第28話 I have control

 市街地の端を抜ける。


 遥か向こうまで伸びる道路の先には、列を成して坂を下ってくる武装車両。お互いの間に遮蔽物は存在しない。


 相手もこちらを視認したはずだった。さすがに戦車が出てくるとは思っていなかったのか少しだけスピードを落としたようにも見えたが、結局は応戦の構えを見せた。横に広がって的を分散しての前進。


「これって、弾は何発あるの?」アデルが訊いた。

 ヒューズが右から左へ敵の数をざっと確認する。「あの連中を全部木っ端微塵にしてもお釣りがくるよ。かといって無駄弾を撃てる余裕は無いがな」


 外すなという警告──アデルが舌なめずりする。平地とはいえそれでもガタガタと揺れる車体の中で、照準器のモニタを食い入るように見つめている。


 誰もが押し黙った。空気が貼り詰める。もうほとんど必要な部分は作り終えていたが、マリオは緊張を体から逃がすためにキーを叩き続ける。


 発射は同時だった。アデルの放った砲弾は、敵の装甲車の一台の遥か上を通過して都市の外壁に穴を開ける。相手側の機関銃の掃射はこちらの車体上部に命中しており、着弾時の甲高い音が内部で反響した。


 汗が吹き出る。戦車の各部位のステータスを確認──異常無し。どうやら相当頑丈に作ったらしい。跳ね上がる心臓を肋骨の上から殴ってマリオは軽口を叩いた。「ちゃんと弾は飛んだな」

「照準に補正かける?」ラウラが訊ねる。「正直、今この場で調整するのは自殺行為だと思うけども」


 アデルは無言で首を振った。画面に集中してレバーで俯仰を調整している。自動装填装置が新しい砲弾を送り込み、砲身の温度が下がるのを今か今かと待ちわびている。


 前進しながらの二射目──見事に砲身つきの装甲車のど真ん中をぶち抜いた。衝撃で車が四散した。破片と、人間だったものが飛び散る。残骸が一瞬で炎に包まれた。


「大体分かってきたわ」


 敵は慌てて横に広がり、更に車間距離をとろうとする。武器を手にした乗員が青ざめた顔を出しているが、まだまだの小銃の射程距離にはほど遠い。そもそも今も飛んできている12.7mm弾にもびくともしない装甲相手では豆鉄砲でしかない。


 雁首揃えた動く的を一方的に蹂躙するべく、アデルが嬉々として砲塔を回して狙いをつける。そして三発目を発射した直後──急に戦車が前につんのめり、足が止まる。


「どうした!?」

「履帯が切れた」両手を上げるヒューズ。

「つまり、なんだ?」

「もう動けないってことだ。修理はできるが、手でやる必要がある。そのためには外に出なきゃならん」


 幾らなんでも弾丸が飛び交うこの状況では自殺行為に等しい。


「この戦車ってグレネードに耐えられる?」


 アデルの舌打ち混じりの台詞に慌てて車外カメラに直結したモニタを確認する。左前方にランチャーを構えた男が装甲車のボンネットの陰から弾頭を出してこちらに狙いをつけている。


「ちょっと自信が無い。いつもの控えめな表現ってやつだが」


 ヒューズが声を上擦らせて汗を拭う。車内には熱気がこもっていたが、それが原因でないことは明らかだった。


「おい、先に潰せないか?」八つ当たり気味にマリオが叫ぶ。

「その最中よ」


 アデルが砲身を動かして狙いをつけるが、発射はしない。今しがた撃ったばかりで次弾が装填されていないからだ。意味が無いと分かっていてもゆったりと動く装填装置に目が吸い寄せられ、歯噛みする。


 四発目──相手と同時。空中で戦車の砲弾とグレネードがすれ違う。至近距離で爆発が起こり、カメラの視界が塞がれた。


 拳を握る。脚が強張る。体をおいて精神だけがどこかにすっ飛ばされたような感覚を味わう。


 数秒が経過──戦車側には何も起こっていなかった。装甲に穴が開いてもいないし、火災が発生してもいない。そもそも衝撃が無かった。


「潰した」


 アデルの一言で金縛りから開放されたマリオは映像を確認する。画面に映るのは炎上する何かの塊。グレネードランチャーを構えていた男が隠れていた車両ごと吹っ飛ばされて見るも無残な姿を晒している。


「向こうのはどうなった? 外れたってわけじゃないよな?」

「はっきりとは確認できなかったけど、空中で爆発したように見えたわ」

「あー、多分、私だと思う」


 今まで黙って作業を続けていたラウラが控えめに手を上げた。表情は青ざめている。


「ログを確認したらAPS? っていうのが動いたみたい。ついさっき動作プログラム組んだやつだけど、なんなのこれ?」

 ヒューズが勢いよく突っ伏し、疲労の滲む声で言った。「アクティブ・プロテクション・システム。要するに迎撃装置の一種で、音響と画像認識で飛来物を検知して撃ち落とすハードキル型の──まあとにかく、上手くいったのは奇跡だ」

「次は無いってことね」


 アデルが標的を吟味する。物陰、車の陰、ガードレールの裏、車道の壁、臭いところを流し見て砲の先端をぐるりと巡らせ、発射。射線上にあったフォード、そこに隠れていた敵の上半分を削りとばし、立体交差点の上から戦車を狙うつもりの算段だったランチャー持ちの男を昇っていた梯子ごと粉砕する。


「とりあえず何とかなったが、足が止まったのはまずいどころの話じゃ無いぞ」


 マリオが本命の座標を確認する。リリアを乗せているはずのワンボックスはなんの障害物に阻まれることもなく移動している。この地点までもうどれほどもない。角を三つ、四つほど曲がれば車影が見えるだろう。この戦闘地帯を駆け抜けて逃げ去るまでものの十秒といったところ。次から次へと問題がやってくる。


「アデル! 南から来るワンボックスを止められるか!?」

「無傷、っていう話なら無理ね。元々体当たりで止めるつもりだったし、今はこの通り砲撃しかできないわ」


 マリオは周辺に使えそうなものが無いか確認する。


 何も無し。階層のシャッターは動かしたあとで穴を開けられており、先日のように二層の地面を塞いで下層への移動を制限できても上層への道を閉ざすことはできない。


 阻止できなかったら全てがご破算になる。


 このまま座して待つ。却下。戦車が再び動き出すラッキーに期待する。却下。いっそのこと車を砲撃で吹っ飛ばす。リリアが機能停止しない程度の破損で済めば交渉は可能だが、もし跡形もなく消し飛んだら──本体はサーバ上にあるデータであるため今のボディが無くなったところで消滅にはならないだろうが、逃走手段としては使えなくなる。その後、コンタクトを取れる保障も無い。


 考えをめぐらせている間もワンボックスは移動している。妙案は浮かばず、決断をしなければならない。


 マリオが拳を握り固めて息を吸ったその瞬間、目的の車を映し出した映像は、信号を無視して荒っぽい運転で交差点に突っ込んできたアウディの姿を捉えた。ドリフトでタイヤを削りながら方向転換し、ワンボックスとSUVの対向車線に入る。


 ナンバープレート無し。フォーカスを当てたアプリが所有者不明のエラーを吐く。管理局に登録もされていない車両。


 走行中であるにも関わらずアウディの後部座席のドアが蹴り開けられる。現れたのは顔をすっぽり覆うマスクを被ったスーツの女──手にしているのはRPGのように見えた。マスクからはみ出た波打つ金髪が風でたなびいている。


 前から向かってくるワンボックスとSUV、その手前のアスファルトに向けて弾頭が発射された。足元が爆発してワンボックスの車体が浮き上がり、傾く。


 ワンボックスが倒れてガードレールを削りながら道路脇のゴミ箱をなぎ倒して横滑りする。窓ガラスが割れ、車体の下敷きになったサイドミラーがはじけ飛び、街灯にぶち当たってようやく止まった。ブレーキの間に合わなかったSUVはその尻に追突して大きく跳ね、フロントガラスを突き破って助手席の人間が投げ出された。


 カメラを切り替え、二台とすれ違ったアウディにズームする。運転席にはシャツを第二ボタンまで外した見覚えのある巨漢。助手席にはワイドラペルを粋に着こなした伊達男。いずれも覆面を被っている。そこにあることをあらかじめ知っていたかのように、カメラに向けてアウディに乗車した覆面三人組がサムズアップ。速度を上げ、そのままどこぞへと走り去ってしまった。


 思わずげらげらと笑いだしたマリオに視線が集まる。


「暇な大人たちがラッキーを起こしに来てくれたらしい」


 もっとこの都市を掻き回せ──そういうメッセージ。多分、半分は。


「それで?」

「南に行かせるな」


 アデルが笑って了解する。喋ったときには六発目が発射されていた。ワンボックスの窮状を知って救援に向かうつもりだった連中が鴨撃ちされる。


 やがて敵側が車を乗り捨てて散り散りになった。生存者を回収して物陰へと消えていく。


 銃弾の飛び交う音が聞こえなくなってからマリオたちは武器を手にして戦車から飛び出た。十分使えそうな車両を選び、電子制御されたイグニッションシステムをハッキング。代理の足にする。


「座標は42-83。ハンリーストリート。そこだ」


 ワンボックスはすぐに見つかった。横になった車体の上に乗り、銃口をつきつけながらドアを開ける。転倒の衝撃で乗員は折り重なるようにして気絶していた。その間に挟まったリリアと視線が合う。


「よう」

「これは、あなたがたの仕業ですか?」

「まあな。で、どうする? そのままそこで休んでいくか?」


 ゆっくりと手が伸ばされる。ヒューズと二人でそれを中から引っ張り出した。


「異常は無いみたいだな」

「はい」

「大騒ぎになる前に移動したいんだが──」


 リリアの目が行き来する。倒れた二台の車と、そこから放り出された血まみれの死体と、少し先で立ち上る黒炎の間を。振り返ってマリオに向けられる視線は明らかになじるものだ。


「不服か?」

「もっとも避けるべきケースでした」


 マリオが鼻で笑った。


「もっとも? こんなもんはよくある話さ。ここに限った話じゃなく、恐らく世界中でな。別に俺たちがやろうがやるまいが、遅かれ早かれこうなってた。機能を停止する都市の数を見れば想像がつく。お前が起きてから今まで見てきたものを思い出してみろ。まったく、人間ってのはどうしようもないな」

「発言の意図が分かりかねます」

「お前は確か、自発的に情報を収集と言ったな? 方向性は評価できる。自分から働きかけなけりゃ思う通りの結果にはならない。期待するだけじゃあ、望む結果は転がり込んでこない。回りが馬鹿ばかりだとなおさらだ。分かるよな?」

「プランの提案であると認識しました」


 しばらく天井を眺めていたリリアが視線をマリオに戻した。生意気にも、何か──無機質とは程遠い表情。


「メインシステムへの確認が終了しました。暫定的にですが、その提案を承諾いたします。僭越ながらこの私が、都市のコントロールを試みてみます」

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