第26話 秘密兵器

 向かった先はヒューズ・ワークショップ。四人の意見の一致──衝突は避けられない。となれば、武器がなければ始まらない。


 到着するなり車から飛び出て工房中をひっくり返す。表と裏の倉庫の鍵を開けて隅々まで探したが、先日の大放出で目ぼしい火器はほとんど残っていなかった。小銃が何丁かと、予備の弾薬と手榴弾の残り。弾頭つきのロケット砲もあるにはあったが一発きりだ。あの連中だけなら何とかなるかもしれなかったが、援軍でも来ようものならとてもではないが足りない。


「まさか、言いだしっぺのくせにこれだけしか無いってことはないよな? あんだけ乗り気だったのに?」

「とっておきがある」


 ヒューズがスクラップ置き場に手招きする。唯一開けたスペースに不自然に転がっていたドラム缶を蹴り転がし、下敷きになっていた銀のビニールシートを引っぺがす。

 そこに現れたのは片開きの金属扉。


「地下室? こんなものがあったのか」

「室、というよりは地下ピットだな。実はここには何棟かの建物があったみたいなんだが、どうもそれの配線や水道のために作られたものらしい。今じゃあ無用の長物だっていうんで、折角だから中のものを取っ払って格納庫にして使ってるのさ」


 先に降りたヒューズが電気をつける。梯子をつたって降りてすぐ目の前にある物体──持ち運びのできそうな小型の工作機械が散らばる部屋の中央に鎮座するそれを、マリオは呆然と見上げた。自然と口が大きく開く。


 巨大な四角い鋼鉄の塊。足元に並ぶ動輪と転輪を繋ぐ無限軌道。上部には車体と一体化した砲身から伸びる禍々しい砲身。

 どこからどう見ても戦車だ。映像でなら腐るほど見たが、当然実物を目にするのは初めてだった。間近で見るとそのサイズに圧倒される。ご丁寧に機銃まで再現されている。頭に一門、前面に一門。


「なによこれ! 凄いじゃない!」


 ピットの入り口から飛び降りてきたアデルが目を輝かせて戦車に飛び移る。頭のハッチを弄り回して開き、誰よりも先に中へ滑り込んだ。


「……そういや燃料集めてるとか言ってたな、こいつのためかよ。レストアしたのか?」

「いや、1から作った。大分かかった」見上げるヒューズのまなざしは満足感に溢れている。

「馬鹿じゃねえのかお前……ちゃんと動くんだろうな?」

「部品毎の動作テストはほとんど済んでる。大丈夫だ。多分な。ただ、あとちょっとのハードルだけ残ってる」


 絡みつくヒューズの視線をマリオは手で振り払った。


「さっさと言え」

「この通りガワはしっかり作ったんだが、制御部分がまだでな」


 頬が引きつる。雲行きが怪しくなってきた。


「どれくらい、まだ、なんだ?」

「起動輪の回転や砲塔の旋回なんかの各部位に電気信号を流して期待通りの動きをするまでは確認してる。問題は操縦桿やコックピットのスイッチからその信号が送れないってところだ」

「配線は?」

「済んでる。要するに、そのインプットとアウトプットの中間にある車載のコンピューターが、正しく両者のやり取りをできるようなプログラムを組んでくれってことだ」


 マリオは息を呑んでラウラと顔を見合わせた。


「これから作れって?」

「ああ。出来合いのものがどこにも転がってなくてな」

「他に、よさそうな物は無いのかよ?」

「いつものバンで行っても今度こそ蜂の巣にされる。これなら火力は申し分無いし、おまけに装甲までついてる」

「なにが火力だ! こんなとこに隠してたってことは、どうせ試射してねえんだろ!」

「迷ってる時間無いでしょ」


 ラウラに背中を強く叩かれてマリオはむせながら前につんのめった。ラウラはくるくる回していた帽子をあみだに被り、諦めたような顔つきで履帯に足をかけ、出っ張りを掴んで車体をよじ登る。

 ヒューズも得意げな顔を残して乗り込み、頭を掻き毟るマリオだけがその場に取り残された。


「あー、マジかよ、くそ」


 頑として砲手の席から動こうとしないアデルが砲撃を担当。操縦席はヒューズ。車長とあまったスペースにマリオとラウラが陣取ってありったけのPCを同時起動している。開発者用マニュアルの入った記憶媒体を渡された2人は、信号と動作の変換表を見ながら、戦車のエンジンに負けない音を立てながらキーを高速で叩いていた。


「こっちが上半分やるから、そっちは下ね」画面に集中しているラウラの声は半分上の空だ。

「分かったよ」


 ヒューズがリモコンでピットを操作する。天井だったものがスライドし、階層のライトが地下室に降り注ぐ。地面の分厚い板金がせり上がって地上まで続く坂道が出来上がった。


「まだ動き出さないの? 奴らに逃げられるわよ」


 急かすようにアデルが仕切りの金属板をガンガン叩く。


「慌てんな。さっき、来る途中に仕掛けをしといた。奴らがどこかのエレベーターに近づいて、動作させようとしたら動きを止めるようにな。聞こえないか?」


 マリオが上に向けて指を回す。天井が開いたせいでハッチを通して遠くからサイレンの音が戦車内にまで届いていた。不正に停止したエレベーターのせいだ。


「来る途中は鳴ってなかったと思うんだけど?」

「つまり、いましがたトラップが発動したってわけだな。で、やつらの現在地はこれだ」


 ラップトップの一台の画面をアデルに向ける。さっきの画像検索の結果を使ってマークした車の座標をアプリの地図上に表示させている。市街地の半ばまでいったところでUターンして、階層接合部の道路に向かっているところだった。


「最初にシーヴズの連中を嵌めたのと同じ手ってことね?」

「そういうことだ。まっ、俺がその気になればこんなもんさ。おかげで誰がやったのか一発でばれるのが難だがな。よし、ちょっと前に進めてみろ」


 ヒューズがギアを入れ、アクセルペダルをゆっくりと踏む。重々しく動き出した車体に、ハンドルを握るヒューズが感嘆のうめき声を漏らした。


「おい、動いたぞ」

「見りゃ分かる。あー、くそ。動いちまった」


 戦車が地下室をゆっくりと進む。だが、右の方が先行して段々と左に曲がっている。戦車と壁に挟まれたパンチ用の工作機がひしゃげたところで慌ててヒューズがブレーキを踏んだ。


「おい!」

 怒鳴られたマリオが耳を塞ぐ。「騒ぐなよ、いま原因を探す。どうせ上手くいってもここにあるもんは置いてかなきゃならないだろうに」

「思い入れがあるんだよ」


 思いつく限りの単語でマニュアルを検索。進行。前進。後退。足回り。履帯。無限軌道。キャタピラ。バックで元の位置に戻ろうと悪戦苦闘する車内で、探し当てた文面からプログラムの構築例の部分を横目で見ながら新しいものを作成。エラー。修正。エラー。修正。コンパイル成功。元のモジュールと差し替える。


「よし、もう一回だ」


 戦車が恐る恐る進む。今度は真っ直ぐに。ヒューズが位置を細かく調整してラダーの上に乗せ、ゆっくりと坂を上って地上へと顔を出した。


 マリオが安堵しながら新たにコードを書き連ねる。まだまだ実装しなければならない処理は多い──急いで形にしなければ。


 戦車は裏門を出て道路へ。右折を試みたヒューズがハンドルを大きく切るが、車体は道路を豪快にはみ出してガードレールを踏み潰してしまった。


「おい、どうした? 別の不具合か?」

「いや。予想以上にハンドルが重かった」

 マリオが後ろから操縦席を蹴る。「お前の工房が辺鄙な場所にあって助かったよ。交通事故を起こす前にまともに動かせるようになってくれよ」

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