冥葬刑事カロン EXTRA SEASON 1 独りぼっちのコヨーテ
五速 梁
第1話 姿なき獣、闇に潜む
「どうすか、何か感じましたか?」
「だーめ。何も聞こえないし、何も見えないわ。お化けの類はね」
呑気なケヴィンの問いかけに、私は早くもギブアップ気味の言葉を返した。
――もう。私じゃ見えないのかな。やっぱりカロンじゃなきゃ駄目なの?
私は少々、うんざりしながら「現場」を歩き回った。こんな思いをしなくちゃならないのも、カロンが謎の内偵を始めるからだ。二人に任せる、なんていうダディも同罪だ。
「もしこのまま「被害者」に会えなかったらどうなるんでしょうね、俺ら」
夕方だというのに薄いアロハ一枚のケヴィンが、泣き言ともとれる言葉を発した。
「きっと特務班は機能不全だって判断をされるでしょうね。カロンが戻ってくるまで捜査一課の仕事を手伝えって言われるわ」
「えーっ、そんな。現在進行形の殺人事件なんて怖いっすよ。犯人と出くわしたりしたらどうするんです」
私は思わず脱力しそうになった。殺人犯が怖くてよく刑事が務まるものだ。
「私だっていやだわ。せっかく特務班の仕事に慣れてきたのに。でも、見えないものはしょうがないじゃない。やっぱり三人そろってなきゃ駄目ね、うちは」
私は大げさにぼやいてみせた。以前は特務班独特の捜査に、ひどいところに飛ばされたと嘆いていたのに、いつしか他の部署の捜査が生ぬるくさえ思えるようになっていた。
「ポッコさんもそう思います?兄貴のいない特務班なんて、寂しくてたまんないっすよ」
いや、それはまた別の愛着だろうと私は思ったが、確かにカロンの力がなければ捜査が始まらないというのも事実だった。
「しょうがない、ハンバーガーでも食べていったん部屋に戻ろっか、ケン坊」
私が振り向きながらそう、声をかけた時だった。気が付くとケヴィンの姿がなかった。
「ケン坊?……ちょっと、どこにいったのよ?」
私は陽の暮れかけた雑居ビルの駐車場で、相方の姿を探した。……と、どこからともなくか細い犬の鳴き声と「おーよしよし」というケヴィンの声とが聞こえてきた。
「……ちょっと、仕事中に何やってんのよ」
「こいつ、迷い犬らしいっす。お腹が減ったんで主人じゃない俺でも寄ってきたんスね」
ケヴィンはそう言いながら、小型犬の頭を撫でた。すると、ビルの陰から「あっ、いた」という声と共に一組の若い男女が姿を現した。
「すみません、それ、うちの犬です」
男女は私たちに駆け寄ってくると、ぺこりと頭を下げた。
「ああ、やっぱり近くにいらっしゃったんですね。よかったっス」
ケヴィンはほっとしたように小型犬の頭を撫でると、二人に譲り渡した。
「だから言ったでしょ。タルトちゃんをボディガードにするなんて無茶だって」
「ボディガード?そのワンちゃんがですか」
私は思わず小型犬と男女を交互に見やった。どう見ても犬の方が守られる側だろう。
「いやあ、犬なら噂の「人狼」をいち早く嗅ぎつけるんじゃないか、なんて思ったもんで」
「人狼?」
私とケヴィンは同時に聞き返していた。
「あっ、ご存じありませんか?最近、このあたりで狼みたいな獣に人が襲われるっていう事件が起きたんですよ。ネットでも広まってきて、そろそろ警察も動きだすんじゃないかなんて言われてますよ」
「そんな事件があったんですね。でも狼なんてこの都会にいるのかしら」
「だからネットでは狼の毛皮を被った人間だとか、狼に憑りつかれた人狼だとか噂されてるんです。本当にいたら怖いですけど、うまく目撃できたら動画に撮りたいな、なんて」
悪びれる風もなくそう語る男性に、私は開いた口が塞がらなかった。
「狼かどうかはさておき、通り魔だったらどうするんですか。面白いじゃすみませんよ」
私が叱責を含んだ口調で言うと、男性はしゅんとなった。
「あのう、もしかして警察の方……じゃないですよね」
「悪いけど、そのまさかなの。ちょうどうちの相棒がワンちゃんに職質かけてたところよ」
「これは失礼しました。頑張ってください。……あの、人狼には気をつけてくださいね」
男女は私たちにどこかピントのずれたエールを送ると、建物の向こう側へと消えていった。
「まったく、近頃の一般人は犯罪を娯楽と勘違いしてるんじゃないの。……ねえ、ケン坊」
そう言って傍らのケヴィンを見た私は、はっとした。ケヴィンの表情がいつになく険しいものだったからだ。
「……人狼」
「どうしたの、ケン坊?」
「……あ、いや何でもないっス。暗くなってきたし、お腹も空いてきたから帰りましょう」
ケヴィンはなぜか急に早口になると、私を急かして駐車場を離れた。私はほっとしながらも、心の中で秘かに首を傾げていた。
――何か変ね。こんなケン坊、今まで見たことないわ。カロン、あなたならどう考える?
カロンがいない心細さもあって、私は胸のうちで勝手に膨らむ不安を持て余していた。
〈第二回に続く〉
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