第3話 親しき者、闇を覗く
問題の資材置き場は縦長のビルに挟まれた、裏通りのごく狭い一角だった。
街灯もないようなわびしい場所を思い描いていた私は、少なからず拍子抜けした。
金網で囲まれた土地にはケーブルや鉄筋などが乱雑に積み上げられ、雨ざらしにあっていたのかところどころ赤錆びが浮いていた。
――こんな場所に「人狼」が?
私は周囲を見回すと、首をかしげた。資材置き場の両側は雑居ビルで、そのうちの一棟は一階に大きな不動産会社がある。路地に面した部分はガラス張りになっていて、外で騒ぎがあれば従業員が飛んでくるはずだ。
隣のビルとの境目に暗がりでもあるのだろうか、そう思って移動しかけた、その時だった。視界の隅で人影らしきものが動くのが見えた。
頭を動かさずそっと盗み見ると、どうやら誰かが金網越しに資材置き場を覗きこんでいるらしいことがわかった。シルエットの感じから男性、それもある程度年齢を重ねた人物のように思われた。
私は意を決すると、身体の向きを変えてそれとなく人物の方に近づいていった。
人物は私に気づくことなく、やおら屈みこむと金網の下の方に絡みついている布きれのような物を引っ張り始めた。
「あの……何かお探しですか?」
振り返った人物は、ぎょっとしたような顔で私を見た。初老の、品のよい男性だった。
「あ……いえ、探しものではありません」
口調こそ落ち着いているものの、男性の態度にはどこか取り繕うような雰囲気があった。
「いきなり話しかけてすみません、私はこういう者です」
私が警察手帳を提示すると、男性は目線をわずかに泳がせた後、ほっとしたような口調になった。手には汚れたずたずたの布切れがあった。
「警察の方でしたか……以前、知人がこのあたりでチンピラに絡まれたというのを聞いた覚えがあったので、立ち止まってあたりを眺めていたんです」
嘘だ、と私は直感した。絡まれた話は本当だとしても、なんとなくとるような行動ではない。
「あの……失礼ですが、それは?」
私が布切れに目線を向けると、男性は一瞬、手を後ろに回すような素振りを見せた。
「これは……衣服のような物が見えたので、何だろうと思って」
男性は曖昧な返答を寄越すと、後ろに回しかけた手を再び前に戻した。
「衣服ですって?……すみません、ちょっと見せていただけますか」
このあたりで事件があったのなら、管轄がどこであれ仔細を確かめるのが刑事だ。
私は男性から布切れを受け取ると、丁寧に皺を伸ばした。そして、布にプリントされた絵柄らしきものが露わになった瞬間、声を上げていた。
「これ……ケン坊が着てたアロハの柄と同じだわ」
布切れに描かれていたのは、ヤシの木の一部だった。まだ色褪せていないところを見ると、破れてからさほど時間は経っていないに違いない。
「……ケヴィン君」
ふと、男性が漏らした言葉に、私の耳が吸い寄せられた。今、何て言ったの?
「あの……ケヴィンってなんですか?」
「あ、いえ、私がアメリカにいた時、息子と親しかった男の子の名前です。今は警官になったと聞いています」
男性の言葉を聞いて、私は呆然とした。なぜ、こんな場所にケン坊の衣服が?もしこの男性から、私の知らない彼のエピソードが聞けるとしたら、この機を逃す手はない。私は「人狼」騒ぎではなくケヴィンについて自分なりの「捜査」を始める決意を固めていた。
〈第四回に続く〉
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