第23話 崇高さの表現プログラム
「どいつだ?」
マリオが振り返って背後を確認した。加速したバンを追ってくるのはSUVと、ワンボックスのような形状のずんぐりむっくりした車両──後者はあからさまに戦闘仕様だ。車体に追加されたと思わしき装甲がタイヤを半分以上覆っている。
「よく気付いたな」
「ずっと外を眺めてたでしょう?」
「景色を見てたんじゃなかったのか」
アデルが荷室から小銃を掴み取ってマリオに一丁投げる。自分の分をベルトを首にかけ、窓を開けた。マリオもパワーウィンドウを下ろし、いつでも撃てる準備を整えてからブラザーフッドへ緊急のコールを入れる。奴らは内通者が捕まったのを知ったに違いない。恐らくは定期連絡が途絶えたとかどうとかで。
アデルが先制攻撃を仕掛ける。軽装に見えるSUVに向けて、バンの蛇行などものともしない的確な射撃を見舞う。
フロントガラスに命中。しかし全段弾かれる。
「防弾かよ。こっちは?」
「見れば分かるだろうが」
ヒューズが口をひん曲げて、さっきの銃撃戦で割れた運転席側の窓を指差した。
「市街地に向けて走って! 並ばれたら終わりよ!」
窓から身を乗り出して銃を構えるアデルが、風の轟音に負けない大声で指示を飛ばす。
「2つ先のインターチェンジで降りて。次のやつはすぐ先が渋滞してる」
足マットの上に横になって頭を引っ込めたラウラがPDAを操作して交通情報を確認、ナビをする。まだ姿勢を正して座ったままのリリアに気付くと、その腕を引っ張ってシートの上に引き倒した。
ワンボックスのドアが開いて銃を持った男が現れた。慌てて狙いをつけようとしたマリオをアデルが制止する。
「SUVの方を押さえて!」
言われた通りにSUVへ射撃。顔を出そうとしていた追跡者の頭を抑える。アデルは体を車内に戻して小銃を胸に抱え、身を屈めて機を待つ。
ワンボックスの男が銃弾をばら撒いた。バンのリアガラスが割れる。頭を掠ったガラスの破片には目もくれず、間隙を縫ってアデルが腕と銃だけを窓から外に出した。右手をグリップに。左手をストックに。シートを足蹴にして運転席の背中に体を押し付け、体と銃身をぴたりと固定する。
トリガーを引く。短い──2、3発の射撃。ワンボックスの男が胸から血を流して車体から転がり落ちた。
サイドミラーで一部始終を見ていたヒューズがうめく。「曲芸だな」
「無駄口を叩かない! 前を見なさい!」
「見てるとも。だが、ちょっとまずいぞ」
ヒューズの言葉に、マリオはトリガーを引きながら一瞬だけ前に視線を戻した。下から伸びる曲がりくねったインターチェンジの道路を、猛スピードで登ってくる車が1台──前を走る車に強引な追い越しをかけている。このままいけば先回りをされる位置だった。
「後ろは片付けられないのか?」
ヒューズが走行する他の車の合間を抜けながら苦々しげに言った。車の足回りは互角。引き離せない。
「無理ね」アデルがあっさりと言った。「向こうが守りに入ったわ。手持ちはハンドガンとアサルトライフル、火力が足りない」
一人殺されたワンボックスの方はドアが閉められている。SUVの方も先ほどまで開いていた窓が曇りガラスで覆われていた。
このままでは前後を挟まれて無理やり車を止められる。マリオはPCを操作し、追跡者の車のコンピュータのクラックを試みる。
「くそ」
相手側も馬鹿ではない。この状況で回線を空けるような間抜けはさらしていない。拳を握り締め、思わずダッシュボードを叩く。
「ひとつ提案があります」
後部座席のシートで横になったリリアに視線が集まった。
「彼らの狙いは私であると考えられます。ですので、私をここに置いていくか、身柄を引き渡すことを条件として交渉してはいかがでしょうか」
マリオは引きつった頬を無理やり笑顔の形に変えた。「たまげたね。自己犠牲の概念まであるのか、このAIには」
「単純な優先順位の問題です。マリオ様が仰ったようにこの体は単なる端末であるため、破棄は致命的な損失にはなり得ません。私にとって最も尊重すべきなのはあなた方、そしてあちらの方々の命です。無為な人口の減少は避けるべき最悪のケースです」
「対抗手段はいくらか用意してるんだろうが、とっ捕まって悪用される可能性はゼロじゃない。本当に最悪なのはそれだ。お前は主な演算をネットワーク経由で都市のメインコンピュータにやらせてるだろう。俺たちが気付いてないとでも思ったか? 例えば通信が阻害されたらどうする。そうなったら、ヘタすりゃお前はただの人形になり下がるんじゃないか? あんまり人間を舐めない方がいい。向こうが俺たちより善人じゃないなんて言わないが、それでも期待し過ぎると馬鹿を見るぜ」
「存じております。その場合は先ほども申し上げた通り、この端末に保存している全データを消去するつもりです。場合によってはプランを白紙に戻すことも検討いたしますので、私が悪用される可能性は皆無といって差し支えありません」
「プラン?」
「私というプランです。例外的にとはいえ都市の運行を左右するほどの巨大な権限を一箇所に集中させるのは、そもそもアプローチとして誤っている可能性は否定出来ません。それによって争いが助長されるのであれば、まさに本末転倒です」
「自分の言ってる意味が分かってるか?」
「はい」
車内の誰もが押し黙る。マリオは──悪くない提案だと思っている。少なくともこのまま勝ち目の薄い戦いをして無残に殺されるよりは。だが、プライドと職業意識が藁に伸びようとする手を諌める。
ラップトップPCから呼び出し音。相手はウォードだ。1回目のコール音の途中で回線を繋げる。
「こいつは仕事だ。俺たちの一存じゃ決められない」
マリオは回線を繋いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます