第39話 深く静かに根を張るように

 マリオが双眼鏡で見下ろす先には、キャスター付きのパレットに乗せられた運搬用のボックス四つと、ポリタンクが並べられている。


 何でも屋のポニーテールの男は、訝しげな様子でその周囲をぐるりと回った。護衛は二人に増えている。前に見たパーカーの少女に加えて、油で薄汚れたTシャツの男が外を警戒している。


 マリオがマイクに向かって喋った。「約束のものだ。開けて中を確かめてみてくれ」


 パレットの脇に取り付けられたスピーカーから出た声に、全員驚いて飛びあがりそうになった。マリオが笑うと、三人を代表してポニーテールがボックスに向けて中指を立てる。


『悪趣味な奴だ。どこから見てるんだ?』マイクが焼けた声を拾う。

「見てるだけじゃなくて、聞こえてもいるぜ。もうすこし先に行ったところから見物してる」

『どうして隠れてる? 腰抜けなのか?』

「その通り。別に何も仕掛けちゃいないから安心してくれ。ビビッて開けられないなら、そのままにしてくれても結構だがね」


 ポニーテールが足でロックを外して乱雑に蓋を開け、中身を検める。食料品のパックを破って中身をひとつ摘み、口に放り入れて難しい顔で咀嚼。何度かうなずき、次はポリタンクの蓋を開けた。異臭がしないことを確認して指を突っ込み、舐めて味をみている。わざわざ追加で要求しただけあって飲み水は貴重なようだった。


「お気に召したかい?」

『問題はなさそうだ』

「そいつはよかった」

『どこで手に入れたんだ?』


 ポニーテールがしきりに辺りを見回す。1ブロック先の建物の二階にいたマリオが体を乗りだして手を振ると、向こうもようやく気が付いた。


「秘密だ」


 食品のプラントには製造を行うための各工程のためのフロアが用意されている。生産施設から流れてきた素材は洗浄され、下処理、加工と続いて最後は保管庫にいきつく。都市住民はそこから物資を運び出しており、最重要なライフラインということもあって常に誰かしらの目が向けられている。


 マリオらが物資を盗み出しているのは一連のラインの途中だ。施設の機械に排除されないことを最大限に利用している。


 ポニーテールが肩をすくめた。『この荷台は持って帰っていいのか?』

「もちろん。ただ、これでお開きってのも少し寂しい。世間話をしないか?」


 100mをあけての睨み合い。相手が屈んで、マイクに向けて言った。


『何が知りたいんだ?』

「それこそ何でもいい」

『あんたが例のお尋ね者なんだろ?』

「そうそう、そういう話を聞きたい」マリオが不敵な笑みを浮かべた。営業用の顔──この距離で相手から表情が見えているかどうかは分からない。「その気があるならここまで来てくれ。ツレの二人も、口が堅いってことを約束してくれるなら一緒で構わんよ」


 やがて三人組は表からは見えない場所に水と食料を隠すと、マリオのいる建物までゆっくりと向かってきた。腕を組んでやり取りを黙って聞いていたヒューズに姿を隠すように目配せする。


「綱渡りだな」ヒューズが言った。「一応隣の部屋に待機しておくが、何かあっても間に合わないと思っておけよ」

「だったら代わってくれ。できるなら俺だって危険な真似はしたくないが、奴らは多少はマシに見えるし──」


 言い終える前にヒューズは姿を消していた。マリオは舌打ちし、フィンの間が埃で黒ずんだラジエーターに腰を下ろして手を組み、待った。やがてTシャツの男を先頭に三人が部屋に入ってくる。こちらに向けてこそいないが銃を手にしていた。


 マリオは冷や汗が出る前に深呼吸をして自分の心臓を落ち着かせた。片手を上げて気安く挨拶する。


「よう」


 三人は無視してくまなく部屋を調べる。罠がないと知ると、頷きあって護衛の二人が部屋の外へ出た。


「ジョーだ」


 痩せこけたポニーテールの男が手を差し出した。マリオはラジエーターから離れ、隠し持っていた銃を摘んで足元に置いた。相手も真似をした。マリオが歩み寄って力強く手を握る。


「マリオだ」

「それで、何が知りたい?」

「あんたはどうやってああいった弾やらバイクの調達を?」

「ありふれた手口だよ。盗むなり、廃品を拾って直したりな。普通に働いて買ったものに代金を上乗せして流したりもしてる」

 マリオは頷いた。「街の様子は? 普段より剣呑なのか? それともいつも通り?」

「いつもと変わっているかどうかで言えば、確かに変わっている。原因はあんただ。噂になってるよ。いつもより危険かどうかで言ったら、そうでもない。ここはいつでもこんなもんさ。縄張りの切り取りあいで常に戦争中で、この前もクリップスの兵隊が殺されてヴァイスロードとやりあってた」


 ジョーが手を放し、探るように目を細める。後ろへ歩いて両手をポケットに突っ込み、天井を見上げた。


「その、クリップスやらヴァイスやらだが、どっちかがここを牛耳ってるのか?」

「いいや」

「じゃあ、誰が?」

「誰も。強いて言うならシーヴズが頭一つ抜けてるんじゃないかな」


 マリオは背中を向け、壁際まで歩いて空き缶を拾い上げた。塗装が剥がれていて、もとは何の容器だったのか分からない。


「ジョー、あんたはどこかに属しているのか?」

「いいや」

「じゃあ、三人で?」

「もっといる。そっちは?」

「大所帯だ。それこそ何十人も抱えてるよ」持ちきれないとばかりにマリオは大仰に両手を広げた。「楽じゃないだろう?」

「そういうときもあるし、そうじゃないときもある」ジョーが顔半分だけで笑った。頬の影がいっそう濃くなる。「もちろん商売上の付き合いはある。大多数はどこかの庇護下に入ってるんじゃないかな」


 嘘を言っているようには見えない。少なくとも自分のセンサーは反応していない。マリオは内緒話をできる距離まで近づいた。


「今より世の中が多少マシになるとしたら、あんたはどう思う?」

 ジョーは凝りをほぐすように首を回した。「与太話には耳を傾けないようにしてるんだ。時間の無駄だからな」

「例えばの話だ」

「マシっていうのは?」

「争いが少なくなる」


 ジョーが苦笑した。


「食事に不自由しなくなる」


 ジョーが堪えきれずに吹きだした。マリオが頭を掻いた。


「真面目に聞いてる」

「だったら真面目な質問をしてくれ」

「真面目に言ってる」


 ジョーがこちらの顔を覗きこむ。濃い藍色の目が自分の面構えを品定めをしている。マリオも相手の顔を見た。表面上擦り切れてこそいるが、内には容易に磨耗しないものが潜んでいるように思えた。


「俺のまわりにそれを願わない奴はいないね」


 マリオはポケットからメモ用紙を取り出して相手の目の前で揺らした。


「俺のアドレスだ。こっちからかけた時は非通知だったろ? 何かを売りつけたいときにはこれに連絡をくれ。こっちから用意できるのは──色々ある。こう見えてソフトウェアに関しては覚えがあるし、機械に関してもすこぶる腕のいい奴がいる。今日みたいな物資でも構わない。数に限りはあるが。俺が欲しいのは物、それから情報。もちろん、フレッシュな奴をな」

 ジョーがメモを握り締める。「あんた、よく突飛な奴だって言われないか?」

「言われた事があるような気もする。よく業突く張りだと罵られてもいるね。ただ、嘘つきだの詐欺師だのは滅多に言われない。損はさせないつもりだ」

「あんたと取り引きすると世の中が良くなると言ってるように聞こえる」

「そういうこともあるかもしれない。あれだ、風が吹けば、ってやつだ」


 ジョーが鼻で笑った。メモをポケットに入れて部屋を出ると、見張りをしていた二人の肩を叩く。その背中にマリオは付け加えた。


「俺のことは他言しないでもらえると助かる」

 ジョーが振り返った。「言われなくてもそうするよ。いま血眼になってる連中に目をつけられたくないからな」



 *******



 ねぐらの少し手前のことだった。横から伸びてきた腕に掴まれ、ボイドは物陰に引きずり込まれた。アルコールが入っていたせいでなすがまま壁に叩きつけられる。とっさにショルダーホルスターに伸ばした手は抜け目無く上から押さえられた。


「よう、ボイド」


 巨漢の始末屋リストン・カーライルが自分の腕の太さを誇示するように喉元に押しつけてくる。体から力を抜いて抵抗するつもりがない意思を伝えると、リストンはスーツの内側から銃を抜き取り、自分のズボンに差し込んだ。


「ご挨拶だな」


 ボイドから漂うアルコールの臭いに、酒飲みのリストンは大きく喉を鳴らした。


「俺にババを引かせようとしたな?」リストンが顔を寄せて恫喝する。

「意味が分からない」ボイドは苦笑した。

「とりあえずこっちに来てもらおうか。路地を出て左に曲がれ」


 前を歩かされる。指示通りにすると、道の脇にリストンのピックアップトラックが停められていた。促されるまま助手席に乗る。後部座席に人が横たわっているのが見えた。


「これは?」ボイドが後ろを指差した。

「あんたが俺に紹介した男だ」運転席にリストンが入ってきた。


 言われて見れば確かにディーンの背格好だった。顔に布袋が被せられているため本当にそうかは分からない。


「殺したのか?」

 リストンは見損なうなとばかりに頭を振った。「今にもクソを垂れそうなほど縮み上がってたんで、小突いて気絶させたのさ」


 ボイドが喉を鳴らすとリストンは石のような拳骨でルーフをごつごつと叩く。殴られたら首が簡単にへし折れそうな豪腕。


「一仕事終えたあとだが、あんたの紹介だってことがどうにも気になってね。知り合いの情報屋に聞いてまわると、これから暫くの間は停戦だというじゃないか。そこで地雷を踏んだことに気付いた。腹いせが俺まで飛び火するかもしれないと思って、急いで後ろのそいつのねぐらを探し当てて口を割らせてみたんだが、まったく状況を把握していなかった。俺の名前が漏れたらまずいと思って、連れてきたってわけだ。さて、次はそっちの番だ。あんたが絵図を描いたんだろう?」

「新聞で知り合いの名前を見かけたんで電話をした。あとは頼まれるままあんたの連絡先を教えた。それだけだ。こんなことになるなんて思いもしなかったよ」

「停戦を決めた集まりに出席しておいてその言い訳は苦しいな、ボイド」


 優秀な情報屋を雇っているらしい。ボイドは肩をすくめて、聞いた。


「それで、要求は?」

「ほとぼりが冷めるまで身を隠せる場所。高飛びできるならそれが一番いい。もちろん、そこでの仕事の紹介も含めてな」


 そこでリストンがしたり顔になる。そういえば以前にこの男は口にしていた。いい加減ここも飽きてきたと。ボイドは降参するように座席ごと後ろに倒れた。


「探してみるよ。ひとまずは俺の家に行こう。しかし、意外に鼻が効くな」

「付け込まれて癪に障ったか?」


 リストンがキーを回してアクセルを踏んだ。バックミラーの位置を動かしながらゆっくりと車線に乗る。もぞもぞとディーンが寝返りをうった。


「いいや。頼もしく感じるね」

「そいつはどうも」リストンが車のラジオをつけてチャンネルを変える。犠牲者だの流れ弾だの、血なまぐさいニュースが流れる。「しかしあんたもよく分からん男だな。こうやって面倒なことになるのは分かりきってたはずだ。十分儲けてるだろうに、どうして危険を冒す」

「そうだな──」


 ボイドは腕を持ち上げて、グラスに液体を注ぐ動作をした。


「俺は二人分を享受したいんだが、体がひとつしかないとやはり贅沢にも限界がある。そうすると、溢れた分がもったいないとは思わないか? 他に回してやろうっていう気分になるのさ。分かるか?」

「ああ」リストンが頷いた。「やっぱりよく分からんということが分かったよ」

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