03.お姫様は思っていたよりもイヤな役

 アレックスと見つめ合ったまま五秒、その間にアレックスをひたすら観察した。くるりと癖のある赤毛で細身の長身。もちろんその顔に見覚えはない。いや、むしろ私の知人友人に赤毛の人はいない。

「誰?」

 たっぷり時間を頂いてから出てきた言葉はそんな一言だけだ。だが、そんな不躾ともいえる私の態度を気にした様子もなく近づいてくると、あろうことかチョップしてきた。

「いったぁ、何するのよ!」

「俺だ」

  端的な返しにデジャブが蘇る。チョップといい、ぶっきらぼうな物言いといい、琴葉と呼ぶ奴は一人しか思いつかない。

「は? 聡介?」

「俺だ。お前もこっちの世界に来てたのか」

「一ヶ月くらい前から。聡介は?」

「俺も大体一ヶ月前くらいだな」

「で、お姫様? 琴葉がお姫様? いやいや地球が逆回転してもありえないだろ」

「うるさい!」

 ムカつく。でも遠慮なく言えるこの状況が懐かしくて楽しい。だから忘れていたのだ。ここにはもう一人存在することを——。

「どういうことなのかきちんと説明して頂けますか?」

 地の底を這うような低く怒りを含んだ声に聡介と私の言葉が止まり、ゆっくりとそちらへ視線を向ける。そこには仁王立ちして笑顔だけど、全く目の笑っていないレオンが威圧的に立っていた。


 正直、レオンにごまかすかどうするか悩んだ。でも、聡介との会話を考えるとどうやってもごまかせるとは思えず全部ぶちまけた。

 中身が違うこと、別の世界にいたこと、中の人は自分たちの世界にいたこと、聡介とは小さい頃からの知人であること、そして年齢も伝えた。

「正直、聞いても俄に信じがたいものがある。だが、君が姫さまとは別人だというのはこの一ヶ月足らずでよくわかったつもりだ。実際に別人ではないかと疑っていた訳ですし」

「姫には向いてないってさ」

「うるさい!」

 聡介の混ぜっ返しに言葉を返せば、目の前のレオンは深いため息をついた。

「うん、そういうところが姫さまではないな」

「どうせ、お姫さまになってみたかった庶民ですから」

「それが本来の口調か」

 そう言われても困る。さすがに普段からこんなに突っかかるような口調はしていない。ただ聡介がいるとどうにも口調がきつくなる。

 家が近所の幼なじみだから遠慮もないし、聡介なら何を言っても許されるみたいな空気があるからかもしれない。

「別に誰にでもっていう訳じゃ……」

「まぁ、それはどうでもいいとして……まいったなぁ」

 そういって髪を掻き上げたレオンは深いため息をついた。

 確かにレオンとしてはこんなことを聞いても困るだろう。そしてバレた以上、私だって困る。

「そういえばレオンはどうして別人だって疑っていたの? いつから?」

「そうですね、出会った最初から疑っていました」

 別にこの世界でも記憶喪失は時々あることだと言っていたので、そんなにおかしな言い訳をしたとは思えない。首を傾げていればレオンは小さく笑う。

「ネコです」

「え、ネコ? きなこの姿がおかしいかった? でもこっちにいるネコもそんなに変わらないように見えたけど」

「いえ、ネコという言い方は正式名称で、基本的に人はネコをにゃんこと呼びます」

「にゃんこ……」

 いや、向こうの世界でもにゃんこと言う人はいた。でもレオンの口からにゃんこと言われると中々に違和感がある。

「ぶはっ、にゃんこ!」

 基本的に大口開けて笑うことのない聡介だが、さすがににゃんこはツボにはまったらしい。そんな聡介を見てレオンは困惑した様子だ。

「私たちがいた世界ではにゃんこという言い方は幼児語に近いものがあるんです。だからレオンさんに言われると違和感が」

「そうなんですか。こちらではにゃんこという呼び方が普通です」

 生真面目な顔で答えるレオンに申し訳なく思ったのか、さすがに聡介も笑いを引っ込めた。

「基本的に話も通じるし、文字も読めるからあまり気にしてなかったけど呼び方が違うものもあるのか。気をつけないと。ほかにおかしかったところは?」

「確信を持ったのはさきほどです。姫さまには数字という概念がありません。そもそもそういう教育を受けておられないのです」

「え、でも数字がわからないと困るじゃない」

「姫さまは困りません。数字に触れる機会なんてありませんから。姫さまは物を買うこともありませんし、兵士を数えることもありません。少ない、ほどほど、沢山で物事は住む世界に生きていますから」

 確かに言われてみればここへ来て教わったことといえば、歩き方、立ち方から始じまる姫としての立ち振る舞い、礼儀作法、そういうものがほとんどだった。しいていうなら国の成り立ちとかが社会に近いものがあったけど、国語、算数みたいなものにはほとんど触れていない。

「それに計算ができるのは商人や騎士が主で、計算できる者は数多くいません。なので商人による民からの搾取がこの国では問題となっています」

 さすがにそれには驚いた。計算なんて小学校に上がってすぐに習うものだ。むこうにいた時に発展途上国では学びの遅れが大きな問題とされている話を聞いた。まさにこういうことなのかもしれない。

「そうなんだ。見た目だけじゃなくて、本当にこの国は私の知ってる世界と全然違うんだ」

「そうみたいだな」

 こうして聞いてみると疑われる理由はわかった。おそらく他にも城内では疑っている人もいるかもしれない。

「そうだ、聡介も一ヶ月くらい前から変わってたけど、レオンは聡介のことは疑わなかったの?」

「毎日会って訓練はしていましたが、口数が減ったくらいの違和感しかありませんでした」

「まぁ、アレックスがきちんと日記をつけていてくれたからな。最初こそ混乱したけど慣れないことには生きていけないし」

「でも騎士見習いとか、聡介にできてるの?」

「作法とかは怪しい部分はあるけど、基本は剣道とあまり変わらないからな」

 確かに聡介は小さい頃から剣道をやっていて、今年も全国大会に出ているくらい強いことは知っている。聡介が剣道とあまり変わらないというのであれば、さほど苦労はなかったのかもしれない。

「色々聞いてしまいましたが困りました」

 まさに憂鬱という気持ちを隠そうともしないレオンの表情に伺うように見上げる。

「レオンは他の人に言ったりする?」

「言えないですよ。誰もこんなこと信じないでしょうし。でもなぁ」

 本当に困っているのかレオンの言葉尻は重い。

「姫さまが別人となれば問題ですけど、この際中身だけなら特に問題ない気がしますけど。正直、俺が見てる限り、姫さまって外見あればいいって感じじゃないですか」

 聡介の言葉に微かに眉根を寄せる。聡介の言い分を聞いていると姫さまというのは、まさにお飾りと言われているようだ。

 さすがにそれは私はともかく、ここで努力してきただろうソフィアが可哀相だ。

「ちょっと聡介」

「いや、この世界での一般庶民の感覚な。俺は普段王宮騎士の見習いとして騎士たちと話すことも多いんだけど、王子はともかく王女は国交のための道具とか貢ぎ物って感じだったぜ」

「王女は物か!」

「んー、多分、近いものがあるんじゃないか。少なくとも姫さんのお姉さんだって、国交結ぶために嫁いだって聞いてるけど、内情は人質にとして捧げたようなもんだろ」

 なんか向こうにいる時に呼んだ王宮物とか、そんな話があった気がする。でも、そんなお話の中の出来事がここでは現実でクラクラする。

「私は絶対ヤダけど」

「でも国の命運がかかっているんです。もし第一王女が嫁がなければ、この国は戦いで疲弊し、民は飢え、命の危機に瀕したかもしれません。そんな命運があるからこそ、王女は民とは違う裕福な暮らしができるのです。なので他国へ嫁ぐのは王女の責任でもあります」

 言いたいことはわかる。わかるけど感情がついていかない。

 そもそも命運とか、国のためとか、民のためなんて、これまで考えたこともない。そんなものは小説とかアニメとかドラマとか、そういう中で感情移入して楽しむものだった。

 急にそんなものを突きつけられても困るし、もっといえば怖い。

 小学校でも「責任を持って係の仕事をすること」とか言われたけど、人に迷惑をかけないできちんとやれば問題ないくらいに考えていた。でも結婚するとか、国のためとか、そういうのは小学校の係とは全く違う。

 押しつけられている感覚はどちらも同じ。でも重さが全然違う。しかも人の命までかかっている。

「お姫さまって国のために生かされてるの?」

「きちんと祝福されてお生まれになってします」

「でも、それって矢面に立つ身代わりがいるから祝うんでしょ?」

 途端にレオンの表情がこわばる。いや、その表情は怒りに満ちていて思わず口をつぐんだ。

 そのタイミングで私を探す侍女の声が聞こえて、そちらへと顔を向けた。

「あーあ、見つかっちゃった。もう少し話したいけど、さすがにこれ以上は心配されるからもう戻る。また今度ね」

 レオンの怒りに触れた気まずさもあって早々に二人から離れる。それに二人と一緒にいるところを見られるのはマズい気がしたのもあった。

 二人から少し離れた場所で垣根から顔を出せば、すぐに侍女は走ってやってきた。

「姫さま!」

「抜け出してごめんなさい」

「いえ、それよりも姫さまにお客様がいらしています」

 お客様と言われても今の私に知り合いなんていない。記憶が安定していないからしばらく城内で過ごすように言われていた。だから訪ねてくる人がいるなんてことは考えてもいなかった。

 侍女と共に城内へ戻ると、すぐさま客人と会うためのドレスに着替えさせられる。髪を結い直し連れていかれたさきは応接間だった。うちの家ならすっぽり入りそうな大きさの応接間には椅子に座る着飾った男性と、その横に立つ執事の服を着た男性の二人がいた。

 この一ヶ月で死ぬほどやらされた礼儀作法はばっちりだ。挨拶をして男性の向かい側に座れば、その男性が綺麗な顔をした男性だとわかる。

「ソフィア姫、体調を崩されたとのことですが」

「えぇ、まだ優れないのです」

 私が会っても構わない客人ということは、恐らく私が記憶をなくしていることも知っているのだろう。そうでなければ客人として城に入れるはずもない。

「一ヶ月後にはこちらに来て頂くことになりますが、既に医師などは手配してあります。ご負担などあるとは思いますが、来てくださるのを楽しみにお待ちしております」

 どうやら私は一ヶ月後にこの人のところへ遊びにでも行く約束をしていたらしい。訳がわからないまでも笑顔を絶やさずに頷いてみれば、男性は笑みを浮かべた。キレイな顔と相まってとても爽やかな笑顔だ。それこそアイドルとしてテレビにいてもおかしくないくらいの美しさがある。

 少しだけうっとりとした気持ちで見惚れていれば、男性は爆弾を落とした。

「来月の婚儀は楽しみですね」

 心の中で絶叫しつつも、その言葉で笑顔が崩れなかった自分を褒めてあげたい気持ちだった。

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にゃんこと旅する異世界転生 あきら @atakigawa

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