その2 軍曹殿の依頼
『しかし、最精鋭で知られる落下傘連隊の軍曹殿が、よく日本に帰ってこれたな?』
俺がカップに口をつけると、続けて彼も口をつけた。
『休暇が出たんです。5日間の、正確には残り4日と12時間です。』
軍の機密保持の問題があるから詳しくは話せないが、少し前に東アジアの某国でちょっとした作戦があり、出動を命じられた。
幸いにもミッションは無事に成功し、その褒美も兼ねて、極東出身の隊員に休暇が与えられたというわけだ。
『で、その軍曹殿が俺に何の用だ?まさか外人部隊のリクルートに来たってわけでもないんだろ?』
工藤はゆっくりと懐に手を入れると、そこから写真を一枚取り出した。
随分古い写真だった。
工科学校の制服を着た彼の隣に、セーラー服姿の女の子が写っていた。
『妹です。先輩も知ってるでしょう?』
思い出した。
奴には5歳違いの妹が一人いた。
名前は、確か菜々子っていったかな?
両親とは幼い頃に死に別れ、以来兄妹二人は父の弟である叔父夫婦の家で育てられた。
夫婦には子供がいなかったので、実の子のように可愛がってはくれたが、やはりどこかに遠慮のようなものがあったのだろう。いささか他人行儀なところがあり、妹・・・・名前を絹江といった・・・・は、自分の手で守らねばならないという認識が強かった。
だから工藤は一日でも早く自立したかった。
凡そ60倍の難関を潜り抜けて工科学校を受験し、そして入学したのも、そんな理由からだった。
その後、彼が自衛隊でどれだけ優秀だったかは、ここでくどくど繰り返すまでもないだろう。
だが、彼には勤務しているうちに何だか物足りなさを感じ、そこで『フランス外人部隊』の話を聞き、思い切って退職をし、オーバーニュ(外人部隊の司令部がある、パリ郊外の都市。ここで採用試験を受ける)に向かったのである。
彼はとにかく優れた兵士になり、人よりも多く金を稼ぐこと。それだけを考えた。
日本を出発する際、当然妹には泣いて止められたが、しかし何とか説得をして理解してもらった。
それからは任務でやむを得ない時を除き、出来る限り妹に手紙を書いた。最初は『早く帰って来て欲しい』ばかりだった彼女も、最近は少しずつ理解をしてくれるようになって来た。
その妹から『結婚する』という手紙が来たのは、1年程前だった。
何でも相手は勤め先の同僚で、彼女より一歳上だという。
送って貰った写真も見たが、誠実そうで妹を心から愛してくれそうな男性だった。
異論を挟む謂れはない。
一も二もなく承知した。
だが、問題はその結婚式の日取り・・・・具合の悪いことに工藤の休暇が終わって帰国する、ちょうどその前日だったのだ。
『しかし、後少なくとも4日はあるんだろ?時間は十分あるじゃないか?妹の結婚式に出て、そして成田から飛行機に乗ればいい。何も問題はなかろう』
『ただそれだけだったらね・・・・』
彼はカップを置き、ため息をついた。
するとその時である。
鈍い音がして、窓に丸く穴が開いた。
カップが弾け飛ぶ。
俺たちは2人揃って姿勢を低くし、懐に手を突っ込み、俺はM1917を、奴はベレッタを抜いて構えていた。
暫くそのままの姿勢を維持し、二発目の来襲がないのを確認し、やっと身体を挙げた。
『7.62mm×51・・・・2発目がなかったところをみると、ボルトアクションのスナイパーライフル・・・・レミントンのM401てとこか』
俺はナイフでテーブルを貫いて床に突き刺さった銃弾をこじり出して確かめながら言った。
『日本に来てから、ずっとこの調子なんです』
『何か狙われるようなことをしたのか?』
そう言った途端、自分が如何に間抜けな質問を口にしたかを気づいた。
工藤は現役の外人部隊の軍人。それも落下傘連隊という、いわば特殊部隊なのだから、世界中どこで危険な目に遭って、それが元で標的になったとしても不思議じゃあない。
『こんなこと、先輩に頼むのはプライドが許さんところなんでしょうが、何としても妹の花嫁姿だけは目に焼き付けておきたい。それが済んだら後はどうなってもいいんです。そのためには是非先輩の力を借りたいんです』
彼はぼそりとそう言った。
『よかろう。承知した。但し、金はちゃんと貰うぜ。今回は危険手当倍増しだ』
『分かっています』
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