第6話 荒ぶる牙、夜を征く


「ここの店長が通り魔に襲われたのは、今から二週間ほど前だ」


 渡貫は声を潜めながら話を始めた。あえて「人狼」と言わないのは世間の噂に迎合するようでは捜査とは言えないからだ。


「事件当夜、被害者は店を閉めた後、自宅に帰るべく最寄り駅の付近を歩いていた。現場付近は人通りが少なく、街灯の光もない場所だ。当人の話によればどこからともなく獣の唸り声が聞こえたかと思うと、暗がりからいきなり何かが襲いかかってきたのだそうだ」


 ある程度予想していたとはいえ、私は噂通りの「犯人」像に思わず身震いした。


「身体の大きさは小柄な男性くらいで、そいつは唸り声を上げながらいきなり大腿に噛みついてきたらしい。被害者は無我夢中で引き剥がしたが、その際に相手の身体に触れたようで、獣毛のような感触の何かを触ったと供述している。実際、傷跡を診た医師の話では人間の犬歯にしては鋭すぎる噛み痕だったそうだ」


「それで「人狼」なんていう噂が立ったんですね」


「そういうことだ。同一犯であれ模倣犯であれ、二つの事件は当然、関連性があるものと考えられている。ところが、だ。ステーキハウスの店長と少し離れた町のチンピラたち。この両者の間には共通点が無い。仮に病気の人間の犯行だとすると、標的にされた人間は「たまたま」としか考えられないんだ」


 いや、違うと私は思った。この人が知らないだけで、ステーキハウスの店長とチンピラとの間には、細い糸のようなつながりがある。


 ステーキハウスの店長はある人物と昔からの知り合いであり、チンピラはその人物が世話になっている人間を脅している。両者をつなぐのは、神谷聖人だ。


 私は冤罪かもしれないと思いつつ、「人狼」という文字を聖斗に当てはめてみた。チンピラたちは「人狼」こと聖斗のアルバイト先の先輩を脅していた。

 つまり、義憤に駆られての犯行だ。同様に考えると、ステーキハウスの店長が「過去に何をしたか」をたしかめられれば、「人狼」の動機が完全に判明することになる。


「つまり、次の標的は全く予想が立たないってわけですね」


「残念ながら、その通りだ。我々としては犯人の目撃情報を一つでも多く獲得して、行動パターンや根城にしている場所などをつきとめたい。犯行が行われなくても挙動不審な人物――例えば四つん這いになって移動している人間がいれば、職質で任意同行させられる」


「よくわかりました。有用な情報を入手できることを祈っています」


「ああ。壁倉さんには悪いが、特務班の力を借りずに解決したいというのが本音だ」


 渡貫はそう言うと、コップの水をひと息で飲み干した。


「さて、昼休みが半分以上過ぎちまった。腹ぺこ狼は食事をするから、話はここまでだ」


 渡貫はそう言うと、ナイフとフォークを手に特大ステーキと格闘を始めた。


 私の捜査はどうやら、ステーキハウスの店長と聖人、そしてケヴィンのアメリカ時代を知る者を探すという方向になりそうだった。


 私はステーキハウスを出ると、携帯を取り出した。図々しいが、この人に聞くしかない。


「……もしもし、神谷さんですか?先日、お話を伺った河原崎という者ですが」


 勝一郎は不躾な頼みにも拘わらず、聖人たちのアメリカ時代を知る人間を教えてくれた。


 私は携帯をしまうと、その人物の元にアポなしの聞きこみを試みることにした。時間があると警戒心が募り、話の内容を吟味されてしまう可能性があるからだった。


 ――いったい、私は何の事件を調べているのだろう。ケヴィンの過去?それとも人狼?


 私は聖人が犯人でない事を祈りつつ、同時に知りたくない「何か」を知る予感もあった。


               〈第七回に続く〉

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