第24話 仕事の終わり

『もしもし? ご無事ですか?』


 応答したのはウォードだった。マリオはPCのマイクに向けて早口で状況を説明する。


「ちょいと逼迫してます。いま高速を走ってるんですが、所属不明の連中に追われています」

『こちらでも位置はモニタしています。ですが、近くに救援に向かえそうな人員がいません。単独での打開は難しそうですか?』

 アデルが大声で通信に割り込む。「無理ね、挟まれてる。車から降りても高架橋のど真ん中じゃ逃げる場所が無いわ」

『お嬢が言うのであれば望みは薄そうですね』通信先から漏れ聞こえる溜息。『でしたら、そのまま彼女を相手方に引き渡していただいてもよろしいでしょうか?』


 自分の耳を疑ったマリオは思わず聞き返した。「みすみす手放すっていうんですか?」

『都市の市議会が要求してきました。うちの組織も議席は持っているのですが、ほとんどが敵に回ってどうにもならなかったそうです。我々の一人勝ちを快く思わない連中が結託したということでしょう。一旦は身柄を議会で預かる、とのことでした』

「それで泣き寝入りを? ああ、いや、何かそれなりに旨みのある交換条件を提示されたってわけですか?」

『戦力が違います。他の階層全部が敵に回るのではどうしようもありません。下手をうって取り返しのつかない事態に陥るよりは、取れるものは取っておこうということでして』


 年季の違い──減らず口など意にも介さない。まったく嫌になるほど現実的だ。それでもマリオは喋りたてる。言ってみるだけならタダだ。


「身柄を一時預かるってことですが」

『お察しの通り事実上の拘束でしょう、放置しておくにはあまりに危険ですから。悪意──彼女にそういったものがあればですが、都市の住人の生活の基盤そのものが危険にさらされますので』

「それで、一緒に仲良くシェアしましょうって? 絶対にひと波乱ありますよ。断言してもいい。いままで反目しあってた連中がそう簡単に手を取り合えるわけがない」

 ウォードの含み笑い。『もちろんそうでしょう。そうなれば我々にも十分に目があります』


 織り込み済みというわけだ。自分の立っている場所以外は全てが底無し沼であるような気がしてきた。


「どうして議会は最初から命令を出さなかったんです? それでこの一件はカタがついたでしょうに、わざわざスパイまで使うような真似をしてきた。これはつまり、シーヴズ、あるいは別組織が先走った結果なんじゃないんですか? 向こうもそれほど歩調がとれているようには見えませんね」

『裏切り者の尋問が済んでいないので、その辺りはどうしても推測混じりになってしまいますが……いま仰られたようなことが強行に踏み切った理由の半分でしょうね。もう半分は、我々が彼女の存在に気付いていなかったからだと思います。わざわざ教えてやれば隠匿されるかもしれない。該当のエリアを実効支配していたのはブラザーフッドなのですから。事実、そうしたでしょうしね。皆さんがその場から姿をくらますことができるなら、今からでも選択肢として無くはないのですが、それが無理となると下手に抵抗して事を荒立てるのはただの損です。我々を叩く口実を与えることになりかねません』


 マリオはマイクのボリュームを絞って振り返った。こちらを見ていたリリアと目が合う。


「一応、希望を聞いておこうか」

「このまま私を引き渡してください」


 マリオが目配せをすると、ヒューズが憤りを吐きだすように長く息を吐いた。ハザードを出して高速の路肩にバンを停めた。追ってきた2台もすぐ近くに停車する。


 武器を手放し、両手を上げながら車から出て一列に並んだ。ワンボックスから銃を構えた男たちがぞろぞろと現れる。突きつけられた銃口の奥の暗がりに目が引き寄せられた。心臓に悪い。膝が抜けそうだったマリオは天井を眺めた。他の三人がどうやって恐怖に抗しているかを見る気にはならなかった。


 周りを囲んだ連中が頷きあって女どもの顔を見比べる。「どいつがロボットだ?」

「私です」


 リリアが前に出る。男たちは一瞬だけ動揺し、その腕を乱暴に掴んだ。自分たちの車へと引っ張り込む。


 相手側の一人がアデルに詰め寄って見下ろした。銃を持つ手に力が入りすぎて震えている。


「うちの奴を撃ったのはお前だな?」

「ええ、そうよ」男の顔を真っ向から見上げるアデル。


 無造作に振るわれる銃床──そこにヒューズが割って入った。頭を打たれて眼鏡が道路の上を滑る。


「いい根性じゃないか色男」


 額から血を流して倒れるヒューズの腹に一発蹴りを入れてから男が車に戻る。奴らが走り去ってモーター音が聞こえなくなってから、えずきながら起き上がったヒューズにアデルが拾い上げた眼鏡を手渡した。


「大丈夫?」

「皮が切れただけだ」


 全員が無言でバンに戻った。繋ぎっぱなしだった回線を通してウォードに報告。


「引渡しが完了しました」

『死傷者は?』

「軽傷1」

『ありがとうございます。今回の報酬は指定の口座に振り込んでおきましたので確認をお願いします。ちなみに、この後はどうされますか?』

「疲れたんで、帰って寝ようと思います。何でそんなことを聞くんです?」

『いえ、他意はありません。聞き流しておいてください。それでは』


 通信が終了する。ヒューズが車内を支配する煩わしいラジオを切った。マリオは脱力し、両手を頭の後ろに回してシートに寄りかかった。


「聞いたか? プランの白紙化だとよ」

「まさに驚愕だな。AIが自殺を仄めかすとは」


 ヒューズが額から流れおちる血を手で拭った。意外に多い出血量に顔をしかめ、手についた血を自分のシャツにこすりつける。


「だが、どこか納得がいく。機能停止した都市の話を覚えてるか?」

「ああ」

「こうなってみると、まんざら与太話でもなさそうじゃないか。自分の存在自体が人間の利にならないと判断したら即座にそういった行動をとることができる。考えたんだが、リリアの存在が既に知られていたのは、前例があったからじゃないか?」


 ヒューズの推論。可能性として無くはない。都市のシステムの基礎部分は同じであり、そこに与えられた条件が同じ──住民がここと同様にどうしようもない馬鹿揃い──なら、同じ思考ルートを辿って同じ結論に達し、同じものを作り上げる可能性はある。


 マリオはPCを操作してブライアン・リッチの足跡を辿る。何年か前に住んでいた都市が機能停止をすると同時に消息が途絶えている。

 およそ5年前。ここに姿を現した頃と時期が一致する。


 隠遁した賢者は自壊する都市で何を見たのか。


 もしかすると、今の自分と同じものかもしれない。

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