第35話 矜持ある野犬

「で、その人狩りのとやらの詳細は?」

『分からないって。集会にはこれから出席とか言ってたし。ホントかどうかは知らないけど』


 通信先のラウラの態度は素っ気無い──まだ根に持っているのかもしれない。マリオは思わずつきそうになった悪態をぐっと飲み込んで聞いた。


「まさかそれだけ聞いて引き下がった分けじゃないだろうな」

『あんまり手の内さらすのもどうかと思ったんだけど、弾薬と車を要求しといたわ』


 抜け目のない選択だった。特に、足は可及的速やかに欲しい。移動はどうしても人目を気にして遠回りにならざるを得ず、ここ最近は毎日10kmも20kmも歩かされている。おかげで安全靴の中ではマメがいくつも潰れた。

 弾薬も悪くない。消耗品であるため、向こうからすれば足りていないのか余分に持っておきたいのかの判断はつかないはずだ。


「いつごろ届く?」

『無理だってさ』

「なに?」

『下手に動きたくないそうよ。勘ぐられたくないんでしょ』

「車に必要なものを乗せて自動運転で届けさせるのも?」

『自分で調達すると足がつく可能性があるからってやんわり断られたわ。代わりにそういうことをやってくれる人間の住所貰っといたから』


 通話が切られると同時に、実際の住所を示す座標とメールアドレス、チャット用のアカウントが送られてきていた。


「舐められてるな」隣で会話を聞いていたヒューズが言った。

「どっちに?」

「ボイドだよ。両天秤にかけられてるぞ」

「だろうな」


 腹立たしいとは思わなかった。今までの付き合いと新しい商売相手──仮に自分が同じ立場になったら似たようなことをするだろう。問題はこちらにリスクヘッジの手段が少ないことだ。


「もうちょっと積極的にいくべきかもな」独り言のようにマリオが言った。「お互いに武器を突きつけあってこそようやく交渉が始まるってもんだ」

「何の話だ」ヒューズが小指で耳をほじる。

「少しずつでも街に出てみようかってことさ」

「今から行くなんて言うなよ。万全に下調べしていくべきだ」


 分かってる、と言いかけてマリオは足を止めた。


「そうだ、さっきの発信機なんだが、通信先のログ取ってないか?」

「後先考えずに踏み潰したのかよ」


 ヒューズが腰のポーチから探知機を取り出して投げる──何かにつけて準備のいい男。


「さすがに持ち歩くわけにはいかないだろ? それに、たったいま思いついたんだよ」


 マリオは探知機をPCに繋いでログを吸い上げ、発信機の通信先を確認した。座標はX:342、Y:116、Z:41──1つ上の階のレンタルサーバーショップだった。中継地点だろう。


「相手の居所を突き止めるのか? あんな陰湿な真似をするような奴がそんな簡単に侵入を許すとは思えないが」投げ返された探知機をヒューズがキャッチする。

「目的は別にある」


 無線のアクセスポイント経由で二層のネットワークに接続──地下三層から通信だけが上にすっ飛ぶ。起動中のもので、可能な限り当たり障りのないマシンを選択。縁もゆかりもない男の個人的な持ち物だった。さらに万全を期して、そこにバックグラウンドで仮想マシンの構築ソフトをダウンロードし、インストールさせた。構築した仮想マシンから342:116:41に対してポートスキャンを行う。リリアの影響力は二層においては未だ絶大であり、都市のシステム管理者権限を借用しているためどこだろうと侵入し放題だった。


 ヒューズが言った。「それで、いまなにを熱心にカタカタやってるんだ?」

「件の通信先にアタックを仕掛けた。成功はしないが、攻撃を仕掛けられたことに相手はまず間違いなく気付く。そうするとどうなる? 当然、反撃が来るよな? で、俺がたったいま用意した生贄はファイアウォールも無ければポートも閉じてないノーガード状態で、簡単に乗っ取れるようにしてある。そしてログインするとこんなメッセージが出る。【ようこそ!お友達になりませんか!】。その後に続くのは俺のメールアドレスのうちの1つってわけだ」

「よくもまあ色々と考えつくな」

「個人事業主はフットワークが軽くてこそだぜ」

「それで、どうする? 俺としてはこんな依頼なんぞ放り出したいんだがな」持って行きどころを探すようにヒューズの手がふらつく。「考えてもみろ、ボイドの奴から情報が漏れていた場合──いや、間違いなくそうなってる。賭けてもいい」


 地図を確認する。次のポイントは歩いて10分以内の場所にある。盗聴器の設置はこちらにとってもメリットが大きい。マリオ個人としては依頼を続けたかったが、いかにも立地が悪すぎる。


「待ち伏せが怖いな」


 電気はかろうじて生きているが、水道が死んでいるため人が住むのには向かない建物の外壁に中継器は取り付けられているようだった。ただし、その周辺には同じような廃屋が林立している。隠れて息を潜めることは容易い。


「だったら先に調達屋に向かうか?」


 ヒューズが地図の一点を指差した。ラウラから送信された住所──およそ3km先。


「こっちも見張られてるんじゃないか?」マリオが訝しげに言った。

「連絡先もついてたろう」


 ヒューズに指摘されてラウラとの会話のログを確認する。確かに番号が記載されていた。


「うっかりしてたよ」


 マリオは二層のサーバを経由させ、作成したチャットルームに相手を招く


『もしもし?』


 5回目のコールで応答したのは、焼けた声の男だった。


「あんたが調達屋?」マリオが聞いた。

『そうだよ。誰からこの連絡先を?』

 マリオは架空の情報屋をでっち上げようかどうか迷ったが、いい嘘が思い浮かばず素直に答えた。「ボイド。洒落たスーツで固めたおっさんだ」

『いかにも女たらしって具合の?』

「それだ」


 通信相手が笑った。


『それでいったい──ああ、調達屋って言ったな、あんた? 何か用立てて欲しいってことか?』

「車はあるか? それと、弾薬だ。9mmと5.56mm」

『バイクならある。弾はどれくらい必要だ?』

「あるだけ」

『太っ腹だな。他には?』

 ヒューズが割って入った。「NC旋盤」

『N……なんだそりゃ?』

 マリオがヒューズの顔を押しやる。「工作機械だ。無いならいい、気にしないでくれ」

『そうかい。バイクと弾、合計で1500ってところだな』

「実は生憎と金がない」口座は凍結、貸し金庫に金目の物はいくらか預けているが、それも遥か上にある。「おっと、切るなよ。物々交換といこう。食料はどうだ? 固形やらゼリーパックのやつがキロ単位で残ってたはずだ。担保なら用意できるし、すぐにとはいかないが、足さえあれば数時間で──」

『それでいい』


 思わぬ反応にマリオが言葉に詰まった。眉間に皺を寄せて聞き返す。


「いいのか?」

『あんたが約束を破ったらボイドに立て替えてもらうさ』

「やつの方こそ踏み倒しそうなもんだが」

 相手がくつくつと笑った。『そう思うか? ところがあのおっさん、約束だけはきっちり守る。自分の紹介した相手が取り引きを反故にしたら弁償するって取り決めだ。実際に2回ほどそういうことがあった』

「意外だな」

『俺もそう思う。まあ、誰とでも節操無く商売してるのも事実なんだがな』

「まあ、売ってくれるってんなら何でもいいさ。注文ついでで悪いんだが、ここまで持ってこれるか?」


 マリオは今立っている場所のすぐ近くのポイントを送った。相手の溜息が聞こえた。


『駄目だね。あんたらがそこで待ち伏せしてて、殺されないとも限らない。ここならどうだ?』


 違う座標が提示される。向こうの住所にほど近い、廃工場の裏だった。


「ここは?」


 マリオは指定された場所からやや外れた交差点を指定した。路肩に植栽されていた街路樹がとっくに枯れ果ててしまっているため見晴らしがいい。


『分かった。すぐに向かう』


 承諾の返事。通話が終わる。マリオはヒューズと視線を合わせて頷いた。



 待ち合わせの地点に立っていたのは二人──意外にも、どちらも若かった。多分、こちらと似たような歳だ。背の高いほうは脂でべとついた長髪を後ろで結んでいる。もう片方はフードを被っていて顔がよく見えないが、相棒より更に一回り小さい。両手で抱えたショットガンで、自分が護衛であるということを誇示している。


「よう」


 マリオが片手を上げて近づく。二人組みの視線は、傍らに浮遊するドローンに向けられていた。


「面白いもの持ってるな」汚れたポニーテールの男がドローンに向けて顎をしゃくった。「もう片方は? NCとか何とか言ってた奴だ」

「遠くから狙ってるよ」マリオがあらぬ方向を指差した。「もちろん、あんたらがおかしな事をしないようにな」


 ただのハッタリ──ヒューズはここからは見えない場所からドローンを操作しているだけだ。そのような距離から狙える武器も腕もない。相手は気にした風もなくバイクのキーを投げて寄越し、傍らにあるバイクの座席を叩いた。付属のサイドカーには段ボール箱が積まれている。


 マリオは箱を開け、キーを挿し込んでバイクのモーターが回る事を確認した。「確かに受け取ったよ。食料でいいんだよな?」

「ああ」ポニーテールが頷いた。「飲料水もないか?」

「あるよ。ポリタンクに入れて持ってくる」


 マリオは携帯していたシリアルバーと水筒を手渡し、バイクに跨った。相手が受け取ったものを困惑半分で持ち上げる。


「こいつは?」

「手付けだよ」


 頬の大きくこけたポニーテール。いい暮らしぶりでないことは一目で分かった。護衛の方も似たり寄ったり。フードの下からちらりと見えた顔は薄汚れているため分かりにくかったが、恐らく女だ。


 ポニーテールは喉を鳴らし、やせ我慢の笑みを浮かべた。相棒のウィンドジャケットのポケットにシリアルバーを挿し込む。相棒の方は微動だにせず、いつでも銃を撃てるようにトリガーに指をかけっぱなしだった。


 恵んでやろうなどという自分やラウラの考えが浅はかだったことを思い知ったマリオは、笑いながらバイクのアクセルを回した。

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