第4話 去りし日、友を想う


「そうですか、あなたがケヴィン君の同僚だったとは」


 資材置き場で出逢った初老の紳士、神谷勝一郎はそう言って唸った。


「まだ着任して日が浅いので、お互いのことはよく知らないんですけど」


 私は言外にケヴィンについて教えて欲しいという要望を滲ませながら答えた。


「ケヴィン君と聖人――息子の名です――は、十年ほど前にアメリカのカレッジで知り合いました。お互い動物好きだったことで話が合ったようです」


 勝一郎は遠い日を懐かしむように目を細めた。


「同じころ、私は田舎にあった親戚の古い住宅を購入しました。すると聖人がそこに住んで昔から好きだった狼を飼いたいと言い出したのです。ケヴィン君もコヨーテを飼いたいということで、二人で一軒の家をシェアしながら住み始めました」


「コヨーテ……」


「ご存じかどうか知りませんがケヴィン君は幼いころ、砂漠で迷子になって半年間もコヨーテと生活を共にしていたのです。息子とケヴィン君は田舎で暮らし始め、やがてそこに聖人のガールフレンドも加わり、それぞれ愛着のある生き物を飼いながら楽しくやっていたようでした」


 初めて聞くアメリカ時代のエピソードに私は少なからず興奮した。きっと生き生きとしていたに違いない。


「ですが一年ほど経った頃、あるトラブルが元で息子とガールフレンドが別れてしまったんです。ケヴィン君は一生懸命息子のフォローをしてくれましたが、色々あって息子は飼っていた狼のほとんどを手放さなければならなくなりました。その後、三人はばらばらになり、私と息子は向こうの家を引き払って日本に帰国しました」


「今でもお付き合いはあるんですか?」


「ケヴィン君も帰国して、警察学校に入学したという話は伺っていました。ただ、帰国してからも息子はしばらく不安定で、そのこともあってか会う機会はなかったようです」


「そうですか……」


 私はカロンの後を追いかけてばかりいる今のケヴィンと、アメリカの田舎でコヨーテと走りまわっているケヴィンが今一つ重ならず、不思議な気持ちに駆られていた。

「ところでお知り合いの方がチンピラに絡まれたとかいうお話、よかったら聞かせていただけません?」


 私はふいに刑事としての興味を取り戻すと、勝一郎に尋ねた。


「ああ、その話ですか。実は知人というのは聖人のバイト先の先輩なんです」


「バイト先の?」


「はい。この頃、息子も落ちついてきたので、知り合いがやっているペットショップでアルバイトをさせてみたんです。そこでお世話になっていた方が、あの資材置き場のあたりでチンピラに絡まれたんだそうです」


「怪我はなかったんですか?」


「ええ、幸いにも。どうやらあのあたり一帯を縄張りにしている不良たちだったらしく、息子によると「近づかないよう、以前から忠告してたけど遅かった」とのことでした」


「そんな危ない場所になぜ行かれたんです?」


「実は息子が奇妙なことを言ってまして……「チンピラたちはいずれ「人狼」の餌食になるだろう」と」


「人狼?」


「そう呟いた翌日、息子は仕事を辞めてしまったんです。それから今日まで一週間以上、連絡がありません。一応は成人だし、友達の家にでも居候しているんだろう、そう思ってはいるのですがやはり気になって……」


「それであの資材置き場に……あそこにケヴィンのアロハがあったことについてはどう思われます?」


「それこそまるで見当がつきません。私の記憶では、彼のお気に入りの一枚だったはずです。それがどうしてあんな場所に……」


 そこまで言うと、勝一郎は押し黙って首をひねり始めた。嘘をついているようには見えない、そう直感した私は勝一郎に礼を述べて駅ビルのカフェを後にした。


              〈第五回に続く〉

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