第17話 一晩経って
先日までは広すぎるフロアにまばらに物が置かれている程度だったはずの地下施設は、今朝起きてみれば雑然としたものになり変わっていた。施設は強化ガラスのケージが撤去された代わりに様々な検査用の機器が搬入されていた。用済みになった金属製の棺桶は部屋の隅に追いやられている。
「起きたんなら手伝いなさいよ」
仮眠室の入り口に手をかけて腹を掻いていたマリオに、サラダが盛り付けられた皿を手にしたエプロン姿のアデルが言った。
「何やってんだ?」
「朝食に決まってるでしょう。会議室で食べるわよ」
言われるままトーストとハムエッグ、コーヒーのたっぷり入ったポットを運び込む。長机を並べて作ったテーブルにはすでに他の面々が着席している。ヒューズ、ラウラ、それからリリア。
「ロボットも飯を食うのか?」
「いいえ、私は電力によって動いています」
今のが本当かどうかを訊ねると、ヒューズはサラダにフォークを突き刺しながら恐らく、と答えた。
「バッテリーらしきものは確認した。まったく見たこともない型のものだったんで面食らったがな」
「じゃあなんで席についてる?」
「私が呼んだのよ」アデルが目玉焼きの黄身が刺さったフォークを指揮棒のように振り回す。「親交を深めるには食卓を一緒に囲むのが手っ取り早いと思わない?」
「親交ってお前……」
二人は熱のこもった視線をリリアに注ぎ続けている。AI──プログラムだろうがと水を差すような気分ではなくなり、マリオはカップにコーヒーを注いで口をつけた。自分と同じくソフトウェア畑だけあってラウラの態度は冷ややかだ。
ヒューズが振り返った。「俺の方はメンテナンスがてら聞きたいことは粗方聞いてある。そっちからも何か質問があるんじゃないのか?」
昨日は棺桶から出てきたリリアの全身をくまなく整備、調査していたため発言の裏を取るどころではなかった。ヒューズが満足し、他の技師が帰る頃にはすでに深夜を回っており、映画を見て時間を潰すのも飽きていたマリオはとっくにベッドの中へ潜り込んでいた。
「食べてからにしなさい。冷めるでしょう」
マリオはハムエッグとサラダをトーストで挟んでかじりつく。ハムをナイフで切って上品に口へ運んでいたアデルがあらかさまに眉をひそめた。
「テーブルマナーくらい覚えなさい。いつサルから人間に進化するの?」
「また今度な。で、そこの二人は?」
マリオが親指で後ろをさした。スーツ姿の男たちが壁際に無言で突っ立っている。髪を後ろへ撫で付けたオールバックと刈り込みの二人。
「監視役よ」
そういえばウォードが不本意そうにそのようなことを言っていた。
「昨晩は顎鬚とサングラスの二人だった気がするが」
「交代制に決まってるでしょう。2人1組の3チームよ」
「そりゃそうか」
アデルに名前を呼ばれる前に監視役のオールバックがおどけるように両手を広げて自己紹介を行った。「俺はパーキンス。隣のこいつがホワイトだ」
刈り込みの男の二本指での挨拶。「よろしく、レッドキャップ」
どうも、と軽い会釈をしてマリオは食事の残りを全て平らげた。
「今さらなんだが、そのロボットは拘束しておかなくていいのか? 俺としてはいつ銃が飛び出てくるか気が気じゃないんだが」
「失礼ながら申し上げます」
マリオの発言にリリアが口を挟んだ。
「私自身には他者に直接危害を加えられるような武装は搭載されておりません」
ヒューズが声をあげて笑った。「ご覧の通り、彼女は自分の置かれた立場を正しく理解しているよ」
マリオはコーヒーのおかわりを注ぎながらリリアをじっくり眺める。昨晩に渡された薄手のブラウスに加え、どこからか調達された紺のロングスカートを身に着けていた。完璧な肌が隠れたせいで逆に人間味が増している。
「色々と聞きたいことがある」
「どうぞ、マリオ様」
生まれて始めての様付けに思わず痒くなった背中に手を伸ばした。「機能、該当施設のコントロールがどうこう言っていたな。つまり、都市の施設を好きにできるってことでいいんだよな?」
「肯定します。しかし、先日も申し上げました通り、テストモードでの起動であるためその機能は大幅に制限された状態です」
「俺の起こし方が悪かったって?」
「良い悪いの基準が不明瞭であるため私にそれを判断することはできません。ですが、マリオ様にとって今の状況が不本意であるならば、悪い、と評することができるかと思われます」
またしてもヒューズの大笑い。マリオは舌打ちをした。
「まあいい。じゃあ例えばだが、この階層の発電施設を止めたり動かしたり、出力を低下させたり上昇させたりはできるか?」
「可能です。出力上昇は機材にかかる負荷を考えるとあまりお勧めはできませんが」
リリアがあっさり頷いたのを見て、何気なく聞いたつもりだったマリオは呆気にとられて目を瞬かせた。危うくコーヒーカップを落としそうになる。
「……本当に? 何かの冗談の類ではなく? まさか、今、この場で出来るってんじゃないだろうな?」
「私のAIは冗談を解し、また用いることもできますが、今の発言についてその意図はございません。また、この場で可能かとのことですが、現状ではそれは不可能です。住民のライフラインに関わるような重要施設はネットワークからのアクセスを遮断しているため、直接出向いて有線による接続を行う必要があります」
思わず長机に肘をついていたマリオが、緊張をほぐすために椅子の背もたれに倒れかかって背中を伸ばす。「そうか。いや、しかし、それにしたってとんでもないぞ」
都市のインフラを自由にできるということは、住民の生殺与奪の権利を握っているのに等しい。もしこのロボットに悪意でもあれば──そんなものがプログラミングできるとすればだが──この都市は地獄絵図さながらの状況になる。水どころか食料を少し制限されるだけで血で血を洗う争いが起きるに違いない。電力ならなおのこと酷い様相を呈するだろう。
マリオがテーブルの面々、それから背後の護衛の顔を見回した。誰もが平素といった表情をしている。
「俺以外は驚いてないな。もう聞いてたってわけか?」
「それはそうだ。聞かないわけがない」
身の回りのものに金など使わないヒューズが似合わない白磁のコーヒーカップを傾ける。高そうなものは大抵がアデルの持ちものだ。あれもそうだろう。
「動かせるのはこの階層だけって話だったな。あくまで二層のチェックを通しただけだから、そこに関連した機能しか有効になってない?」
「はい。概ね、その認識で間違いありません」
「モードを切り替えることはできないのか?」
「私より上位の権限によって設定されたものですので、任意の変更はできません。改めての起動を行い、該当のチェックを通す必要があります」
「そうか」
悲報だが、同時に朗報でもある。常にフルスペックで動かすことは出来なくても、用途に合わせて都度モードを切り替えてやればいい。別階層の稼働率を下げる、もしくはプログラムを完全に解読する、とハードルは高いが。このロボットの言っていることが全て正しいとしたら、ブラザーフッドはとんでもないものを手に入れたことになる。この都市の支配者として君臨することも不可能ではない。
「もう実際に試したのか?」
「いいや。まだだ」
ヒューズが首を振った。マリオはいてもたってもいられずテーブルに両手をついて立ち上がった。
「じゃあ早速今から本当かどうか確かめに行くぞ。まずは、それだ。場所は発電所じゃなくても構わないよな? 近場なら空調か? そこも問題なく制御出来るか?」
「はい。やはり、直接出向く必要がありますが」
「よし。他に誰か行くやつは?」
その場の全員が手を上げていた──壁際の監視役も含めて。
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