第22話 妖精の正体

「今回の件、何がどうなってるのか聞いてないか?」


 後部座席を振り返ってアデルの横顔を見た。頬杖をついて、ふくれっ面で流れる車外の景色を眺めて口を開こうとしない。マリオは向き直って肩をすくめた。


「話を整理してみるか」


 そう言ってヒューズがハンドルを回して車を右折させる。そのままファストフード店のドライブスルーへ。


「始まりはシーヴズの襲撃だったな。都市の最下層で眠ってたリリアを強奪──今から考えればまったくの大当たりだったわけだが、奴らはどうやって彼女がそこに安置されてることを知った?」

「ハンバーガーとコーラ」


 マリオが外に面した店のカウンターを指差した。ふとっちょの店員が不機嫌そうな顔で前の客の相手をしている。


「チキンサラダ」ラウラがアデルを流し見た。「そっちはどうする?」

「同じものでいいわ。ついでにチーズとアボガドのサンドウィッチと、マッシュポテトと、鉄板焼きと、烏龍茶」

「自分で注文しろ」


 ヒューズが運転席の窓を下げ、前のスペースが開いてからアクセルを少しだけ踏み込んだ。ぶくぶくとした丸い手から食べ物を受け取ってロータリーを回り、6thストリートへと戻る。


「で、だ。奴らが何故お宝の存在を知ってたかについてだが、今のところ判断を下せるだけの材料が無い」


 マリオがケチャップのついた手を上げた。後ろからラウラが投げてよこしたハンカチで汚れを拭う。


「それで?」


 ヒューズが続きを促す。音を立ててストローでコーラを飲み干し、マリオはにやりと笑った。


「ひとつ手がかりがある。そこのポンコツの起動用プログラムだ」


 その発言でリリアに視線が集まる。ヒューズに前を見るよう言って、マリオは続けた。


「あの言語はかなり特殊──というか独特なものだった。だってのに、逆コンパイルするツールが既に存在していた」

 合点のいったラウラが先を引き継ぐ。「メジャーな言語なら野良のハッカーや研究者が解析する可能性はある。そうでないとなると、コンパイルの仕組みにあらかじめ詳しかったって考えるのが妥当ってことね。しかもあれは実行ファイルにそれ自体の定義情報が含まれてないタイプだった」

「どういうこと?」


 アデルが首を傾げた。ラウラがこめかみを指で押しながら適当な例えを選ぶ。


「あー、そうね、そこに料理があるでしょ?」食べかけの鉄板焼きをプラスチックのフォークで指す。「その料理を初めて見たとして、ある程度の材料は見れば分かる。そこにあって原型を留めてるから。でも、跡形もないやつや、調理法の詳細は分からない。それこそ自分で作って、その方法を知っているんじゃなければ」

「そういうことね。完璧に理解したわ」


 満足そうに紙箱の中の料理を平らげるアデルから目線を外してマリオが言った。


「爺さんの写真か、音声データ持ってないか?」

「あるけど」ラウラがPDAを取り出した。「あんた失くしたの? っていうか、なんでお爺ちゃんが出てくるわけ?」

「もともとそんなもん保存してなかったんだよ。そんなキャラじゃなかったろ、お互い。実はあのツールな、爺さんから貰ったものなんだよ。そいつをリリアにみせてやってくれ」


 PDAのタッチパネル上をスライドする何枚もの画像ファイルをリリアが眼球を動かさずに確認する。


「よし、見たな? たしかお前は都市のデータベースにアクセスできると言っていたろう? その爺に該当する人物の情報はその中にあるか? 画像に補正をかけて30や40ほど若返らせてみた場合のも調べてくれ」

「質問があります」


 まくしたてるマリオの台詞を遮ってリリアが控えめに手を上げる。


「うん? 何だ? まさか、これも拒否するっていうのか? 単なる質問だろうが」

「いいえ、そうではありません。まったく関係のないお話で恐縮なのですが、ここにいらっしゃる皆様は未成年で間違いないでしょうか?」

「まあ、そうだが」マリオが自分の年齢を指折り数えた。「みんなそうだよな?」


 否定の声は上がらない。そもそも自分がいくつかなど気にしたことがなかった。重要なのは食い扶持を稼げるかどうかだ。


「これまでの行動や会話を見る限り、皆様はその齢で既に労働に従事されておられるようですが、現在ではそれが一般的なのでしょうか? もしよろしければ今の教育制度や未成年者に対する保障について教えていただきたいのですが」


 全員が黙り込んだ。ラジオから流れるハウスの打ち込みのドラムがやかましい。


「なにか、的外れな質問だったでしょうか?」

 ヒューズの端的な回答。「無い」

「無い、とは?」

「社会保障も、公的な教育機関もどちらも無いということだ」

「それではどうやって子供は学習と成長を行うのでしょうか? 養育と教育を全て各家庭で行っているのですか?」

「低年層を対象にした公的な教育機関も一応あるにはあるが、上層にしか存在しない。六層や七層にはある。五層は……どうだったかな。まあ少なくともここに無いことは確かだ。私塾の類ならあるが、そこに入るには金が要る」

「職業訓練所があるじゃない」


 自身満々に言い放ったアデルをヒューズが鼻で笑う。


「お前のところのやつを言ってるのか? あれはブラザーフッド構成員の養成所じゃないか」

「それでもちゃんと寝食は提供してるわ。募集の定員に対して十倍以上の倍率を誇ってるってことは、つまり大勢に必要とされてるってことじゃない?」

「ふん、まあな。とまあ、こんな具合だな。ちなみに今の話は教育に関してのみで、保障の方はまるきりゼロ。どこの自治組織にもそんなボランティアをやる気力も余裕もないようだ。健康に育った子供は物心がついたら基本的に労働力として扱われる。家業があるならそれを、伝手で徒弟に出されることも珍しくない。見目が良ければそれ以外の選択肢もあるが……まあこれらは比較的運が良いケースではある」

「運が悪ければ?」

「捨てられる。親に育てる能力がなかった、子供が度を越えたグズだった、理由は色々あるだろうが、その先はほとんどが野垂れ死にで、僅かな生き残りも行き付く先は大体がアウトローだ。参考になったか?」

「はい。大いに」リリアが首肯する。「私の所持するデータとは食い違う点が多いようです」

「どういうデータだ?」

「およそ西暦2050年前後における社会情勢です」


 何十年も前──都市が建造された辺りになる。様変わりもするだろう。


「しかし、何だって急にそんな質問を?」ヒューズが口元を緩める。

「人間と、その社会について知るためです。今は十全ではないとはいえ私に与えられた権限は大きく、そのため私は私自身が正しく使われているかどうかを判断しなければなりません。そのためには正しい情報が必要です。周囲の状況、自分の置かれた環境、それを知ってこそ自らの価値を知ることができます」

「待て、待て」マリオが後部座席を振り返って遮る。「話がそれてる。先に俺の質問に答えてくれ」

「PCをご確認いただいてもよろしいでしょうか?」


 マリオが目を白黒させて膝の上のラップトップを開いた。メールの着信が1件──まったく見知らぬ送り主から。しかも普通なら無効なアドレスだった。


「画像に当てはまると思われる人物はこの都市において5人、ファイルのタイムスタンプを勘案して2人にまで絞り込み、会話の内容からコンピューターを主に扱っている開発者、あるいは研究者であるとの条件を更に付け加えました。結果、都市内での該当者は無し」


 マリオはメールに記載された名前を確認して総毛立った。後ろから覗き込んでいたラウラが拳骨で肩を叩く。


 ブライアン・リッチ。経歴──都市というシステムの基礎設計を行ったチームのメンバーのひとり。専門はコンピューターサイエンス。


「ですが、セットアップ時の基礎データを含めると1件だけヒットしました。今お送りしたのがそれになります」


 運転席から画面を横目で流し見たヒューズが口笛を吹いた。「爺さんってのは、確かお前の師匠だよな? まさか、その人物がこの子を作ったわけじゃないだろうな?」

「そいつは……考えにくいな」マリオが首を振った。「あの逆コンパイルのツールだが、戻されたコードを見る限り、何と言うか、人間が書いたような印象を受けないんだよな。そりゃあ特定のルーチンにしたがって元の記述を類推して戻してるわけだから機械的にもになるんだが、つまり──」

「つまり、勘だろ?」

「まあ、そうだ。ただ、関わってるのは間違いなさそうだ。あとは爺の足跡を辿って──」

「ヒューズ! アクセルを踏みなさい!」


 アデルが叫んで運転席のヘッドレストを後ろから殴った。反射的にヒューズがペダルをべた踏みし、モーターの回転数を最大まで上げる。


「おい、なんだ!?」

「追跡されてる」

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