第30話 広すぎる拠点
浄水施設内を通り抜け、外壁を抜けて都市外に出る。そこは四面が人工的な灰色に囲まれた薄暗い空間だった。
地上部分とは異なり、大気汚染の影響を受けない地下では都市建設時の基礎部分を流用するかたちで設備の一部が外部に設置されていた。重要施設の類は存在しないものの、老朽化したコンクリート上には腕ほどもある太いケーブルがツタのように這い回り、配電用の設備がそこかしこに点在していた。
都市本体に比べればその地下空間は微々たるものだったが、それは比較対象が巨大すぎるためであり、それでも万を超える人間を収納できるくらいの広さがある。しかも建設の作業員のために建てられた簡易宿泊所がいくつかそのままになっており、そのうえ徘徊するガードロボのおかげで人気が無い。隠れ潜むには絶好の場所だった。
「おい、戻ったぜ。どこだ?」
拠点に戻ったマリオとアデルは廊下を大股で歩きながら等間隔に並ぶドアを片っ端から開けていく。どの部屋もずらりと並んだ二段ベッドにスペースの大半を占拠されている。印象としては宿泊所より収容所に近い。かつての労働者たちの境遇が窺える。
どの部屋も無人。シャワー室。喫煙所。食堂。電算室──もぬけの殻。最後に足を踏み入れた休憩室に2人と1体が雁首を揃えていた。
「お帰りなさいませ」
両手を揃えて椅子に座っていたリリアが立ち上がって無表情のまま腰を折る。充電中だったのか、二の腕にはコンセントから伸びたケーブルが刺さっている。肝心の人間2人はというと、挨拶どころか会釈すら無し。それぞれ離れた位置で手足を投げ出してだらしない格好で何かの作業に没頭しており、こちらへはちらりと視線を向けただけで、すぐまた手元に集中しだした。
「作戦会議だ」
マリオはヒューズの手にした電動ドリルのケーブルを電源から引っこ抜き、ラウラのラップトップPCを無理やり折りたたんで指を挟み込んでやった。仕返しに飛んできたスパナと紙くずを手ではたき落とし、椅子を引いて部屋の中央に陣取る。
「呼び出した相手に会ってきた」
「知ってるって。モニタしてたんだから」
ラウラがPCを開いて音声ファイルを再生する。『自己紹介しよう。ボイドだ。誘いに応じてくれて感謝する』。ノイズの混じった数十分前の会話のリピート。
「誰か、そいつの正体に心当たりは?」マリオが訊いた。
ヒューズ。首を横に振る。リリア。沈黙。アデルは言わずもがな。予想外にも声を上げたのはラウラだった。「名前だけは聞いた事があるわ」
「どこで知った? 何屋なんだ?」
「ブローカーらしいってことだけ。主に地下で活動してるっぽい。ほら、私が一層を拠点にしてたでしょ? 仕事で地下の連中ともそこそこ関わりがあったのよ。フットワークが軽くて顔が広いらしいんだけど、仕事相手を選ばないせいで恩を売った次の日に同じ相手から恨みを買うこともしょっちゅうだとか」
ヒューズが呆れたように笑った。床の上に散らばった部品から小さなネジを拾い上げ、ドライバーで金属板を重ね合わせる。「よく生きてるな、そいつ。恩と恨み、トータルでは今のところプラスってことか? で、どうする。一筋縄じゃいかない相手みたいだが」
「誘いに乗ってみたい奴は?」
決を採る。全員が挙手──リリアを除いて。このAIは、基本的に四人の意思決定プロセスには口を挟まない。
「まあ、そうなるよな」
「このまま状況が好転するのを待ってたら100年かかるわ」アデルが革張りのソファーを音が出るほど強く叩く。
「いい加減ここでくだを巻くのも飽きてきたところだしな」
ヒューズが組み立てているものを手元でくるくると回す。どうやら小型のドローンらしく、鹵獲したものを一度分解して中を弄っているようだ。再びドライバーを手にヒューズが釘を刺すように言った。
「ただ、ドツボにはまらないように線引きはきっちりしておこう。俺たちの目的は何だ?」
「都市の全システムの掌握。それから、運営の全権をこいつに引き渡す」
マリオが即答し、親指をリリアの方に向ける。指された本人は特にこれといった反応を示さない。前にどう都市を治めてみせるのかと聞いたことがあったが、未定だとの答えが返ってきた。都市のデータベースに蓄えられた過去の事例を構成要素別に分解し、比較検討しているとのことだった。
「この階層でいえば、システムの掌握だけなら簡単な方法があるんだがな」
ヒューズが呟いた。言ってみろとマリオが顎をしゃくる。
「お前らソフト屋がドローンのソフトウェアを弄って、俺たちは相当自由に動き回れるようになった」
「ああ。補給地点で奴らに配信される改修版のプログラムを差し替えてな。クラスタを構成するロジックとハートビート機能はそっくりそのまま残していあるから、異物に反応されることなくガードAIの中に俺たちの影響下の個体が入り込んで──」
「長舌は今度にしてくれ」ヒューズが鬱陶しそうに手を振る。「で、まあ、なんやかんやでAIの支配地域を不自由なく動けるくらいにはなったわけだ。コアな部分にはまだ近づけないがな。で、ここでガードを全部停止させたら一体どうなると思う?」
「そういうことか。碌でもない事を考えやがるな」
マリオの頬が苦笑いで引きつった。視線がリリアに向く。
施設を保護していたドローンが消えたらどうなるか──当然、住人が殺到する。電気を盗む。食料を盗む。奪い合いになり、施設が破壊される。引っぺがされ、部品を抜かれ、スクラップとして売り払われる。たとえ金の卵を産むのだと分かっていても、それをバラして食わなければ生き延びられないのだから、ガチョウを殺す。
それは都市の稼働率の低下だ。つまり、閾値を下回った段階でリリアの特権が有効になる。直接アクセスさえできれば、発電施設だろうが空調施設だろうが思いのままだ。
「その提案は却下いたします」
リリアが言い放った。その反応を予想していたのか、ヒューズは皮肉げに笑って肩をすくめる。
彼女は大体の場合において聞き役に徹するが、4人の行動が都市管理システムとしてのボーダーに触れる場合には今のように否決を言い渡す。
「それを行った場合、大規模な混乱が生じる可能性が高いと思われます。いたずらに死傷者を増やす行為は認められません。各施設、機能への私の特権は、あくまで都市機能、住民の生活の維持を行うという名目のもとに貸与されたものです。職務の逸脱はメインシステムから排除対象と認定される可能性がある点についてご留意ください」
「メインシステム? 都市の?」マリオが訊いた。
「はい」
「人間第一か。まったく、健気だな」
「そういった設計思想のもとに造られておりますので」
リリアが真顔で言い放ったので思わずマリオは笑ってしまった。もしかするとだが──皮肉を表現したのかもしれない。
「一足飛びには行かないってことだな? まあ、いいさ最終目標がそれだってことを言いたかっただけだ」
気を取り直すようにヒューズが組み立てたものを床に置いた。モニタ付きのコントローラーを操作する。ローターが回り、床を離れて部屋の中をゆっくりと飛び回る。
「おもしろそう。貸して」アデルが手を伸ばして催促する。
「壊すなよ。あとで偵察に使うんだからな」ヒューズが苦々しく言ってコントローラーを手渡した。
とたんに動きが覚束なくなったドローンは二人の入ってきたドアから部屋の外へ。後を追ってアデルも廊下へ出る。すぐに何かがぶつかったような音が聞こえた。
「まあ、とりあえずは持ちかけられた仕事が何なのか見てみようぜ」
ボイドから受け取った記憶媒体をラウラへ投げ渡す。操作中のPCに挿してウイルスのチェック──該当無し。中のファイルを開いて目を通し、ラウラは鼻で笑った。
「依頼内容だけど、盗聴みたいね」
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