第32話 正解のルートはどこにあるのか

「上の空だぞ。女どもが気になるのか?」


 マリオは反射的に睨みつけたが、ヒューズはこちらを見ていなかった。手元のコントローラーに付随したモニタに目を落としたまま歩いている。モニタは10数メートル先を行くドローンのカメラの映像をリアルタイムで映していた。


 マリオの舌打ちは周囲の機械の駆動音で揉み潰された。「無駄口叩いてないでちゃんと飛ばせ」

「問題ない。お前に作らせた制御プログラムだが、中々悪くない」


 障害物に接近した際に自動で止まるようにならないかとヒューズがリクエストしたのは、壁にぶつかってローターの曲がったドローンをアデルが持って帰って来てすぐのことだった。即席で取り付けられた4つの超音波センサを使って、半径1m以内に何か別の物体が近づいたら逆方向に動いて制動をかけるだけの単純きわまるアルゴリズムだ。


「まあ気にするな。遅かれ早かれ衝突はあっただろうさ。だが、禍根は残すなよ」


 慰めるようなヒューズの声音が神経を逆なでする。耳障りな冷やかしを黙らせようとマリオは尻を蹴り飛ばそうとしたが、すんでのところで避けられ、安全靴のつま先が空振った。



 諍いのきっかけはボイドとの通信、その最後の会話だった。浮浪児の話を聞いて、ラウラがひとつの提案をした。その、どこにも属してないフリーの子供たちに接触し、上手いこと使ってはどうかと。


 これに反対したのはマリオだった。大所帯を構える余裕は無いという理由で、なんとか譲歩を引き出そうとして提案されたあれこれを全て突っぱねた。始めは意見の交換といった体だったはずが、そのうち段々と語気が荒くなり、恩に報いるつもりも無いのかというラウラの一言で、下手に出ようという気もすっかり吹っ飛んでしまった。険悪な雰囲気のまま物別れになり、散歩と称して拠点を飛び出して今に至る。


 すぐに帰る気にはなれなかったマリオは、どうせならさっさと依頼を片付けてしまおうとヒューズを呼び出して、今はボイドに指定された地点を目指していた。拠点に残った女どもは今頃いったいどんな陰口を叩いているのか──多少は自分のせいではあるとはいえ、その事を考えると胸が悪くなって仕方がない。



 ヒューズが言った。「別に悪い案でもないと思うがな、子供を引き入れるというのは。大人を言いくるめるよりは遥かに楽に決まってる。それが寄る辺も無いとくれば尚更だ」

「本気で言ってるのか?」

「半分くらいな。どうせ俺たちだけではそのうち手詰まりになるのは分かりきってるし、どうしても協力者やシンパは必要になってくる。その辺はどう考えてる?」


 マリオは暑さに耐えかねて胸元をはたいて服の中へ空気を送り込み、水筒の蓋を開けて冷水を一口だけ含んだ。辺りは配電線の発する熱でやたらと蒸し暑いうえに、空気が循環していないせいで酸素が少なく、息苦しい。ボイドの言っていた通り、生活するには少しばかり厳しい環境だった。


「確かに、俺たちがやろうとしてることの規模を考えれば協力者は絶対に必要になってくるだろうよ。だが、何も考えずにただ数を集めるのもまずい。例えばの話だが、よく分からない思想に染まった胡乱な連中が大勢たむろしているのを見かけたとして、お前だったらどういう反応をする?」

「さっさと消えうせろと念じるね」

「お上品だな」

「そうだろうとも、なにせ俺は文明人だ」つまり、とヒューズが顔を上げた。マリオの言いたかったことを要約する。「血で血を洗う抗争に発展するんじゃないかってことだな? 確かに、数が居るってことで危険視する人間は絶対に出てくるだろうな。どこかの組織がちょっかいをかけてくるのは想像に難くない。そう言ってやれば向こうも納得しただろうに」


 マリオは喉に絡まった淀んだ空気を唾と一緒に吐き捨てた。


「言ったよ、近いことはな。だが、ラウラのあれはな、そういう……理屈の問題じゃないんだよ」

「恩を返す気も無いのか、だったか?」


 ヒューズの好奇の目がいやに鬱陶しく感じられる。


「自分の境遇と重ねてるんだよ、あいつは。俺たちは元々ストリート暮らしで、明日をもしれなかった。ところが幸運にも生き延びるチャンスを貰った。だから、自分も他の連中にもそうしてやりたい、ってな具合だ」

「よく分かるな。いつ心を読むアプリを開発したんだ?」

「俺も多少はそう思ったってことだよ」


 ヒューズの高笑いを無視してマリオは独り言のように言った。


「なにをどうするのがベストなんだろうな?」

「どうせ争いは避けられないと俺は思うがな」冷笑家らしいヒューズの発言。

「だとしても、自分からそれを呼び込むのはどうにも正解から外れてる気がする」

「正解なんてあるのか、この問題に?」

 マリオはきっぱりと言った。「あるさ。少なくとも、都市のメインシステムにとっての正解はあるはずだ。それを求めて、リリアを造るなんてとんでもないアクションを起こしたわけだからな」


 駄弁っているうちに少し開けた空間に出た。目的のものらしき物体が目に入る。左右にケーブルが何本も伸びた、塗装の剥げたターミナルボックス。


「意外だな、きっちり座標の場所にあるなんて」ヒューズが担いでいたリュックを下し、平バールを取り出しながら壁や天井を見回した。「ここいらはメインシステムの手が回ってないのかもな。きれいなもんだ、ツギハギじゃない」

「補修されてないから見栄えがいいってのもおかしな話だがな」

「すぐに済ませる。見張っててくれ」


 ヒューズからドローンのコントローラーを受け取って通路の先の暗がりへと飛ばした。少し行ったところでホバリングさせる。便利といえば便利だが、モニターを人力で確認しなければならないのが面倒だ。そのうちアラートや迎撃の機能をつけるのもいいかもしれない。


「おい」

 銃を抜いて来た道を戻ろうとしていたところを呼びつけられる。マリオは肩越しに振り返った。「なんだよ」

「ちょっと、荷物からダクトテープ取ってくれ」


 ヒューズがターミナルボックスのカバーを手で押さえながら、すぐ後ろにある自分のリュックに顎を向けた。


「そっちのが近いだろ。自分で取れよ」

「出来たらやってる。いいから早くしてくれ」

「意味が分からん」

「箱をこじ開けようとしたら仕掛けられてたスプリングか何かで勢いよくカバーが開いてきたんで慌てて手で押さえたんだよ。しかも途中で何か不自然に引っかかったような動きをしやがった。分かったら早く俺がこうしてる内にテープでこいつをぐるぐる巻きにしてくれ」


 状況を飲み込んだマリオが慌てて駆け寄り、リュックを漁ってダクトテープを取り出した。押さえ込むようにしてボックス全体に何枚もテープを重ねて貼り付ける。僅かな隙間だけ空くようにしてをカバーの位置を固定した。


 ヒューズが恐る恐る手を離した。無事、開かない。ワイヤカメラの先端を隙間から差し込んで中を確認すると、カバーの裏には糸のように細い鋼線の先端が溶接でくっつけられていた。線の先にあるのは、手のひらサイズの円柱形の物体だった。頭に刺さったピンにはカバー裏から伸びる鋼線が結びつけられており、半分以上抜けかけていた。


 映像を確認した瞬間、マリオは思わず口元を押さえていた。「あっぶねえ……まさか、ボイドの野郎が?」

「知るか」ヒューズが苛立ちも露に吐き捨てる。「即効で解体してやる」

「離れててもいいか?」

 ヒューズが鼻を鳴らした。「20mくらい向こうにいってろ腰抜け。このサイズなら、いくらなんでもそこまで届かない」


 逃げるマリオを尻目にヒューズはアタッチメントを取り付けて柄の部分を長くしたニッパーをボックスの中に挿し込んだ。ワイヤカメラのライトで中を照らして他にトラップが無いかを確認し、慎重に鋼線を切断。カッターナイフでテープを全て切り裂いてボックスを開けた。


 ゆっくりピンを戻し、手榴弾をターミナルボックスから取り外す。そして今度はおもむろにピンを引き抜き、オーバーハンドで放り投げた。遠くで上がる炎と黒煙には目もくれず、ヒューズは狂った速度で作業を続ける。ボックス内のケーブルの表面のゴムに切れ目を入れて銅線を引き抜き、用意していた盗聴器と接続することで電源を確保する。


「できた。だが、少しまずいぞ」

 マリオが走り寄る。「何がだ?」

「これを見ろ」


 ヒューズが指で弾いたものをキャッチする。黒く四角いプラスチックの塊に金属片が付着した物体。


「これがどうした?」

「そいつは発信機だ」ヒューズが音を立ててターミナルボックスの蓋を閉める。「開けたら作動するようになっていた」


 つまり、中継器に何かを仕掛けにきたのが間抜けではなかった場合の保険ということだろう。


「で、どうする?」


 ヒューズの確認──依頼を続行するかどうか。マリオは発信機を床に転がし、踏み潰しながら言った。


「続ける。これくらいの危険は許容範囲だ。それに、ここも、予定してる残りの作業エリアも、俺たち以外は自由に動き回れない」

「了解だ。ただ、移動する前に3分くれ」


 ヒューズがリュックを漁る。中からステンレス製のアングル、ネジ、ナット、電動ドリルを取り出し、ボックスから少し離れたところにある、天井のライトの光が届かない暗がりまで歩く。


「さっさとここから離れたいんだがな」


 制止の声を無視してヒューズは壁にドリルで穴をあける。ネジとナットを使って壁とアングルを、アングルとアングルを固定し、何か台座のような骨組みを作っていた。見るからに頭に血が上った様子であるのを見て、マリオは諦め気味にポケットに手を突っ込み、つま先で床を叩いて暇つぶしに時間を計る。


 ヒューズはマガジンから1発だけ残して弾を抜き、角度を念入りに調整しながら台座の上に銃を置いた。銃口はターミナルボックスの方へ向いている。トリガーの部分をクリップのようなもので挟み、そこに何か小さな部品をつけ、これもボックスの方へと向ける。


「よし、終わった。次に行くぞ」


 足踏みを止める。カウントは70──宣言の半分以下。マリオはリュックを拾い上げるヒューズに訊いた。


「いま作ったあれはなんだ?」

「ボックスの前で3秒ほど突っ立ってたら人感センサーが反応してトリガーが引かれる。持ち合わせが小型の電池しか無かったんでそう長くは持たないがな」


 トラップを仕掛けた何者かが様子を確認しにやって来たら──バン。


「なんだよ、意趣返しかよ」

「冷や汗をかかされた礼だ。これくらいはやっておかないとな」

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