第3話 謂れの無い恨み

        謂れの無い恨み



(良くやりましたね。さあ、止めを!)


 再び、あの女の声がする。

 俺の目の前には、二人の髭だるまの男が横たわっている。

 片方の男は無傷。もう片方は、右腕の肘から先が無く、現在も、更に出血が続いている。

 二人共、息をしているようなので、死んではいないはずだ。


「いや、もういいのでは? 弟の方はともかく、兄の方は、放って置けば助からないのでは?」


 うん、こうやって一区切りついてしまえば、さっきまでの死闘が嘘のようだ。

 もっとも、俺がこうやって生きている事の方が嘘なのだが。

 手当する気等さらさらないが、先程のように、これ以上こいつらを殺す気はもはや無い。


(貴方は甘すぎます! まあ、それだからこそ、『人間』なのでしょうけど。仕方無いですね。この者達の処遇は貴方が決めればいいでしょう。しかし、分かっていますよね?)

「ああ、俺もこいつらを許すつもりは無い。でも、現状に危険は無いようだ。なので、危ないと感じたら、対処するよ。それで……」

(分かっています! そう、私の自己紹介がまだでしたよね。私の名前は……、え? 名前は? はて? 何だったかしら?)


 ぐはっ!


 何なんだ、この声の持ち主は?

 さっきから偉そうに、俺に意見してくるくせに、自分の名前が思い出せないって!


 ってか、それ以前に、どういったことわりの存在なんだ?

 ちなみに、この状況、傍から見たら、俺はぶつぶつ独り言を呟いている、危ない奴にしか見えないはずだ。


 うん、この声、頭に直接響いているのだが、何処からしているんだろう?


(わ、私の名前の事はいいでしょう。私が思い出せないのですから、貴方に解る訳も無いですね)

「は、はあ、ごもっともで。それで、貴方は何者なんですか?」

(そうですね。貴方にも分かり易く言えば、私は神の眷属……だったと思います)


 ぶはっ!

 何とも自信なさげだな。まあ、名前が思い出せない時点で仕方ないと言うべきか?

 だが、もしそれが本当なら、俺、そんな偉い人?と直接話していたのか!

 ぞんざいな口利いたけど、大丈夫かな?


(あ~、そう畏まる必要はありません。話し方も気にする必要はありません。それで、今から、貴方の置かれている現状について、説明してあげましょう)


 うん、流石は自称神の眷属。俺の聞きたい事を、声に出さずとも分かってらっしゃる。

 そして、口の利き方に関しても、どうやら俺の考えている事を直接聞いているようなので、下手に取り繕っても無意味かもしれんな。うん、普通に、見知らぬ人相手の接し方でよかろう。


(自称は余計です! ま、まあ、私にもあまり定かでは無いのですが。それで……)



 ふむ。この声の説明によると、やはり俺は、あの階段から落ちた時に、一度死んだそうだ。

 しかし、階段から落ちただけで死ぬって、何とも間抜けと言うか運が無いな。


「でも、俺は今生きている。で、いいんですよね?」

(はい。あの状態の貴方の魂は、輪廻させる事はおろか、天界でも地獄でも引き取れませんでしたから)


 ぐはっ!

 何、そのどうしようも無い奴のような言い方?


(あ、誤解しないで欲しいです。貴方のせいではありませんから。問題は、貴方にとり憑いた、20万人以上もの、『謂れの無い恨み』のせいですから)

「え? 謂れの無い恨みって?」


 神の眷属とやらの話によるとこうだ。


 あの公安の人達の読みは当たっていたようで、中国内陸で地震が起き、その結果、核ミサイルが暴発してしまった。

 もし連中が素直に、核の管理に問題があったと言えば、確実に各地で暴動が起こり、鎮静に失敗すれば、内戦に突入しただろうと。

 なので、どうしても時間稼ぎがしたかった。

 そこで俺を、核爆発を引き起こした犯人に仕立て上げたと。


 うん、納得できるな。

 俺一人に罪を押し付ける事によって、15億とも言われる人達が内戦に巻き込まれないのならば、最低限の犠牲だろう。

 確かに、やり方に問題はあるが、最善だったのかもしれない。


「なるほど。その結果、俺に対して恨みを抱いた人が出たと。そして、その数20万人ってことですか?」

(理解が早くて助かります。ただ、その恨み、尋常な恨みではありません。自分の命を犠牲にしてでも貴方を殺したい。そういったレベルの恨みです。普通、階段から転がり落ちただけで死ぬ、なんて事はそうそうありませんよ)


 ぶはっ!


 あの爆発で何人死んだかは分からないが、それによって、親族を失った人、仕事を失った人、家を失った人etc……。とにかく、とんでもない数の人が被害を被ったのだ! 総人口15億からすれば、刺し違えてでも恨みを晴らす! といった人が、たった20万人で済んだ、とも言えるかもしれない。そして、それだけの恨みに取り憑かれていたなら、そら、運なんてゼロ、いや、マイナスだろう。


「はい、『謂れの無い恨み』については理解できました。それで、どうしてあの時死んだ俺が、その、輪廻?でしたっけ、それができないんですか? 恨みも何も、死んだら終わりでは?」

(だから、その恨みのせいです。貴方にとり憑いたのは、己の身を犠牲にしてでもという、強力な類です。死して後まで付き纏うのです! そのようなものが憑いた不純な魂、そのまま輪廻させることはできません)


 ふむ、これも納得だ。だが、待てよ?


「でも、そういった人って、犯罪者とかには、結構いるのでは?」

(はい、居ます。でも、数百人程度の恨みならば、神々によって、何とかなるのです。地獄行きの者には、その恨みごと放り込んで、反省して貰いますし。ですが、貴方は地獄に行くべき者ではありませんし、何より数が多すぎたのです! 残念ながら、神々の力をもってしてでも、対処できなかったようなのです)


 あ~、そら20万人だしな~。

 自覚はないが、さぞかし厄介な状態なのだろう。


(ええ! 本当に厄介ですね! その結果、私までもが! って、あら? 私も何か目的があったはずなのですが? う~ん、それもこれも全て貴方のせい! でもないですよね? あら?)


 なんだ? この、自称神の眷属。どうやら記憶喪失?

 まあ、名前すら思い出せないんだしな~。

 しかしその割には、俺の事に関しては、納得のいく説明をしてくれるから感謝だな。


(あ、少し思い出しました。でも、今は関係ないですね。それで、あなたの現状に関する続きです)


 うん、この記憶喪失の眷属の事はどうでもいい。そっちが先だ。


(え? 今、私に対して不遜な考えを持ちましたね?)


 ぐはっ!

 しっかりばれてる。


 しかし、彼女?は、丁寧に教えてくれる。

 要約すると、こういったところだろう。


 人間というか、生物全て、生きている間は全てが修行。そして、死後、修行を終えた者は天界とやらへ行き、神々の一員となる。まあ、そういう人は滅多に居ないそうだが。そして、まだ修行が足りない、殆どの者は輪廻転生し、また新たな修行を繰り返すらしい。俺も当然、その修行とやらが足りている訳もなく、あのままなら、再び新たな生命を授かり、新たな修行をさせられたようだ。

 だが、俺にはそれが出来なかった。原因は、その『謂れの無い恨み』。結果、地獄に行く程悪い事もしていない俺は、行き場が無かったので、異次元の世界に肉体ごと飛ばしたそうだ。

 なんとも強引だが、仕方が無かったようだ。


「と、いうことは、ここは、元々俺が居た世界とは違うんですね?」

(はい。ここは貴方の居た世界ではないです。なので、神々の力も及びません。ただ、この世界の命も、輪廻にはきちんと組み込まれています)


 ふむ。ならば、あのゴミ捨て場云々の話も、本当だったという事か。

 何しろ、いきなり殺されたしな!

 うん、俺の常識は通用しない世界と思っていいようだ。


(そ、それは、どう思うかは貴方の勝手ですが、貴方、それでいいんですか?)


 へ?

 いいも悪いも、俺にはどうしようもないのでは?


(この世界を、自分に合った世界にしたいとは思わないんですか? 幸い、貴方はまだ『人間』です。ここに伸びている者は、はっきり言って、その枠からはみ出そうとしている者ですよ)

「いや、確かにこいつらは既に『鬼畜』ですが、俺一人で変えられる訳もないでしょう? それよりも、ここが俺の常識の通用しない世界と分かった以上、俺にとっての当面の課題は、ここでどうやって生きるかです! って、俺、既に二度も死んだはずでは?」

(あ~、そうでしたね。ですが、この世界でも、貴方の常識が通用する人は沢山居ます。寧ろ、この者達が異質なのです。そして、その生に対する執着、私は歓迎しますよ)


 ほっ。

 それなら良かった。

 うん、こんな奴ばかりじゃ、それこそ何度死んでも命が足りない……、って、そうだ! そっちもだった!


(はい、現状、貴方は死ねません。いえ、厳密には、死ねない訳では無いのですが。とにかく、貴方はこの世界で既に二度死んでいるのですが、強制的に蘇生されている状態です)


 ん? 蘇生された?

 あの、回復魔法とか、オンミョウノモノとやらか?


(う~ん、全く違うと言う訳では無いのですが、貴方を生き返らせているのは、その、『謂れの無い恨み』です! 彼等は、貴方に復讐したい一心で貴方に取り憑いています)

「え? ってことは?」

(そう、彼等の恨みを晴らす為に、貴方は蘇生させられたのです! そして、貴方には、まだ20万人分以上の恨みが残っている訳ですから……)

「げ! ひょっとして、一人一回、つまり、20万回以上死ねって事ですか?」


 あ~、なんか解って来た気がする。

 あの、生き返る寸前に聞こえた、悪意に満ちた声! つまりはそういう事だ。まだ殺し足りないと!


 そして、俺は左手の平を見る。


『205946』


 うん、理解できた気がする。詳しくは覚えていないが、確か、俺が目覚めた時、この光っている数字の末尾は8だったと思う。


つまり、この数字の意味は、後、俺が死ななければならない、いや、蘇生させられる回数ってことだ!

 そして、あの俺が動けなかった時の会話の意味も、殆ど理解できた!

しかし、それならこれ、ある種の拷問だろ!

 後、20万回以上、あの苦しみを味わえって事なのだから!


 エンマとやらは、本当に閻魔大王だったのだろう。

 そして、この左腕に、その、20万人分の恨みを纏めたと。

 色が黒くて当然だ!

 この左腕は、怨念の塊だ!


 そう考えると、更に分かった事がある。

 そう、何故、俺に掴まれただけで、こいつらが気絶したかだ!

 そら、20万人もの恨みの籠った腕で握られようものなら、どうにかなっておかしくはない!

 俺に効かないのは、閻魔の言っていた、『耐性』とやらの結果だろう。


(本当に理解が早くて助かりますね。ちなみに、貴方はあの時、その腕に憎悪を込めていましたよね。常人なら即死していますよ? 魂が拒否反応を起こして、肉体から離脱してしまうのです)


 ぐはっ!

 しかも、この手で触れた人は、下手すれば死ぬってか?


(ええ、常人ならば、掴まれただけで気絶しますね。この者達は、もはや『人間』から逸脱しようとしていたから、死なずに済んでいるのです。また、20万回死ななければならないと、そうとも限らないのですよ。貴方の左腕に宿っているのは、恨み、負の感情エネルギーの結晶です。ですが、負の感情は、正の感情によって相殺されます)

「ん? じゃあ、その、正の感情とは?」

(そうですね。具体的に言えば、他人に感謝されるとかです。勿論、貴方に取り憑いた恨みは、生半可なレベルではないので、相当感謝されないと、相殺されないでしょうけど)


 ぶっ!

 これを消すには、20万人以上に、本気で感謝されろってことか?

 それって、ノーベル平和賞以上のハードルでは?

 しかも、原因は冤罪だぞ?

 確かに、俺一人の犠牲で15億が争わずに済むのなら、冤罪を被った価値もあるのかもしれない。

 しかし、これじゃ酷過ぎだ!

 地獄とやらがどうなのかは知らないが、まだそっちに行った方が、マシだったのではあるまいか?


(安心しなさい! その為に、この私が派遣されたのですから! 貴方が私を信じる限り、私は貴方の力になりましょう!)


 う~ん、嬉しい気はするのだけど、微妙だな~。

 現状、記憶喪失の自称神の眷属さん、で大丈夫だろうか?

 また、自分を信じろ!って、今時、うさん臭い宗教団体でも言わない気がするのだが?


(た、確かに今の私では、不安なのも仕方ありませんね。ですが、それでも貴方は私を信じるべきなのです! さあ、そうしなさい)


 ぐはっ!


 だが、今までの説明で、かなり納得がいったのも事実。

 ここは騙されたと思って、信じるのもよかろう。


(いい心掛けです)


 だが、待てよ?


「あの~、今気付いたんですが、俺、今までの話からすると、ほぼ不死身では? 確かに、あの苦しみや痛みを何度も経験するのは嫌です。ですが、誰にも感謝されるような行いをしなければ、20万回の生があるとも言えるのでは?」

(貴方、これから、普通に50年以上の寿命を全うできたとして、1000万年生きるつもりですか? それは、もはや人間とは呼べませんし、その頃には、この世界の人類そのものが滅んでいるかもしれませんよ。ちなみに、あの世界で貴方が死ねたのは、蘇生させられる前に、神々によって間引かれたからです。耐性の無い状態では、死と蘇生の、無限地獄を味合わされていたでしょうから)


 ぶっ! 無限地獄って!

 ふむ、放っておけば、またすぐに俺は死んでたと。

 もっとも、現状、その周期が長くなっただけの気がするが。


 だが、死ねないのも嫌だ! 

 1000万年も経てば、人類は滅亡はしていなくても、その形態は大きく変わっているだろう。一人だけ取り残されるのは寂しすぎる!


(そこも、理解してくれて助かります。では、次ですね)

「は、はあ。俺の背中の、この、ド派手な物体についてですが、ひょっとして?」

(はい! これこそが、私の依り代というか、この世界への顕現の証です!)


 やはりか。しかし、この色とかは何とかならないものだろうか?

 この、真っ赤なランドセルのせいで、俺は襲われた可能性が高い訳で。


(え~っ! いい色じゃないですか! これぞ正しく私の色です!)


 はいはい。

 まあ、今更、ランドセルくらいどうでもいいか。

 こいつらの会話からも分かったように、この世界では、今の俺の服装そのものが奇異なようだし。


 だが、目立つのはやはり避けたい。

 こいつらのようなのは少ないのかもしれないが、余計なトラブルは御免こうむる。


(そ、そうですね。ですが、今の私の力では、これしか無理なようです。正直、貴方の左腕を制御するのに精一杯なのです)


 あ~、そう言えば、閻魔との会話でも、何か言っていたな。

 なにしろ、この左腕は恨みの塊だ。いつ暴走しないとも限らないのだろう。

 これは、この、記憶喪失の自称神の眷属さんに感謝するべきか?


(相変わらず理解が早くて助かりますが、いい加減、その呼び方は何とかなりませんか? 確かに、記憶の欠落はありますが)

「では、何と呼べば?」

(貴方が決めればいいでしょう。今の私は、貴方があってこその存在なのですから)


 ん? なんか意味深だな。理解に苦しむ。

 しかし、どうやら、俺が名前をつけてしまっていいようだ。

 うん、もし記憶が戻れば、その時に替えればいいだけだしな。


 だが、自称神の眷属様だ。変な名前だと怒られそうだし、ここは迷うな。


(気にする必要はありませんよ)

「じゃあ、タマさん」

(却下です!)


 ぬお?

 気にするなと言っておいて、即否決ですか?


(名前そのものについては、それでも構わないのですが、思いついた過程がダメです!)


 う~ん、全てばれてる。タマは、昔飼っていた猫の名前だからな~。

 ふむ。しかし、過程、つまり意味が重要なのか。

 ならば!


「マリアさん!」

(え? そう呼んでくれるのですか? 気持ちは嬉しいのですが、遠慮しておきましょう。私はそこまでの存在ではありませんし、何より、後々不都合な事になりそうです)


 ふむ。良く考えてみれば、この人?は、閻魔大王と話していたのだ。

 全く宗派の違う、キリスト関連は不味いのかもしれない。


「では、奈月なつき先生!」


 うん、これは、俺の中学生時代の教師だ。現状この人は、この世界での俺の教師みたいな存在なので、これでどうだろう?

 かなり抜けていたところがあったが、美人で、俺達男子生徒のいじられ役、もとい、アイドルのような存在だった人だ。もっとも、性格は可愛いく、こんなに高圧的では無かったが。


(う~ん、私は貴方の教師ではありませんし、少し引っかかるところもありますが、まあ、今はそれでいいでしょう。そのうちに、私も真名まなを思い出すでしょうし)

「ほっ。なら、これから貴女は奈月先生です。それで、俺の事も、アラタでいいです」

(分かりました、アラタ。それで……)


 その時、俺の頭に直接、幾重もの声が響いた。

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