第2話 怪しき影、街を往く


「ケン坊が有給?ちょっと具合が悪いから、ですか?」


 言い終えた後、私は少し非難がましかったかなと思った。


「ああ、そうだ。何せあの体格だ。大方風邪でも引いたんだろうよ。悪いが今日の聞きこみは一人で行ってくれないか」


 ダディこと上司の壁倉は、鷹揚ともとれる口調で言った。捜査を始めたばかりの刑事が風邪ごときで……そう思う私は古いのだろうか?


「わかりました。……あ、昨日も報告しましたが、どうも私とケン坊だけだと現場に行っても「お化け」の声は聞こえないようです」


 私は泣き言ともとれる言葉を口にした。六文と同じ能力を期待しいるのなら、それは無理と言いたかったのだ。


「まあそうだろうな。だが、とりあえず死者の気配があるところにはどこへでも行くってのがうちのやり方だ。何も見えなかったら這いつくばって臭いでも嗅いで来い」


 ダディは切り捨てるように言い放った。ようするに現場から何かを感じ取るまで戻ってくるな、そういうことだろう。


「……はい、そうします」


 私は言い知れぬ心細さを抱えて署を後にした。特務班に着任して以来、こんなに心もとない気分になったのは初めてだった。それほど六文の存在が大きかったということか。


 私は殺人現場である駐車場には赴かず、被害者がしばしば顔を出していたという居酒屋に足を向けた。殺害されたのは飯森早苗という女子大生で、獣医を目指しながらペットショップでアルバイトをしていたらしい。

 殺害当時、ボーイフレンドがいたようだが、本捜査の際にシロと判定されている。SNS等でのつき合いも疑われたが、結局、めぼしい容疑者は浮かびあがらずじまいだった。


 ――カロンなら聞きこみで出て来なかった人物の手がかりを見つけられるんだろうな。


 私はいくぶんふて腐れ気味に独りごちると、準備中の店内に足を踏みいれた。


「……新井ですか?少々、お待ちください」


 レジの前で待っていると、当時、被害者の教育係だったという店員が姿を現した。


「あ、どうも、刑事さんですか。……飯森さんのことですよね。何で一年以上経った今になってまた、聞きにいらっしゃったんです?ひょっとして新たに容疑者が出てきたとか」


 新井という二十代前半の店員はそう言うと、値踏みするようなまなざしを私に向けた。


「そうじゃないんですが……最近になって再捜査の必要性がでてきたんです。なにかこの一年の間に、思いだしたことがあったら教えてくれませんか」


「そう言われてもねえ……正直、間が悪いって言うか、あんまり殺人事件の話とかここで出して欲しくないんですよね」


「どうしてですか」


 私は首をひねった。間が悪いとは一体、何のことだろう。


「いえね、この店からちょうど二町ほど先の資材置き場で例の「人狼」を見たっていう噂があるらしくて、お客さんの間でもその話が頻繁に出てるんです。週末だと皆さん、遅い時間に来られるんでこのあたりの店を避ける方も多いんですよね」


「人狼……」


「去年の事件と人狼とは無関係でしょうけど、一年前に殺人が近くであったなんて知れたら、客足が遠のきかねませんからね。……今日の午前中も一人、リーゼントの刑事さんが「人狼」のことを聞きに来たばっかりで、こっちも神経質になっちゃって」


「リーゼントの刑事?」


「なんだかやたらとひょろひょろしてて、一瞬「本当に刑事かな」って疑ったくらいです」


――ケン坊だわ。どうして仮病を使ってまで「人狼」のことを?


 私はすでに迷惑顔になりかけている店員に礼を述べると、居酒屋を後にした。


 どうせ聞きこみがはかどらないのなら、ケヴィンの足取りを追うのもありかもしれない。


 私は居酒屋の店員が口にした資材置き場を目指した。現在の捜査とは無関係だが、少なくとも、私には同僚として捜査を放っぽり出した理由を聞く権利があるのだ。


              〈第三話に続く〉

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