第34話 ポルノスター

 お歴々が顔をつき合わせてレストランで食事をしていた。主催のエイヴォンの他にはマルロ、オマール、ムーソン、ストリンガーといった面々。いずれも各組織の顔であり、飲食、高利貸し、不動産、インフラの管理、運送、賭博、売春、ドラッグといった商売で敵対と協力を繰り返す男達。ボディーガードたちは円になってそれを囲んでいる。内の方を向いた者もいれば、外に注意を払っている強面もいる。


 急遽呼ばれて遅参したボイドは素知らぬ顔で輪の中に加わった。外に目を向け、内には耳を傾けた。他の食事客は青い顔をして急いで料理を掻きこんでいる。まだ料理が残っているというのにウェイターに会計を申しつけて店を後にしようとしている者もいる。


「間抜けが自分のへまを尻拭いさせようとしてやがる」


 シーヴズのエイヴォンの怒鳴り声。血管を浮き上がらせて顔を真っ赤にしている様が容易に想像できる。怒りの放射で護衛たちは戦々恐々としている。


「あんた方が上でしてやられた件か」ムーソンが言った。「それをやった連中がこの辺りにいるらしいな」

 エイヴォンが口にものを入れながら話す。「ああ。部下からもちょくちょく報告が上がってきやがる。お前のシマだからお前がなんとかしろだとよ。しかも早急にと来た。手前のクソで汚れたケツをこっちに向けて拭けと言ってきやがったわけだ。とんだ恥知らずじゃないか? ええ? まともに用を足せないなんてろくな躾を受けてこなかったに違いない」

「そういう話は食事が終わってからやって欲しいな。それと、ソースを飛ばすな」いつも冷静なストリンガーの静かな避難の声。パイを切る音。

「別に構わないんじゃないか? お前の大好きな男の尻だろ?」オマールがげらげら笑う。ナイフとフォークで皿を叩いて囃し立てる。


 テーブルが割れんばかりの強さで殴りつけられた。皿が宙に浮き上がった音がする。護衛たちのどよめきに紛れてボイドはテーブルの方へと振り向いた。


 睨み合いの沈黙を破ったのはストリンガーだった。


「お互い暇じゃない。いまさら親交を深めようなんて間柄じゃないだろう。さっさと用件を言ってくれ」

「忌々しい連中を始末する間、お互いに歩調を合わせる」

 オマールが鼻で嗤った。「虫のいい話じゃないか。あんたの個人的な事情に協力しろって?」

 エイヴォンが苛立たしげにテーブルを指で小突く。「そっちにも無関係な話じゃない。殺気立ったうちの連中と鉢合わせて余計な諍いを起こしても損をするだけだろう。だったら、初めから申し合わせてたほうが手っ取り早い」


 オマールが酒に口をつけた。対抗するようにエイヴォンも自分のグラスを空にする。そこにおかわりをついだのは、ゴシック服を身にまとった──少年。関節や首もとを隠しているため少女と見分けがつかないが、その場にいる誰もがエイヴォンの趣味を知っていた。酒を注ぎ終わった少年は、赤を通り越して青黒くなった顔のエイヴォンにそっと薬を手渡す。血圧が上がりすぎて発作で倒れたのは有名な話だった。


 エイヴォンが錠剤を噛み砕いてワインで飲みほした。「積極的に協力する気がないなら静観してりゃいいし、人を出すってんなら相応の謝礼を支払う。死体の身元が確認できりゃボーナスだって出そうじゃないか」

 皿が跳ねたときにネクタイについた深紅の染みをムーソンが拭き取った。「そうは言うが、簡単じゃないぞ。生憎とうちにはまったく関係のない話だったんで、その連中の顔も名前も分からん。おまけにこの半径50kmのコンクリートジャングルのどこにいるのか見当もつかないときている」

「後で必要な情報を渡す。それに、どの辺りに潜んでいるかは目星がついてる」


 そうだな、とエイヴォンが少年を振り返った。ゴス服の少年はテノールとアルトの中間といった声で答えた。


「はい。そちらのミスター・ボイドがすでにコンタクトを取られているようです」


 視線が集まる。ボイドはようやくここに呼ばれた理由を察した。


「そうなのか? さすがだな」


 多分に皮肉の混じったストリンガーの笑み。ボイドも微笑み返した。


「ええ。数少ない取り得ですから」

「よし、洗いざらい話せ」


 エイヴォンが招くように指を動かす。いつの間にか護衛のうち何人かが周りを取り囲んでいた。断った場合の末路は容易く想像できる。ボイドは一歩前に出て後ろで手を組んだ。


「主犯格はレッドキャップ──マリオという名前のハッカーです。主に二層で活動していたようですが、つい最近この辺りに逃げてきたようですね。理由は……いまさら言う必要もないでしょう。どういうわけか彼らはAIの支配領域で生活しているらしく、まともに探すのは骨が折れるはずです」

「どうして連中はそんな真似ができる?」ストリンガーの質問。

 ボイドは素直に首を振った。「分かりません」


 四方から疑うような視線が刺さる中、肝心のエイヴォンが怒りだすでもなく腕を組んで憮然としていた。妙な反応──恐らくは理由になにかしらの心当たりがある。ボイドはそれに気付かない振りをして続けた。


「彼と面会した際、繋がりを保つ意味も込めて私が仕事を依頼しました。いくつかこちらの指定したポイントを回っているはずです。そこに先回りをするのが得策ではないでしょうか」

「どうやって尻尾を掴んだのか興味があるな」面白がるようにムーソンが言った。

「商売のタネ──で、ご納得いただけませんか?」

 エイヴォンが手を振って割って入る。「その男の秘密主義はいまに始まった話じゃないだろう。肝心なのは、その間抜けどもがのこのことこっちの罠に掛かろうとしてるってことと、もたもたしてると逃げられるかもしれないってことだ」


 ストリンガーがナプキンで口を拭って席を立った。


「話はまとまったな? では、ここで失礼させてもらう。データは俺宛に送信しておいてくれ」ストリンガーはウェイターを呼びつけてデザートのタルトを包むように言った。「料理は美味かったよ。そこは素直に感謝しておく。人を出せるかどうかは分からないが、邪魔をしないことは約束しよう」


 ムーソンも立ち上がり、手を振って姿を消した。オマールは壜に残ったワインを飲み干してげっぷを残していった。他の組織の連中の退散を見届けてからエイヴォンも腰を上げた。直立不動のままだったボイドの横を通り過ぎる際に肩を叩く。「好きなものを注文していくといい」


 人が捌け、おずおずと話しかけてきたウェイターにボイドはビーフィーターを頼んだ。カウンターに肘を置いて少しずつ飲んでいると、隣にゴス服の少年がやってくる。ボイドをこの場に呼んだのは彼だった。


 ボイドはタンブラーグラスを掲げた。「やあ、ポルノスター。中々のサプライズだった」

 少年──ライリーは澄ました顔で言った。「どうやって秘密を知ったか聞かないんですか?」

「君がその手の技術に精通していることは知っている。今更驚くようなことではないね」


 ライリー・アダムスはシーヴズ子飼いのハッカーだ。もともとはポルノの映像作品に出演していたが、パトロンの一人だったハッカーが気まぐれにコンピュータについて教えたところ、砂漠が水を吸い込むような学習能力を見せたため、面白がって本腰を入れて教育を行った。今では師を押し退けて様々な仕事を手がけている。その容姿も相まってエイヴォンには随分と可愛がられているらしいが、今日の様子を見れば、それが根も葉もない噂ではないことは明白だった。


「盗聴か、通信の傍受か? まあそんなところだろうな。しかし、わざわざ俺を見張っているなんてアピールをしなくとも、きみが情報を錯綜させて自分のところの輸送車を襲わせ物資を掠め盗ったことを言いふらすつもりなんかないよ」


 ポルノスターは慌てて周囲を見回すような愚は冒さなかった──辛うじて。


「それで、どういう頼みごとかな? もっと厳しく追求されてもおかしくはなかったというのに、そうはならなかった。君が俺のことを好意的に伝えたんだろう? そうする理由は簡単に想像できる」

「僕もそろそろ自分で色々と差配できる立場になれないかと思いまして」

「立派に勤め上げるだけでは物足りない、と?」ボイドが尋ねた。

「与えられた仕事をこなすだけではご馳走にありつけません」


 美貌の少年はその頭脳に相応しい野心を秘めている。自分の姿や経歴を恥とも思っていない。才能の限りを尽くし、更に多くを平らげようとしている。感服すべき闘争心。


 ボイドが言った。「だが、下手に向こうに肩入れした場合、それが露見すると俺の立場がまずい。もともと薄氷の上に立っているようなものだが、さすがに自分から踏み抜くのは躊躇われるな」

 ライリーは頷いた。「ひとまずはいつものように振舞ってください。そうすれば周りは勝手に引っ掻き回されます。貴方は恐ろしく狡猾な蝙蝠です」

「褒められているのだろうか」

「そのつもりで言いました。彼らに運と実力があれば、襲撃をどうにか撥ね退けるでしょう。そのうち状況が混乱してくれば色々と画策できるようになると期待しています」

「そうならなかった場合は?」

「次の機会を待ちます」


 ボイドが静かにビーフィーターを飲んだ。それを同意の証と取って、ライリーはカウンターから体を離しながら言った。


「何か聞きたい事があれば、どうぞ」

「前から気になってたんだが、その格好をするのは中々手間なんじゃないか? 化粧までしなきゃならない。仕事とはいえご苦労様だと毎度のように思っているよ」

「実は、結構気に入ってるんですよ。この服も、自分の顔も」ライリーは両手を広げて微笑んだ。「それだけですか?」

「もうひとつ。レッドキャップをどう思う?」

「生き方は好みです。腕一本で世を渡り歩いてるっていう点じゃ、親近感を覚えます。握手できるかどうかは分かりませんが」

「俺も同意権だ」

「誰にでもそう言ってるんだっていうことは分かります」

「そんなことはない。これでもちゃんと相手は選んでいるよ」

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