第19話 実証される機能

「内紛、ですか」


 施設の騒音にかき消されそうになる程度のボリュームによる呟き。先ほどまでと変わらない平坦な声のはずだったが、どうにもそれが呆れを表現しているように思えてならなかった。


「もう数十年前の話らしいがね。初めはちょっとしたものだったそうだが、次第に大勢の人間を巻き込んだものになった。最終的には階層ごとに分かれての対立になって、その際に大分データやら施設が吹っ飛んじまった……らしい」


 ヒューズが他人事のように言った。実際、他人事ではあった。自分が生まれる遥か昔の出来事だ。


「何故、そのような争いが起きたのでしょうか」

「そりゃ、誰も彼もが他より優位に立ちたいと考えたからじゃないか?」マリオが両手をズボンのポケットに突っ込んだ。「まあ、自然な流れってやつさ。自分に対する主導権を自分で握っておきたいと思うのは当然だし、生殺与奪の権利を無条件で他人に渡すなんてのは、大体が何も考えていないかイカれてるかのどっちかだと相場が決まってる」

「争えばそれだけ危険にさらされることになります。その近視眼的な習性は改善することはできないのでしょうか?」

 ヒューズが小銃の銃身で肩を叩いて口を曲げる。「難しいね。不安や不信ばかりはどうにもならない。物質的な余裕があればそうでもないんだろうが、限られたパイを取り合うような状況ではな」

「都市環境は人間が生活するには十分に快適ではありますが、壁を隔てた外界は生身での生存が困難な死の世界です。それを考えれば、争いを続けてリソースを浪費することが得策でないことは明白かと思われますが?」

「喉元過ぎれば、という言葉もある。平穏が当たり前になると、また別のことに目がいくものさ。例えば格差。待遇の違い。人が複数人いれば争いの種になる。外の惨状から目を背けたくなる気持ちも手伝っているのかもしれないがね」


 リリアが押し黙った。歩調に合わせて絹糸のような髪が左右に揺れるばかりで、後姿であるためその表情は分からない。もしかすると呆れているのかもしれなかった。次に声を発したのは目的地についてからだ。


「こちらです」


 目の前には巨大なスライド式のドア。本来なら入り口を固めているはずのガードロボが、まるで歓迎するように両脇に並んでいた。ここも難なくロックが解除される。


 部屋の中は端末で埋め尽くされていた。施設の制御用と思われる各種のコンソールとモニタ群。壁はスクリーンになっており、施設の各部に配置されたカメラの映像が数十に分割されて映し出されている。


 マリオ、ヒューズ、ラウラの三人はもはや条件反射とでもいうべき迅速さでそれらに取り付いた。マリオは足元のカバーを外して見つけた配線を辿って差込口を見つけ、早速ハッキングを試みる。


「あー、めっちゃガード固い。即興での侵入は無理だわ」ラウラが即座に両手を上げる。

 いくつかのコンソールを弄っていたヒューズも、うんともすんとも言わないログイン画面を目の前に首を振った。「どうも生体認証になってるようだが、ユーザーをどこでどうやって登録するのか、そもそも今でも登録できるのかまったく分からんな」


 マリオの方も同様で結果は芳しくない。手持ちのツールを全て試してみたがいずれも突破するには至っていない。メモリの状態を眺めながらじっくり解析をするしかなさそうだ。


「よろしいでしょうか?」リリア。幾分冷ややかに聞こえるイントネーションで。

「分かってるって。折角ここまで来たもんで、つい、な。それに、本当にこれをどうにかできるのならお前さんの発言の真実味も増すってもんだ」

「施設全体を停止してしまうと再稼働に時間がかかることになります。その場合、この階層全体の大気への悪影響が懸念されますが」

「そうだな……」


 最小の労力で確実に成否が確認できる方法──しかも手っ取り早く。先日仕込んだバックドアのおかげで自分なら施設の状況を細かく把握することができたが、今日に限っては監視の、しかも素人の二人にそれを理解させる必要がある。モニタに映し出されたアプリの画面が少しばかり変わったりランプが明滅したところでは理解も納得はしないだろう。


 施設の騒音が耳に障って思案の妨げになる。だが、同時に閃きをもたらした。マリオは部屋の天井に向けてくるくると指を回す。


「この周辺だけ一時停止できるか? この騒音と振動を止めてみせてくれ」

「了解いたしました」


 リリアが腕のカバーを外す。露出した機械部分からケーブルを延ばし、コンソールのジャックに差し込んだ。機械だと分かってはいたはずだったが、それでもぎょっとする光景。ホワイトなど気まずそうな表情で顔を背けている。


 アクセスした端末のディスプレイに見たことのない大きなロゴの入った画面が表示される。ヒューズが先ほど立ちあげたログイン画面とはまるで別物だった。


「意図的に仕込まれた抜け道か」

「はい。アクセスには暗号鍵が必要ですが、現在それを所持しているのは私だけであるかと存じます」


 最初に反応したのはラウラだった。何かに感付いた様子で顔を上げ、耳に手を当てる。そのうち他の全員も気付いた。音と振動が次第に小さくなっている。


 やがてしんと静まり返った室内でマリオが言った。「よし、次は起動してくれ」


 リリアは傍目にはただ立っているようにしか見えない。コンソールのディスプレイに何かしら変化が出る様子もない。考えてみれば当たり前の話だ。グラフィックで表示させるのは、そうしなければ人間にはディスクやメモリ上に何が存在して今どうなっているかなど分からないからだ。それを直接読み取り、理解することができる。機械であるために。


 その上で、人間の言動に対して適切な反応をすることもできる。確かによくできたインターフェースだった。コミュニケーション能力に特化していると言っていた意味をいまさらながらに実感する。


 部屋がと大きく揺れた。付近一帯の再稼動。次第にファンの回転数が上がり、ギアが噛み合い、ピストンが規則的に加速する。


 リリアがケーブルを引き抜いて一同にいかがでしょうかと視線を送った。全員が思い出したように呼吸を再開し、まばらな拍手を送る。


「恐れ入ります」


 存在しないスカートを摘んでのお辞儀。


「こいつは凄いな」パーキンスがマリオの肩を叩いてはしゃぐ。「つまり、このロボットがいれば、うちの組織の天下ってことか」

「申し訳ありませんが、そういった目的での命令はお受けできかねます」


 リリアが両手を揃えて頭を垂れる。にわかに気色ばんだパーキンスを、身を乗り出してマリオが押さえる。


「落ち着きなって。コンピューターが利用者の望まない結果を返してくるなんてのはよくある話だろ? 一応、理由を聞いてもいいか?」

「私が造られた理由については既に申し上げたかと存じます。住民にとって都市がより良い挙動を取るように調整を行うことであり、今お見せした機能もその手段の一つです。決して住民同士の抗争を助長するために存在しているわけではございません」


 パーキンスは笑った。剣呑な笑顔──マリオを押し退け、銃を抜いてリリアの額に突きつけた。

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