第27話 河梁の別れ 先達の教え
ハンドルを右に左に回してヒューズが車体を道路に戻す。段々と楽しくなってきたのか、動作がいちいちキビキビしている。喜色満面なのが後ろからでも分かった。いまにも鼻歌を口ずさみそうな勢いだ。
モニタを通じて車外のカメラからの映像を見る。景色が高速で流れていた。想像よりもスピードが出ており、思わず二度見してしまった。ところどころ表面がはげてくぼみができたアスファルトの上を苦もなく進んでいく。
「どれだけ出てるんだ?」マリオが訊いた。
「いま50kmだな。もっと踏めるぞ」やってみせたくてうずうずしているヒューズの声。
「今はいいが、居住区にさしかかったらスピードを落とせよ」
「私の方は?」
アデルが催促する。発射ボタンの上でさまよっている指が見えて冷や汗が出る。ラウラが親指と人差し指で僅かな隙間を作った。
「砲塔を回してみて。ほんの少しだけよ」
アデルが言われた通り手元のハンドルを少しだけ傾ける。右に左に重々しく揺れる砲塔。こちらもはしゃぎだして歓声を上げる。マリオは頑丈そうな機器の角を選んで蹴りつけて大きな音を立てた。
「ちゃんと分かってんだろうなお前ら、遊びじゃねえんだぞ」
砲手席から飛んできた脱ぎたてのローファーがマリオの頭に当たって戦車内を跳ね回った。
作業中のPCで上がったポップアップにフォーカスが移って舌打ちが漏れる。着信を知らせるためにメーラーのアイコンが小刻みに震えていた。マリオは着信トレイを眺めて顔をしかめる。新着は1件や2件どころではなかった。差出人はそのほとんどが仕事で知り合った相手で、件名はどれも似たり寄ったり──お前がやったのか?
頭の1通だけ内容を確認してみるが、予想通りの文面でしかなかった。マリオはそのほとんどを破棄し、都市管理局のミニッツにだけ『お世話になりました』と簡潔な文面で返信してメーラーのプロセスを殺す。
システム構築に戻ろうとしたところで今度はチャットソフトが邪魔をする。相手は、ウォード。マリオはたっぷり5秒は迷ってからチャンネルを繋ぐ。
「もしもし?」
『帰って寝るのではなかったんですか?』
ウォードが笑いながら言った。カメラの映像は無く、音声のみだった。こちら側のものとは違うエンジン音が漏れ聞こえている。どうやらあちらも移動しているらしい。
「まあ、色々事情がありまして。後ろ足で砂をかけてすいませんが──」
『お気になさらず。明日には野垂れ死ぬかもしれないようなご時勢ですから、やりたいようにやるのが一番です』
「そう言ってもらえると気が楽になりますよ。社交辞令でしょうが」
『いえいえ、本心からですよ。なにしろ我々も好きにやるということですからね』
「なるほど? ちなみにもう少し騒がせるつもりですが、その後はすぐに姿を消す予定です。アデルは返した方がいいですか?」
ウォードの苦笑。『いえ、ご本人の意思を尊重していただければ。ボスも了承済みです』
「だとよ。聞いたか? 何か言いたい事は?」
砲手席に目をやる。アデルは顔を背けて無言で手を振っていた。
「どうにも恥ずかしがってるようで」
『それでは、また今度会ったときにでも。では』
「その機会があれば」
簡素な別れの挨拶を済ませて作業に戻る。ほどなくして戦車が市街地に入ると、往来を歩いていた住民はまず目を白黒させて、次に悲鳴を上げながら近くの建物へと逃げ隠れ始めた。路肩に駐車してコーヒーをすすっていた男がコップを落として自分の靴を黒く染め上げ、店主のいなくった屋台からここぞとばかりに少年少女が食い物を盗む。
触れただけで巻き込まれてミンチにされそうな巨大な機械が車と変わらない速度で走っている──もし自分が生身でこれと対峙したら腰が砕ける自信があった。
あっというまに周囲がゴーストタウン化する。締め切った窓のカーテンの隙間から覗く怯えた視線を受けてアデルが満足げに頷く。
「方針は分かってるな?」
マリオの言葉にヒューズが頷く。
「まずはリリアを奪還。それから彼女をうまいこと言いくるめて、その権限を利用してAIの支配地域に逃げ込む。そこならそうそう追ってこれない」
「つまり、間違ってぶっ壊したら終わりってことだ。聞いてるか、アデル」
「しつこいわよ。まあ見てなさい」
戦車砲など初めて撃つだろうにいつも通りの大きな態度。
そろそろ目標地点に差しかかる頃だった。目的の車は──まだ距離がある。先回りは成功した。マリオは現地のカメラから映像を回す。
らせん状の外周道路の入り口は、つい先日戦闘が行われた戦闘の傷跡が生々しい。そこにあったはずの検問は吹っ飛んで跡形も無いし、監視員も不在だった。アスファルトに刻まれた弾痕と爆炎による焦げ跡がいやに生々しい。
カメラを動かして視界を変更──そこで目に入ったものを見てマリオは思わず呻いた。上層から何台もの車両が下ってきている。十から先は数えるのを止めた。中には機関銃を背負った装甲車まであった。奴らのお迎え、増援と考えて間違いない。
「いったいどうした?」
肩越しに振り返ったヒューズにPCの一台を向ける。やはり眉をしかめた。
「前みたいにシャッターを使ったらどうだ?」
「いや、実はもうやってるんだが──」
映像の中で階層間の類焼を防ぐ目的で造られたシャッターが、車両の行く手を遮るように道路に向かって下りてくる。
先頭車両が足を止め、すぐに二、三人が降車。シャッターにとりついて工作を始める。数分もせずに準備が完了し、彼らが車に戻ると、すぐに爆発が起こった。
厚さ数十cmの金属板に開いた大穴を一列に並んで車両が通過する。
「まあ、邪魔が入らなきゃそうなるよな」ヒューズが乾いた声で笑った。「このまま行けばかち合うわけだが、どうやって戦う?」
「まっすぐ突っ込みなさい」アデルが決然と、いつもどおり勇ましく言い放った。「道を遮らないと逃げられるわ。それに、戦車って確か横っ腹が弱いんでしょう? だったら正面を向くべきだわ」
まったくの正論──異議を上げられない。ヒューズは苦笑いを挟んで腹をくくり、アクセルペダルをべた踏みした。
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