第4話 浄化される恨み

      浄化される恨み



(ありがとう! あたしの恨みは晴らせたわ!)

(なんと! あれは嘘だったのか! 今までごめんな)

(うん、貴方のおかげだよ! 本当に感謝するよ! これで心置き無いね)

(げ! 真実を見抜けなかった俺が間抜けだったようだ! 本当に済まない!)

(こいつはいい気味だわ! それで、本当にありがとう!)

(え? そんな? ごめんなさい!)


 その他ににも、いくつか聞こえていたのだが、俺に聞き取れたのはこれくらいだ。

 俺は聖徳太子ではないし、これだけ判別しただけでも上等だろう。


 しかし、これは……?

 感謝の言葉と、謝罪の言葉が入り混じっている。

 ちなみにここに居るのは、俺と、この鬼畜二人、そして奈月先生だけだ。先生に関しては微妙なところだが。


 何処から発せられたのだろう?

 まあ、謝罪のような奴は、以前も聞いた気がするが?


(やはりそうなりましたか……。アラタ! 手の平を見なさい!)


 俺は、先生に言われた通り、左手を広げる。


『205941』


 ん? 減ったのか?

 確か、前回の末尾は、46だった気がする。


(ええ、5人分の恨みが相殺、浄化されたようです。やりましたね!)

「え? 俺、死んでませんけど?」

(良く見なさい! 死んだのは貴方ではなく、貴方の言うところの、この『鬼畜』です!)


 ふむ。俺が下を見下ろすと、確かに右肘から先が無い、兄者と呼ばれていた男は、息をしていないように見える。

 まあ、原因は失血死だろう。辺りはこいつの血で染まっている。

 ちなみに、俺にこいつを憐れむ気は毛頭ない。さっきの声ではないが、それこそいい気味だ!


 そして、何となく理解できてきた!

 俺に対する感謝の声は、こいつらに取り憑いていた、怨念の声だろう。

 俺がこいつを殺した?ことにより、恨みが晴らせたと見るべきか?


 ん?

 ならば、こいつも生き返るはずでは?


(はい、その考えで間違っていません。但し、この者はアラタとは違います。この者の魂は、今、地獄の法廷でしょう。また、取り憑いていた怨念も大した数ではありませんし、蘇生までは無理です。なので、半数程が、そのまま地獄にまでついて行ったようですが)


 なるほど、俺とは違って、地獄で引き取って貰えたので、ちゃんと?死ねたと。

 そして、先程の正の感情エネルギーとやらは、怨念からでも貰えるということのようだ。


 と、いうことは……!


(そう、残ったもう一人をアラタが殺せば、その者に取り憑いていた怨念からも、感謝されるでしょう!)


 ぐはっ!

 この人、本当に神の眷属なのか?

 実は悪魔とかでは?


(そ、そういう穿った見方は感心しませんね。私は事実を述べたまでです。それに、この者をどうするかはアラタ次第です。元々、私は人間には手出し出来ませんし。そ、それで、アラタ、まだ疑問が残っていたのでは?)


 あ、話題を逸らしやがった。

 うん、こいつをどうするかはまだだ。

 俺は、もはや殺したいとは思っていないが、殺すとなれば躊躇いはないだろう。何しろ俺は二度も殺されたのだ。なので、こいつ次第だ。


「そうでした。こいつの事なんかよりも、あの声です! 俺に礼を言っていた声は理解できました。ですが、俺に謝っていた声、あれは何ですか?」

(それはアラタ、もう気付いているのでは? そして、おおよそ貴方の考えている通りです。はい、あの声は、貴方に取り憑いていた怨念の声。恨みを晴らしたり、浄化された時、そこで初めて己の間違いに気付いたのです)


 ふむ、やはりか。

 恨みを晴らして、気分がすっきりしたところで、やっと俺が冤罪だったと理解した訳ね。

 もっと早く理解して欲しいものだが、俺と刺し違えようというような恨みだ。聞く耳を持ってくれそうもないしな。


(全くその通りです。閻魔さんも説得はしたのですが、無理でした。つくづく人の想いとは、厄介、いえ、深いものです。とにかく、その結果、アラタにとってはいいことずくめ。なので、問題は無いでしょう)


 なんか、少し雑音が聞こえた気がしたが、まあよかろう。

 そもそも、奈月先生が神の眷属とやらなら、俺達とは根本的にことわりが違うはずだ。うん、ランドセルが依り代とか、こうやって、俺の心と直接会話するなんて芸当からも、既に証明されている。


 おそらく、人間を対等には見ていまい。


(そうですね。ですが、私もこのままではいけないのは分かっています。アラタと価値観を共有できるよう、努力しましょう)


 お、なんか、一気に印象が良くなった気がする。

 ふむ、奈月先生となら大丈夫か?



(それで、私もこれで、一通り説明は済んだと思うのですが、いいですか? まだ何かあれば、今のうちですよ)

「はい、後はその都度お願いします。ありがとうございました。あ、それなら、さっきの水が飲みたいんですが?」


 そう、今まで色々ありすぎだ!

 喉が渇いて当然だろう。

 だが、先程、ランドセルは外せなかった。

 まあ、理由の想像はつくけど。


 すると、俺の肩に懸かっていたベルトがいきなり緩み、俺の右腕に、ずり落ちたランドセルが引っかかる。


 やはりか。


(はい、私の意思で着脱できます。また、今は問題ないのですが、現在の私の力では、アラタの手の届く範囲に居ない場合、抑えられるのは数十分程度ですから)

「え? では、その時間以上、外していると?」

(ええ、アラタの考えている通りです。おそらくですが、左腕の怨念が暴走するでしょう。そうなれば、どうなるかは私にも分かりません)


 まあ、そうだよな~。

 あの、閻魔大王との会話からも想像がつく。


「じゃあ、さっさとっ…って、あれ?」


 俺がランドセルの下のポッチを押すと、最初の時と同様に、簡単に開いた。

 そこまではいい。

 だが、中を見ると、そこには、六〇の水とカロ〇ーメイトではなく、真っ黒な渦!

 漫画とかで見る、異次元へのゲートのような感じだ!


(あ~、それも説明しないといけませんね。アラタとの先程の会話で、私の力も少し復活しました。なので、私の中に入れられる物がそれなりに増えたのです。そうですね~、今なら、10キロくらいでしょうか? 命あるもの以外なら、何でも入ります)


 ふむ、これって、ファンタジーものとかで出て来る、アイテムボックスって奴では?

 理屈は良く分らないが、これは便利だ!

 うん、奈月先生、使える!


(ま、まあそんなところです。それで水ですね? その渦に手を入れなさい。あ! 絶対に左手を入れてはダメですよ!)


 これも、理由は何となくだが解るな。


 俺が右手をその渦に入れると、勝手に何かが掴まされた。

 引き出してみると、予想通り、〇甲の水だ!

 俺は遠慮なく蓋を捻り、口飲みする。


「うん、うまい! これで、本当に生き返った気がする! 先生ありがとう! って、奈月先生は飲まないんですか?」


 まあ、この神の眷属とやらに水が必要とは思えないが、一応訊いてみる。

 社交辞令ってとこだな。


(そういう気遣いも不要です。ええ、私には必要ありません)

「分かりました」


 俺が返事をしながら、渦にペットボトルを入れると、吸い込まれるように入っていった。


「あ、そうだ! 10キロくらいまでならOKなんですよね?」

(はい、その方がいいでしょう。私も忘れていました)


 俺は足で踏みつけていた、兄弟の鉈を拾いあげる。


 ふむ、片方は血まみれだが、もう片方は綺麗なものだ。

 なるほど。俺の血は、全て俺に還元されたと見ていいだろう。

 当然、血まみれの方は、弟が兄を斬った時についたものだ。


(あ~、やっぱり、そっちは入れないで欲しいです。入れるなら、洗ってからで)


 うん、気持ちは解る。俺が同じ立場なら、やはり拒否していただろう。


 なので、綺麗な方だけを、服で拭ってからランドセルに放り込む。


 もう片方も入れてしまいたいが、ここには水道など当然無いし、現状、ペットボトルの水は貴重だ。

 それに、俺がこの武器?を使いこなせるとは思えないが、何も無いよりはいいだろう。

 無手だと舐められるしな。


(いい心掛けです。私も、武器の扱いに関してなら長けていた気がしますから、助言できるかもしれません)


 ふむ、ひょっとしたら、奈月先生は、武闘系の神の眷属?

 まあ、おそらくだが、先生が真名とやらを思い出せば、全て解る気がする。


(はい、私もそう思います)


 俺は、周りに生えている草で血のりをふき取り、ジーンズのベルトに挿す。

 ついでに、こいつらの上着というか、ちゃんちゃんこ?をめくって、他に何か持っていないか確認してみるが、何も持っていなかった。何か違和感があるが、仕方なかろう。特に弟の方は、下手にいじり回して起きられても面倒だ。


 最後に、ランドセルを背負い直して、準備完了だ!


 そう、これからこの、伸びている弟の方をどうするかだ。

 兄の方はもはや完全に死んでいるようで、胸に耳を当ててみたが、何の音もしなかった。

 弟の方は、規則正しく息をしているので、放って置いても死にはしないだろう。

 そのうち気付くはずだ。


 そして、もし起きて暴れても、今の俺ならこいつを制するのは容易いはずだ。

 武器も奪ったしな。


(ですが、油断は禁物ですよ! この二人が最初にアラタを殺した時、左右に割れたあの動き、この世界での、相当な手練れと見ましたよ)


 ふむ、確かに俺も、あれは消えたかと思った。

 左右から別々に鉈で斬られてから、初めて何をされたか気付いたほどだ。


「え? そんなにヤバい奴なんですか? ならば、やはり殺すべき? あ! ですが、情報も得たいところです! そうだ、先生! ここが何処だか分かりますか? また、街があるのなら行ってみたいです」

(残念ながら、この世界の地図とかまでは、私にも分かりません。閻魔さんには、日本語の通じる地方とお願いしただけですし。私に分かる事は、貴方と、この世界の理までです。そう考えれば、アラタの『殺さない』という判断は正しかったようですね。この者から聞き出しましょう)


 あ~、良く考えれば、ここは異世界だったんだ。こいつらと会話が成立したのには、そういう背景があったと。ってか、異世界でも日本語が通じる場所があったとは!

 しかし、これは嬉しい配慮だ。会話が通じるのが奈月先生だけじゃ、俺もまともに生きてはいけないだろう。



 俺が左腕を翳しながら、軽く蹴飛ばそうとすると、いきなり背後からから声がした!


「それは、ちょっと待って欲しいっす! え? ぶぎゃっ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る