『Brilliant Winter』外伝 「5年前の出会い」

こうやとうふ

『5年前の出会い』

僕の視界には、色がない。

視界に映るものは全てモノクロに見え、その様はまるで死の世界のよう。

視界に映る空も、花も、動物も、人もまでも。

全てが死んでしまったようで、酷く味気ない。

こんな僕に生きている意味はあるのだろうか。


生きていくことに後ろ向きになっていた時期のこと。

アイツと出会うことで、僕のこの霧のような気持ちは少しだけ晴れることになる。


***


Basic point of view:5年前


それは中学生になりたての、2、3回目の美術の授業のことだった。

白いスケッチブックの紙と睨み合うこと数十分。

筆を持つ手は震え、額には汗が浮かんできていた。

「勘弁してくれ……」

生まれて初めて美術の授業を恨んだ。

それもそうだ。これが初めての美術の授業なんだから。


……視界がモノクロになってからの。


「……ど、どうしよう」

元来人に頼ることを苦手とする性格もあって、隣の人に声をかけ辛くて。

声をかけようと思った時には既にその人は作業に没頭していて、集中を途切れさせるのは申し訳なく感じてしまった。


結局、どうすることも出来ずに授業は終わってしまった。


***


机に突っ伏す。

心は黒いベタベタした海に沈められたみたいに重くて、何もやる気が起こらない。

「……お前か、色が分からないって奴は」

「……?」

急に声をかけられた。声変わり前だけど、話方から察するに男の声だろう。

顔を上げることは避けた。

あの時から周囲の人間の、僕を見る目は変わった。

憐れむような視線。奇異なものを見るような視線。軽蔑するような視線。

十人十色、様々な視線を向けられてきた。

「おーい、聞いてんのか?」

少し苛立ちを含んだその声から察するに、その少年は所謂ガキ大将ポジの人間ぽかった。

後々厄介事はごめんなので、仕方なく顔を上げる。

「……ふーん。普通の顔だな」

「会って早々に失礼な奴だな、君は」

棘には棘で返しましょう。無礼には無礼だ。

かのハンムラビ王もそうやってたはずだ。

「……名前は?」

「あん?」

「……初対面の人間には、話しかけた方から名乗るのが常識だろう? 君には常識が無いのか?」

「そんな常識無いだろ、嘘つくなよ」

鋭いヤツ。でも僕は眉一つ動かさない。

面倒くさい、と頭を掻きながらその少年は名乗った。

「……瀬川孝昌せがわたかまさだ。えっと、お前は……」

高島雄介たかしまゆうすけ。よろしく」

「お、おう……」

瀬川と名乗った少年は、僅かに動揺していた。きっと僕の素直さに驚いたんだろう。


***


それからも瀬川少年は事あるごとに、僕に絡んできた。

人に話しかけるのが苦手な僕からすれば、話しかけてくれるのは有難いんだけど、理由が分からない。

誰かとの話のネタにする為か?

ガキ大将ポジの人間が僕なんかに構う理由が分からない。


そして僕はある日、それとなく聞いてみた。


***


「高島、ゲーセン行こうぜ」

放課後に会うや否や、第一声がそれだった。

僕は特に断る理由もなかったけど、この目ではゲーセンに行ったって大して面白くない。

太鼓のゲームだって出来ないし。

「……僕は何すれば良いの?」

「うーん、見てるだけ?」

「ですよね」

「そう言うと思って、お前でも出来そうなの見つけといたぜ」

瀬川少年のその言葉に僕は大変驚いた。

「な、ん……?」

「おおっ、ビックリしてるな! 鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔してるぞ。見たことないけどな! よし、行こうぜ!!」

彼にガシッと肩を掴まれて逃げることも出来ず、僕らはゲーセンに向かった。


***


僕がゲーセンに行きたくない理由はいくつかある。

単純にこの目だと不自由だし面白くないという理由もあるけど、何より大音量で気分が悪くなるんだ。

「高島、大丈夫か!!」

大声で叫ばれる。正直言ってうるさい。中の音の大きさと五十歩百歩だ。

「少し、休みたい」

耳を抑えながらそう言うと、彼は快諾してくれた。


外のベンチに腰掛ける。

制服姿の僕らを街行く人は怪訝な顔で見ているが、僕はもとより彼も特に意に介さない。

「……君は、なんで僕に構うの?」

「なんだよ藪から棒に」

「だって、君はいかにもガキ大将ポジションの人間に見えるからさ。僕みたいな人間に構うなんて、珍しいと思ってさ」

「あー、なるほどね」

彼は少しだけ伸びをして、それから一呼吸置いて話し始めた。

「それ誤解なんだわ。ていうか、お前は俺のことよく知りもしないのに決めつけてんな」

「うっ……」

正論だ。あぁ、バカだなぁ僕は。よく知りもしないで、自分の知らないうちに決めつけていた。

「確かに、ごめん」

「いいよ、別に。それにだな。俺は別に打算でお前とつるんでた訳じゃねぇよ」

「え、そうなの?」

「つくづく失礼な奴だなぁ。……面白い奴だから、つるみたくなるんだよ」

「僕が?」

瀬川少年はニッと笑った。大正解だと言わんばかりに。

「お前って、なんつーかさ。放っておけないんだよな」

「……放っておけない」

「別にかわいそうだからとかじゃねーよ。お前といるとなんか面白いことが起きそうなんだよ。……お前、死にそうな顔してるんだもんな」

死にそうな顔か。確かに、毎日が憂鬱だ。

色の欠けた毎日が、こんなに味気なくてつまらないものだとは思わなかった。

「……言う通りかもね。ホント、毎日つまらない。色がないって言うのは、本当に寂しい」

「だからこそ、そういう奴が何かやるってなった時、普通より楽しそうだと思うんだよな」

「どういうこと?」

瀬川少年が空を見上げて呟く。

「うーん、説明が難しいんだが。……何か大事なものを失った奴って、きっとすごいことをやりそうな気がするんだ。俺みたいな普通な奴では思いつかねぇ、とびきりすごいヤツ」

「そんなに大それた人間じゃないよ、僕は」

「そりゃ、今はそうだろう。まだ燻ってんだな。……そのうち、デカイ何かに出会うんじゃねーの? お前の人生をガラリと変えちまう何かに」

何だろう、彼の言葉が心の中にスゥッと入ってくる。

心の中の霧が少しだけ、ほんの少しだけ、晴れた気がした。

「あの……ありがとう」

「……おう。あ、そうだ! 相談に乗ってやったんだから、お前のこと雄介って呼んでもいいか?」

「なんか図々しいなぁ。でも、いいよ。じゃあ、僕は孝昌って呼ぶよ」

「おう、それでいいぜ」

僕は立ち上がり、手を差し出した。少し恥ずかしいけど、仲を深めるためと思えば悪くないかもしれない。

「……よろしく、孝昌」

「……ははっ! こっちこそ、雄介」

僕はぶっきらぼうに、彼は無邪気な笑顔で手を差し出す。僕らは力強く握手を交わした。


***


Basic point of view:○年前


そして運命的な出会いを果たすのは、まだもう少し先のこと。



あの人との出会いも、もう少し先。

そして、彼女との出会いも……。

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