時間通りに教会へ

冷門 風之助 

その1 プロローグ

 俺はその日、朝から暢気に事務所のソファで惰眠を貪っていた。


 え?なんだって?


(惰眠を貪るのはいつものことだろう)?


 当たらずといえど、遠からじってとこだな。


 確かにここ10日程、仕事はしていない。


 しかしながら先月は、


『ハード・デイズ・ナイツ』が続き、それなりの稼ぎもあった。


 いささかの金と暇があって、無理に働く必要がなければ、誰からも文句を言われず、こうしてだらだらとしていられる。


 それが、自由業の特権というものだ。


 すると突然、ドアが開いた。


『お久し振りです!乾先輩』

 

 きりっとした口調でそういい、直立不動の姿勢をとった。


 肩幅の広い、岩のような体格。

 

 ヒゲだらけだが、愛嬌のある顔・・・・・確かに見覚えがある。


『工藤・・・工藤三曹か?』


 俺の言葉に、彼は人懐こそうな眼を、更に細くした 工藤三等陸曹・・・・間違える筈はない。


 陸自の第一空挺団にいた頃、寝食を共にした後輩である。


 彼はいわゆる『叩き上げ』ではない。


 陸上自衛隊少年工科学校(当時はそう呼ばれていた)を経て、初めから陸曹候補生として入隊してきたのである。


 いい加減なところのある俺なんかと違い、勤勉さ。そしてあらゆる点に於いて優秀であった。


 ほっといても陸曹は愚か、陸尉にだって上がれる。


 誰もがそう思っていた。


 しかし、である。


 その彼が意外な転身を見せたのは、俺が一等陸曹で退職する直前だった。


 突然本人から、

『自分、退職します』と告げられたのである。


 どちらかというと他人の動向にあまり関心のない俺でも、こればかりは驚いた。


 何度か問いただしたものの、とうとう彼は一言もその訳を言わず、退職届けを出し、本当に辞めてしまった。


 その後、俺自身も退職してしまったので、確かめる術がなかったが、探偵社に就職して2年程経った頃、俺宛にエアメールが届いた。


消印はジブチだった。


なんと彼は『外人部隊』に所属していたのである。



外人部隊・・・・正式名称を、


『フランス共和国陸軍外国人部隊』という。


 1831年に創設された、フランス共和国陸軍の由緒ある部隊である。


 但し、その呼び名からも分かる如く、下士官以下は全員外国籍の志願兵から成り立っている。


 20歳~40歳迄の男性なら、国籍や軍歴の有無を問わず、身体検査などをクリアすれば誰でも入隊は可能だ。


 依然は犯罪歴なども考慮されなかったが、凶悪犯が逮捕を免れて潜り込むのを避けるために、その点のチェックはされるらしい。


 入隊後1年程は基礎と適性を見るための訓練が繰り返される。その間は外部との連絡が全く取れない。



そこで認められれば最初の5年の契約が結ばれる。


5年が経過すると、そのまま退職しても構わないし、フランス国籍を取ってフランス人になることも可能だ。


 更に契約を更新すると、また5年乃至7年の任期が課される。


 工藤は現在二度目の任期を更新し、12年目になり、階級は軍曹。そして現在は『第一外国人落下傘連隊』に所属しているという。


 第一落下傘連隊といえば、外人部隊の中でも最精鋭といわれ、コルシカ島に本部があり、命令が下れば24時間以内に世界中どこでも駆け付けると言われている。


 俺は、まあ坐れ、といい、彼にソファを勧めると、コーヒーを淹れてやった。


『生憎今豆をきらしててな。インスタントだぜ?まさかカフェオレじゃなきゃやだなんていうなよ』


『いいえ、インスタントで十分ですよ。自分はカフェオレは飲みません』


 日に焼けたいかつい顔の向こうで、人なつこい目が、そう言って笑った。




 





 


 



 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る