第5話 異邦の友、夢を語る
「店長ですか?まだ入院中ですよ」
ステーキハウスの若い男性店員は、警察手帳と私の顔を交互に見遣りながら言った。
「それは人……犯人にやられた怪我のせいで?」
「たぶんね。大腿んとこが噛みちぎられてたそうですから、多少はかかるんじゃないかな」
「噛みちぎられて……」
「あれでしょ、聞きたいのは「人狼」のことでしょ?もう刑事さんには結構、話してるんですけどね。いい加減勘弁してほしいなあ」
「このお店は、いつからやってるんですか?」
「二年くらい前からかな。店長が元々アメリカを放浪してた人で、本場のステーキハウスをこっちでやりたいって事で始めたんです。お客さんの中には以前、向こうで暮らしてた方もいて「アメリカのステーキハウスを思い出す」なんて言ってくれることもあります」
店員はそう言うと、店内を見回した。たしかに古い映画に出てくるダイナー風の内装は粗削りだが雰囲気満点だった。
「ところが「人狼」事件がSNSで広まっちゃって、うちの店名や店長が襲われたことまでさらされて常連さんもぱたりと来なくなったんです。こっちとしてはそろそろ落ち着いて欲しいってのが本音ですけどね」
「どうして店長さんが襲われたんでしょうね」
「さあ。同僚の中には「狼を飼いたいなんて冗談を飛ばしてたから、呪われたんだ」なんていう不届きな輩もいましてね。「お前が噂を投稿したんじゃないだろうな」って思わず追求しちまいました」
「狼を飼いたい?」
「ええ。常連さんの中に店長がアメリカにいた時の知り会いがいましてね。その常連さんと「日本で狼を飼うにはどうしたらいいか」って仕事中なのに話しこんだりしてました」
「そのお客さん、どんな方だったかわかります?」
「三十歳くらいの二人組で、片方がリーゼントだったのは覚えてます。いまどき、珍しいですからね。もう片方は同世代で、病み上がりなのか表情が虚ろだったのを覚えてます」
「リーゼント……店長が襲われたのは、二人組のお客さんと話しこんだ直後ですか?」
「そんな感じですね。……で、事件の後はぱったりと来なくなったってわけです」
私は愕然とした。これは果たして偶然だろうか。片方がケヴィンだとすると、恐らくもう片方は神谷聖斗に違いない。私が店員に礼を述べようとした、その時だった。
「おや、特務班がこんなところで何を?」
振り向いた私の前に、痩せた中年男性が立っていた。捜査一係の
「あの、カロ……朧川刑事がいないので、別の事件を捜査しているところです」
「ふうん。俺には「人狼」って言葉が聞こえた気がするんだが、あれは現在進行形でコールドケースじゃないはずだがな。なんで特務班が首を突っ込むんだい?」
「ちょっと、その……興味があったもので」
「お嬢さん、悪いことは言わないから、やめときな。好奇心でよその部署のヤマに首を突っ込むと後で後悔することになるぜ」
「……すみません」
私は殊勝に頭を下げた。言わなくてもいい理由をこしらえて痛くもない腹を探られてはかなわない。ましてケヴィンの名を聞いてしまったとあっては猶更だ。
「まあいい。ちょうど俺も腹ごしらえをしようと思ってたとこだ。俺が知ってることなら教えてやってもいいぜ」
「本当ですか?」
「ただし、この店の中でだけだ。よそで話されたりしちゃあ捜査の邪魔になるからな」
「結構です。お食事をしている間だけ、聞かせてもらえれば」
「いいだろう。奥に行こう。……極厚ステーキ三百グラム、頼む」
店員にそう声をかけると、渡貫は私の肩をぽんと叩いて店の奥に移動し始めた。
〈第六回に続く〉
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