第15話 Hello world

 都市インフラのメンテナンス当日、臨時の調査施設は厳重な体制が敷かれていた。爆発物の類が仕掛けられていることは無いだろうという結論に達していたが、細菌兵器や毒物の可能性は排除し切れなかったため、鉄箱は今、三重の強化ガラス張りの密閉空間に押し込められている。ハブを介して各種ケーブルのみ外に出されており、その先には計器類とマリオの私物も含めたいくつものPCが繋がれている。

 

 あれから一週間、別途調査を続けてみたがこれといって進展がなかった。

 

 「それで、まだなの?」

 

 アデルの半分飽きてきたような声。

 

 「辛抱しろよ。電力の供給はとっくにストップされてる。もうすぐ補助電源が切れる頃だ」

 

 さっき確認した所では現在の稼働率は42.2%。施設が1つダウンするたびに約5%ずつ低下している。

 

 ポケットに突っ込んでいたタブレットが振動する。取り出して画面を確認するとポップアップが上がっていた。最後の一つ、先日仕込んだバックドアを介しての通信が切断されたとのメッセージ。電気の供給が途絶えたようだ。

 

 そろそろか。そう考え、マリオが何気なくキーを叩いた。開発者用のセーフモードでの起動を実行する。

 

 1秒。2秒。3秒。いつもならエラーが返ってきているタイミングだというのに、実行結果が戻って来ない。これまでと違う反応────稼働率は38%を示しており、閾値を下回っている。

 

 思わず身を乗り出したマリオの視線の先で、電子音を立てて鉄箱の蓋がゆっくりとスライドした。水面が揺れた音を密閉空間内に設置されたマイクが拾った。異変を察した作業中の面々が次々に振り返ってマリオと同じものを注視する。

 

 水面から手が突き出た。ほっそりとした少女の手。それが鉄箱のふちを掴んだ。

 

 「おい!」切羽詰ったヒューズの叫び声。

 

 膝に置いたマリオの手は力みすぎて震えていた。あり得ないという思いがある。それとは逆に、期待する気持ちもある。

 

 鉄の棺桶から生えた腕に力がこもる。水を滴らせながら裸の上半身が現れ、衆目にさらされる。

 

 棺桶の覗き窓から見たときもそう思ったが、信じられないほどその姿形は整っている。肌の色艶、顔の造詣、そこから伸びる首筋のライン──何もかもが完璧だった。だからこそ、そこには生命というものが感じられなかった。

 

 いましがた甦った少女は濡れた絹糸のような白い髪をかき上げて周囲を見渡した。しっかりと見開かれた紺碧の瞳はカメラのレンズに酷似している。

 

 「おはようございます」

 

 ガラスのケージの中に設置されたマイクが拾ったのは、合成された電子音声だった。

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