その4 ROAD TO YOKOHAMA 2

3日後、俺と工藤はついにビルから出ることにした。


雲一つない上天気である。風は少しばかりあるが、正しく『春そのもの』であるから、もうコートなしでも外に出られるくらいだ。


俺も工藤も、髪をポマードとチックで七三分けにし、スーツにネクタイ。無精ひげをすっかり剃り、どこからどう見ても『出張してきたビジネスマン』といった体である。


俺はいつも相手を威嚇しないために、メガネをかけることにしている。だがいつもの銀縁と違って、今日は細めの黒縁だ。


それでも現役の軍人である工藤は、まだ威儀を正すことはあるからともかく、俺なんかとっくの昔に堅苦しい恰好とはおさらばしている身の上だ。


(まるで出来損ないのクラーク・ケントだな)鏡を見て苦笑した。


 しかし今は暢気にしてる時ではない。


 何せこれから『軍曹殿』を横浜まで無傷で運ぶという、大仕事をしなくちゃならんのだ。


 俺は例の『親分』に電話をかけて、俺達と同じくらいの背格好の若者を二人ほど寄越して貰った。


 そいつらに俺たちが着ていた服装をさせ、先に表から出させた。


 俺と工藤は裏口からこっそりと出た。


 裏口には白タク屋の『ジョージ』に、これもあらかじめ車を横付けさせておいた。


 こんなことで向こうを誤魔化せるとは思わんが、それでもかく乱するくらいは出来るだろう。


俺からの電話を聞いて、ジョージは最初、


『危ない目に遭うのは御免だ』


とか、


『下手をすれば俺の愛車がおシャカにされるかもしれないんだぜ?』


 などと渋っていたが、


『通常の三倍はギャラをはずむ』といったら、漸くその気になってくれた。


 ついでの事ながら、俺は『ボロでもいいから、屋根の開くやつを頼む』とリクエストした。


 何故って?


 敵さんが襲ってきて、道路で横転した時、開ける場所が多ければ脱出もしやすいからな。

 

 時間きっちり、ジョージはサンルーフのワゴン車を用意してきた。


 型はかなり古いが、そこは日本車、よく走る。


 下道を通ってる間は何とか無事だった。しかし俺は気づいていた。


 ゆっくりだが、黒塗りの戦車みたいな4WDが、後を付けていることを・・・・。


 都市高速に乗っかった。


 俺が運転できればいいのだが、何せ俺は運転は大の苦手と来ている。


 ましてや高速だ。


あんなところで時速80キロのスピードで、姿の見えない敵さんを振り切れる地震など持ち合わせちゃいない。


 嗤いたければ嗤うがいい。


 一人で暢気にドライブするなら、臆病者だと思われても仕方ない。


 しかし、今の俺は大事な飯のタネ、客を乗せているんだ。


 これを傷つけるわけにはどうしたってゆかない。


 さらに言えば、都心の道はまるでジャングルの如しだ。


 一旦迷い込んだら、呑み込まれてしまう可能性だってある。


 時間は限られているんだぜ。


 一匹狼だって、人手を借りる時は借りる。それだけさ。



 黒塗りの大型4WDは、俺達の後をぴったりくっついて離れない。


 こっちが速度を上げると、向こうも速度を上げる。


 おいでなすったな。


 俺は思った。


 ジョージに、


『ハンドルは頼むぜ』と声をかけ、持っていたバッグの中から、俺はビデオカメラを取り出し、後部座席の工藤に渡した。


 工藤は何にも言わず、それを受け取って電源をONにする。


 続けて俺は懐に手を入れると、愛用のS&WM1917を出す。


 後ろの黒はその間も間合いを詰め、後部のバンパーにガンガン当ててくる。


 まださほどのスピードは出ていないが、衝撃は内部にも伝わってきた。


『ジョージ!』


 俺が声をかけると、ハンドルを握っていた奴は一気にアクセルを踏み込み、加速をさせた。


 さすが、

『餅は餅屋』という奴である。

 

 普通ならこれだけスピードが出ている時に追突をされれば持ちこたえられないところだろうが、ジョージは巧みなハンドルさばきで車体を安定させて車を走らせる。


『先輩!』


 カメラを覗いていた工藤が叫ぶ。


 後ろを振り返ると、後ろの4WDが助手席のウィンドを下ろし、一人の男が身を乗り出して銃を構えているのが見えた。


『しっかり写してろよ、工藤!』俺は叫ぶと、同じように助手席のウィンドを下ろし、銃を構えた。


 向こうの銃は、どうやらライフルのようだ。


 幾ら何でも俺の骨とう品とじゃ、どの途勝負になりそうもないが、今はそんな悠長な事態ではない。


『やるか、やられるか』


 そのいずれかである。






 



 




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