今日××が終わるらしい
杏。
最初で最後のお話。
明日、長年勤めた会社を退社する。辞める。
大した理由があったわけじゃない。寿退社なんてものでもない。
ただ、なんとなく、ふと。辞めようかな、と思って。
思えば社会人になってからずっと、仕事に生きてきた。
大層な仕事じゃない、人の役に立つ仕事なわけでも、やり甲斐だらけな訳でもない。
それでも、平日5日、1年で約250日努めてきた会社は、家より長く滞在する過ごす空間で、家族より長く、多く話した人達の集まりだった。
「この会社辞めたら何するの?」
「決めてないなぁ」
入社した時には沢山いた同期も、今や片手で数えられるほどしか残っていない。
その中で1番よく話してた所謂「戦友」と、退職前日に、行きなれた居酒屋でそんな話をした。
「なんか、仕事を辞めるって想像つかないや。嫌なことも、上司死ねー!ってことも沢山あったけど、当たり前のように働いちゃってたんだよね。」
「私もだよ、想像つかない。お金も無いしね、これからどうやって生きていこう。」
あ、すいません生2つ追加で。あの店員さん、初めて見るよね。若いなー、学生さんかな。いいなぁ、あの頃は私らもさぁ。なんて、他愛のない会話ばかりを交わして、いつもの時間に、いつも通り割り勘精算して、解散。
本当に、どうやって生きていくんだろう。
貴方がいないと寂しくなるなぁ、なんて声をかけてくる上司も、昨日また飲みに行こうねと話した同期も、きっともう会うことは無い。
新入社員の頃から面倒を見てきた後輩から貰った花を持って、会社を後にする。
お疲れ様です、なんて警備の人に声をかけるのも今日が最後。
忘れ物、してないかな。辞めた翌日に取りに行くとか恥ずかしいから嫌だな。まぁ捨てといてもらえばいいかな。なんてことを思いながら、いつもの道を、不思議な気分で歩く。
さて、私は一体誰になったんだろう。
さっきまでの私には、社会人としてのステータスと、仕事の仲間と、職場という居場所があった。
それを捨てた私は、一体なんと表したらいいのだろう。
そういえば、休みの日って何してたかな。会社以外の人と会わなくなって、話さなくなってどれくらい経つだろう。
「ま、何とかなるか。」
きっと「この会社での私」の人生は、今終わったのだ。
人生は1度きり、って言うけれど、何回もあったっていいじゃない?
今日終わる、私の人生に。とりあえず1人で、乾杯でもしよう。
明日からは、どんな私で生きようかな。
今日××が終わるらしい 杏。 @anzu_taberu
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