第20話 釣りの極意は

「なあレッドキャップ、今のは俺の聞き間違いか?」


 マリオは慌てて割って入ろうとしたが、横目で鋭く睨みつけられ足が止まる。リリアは目の前の銃口に対して何の反応も示さず、ただ突っ立っている。それが更にパーキンスの神経を逆なでしているのは明らかだった。


 こいつらは本来こういう奴らだということを失念していた。ウォードのような物分りのいい人間は例外中の例外で、大抵が気に食わないことがあればすぐに暴力を用いる連中ばかりだ。

「もちろん俺も聞いた。だが、機械相手にムキになっても仕方がないんじゃないか? プログラムでそういう風に動いてるってだけなんだから。つまりだな、こいつにあんたを虚仮にしようなんて意図は無いってことで──」

 リリアが口を差し挟む。「脅迫を伴っても私の返答は変わりません」


 マリオは頭を抱えたい衝動を堪えながら言い包めるために喋り立てる。「あんた方はこいつが起動した場所に居合わせなかったから知らんだろうが、こいつは最初にメインデータはサーバ上にあると言っていた。つまりここにあるのは単なる端末で、ぶっ壊されたところで本体は痛くも痒くもないってことだ」


 言いながら、助けを求めるように視線を巡らせる。ヒューズ──とっさの事態に対応できていない。ラウラも同様だ。マリオは二人に目配せして極力動かないように伝える。

 同僚のホワイトは腕組みで様子見をしており、頼みの綱のアデルも自分の組織の人間に対して加担するか、たしなめるか、決めあぐねるように首を捻っていた。


 パーキンスが言った。「こいつを分解して、中身を解析して、このクソ生意気なAIなんぞ無視してその機能だけいただくってことはできないのか?」


 理論上は不可能では無い──その疑問に答えたのはリリア本人だった。


「それが成功する可能性は低いと言わざるを得ません。悪用を防ぐために私というデータには厳重なコピーガードがかけられており、加えて不正なアクセスを検知した場合は機密保護のため全てを消去する機能が存在しています。行動を起こす前に、それらについて熟慮することを推奨いたします」

「はったりかどうか分かるか?」後ろでホワイトが言った。

「さあね。今のが本当かどうかなんて、それこそこいつの中身を見てみないことには何とも言えない。ただ、いま言ったような自殺の真似事は簡単に実現可能だよ。俺でも聞いた瞬間にいくつか手を思いついたくらいだし、早まった真似は止めるべきだな」


 暫く無言だったパーキンスは、にっ、と笑うとマガジンの底で頭を掻いて銃をホルスターに戻した。


「いや、びびらせて悪かったな。上からのお達しなのさ、このロボットがちゃんと使い物になるかどうか、きっちり見定めておけってな具合にね。何しろ物が物だ、色々なアプローチを試さないとな? しかし、この調子じゃなかなか一筋縄ってわけにはいかなそうだ」


 マリオは誰にも分からないようにゆっくりと息を吐いて胸をなでおろした。「ギャングってのも大変そうだ」




 そのまま何事もなく入り口まで戻り、マリオはヒューズのバンのドアを開けてリリアを指で呼び寄せた。「さっさと乗れ」


「ああ、待った。レッドキャップ」パーキンスが手を上げる。「そのお嬢さんは俺たちが運ぼう」


 間に挟まるようにして立つリリアが両者の顔を見比べる。


 マリオは首を傾げた。「行きはこっちの車だったろう?」

「いくらなんでも手狭だろうと思ってね。そっちは他に4人、こっちは2人、別におかしな話じゃないだろう?」


 一瞬の間をおいてマリオは銃を抜いた。相手も抜いていた。横に飛びながら撃ち、転がりながら撃った。見当違いの方向に飛んだ銃弾がどこかの鉄筋に当たって甲高い音を立てる。


 今度はヒューズも反応していた。運転席には乗っておらず、車体の陰から腕を出して撃ちまくってマリオを援護している。


 パーキンスの応戦──マガジンを3度取り替えながら拳銃を乱射してヒューズのバンを穴だらけにする。割れた窓ガラスが頭を抱えて縮こまるラウラに降り注ぐ。「あー、もう」

「そのまま隠れてろよ」


 マリオは片手でガラス片を払ってやり、もう片手で相手側のセダンの窓ガラスもぶち抜いてやった。


 銃撃戦のど真ん中で呆けたように突っ立っていたリリアの腕をホワイトが引っ張って自分たちの車のトランクに押し込む。


「パーキンス! ホワイト! 理由を説明しなさい!」


 アデルが腕を組み、地面に胡坐をかいたまま憤りも露に声を張り上げた。ヒューズ側の車の裏に身を潜めているが、戦いにはまだ参加する素振りを見せない。


「すいませんね、お嬢」


 あざ笑うような声で言って、パーキンスが反対側から運転席に乗り込もうと助手席のドアに手をかける。


 開いたドアの隙間──そこから、ぬっと腕が突き出された。


 肩を撃たれたパーキンスは、倒れるその瞬間までわけの分からないといった顔をしていた。


 相棒が撃たれたことでホワイトの注意が逸れた。マリオとヒューズは合図も無しに同時に反対方向へと駆け出す。2方向からセダンに迫り、ホワイトを前後から挟んでしっかりと銃口を向ける。


「お2人さん、撃ち殺すのは少し待ってくれないか?」


 セダンから現れたのは2ボタンのスーツを着こなした伊達男だった。


「ああっと、確か──ミスタ……フィッツジェラルド? こいつはどういうことです?」


 棺桶を搬入した施設で一度だけ面識を持った相手は銃を仕舞い、マリオたちをたしなめるように両手を前に出す。


「そう込み入った話じゃない。半分は君も関わってる。先日のシーヴズの襲撃だが、あのとき、君はウォードに忠告した。うちの組織の中に奴らの協力者がいると。そうだな?」


 確かに言った。そうでなければエレベーターのプログラムが書き換えられていたこと、無数の正体不明のカメラが設置されていたことの説明がつかない。こちら側の住人の誰かがやった。しかもそれはブラザーフッドの縄張りで工作活動をしていてもおかしくない人物。


「それを聞いて俺たちも色々と調べた。何人か怪しい人間に目星をつけて、見張っていた」


 フィッツジェラルドが両手を上げるホワイトを乱暴にセダンに押しつけて縛り上げる。


「だからこうして君たちの窮状に駆けつけることができたってわけだ。何か質問をしたそうな顔をしているな?」

「幹部自ら? 部下にやらせるんじゃあ駄目だったんですか?」

「俺はこういう裏切りが許せなくてね。どうしても自分でやりたかった。それに、たまには現場に出ないとな。管理職になってから体が鈍ってしかたがない。他には?」


 マリオは外れた顎の調子を確認するようにさすった。


「遠慮する必要は無いぜ?」

「……本当に?」

「ああ。これは男同士の話だ。年齢、立場の差は気にしなくていい」

「俺たちを餌にしたな?」マリオはトランクを開けてリリアを引っ張り出した。「離反者、内通者、あるいは裏で糸を引いてる人物は、このポンコツに興味津々だった。何しろあの襲撃に加担したんだからな。泳がせてればそのうち行動に出ると踏んだ。調査させるついでに敵を釣れて一石二鳥ってわけか」

「お互い様ってことだな、マリオ。俺は君が偽名で不動産を借りて税金を誤魔化しているのを見過ごしてやってる。いくつか銃撃戦に巻きこまれておしゃかになっても深くは追求しなかった。利子をつけて返してもらった形になるんだろうな、これは」


 マリオが二の句を継げることができずにいると、フィッツジェラルドは可笑しくてたまらないといった具合に高らかに声を上げた。撃たれた肩口を押さえてもだえるパーキンスも縛って車へ押し込む。


「ウォードから聞かなかったか? ここらいらでの金儲けの半分には俺が関わってると。今後ともいい付き合いをしようってことさ。ああ、トランクを閉めてくれないか?」


 走り去るセダンの窓から突き出るフィッツジェラルドの腕。ひらひらと振って別れを告げるそれを見送ったマリオとヒューズはお互いに顔を見合わせ、くたびれた体を引きずってバンに乗り込んだ。


「ひとつ気になったのですが」


 車が動き出して最初に口を開いたのはリリアだった。後部座席でラウラとアデルに挟まれ、行儀良く膝を揃えて両手をその上に乗せている。


「なんだよ」

「お二人は言葉も交わさずに示し合わせたように行動されますね。仲がよろしいのですか?」


 マリオはガムを噛んでいた拍子に歯が抜けたとでもいうように口を開けた。ヒューズは殻入りの卵料理を口にしたような表情で頭を振った。

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