時からここに?」
「あ~、それはアラタさんが……」
彼女は素直に答えてくれた。
彼女によると、奴らの跡を追っていたらしい。
懸賞金付きの悪党が、里の近くにまで来たとの情報が入ったので、彼女は奴らの偵察と監視。あわよくば、仕留めるつもりだったようだ。
そこで、俺との戦闘になり、彼女も隙を見て俺に加勢するつもりだったと。
だが、あまりにあっさり俺が死に、そして生き返り、訳が分からないうちに、俺が勝ってしまったと。
「で、アラタさん、お兄さんは2度死んでいるはずっすよね? あんな回復魔法、あたいも初めて見たっす! あたいらの符術でも不可能っすね。あ、でも、伝説のセイメイ様なら可能? どっちにしても、さっき言った、魔法が使えないってのは嘘っすね! そして、記憶喪失ってなんすか? 記憶も無いような人に、あんな大符術、不可能っす! まあ、答えたくないって意味なら、無理には聞かないっすけど」
う~ん、ある程度予想はしていたが、彼女の疑念を払拭するのは大変そうだ。
(アラタ、この
確かに、俺にもきちんと説明するのは無理なのだが、ここで彼女の信用を少しでも得ておかなければ、後々困る事になるのでは?
(ならば、現在、アラタが理解できている範囲でいいでしょう。私も余計な事は言いません)
いや、先生、充分口出ししてますけど?
(そ、そうですね。とにかく、アラタが決めればいいでしょう)
あら、丸投げされたと。
まあ、奈月先生に頼ってばかりでは、この先困るしな。
「う~ん、確かに記憶喪失と言ったのには、語弊があったようだ。済まない。だけどあれは、回復魔法とか、フジュツだとかでは無いのは確かだよ。そして、俺が魔法を使えないのも事実なんで、そこは誤解しないで欲しい」
「う~ん、なんか良く分らないっすけど、嘘を吐いているようにも見えないっすね。あ、ひょっとして、誰か別の陰陽の者にかけて貰っていたとか? あ! その真っ黒な左手、気になるっす! きっと、そこに符式が刻まれていると見たっす!」
ふむ。フシキとかも意味不明だが、彼女の言いたい事は何となく分かる。
(はい。正解ではありませんが、近いと言えるかもしれませんね。後、アラタ、貴方もこの世界でなら、魔法を使えると思いますよ? 魔力量と、魔力の強さだけなら、既に人並み以上のはずですから)
え? そうなんだ?
だが、今は無理だろうし、返事が先だな。
彼女は依然、疑いに満ち満ちた眼で俺を睨んでいる。
「ま、まあ、そんな感じだと思う。確かに、この左腕には攻撃が通用しないようだし、そういう何らかの加護があるのかもしれない。それと、どうやら俺も誤解していたようで、その魔法とやらも、ひょっとしたら使えるのかもしれない。でも、今は使えないのは確かだよ」
あ、そういや、何故俺の左腕は、鉈を弾けたのだろう? 触った感じじゃ、普通なんだが?
まあ、これも何となく理由は想像つくし、詳しい事は、後で奈月先生に聞いてみよう。
「ふ~ん、まあいいっす。あたいもそこまで無神経な女じゃないつもりっす。じゃ、次っす! あたいを助けてくれた、あの、女の声っす! アラタさんの声じゃないっすよね~。でも、明らかにアラタさんの方からしたっす! あたいも最初に、充分確認したっすから、ここには、あたいらだけしか居ないと思うんすけど」
げ!
そういや、あの声で、彼女はこいつが背後に居る事に気付けたんだ!
奈月先生も咄嗟だったとは思うが、それこそ余計な事……でもないな。
(ええ。あのままでは、この
しかし、これは困った。
自分の名前も思い出せない、記憶喪失の、自称神の眷属さんこと、奈月先生の事を、どう説明すべきか?
うん、これは無理だな。
「え? 女の声なんて、俺には聞こえなかったぞ? それは、サヤさんの空耳、いや、ひょっとしたら、サヤさんの内なる声、修練の賜物では?」
(アラタ、流石に無理があるのでは? それと、その言い方、事実ですがやめて欲しいです)
あ、済みません。
だが、彼女は顎に手を当てて、なにやらしきりに頷いている。
「やっぱそうっすよね! いや~、あたいにも危機感知能力がついたってところっすかね~」
お、ちょろいな。
この件は何とか乗り切れたようだ。
もっとも、次は無理だと思うので、先生、頼みますよ。
(分かりました)
「と、とにかく、俺にも俺の事は分からない事だらけなんだよ。なんで、最初に言った、記憶喪失というのは、そういう意味では嘘じゃない。そもそも、ここが何処かも分からないんで、こいつらに聞こうとしていたくらいだよ」
「まあ、そういう事にしておくっす。でも、確かにあたいの見ていた感じでも、アラタさんは最初、こいつらに全く警戒していなかったっすね。普通なら、こんな凶悪そうな奴見たら、マッハで逃げるっすよ」
(その通りですね。アラタは鈍すぎます!)
ぐはっ!
正論だけに、反論できんな。
「ま、まあ、そこで相談なんだけど、サヤさんは、今からその、陰陽の里やらに帰るんでしょ? なら、俺も連れて行って欲しいんだけど? とにかく、右も左も分からないんで、俺一人じゃどうしようもないんだ。それに、こいつら懸賞首とか言って……」
「そうっす! それが重要っす! こいつらを仕留めるのに、あたいもかなり貢献したっすよね?」
ん? 何の話だ?
まあ、弟の方は、彼女の魔法?でかなり助かったと思う。
(いえ、あの調子なら、アラタだけで何とかなっていましたよ。そもそも、この娘のせいで起きたのですよ)
言われてみれば、そんな気もするが、まあいい。
とにかく、彼女も働いたのは間違いないだろう。
「お、おう。サヤさんの魔法は凄かったな」
「魔法じゃなくて符術っす! でも、そうっすよね~。じゃあ、あたいにも半分でいいっす! 分け前が欲しいっす!」
あ~、そういう事ね。
「分かった。じゃあ、この弟の懸賞金の半分は、サヤさんのものでいいかな?」
「え? こいつら『すり抜け兄弟』には、二人纏めて懸かっているんすから、当然その半分、五両っす! そもそも、あたいが教えなければ、アラタさん、知らなかったっすよね~」
ぬお?
う~ん、彼女、ちょっと調子が良過ぎる気もするが、俺としては、当面の資金にでもなれば、と思っただけだしな。
ここで下手にごねて、彼女の機嫌を損なうのも得策ではなかろう。
ところで、リョウって単位は、江戸時代のか? どのくらいの価値かも分からないけど、これは必要経費と考えればいいか。
「わ、分かった。じゃあ、契約成立だ。この、『すり抜け兄弟』とやらの懸賞金は、二人で山分け。その代わり、サヤさんは、里までの案内と、換金の手順を俺に教える。それでいいかな?」
うん、良く考えれば妥当なところかもしれないな。
俺にとっては、まずは人里までの案内が最も重要だ。
「了解っす! でも、受け取りの時は、あたいの言う事に従って欲しいっす」
ん? なんか含みのある言い方だな。
「う~ん、内容にもよるけど?」
「あ、絶対にアラタさんに損はさせないっす! そこは信じて欲しいっす!」
「なら大丈夫か…? それで、こいつらを仕留めた事を、どうやって証明するのかな? まさか、死体を丸ごと持っていけとか?」
流石にそれは無いとは思うが、もしそうだったら、かなり面倒だな。
「それが理想っすけど、顔が分かれば充分っす。なんで、こいつはこの頭っすね。あ、あっちはあたいがやるっす。それくらいはさせて貰うっす」
彼女はそう言うが早いか、弟の髪を掴み、兄の死体に向かって走りだした。
しかし、この
可愛い顔なんだけど、ちと引くな。
「ぶぎゃっ!」
うん、俺も気をつけよう。
ここいらは、彼女が仕掛けた罠だらけだ。
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