第8話 見えぬ糸、鈍く光る


「神谷さんのことですか?それほど詳しくは知らないですけど……」


 聖人が働いていたペットショップの女性店員は、困惑したように語尾を濁した。


「一緒に遊びにいくような「お友達」の話なんかはされていませんでしたか?」


 私が食い下がると女性店員は「うーん」と唸って天井を見上げた。


「それもちょっと……あ、そう言えば別の店員がファミリーレストランの裏手で見かけたとは言ってましたけど、一人だったって聞いた気がします」


「どこのレストランですか?」


「馬久津町の二十四時間営業の店だそうです。それから、同じ町にあるネットカフェの前でも見たって言ってました。声はかけなかったそうですけど」


「そうですか。馬久津町というと、ここから二駅ほどですね」


「あのう……刑事さんが訪ねてらっしゃるということは、やはり「人狼」事件と関係があるんでしょうか」


「どうしてそう思うんです?」


 私が質すと、女性店員は口ごもりながら「私が以前……」と切りだした。


「チンピラに絡まれた時、聖人さんが「あいつらはいずれ「人狼」の餌食になる」と言っていたんです。……その後、実際にチンピラたちが謎の生き物に襲われたって聞いて「どうして聖人さんは「人狼」騒ぎを予知できたんだろう」って思ったんです」


「それはつまり、聖人さん自身が「人狼」と関わりがあるということでしょうか」


 私が核心に切り込むと女性店員は少しためらった後、こくんと頷いた。


「最悪、聖人さん自身がチンピラを襲ったってこともあるかなって疑っちゃって……」


 私は小柄な男性が獣の皮のような物を被り、チンピラを襲撃する様子を思い描いた。


「色々と想像してしまうのは当然です。でも、事件は警察がちゃんと捜査して解決するので、それまではお友達をあまり疑わないで下さい」


 私がやんわりと釘を刺すと女性店員は不安げな表情のまま、頷いた。もしケヴィンが同じような証言を聞きこみで得ていたとすれば、きっと聖人の足取りを追うに違いない。


 二人は一緒にいるのか、それともどこかに潜んでいる聖人をケヴィンは探し続けているのか……どちらにせよ、このままではいずれケヴィンも犯人隠しを疑われるに違いない。


「あの……参考になるかどうかわかりませんが、同僚の子が聖人さんを見たのは、どちらも夜だって言ってました」


「夜……」


 もし聖人が馬久津町を根城にしているのなら、昼間より夜の方が活発に動いているという事か。ケヴィンもひと足先に、聖人の足取りを追って聞きこみしているかもしれない。


「あ、それから事件とは無関係ですけど、一度、聖人さんが馬久津町のナイトクラブに行ってみたって話をしてくれたことがあります。「昔の知人がいるって噂を聞いて覗いてみた」とも言ってました。その知人に会えたかどうかまでは聞けずじまいでしたけど……」


「昔の知人に……」


 私の脳裏に閃く物があった。確か京子・アンダーソンはナイトクラブを経営している男性と暮らしていると言っていなかったか。だとすれば昔の知人とは京子の事に違いない。


「お忙しいところ、すみません。大変参考になりました。では私はこの辺で失礼致します」


 私は女性店員に礼を述べると、ペットショップを辞した。ケヴィンの足取りを追っているつもりが、気がつくと私はいつの間にか「人狼」事件そのものを追っていたのだった。


              〈第九回に続く〉

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